7_精霊に愛された子
「約束、守ってくれる?」
クォーツはフレスベルを覗き込む。
そのまなざしは、まっすぐだ。
(きれい…)
(じゃ、なくてっ)
「はい…」
約束とは、読み書きしかできない
フレスベルの落第を阻止したら、
フレスベルが肌身離さず身につけていた、
ネックレスをクォーツに見せるというものだ。
ネックレスは、フレスベルでも高価なものだと分かっていた。
そのため、針のむしろだったフレスベルは、絶対に家族に盗まれないように、見えないように衣服に隠して過ごしていた。
それを、はじめて、人に見せる。
約束だったとはいえ、クォーツにしか見せられないだろう。
ネックレスを軽くふいてから渡す。
(いつもつけてるから、恥ずかしいな)
(半分、体の一部だもの)
「ありがとう。好奇心に、大事なものを見せてくれることをお願いしたことは、謝るよ。」
クォーツは、本当に少し申し訳なさそうだ。
「い、いえ。むしろ、わたしもお礼が遅れました。
無理難題でしたが、ありがとうございました。」
フレスベルは頭を下げる。
「さあ、大事なものだしさくさくとみるよ。」
クォーツは、いろんな拡大鏡、、?みたいなものや、光にあてたりして、みていた。
「これは…」
目を見開き、軽く手をかざしたりする。
「いったいどこで…」
(ごめんなさい)
(やっぱり、クォーツにも彼のことは言えそうにないな)
このネックレスをくれた、あの美しい少年のことを説明して、分かってもらえなかったら…
「ありがとう、返すよ」
クォーツがネックレスを差し出す。
「ありがとうございま…えっ」
クォーツが、ネックレスをフレスベルの手のひらにのせ、そして、フレスベルの手を柔らかく握ったのだ。
(な、な、な、な…)
フレスベルは処理がおいつかない
「鑑定の結果は、聞きたい?
ぼくは、無理には、言わない。」
「え…」
「自分の大事なものだろう?見方が変わって困ることがあるかもしれない。」
(クォーツは優しいんだな)
自分だったらそんなこと思いつかない
「聞きたいです」
(わたしの体の一部だもの)
「この石はね、精霊が作ったものだよ。」
(ただの宝石ではなかったんだ)
まったく汚れたりしないので、ただの鉱物にしては不思議ではあった。
「精霊が…?そんなことできるんですか?」
「かなり高位の精霊ならね」
「火の精霊王のサラマンダーという存在の配下が作ったんだと思う。」
「配下?」
(サラマンダーはこの間の試験勉強で習ったな)
「…さすがに王が作ったものは見つかったことはないから、そういってるだけ」
「ただね、これは、国でも幻の秘宝級のものなんだ
ぼくは、学者を名乗っているが、それでも、そうそうお目にかからない。」
(幻の秘宝…)
「もはや、信仰色が強いうちの国では、絵本に載っているようなものだよ」
(絵本…おとぎ話ってことかしら)
「精霊が人間に使役する以上になにかしたくて、贈るんじゃないかって、言う学者もいるけど、
学術的に言うには理屈になってないから…」
「…」
フレスベルは彼の姿を思い浮かべていた。
「まだ話してもいい?」
「はい、聞きたいです」
クォーツの確認にこたえる。
「精霊石はね、普通、宝石みたいに、人が所持できるようなものじゃないんだよ。
できたときから、所持者が決まっているから。」
(所持者…)
フレスベルはネックレスを見る。
クォーツは続ける。
「所持者が譲渡しても、作った精霊が認めないと、消えてしまうんだ。
だから、まったく、お目にかかれないんだ。
まあ、そこは精霊との信頼関係ってところを考えれば納得はしているよ」
「それでね、ぼくが魔力を感じた理由は、この、石が精霊石なのとは、また別なんだよ」
「えっ、そうなんですか?」
「うん、これもおとぎ話くらいのものなんだけど」
クォーツは間をおいて話す。
「この石には、かなり強力な付与魔法がかかってる」
(付与魔法…?)
聞いたこともなかった。
「この学校でも習わないよ。あまりにも、適性のある人は稀有だから。」
どうりでテストであれだけ勉強したのに知らないわけだ。
「付与魔法はね、その品に魔法を込めて、精霊様との信頼関係を作れるんだ。
付与魔法のついた、櫛や、食器、剣や鎧なんかもある。
どれも、おとぎ話になるほど強力だ。」
(櫛…)
ファラが言ってくれたことを思い出す
(魔法がかかったみたいにきれいな手)
ネックレスの力…?
(髪をきれいにするのに、本当に魔法を使っていないのか)
櫛に魔法をかけていた…?
「フレスベル?」
「はいっ」
またもや、思い当たる節があるところを、クォーツに見られていたことには気づいていなかった。
「あえて、これまで言わなかったんだけれども、これだけはいうね。」
「君はかなりの付与魔法の才能がある」
「君はかなり高位の精霊の加護を受けている。」
フレスベルは、情報量がおおくていったんには理解できなかった。
「君は、確実に、」
「精霊に愛された子」
「というにふさわしい存在だ。」
情報過多だった頭に、飛び込んできた言葉。
この国で祝福されるに値する存在。
(ずっと、ずっと、)
家族から安心も奪われ
呪いの子と言われてきた。
フレスベルには、このたった一言が、隙間だらけのこころに川みたいに流れてきた。
(いいのかな)
(ああ…)
「ごめんなさっ…う…」
ここに来てから泣いて迷惑をかけてばかりだ。
ハンカチがほおにふれる。
「ありがとう…」
フレスベルはクォーツが柔らかく笑っているのに、見上げて気づいた。
クォーツは、それ以上のことはしなかった。
「一人で帰れそう?」
「はい」
どれだけの時間がたっただろうか。
青色だった空は夕焼け色に染まっている。
フレスベルは、ぺこりと頭を下げて寄宿舎に戻っていった。
また一人、クォーツは考えていた。
あれだけの才能と力のある少女が、なぜ、この世界の常識も自分の力もしらなかったのか。
名家の令嬢であるのにもかかわらず。
そのうえ、幻の秘宝にみたこともない強力な付与魔法をかけている。
「しかもだ」
一流の教育を受けてきた令息令嬢を付け焼刃で打ち負かした。
「ぼくは、手を貸しただけだ…」
「フレスベル…」
(いったい、どんな目に遭ってきたんだ…)
しかし、少女の百面相を思い出し、心が安らぐ。
コホン、とせきこんで、
「女性が泣いているのにつけ込んで、抱きしめなかったぼくは紳士だな」
と小声で言った。
ありがとうございます。