5_筆記試験なんて無理(前編)
フレスベルは本当に嫌だった。
「フレスベルさんってどんな人だろう」
「あのフォーリッツ家の三女なんだってよ」
「じゃあ相当な教養がおありなのね」
「王付きの魔術師もあんな成績出せないって話だよ」
この間の実技ですっかり話題の的である。
「そろそろ、中間テストだね」
「フレスベルさんならダントツで上位なんじゃないか?」
「かっこいいですわ~、魔法も筆記もできるなんて」
「フレスベルさんは、勉強も相当できるらしいよ」
「そうなのか、退学が怖いラインの俺とは大違いだ」
「まず、お前は授業に出ないと」
フレスベルはまたもや震えている。
(た、退学…)
フレスベルは注目されて尾ひれがついたことより
ふと耳に入った退学という文字に動悸が止まらない。
「…レスベル?」
(もうダメ…)
「フレスベル!」
「はいっお世話になりましたっ!」
涙目になってフレスベルはいう。
「また、おもしろいことを考えていたの?」
ファラは呆れ顔だ。
「うちの学校は入学は試験がないけど、その代わりテストで落第というものがあるのよ」
知らないことを見越してくれるのがファラのやさしさだ。
「勉強をしっかりすればいいの。授業だって板書と先生の説明があったし。」
(しっかり)
板書しているうちに授業が終わっているのでフレスベルにとってこれまでの日々は読み書きの練習であった。
授業内容はまるで頭に入っていない。
なにしろ、絵本しか読まずに立派な大人の体になってしまったのだから。
などとはさすがにいえなかった。
「それでなんだけど
ごめんなさい。
しばらく、放課後は一人で勉強に集中するわね」
フレスベルはうなずく。
「お互い頑張りましょう。」
ファラが遠くなっていくのを心細く見つめていた。
フレスベルは本当に呆然とたちつくしていた。
図書館の人気のないところで、授業の範囲と思われそうな書籍の背表紙たちを眺めていた。
(ぶ、分厚い…)
ノートの意味が分からない。教科書もわからない。
勉強もそんなにしたくない。
ここにはいたい。
楽して単位をとれないか、図書館に来たのであった。
しかし、本を見つけるところから、全然楽ではなかった。
フレスベルは人気もなかったので隠していたネックレスを衣服から取り出した。
赤く輝く美しい石。
(助けてください…まだ…ここにいたいんです)
にぎりしめ、祈る。
「きみ、おもしろそうなものもってるね」
「!?」
フレスベルは身じろぎした。
そして、ネックレスを第一にしまう。
最大の警戒態勢に入る。
(だ、誰この人)
「おどろかせて悪かったね。フォーリッツさん。」
(なんで、知っているの!?)
「それは、きみの評判は最上級生のぼくにもとどろいているからね。」
(何で何を思ってるか分かったの!?)
フレスベルは自分の百面相の自覚がない
「学年きって、いや、学園きって、歴代きっての優秀な素養を持つ名家のお嬢様ときいているよ。」
「名乗りが遅れて申し訳ない。
ぼくはクォーツ・ラピスティーヌ。
以後お見知りおきを。」
「魔力の波動かなにかを感じるんだ。その石。」
「嫌です!」
フレスベルはその先を見越してできる限りの拒絶をする。
「良い話だと思うんだけど。
フォーリッツさん、テスト対策で困っているだろ?」
「!」
フレスベルは、図星だったのでからだにピン、と力が入った。
「ぼくはね、これでも、テストの成績では困ったことがないんだ。
ぼくが、対策を教えるから、
かわりに、石を見せてほしいんだけど」
フレスベルはもう嫌ですとはいえなかった。
天秤に必死にかけた。
(ネックレスをとられたらどうしよう)
「石の鑑定は君の目の前でするよ」
ネックレスを握りしめているそぶりで、想像されたことはフレスベルは気づかなかった。
フレスベルは、必死に言った。
「私の落第を阻止したらお見せします」
かなり大胆に言ったつもりだった。
対策を教えるのではなく、成果を出したら、という条件にしたのだ。
クォーツは目をぱちくりしたあとに、ハハッとわらい
「わかった。このクォーツ・ラピスティーヌの名にかけて阻止して見せよう。」
二人の勉強会が始まる。