6_筆記試験なんて無理(後編)
フレスベルは
「なんで勉強なんかするんだろうって思ってる?」
ぎくり、となるフレスベルだった。
図星だった。
「…はい」
二人は机を囲んでノートや本を開いている。
フレスベルは本当に嫌そうにノートを眺めていたのに気づいていなかった。
「そうだよね、つまらないかもしれないね。
ちょっと話そうか。」
クォーツは超優遇を受けている生徒だった。
寄宿舎ではなく校舎の方に専用の部屋を持っていたのだ。
(何かよくわからないけど、本や古い道具がたくさん…)
「ここは僕の研究室なんだ。」
「自分の研究室なんてどうしたら…」
クォーツはニコッとした。
「うちの学校は精霊研究に力を入れているところから出資をうけているからね。
紹介が遅れたが、ぼくは、学者としてのポストをいただいているので、研究もさせてもらっている。」
(すごく頭がいいってことかしら)
「うちの国は、精霊信仰がつよいだろう?」
(そうなんだ)
何とか分かったようなふりをする。
「まあ、精霊信仰は理にかなっているんだ。」
(理にかなう…そんな言い方して大丈夫なのかな)
神様みたいなものを理屈で信仰するなんて。
「魔法はね、精霊様との信頼関係で使うものなんだ。」
「空気や自然にあるものを使って、精霊様にお祈りして願いをかなえてもらうっていうのが通説さ。」
「信頼関係が特別に築けて、使役できる人の子を"精霊に愛された子"なんていうね。」
(精霊に愛された子…!)
「ただ、精霊は気に入った人間に自ら使役するから、本当に魔法の素質は人それぞれなんだ」
クォーツは敢えてフレスベルのことに話は持っていかなかった。
クォーツはにこにこしている。
「よかった、テスト範囲の精霊学に興味はあるみたいだ。」
フレスベルは自分が話に聞き入っているのにきづいた。
「ぼくの持論なんだけど。」
「はい」
「勉強って身についたものって知識の一つに過ぎないんだ。」
(えっ勉強ができるほうが偉いんじゃないのかしら)
家族はしきりに褒められていたから、認められるのはそういうことだと思っていた。
「知識は自分のために身につけるものだ」
(え、テストでいい点を取るためでは…)
「だからね。身を守るために身につける、盾みたいなものだと思う。
例えば、自分のためだけに相手のわからないことをいうような奴から。
高等教育を受けた自分が、知らないってことを認められるのだって自分を守る武器さ。」
知ってる人だけが偉いと思っていた。
だから、頭に入ってこない自分は知識を得てもしょうがないと思っていた。
フレスベルはなにか新しい扉が開けた気がしてならなかった。
すべては理解できていないのだが、なにか、世界が変わったような気がした。
「自分を…守れる…?」
「そうだよ。自分のことを分かってあげられるのは自分だから。」
自分を守ることなんて考えたことなかった。
(わたしが守っていたのは彼との約束だけだもの)
自分は役立たずの毛むくじゃらの邪魔者だとしか思ったことがなかった。
「これも持論なんだけど」
「はい」
「きみの世界もぼくの世界も知っていることや印象に残っていることででしかできてない。
それなら。」
「知ってることが多い方が自分の居場所も多そうじゃないか?」
(自分の居場所…)
「まあ、元は、受け売りなんだけど。僕の言葉でもある。
きみがおもしろそうに聞いてくれるからついついおしゃべりになってしまった。悪かったね。」
望んでもいいのだろうか。
自分の居場所なんて。
叶うならとも思った。
(でも、今は、ここにいられれば十分)
放課後はそれからフレスベルはクォーツの研究室に通い、指導を受け、クォーツが作った模試を解いていた。
「明日、試験なわけだけど…」
意味ありげな発言にひやりとするフレスベル。
「このままじゃ落第ですか…!?」
「確実にそれはない。」
「そうじゃなくて」
「…よく頑張ったね」
フレスベルは、兄弟たちがほめられているのを、横目に見ていた時しか知らなかった言葉をかけられたのだ。
「ありがとう…ございます…!」
(でも)
「クォーツさ…あっラピスティーヌさんのおかげです」
(頭の中ではクォーツ呼びだったから)
クォーツは目をぱちくりさせた。
そして満面の意味で笑った。
「どういたしまして、フレスベル。」
フレスベルは安らぎと胸の高鳴りを感じた。
「クォーツでいいから」
「はい、クォーツ!」
「では、失礼します」
フレスベルは部屋を後にする。
フレスベルは聞けなかったことがあった
(何か言いたかった感じがあったけど、どうしたんだろう)
部屋で一人、クォーツは腕を組んで物思いにふけっていた。
(フレスベル、ぼくが教えたとはいえ、できるようになるのが早すぎる。
どうすれば、名家のお嬢様がどうして、精霊学の基礎の基礎も知らずに育てるんだ)
クォーツは、フレスベルの出生に関して、憤りを感じずにはいられなかった。
試験当日
「フレスベル…勉強、一緒にできなくてごめんなさい。
あなたのことも心配だったのだけれど、
わたしもこればかりは助けになれなかったわ」
付箋がたくさんついたノートを持ったファラがフレスベルにいう。
「いいよ…クォーツさんって人にずっと教わることができたから。心配してくれてたんだね。ありがとう。」
「クォーツさん?え、聞いたことが…」
ファラは少し嬉しそうな顔をする。
「テスト、始まっちゃうよ。行こう。」
フレスベルの学校に通えるかをかけたテストが始まった。
フレスベルは開いた口がふさがらなかった。
(い、い、)
(一位、、、、、、!?)
何かのみ間違えでは。
掲示板にテストの結果が掲示されていた。
落第の通知が来ていない時点で、安心はしていた。
ファラが話しかけてくる。
「フレスベル何位だった?私は頑張った甲斐があって30位…えっ一位なの!?」
(やめて…)
ファラの声が予想以上に大きく、視線が集まる。
ファラは気づいて、手を口に当て
「ごっごめんなさい。フレスベル。」
「いいよ…」
「あの子がフレスベルさん?」
「魔法学校きっての優秀な素養があるって話だったけど」
「勉強もできるなんて」
「しかも、あのフォーリッツ家の方らしいわよ」
「さすが、名家のお嬢様だなあ」
注目され、噂され、フレスベルは動けなくなってしまった。
(逃げ出したい…)
ファラが背中をさすり、
「行きましょうか。本当にごめんなさい。」
「うん…」
「フレスベル、おめでとう。」
毎日聞いていた声がする。
「クォーツ…」
「おいで」
「お友達かな?僕が彼女を休ませてくるよ」
ファラに一言いう。
その場を去る。
「クォーツ様だわ!」
「学園屈指の寄付金を出しているラピスティーヌ家の嫡男の方よ」
「フレスベルさんとどんな関係なのかしら…」
なんとかクォーツの肩を借り、二人は研究室で一息ついた。
「余計、目立ってしまったね。すまない」
「いいえ…」
「ぼくの特製をごちそうしよう」
「本当はあまりやるのは良くないんだけどね。」
「え…」
クォーツはコップに黒い粉をいれ、指をコップにかざした。
コップを湯気の立ったお湯で満たした。
(お湯が、出てきた…!)
「甘くておいしいよ」
茶色くて甘いにおいがする。
泥かと思ってしまったが飲んでみる。
「おいしい…!」
「よかった」
クォーツのほほえみがあまりにも、優しいので、フレスベルは力が抜けた。
「魔法はね、精霊様との信頼関係で成り立っているから、祈りを欠くようなことに使うと自分にかえってくるんだ。」
(傷つけるために力を使わないこと)
(自分の力は悪いものではないということを信じること)
ふと、少年の声を思い出し、胸元のネックレスを握る。
「あんなことのあった後で悪いんだけれども」
クォーツは申し訳なさそうに言う。
座っているフレスベルの顔を覗き込む。
フレスベルは、クォーツの顔がとてもきれいなことを知った。
「約束、守ってくれる?」
クォーツは真剣なまなざしで言う。
クォーツは見事、好奇心を追求することに成功したが、それよりも、報酬を通して、少女のことが知りたかった。
ありがとうございます