4_魔法演習なんて無理
「フレスベル!?
今日もおもしろいことを考えている…
どころの顔じゃないわね」
フレスベルは震えていた。
(どうしよう)
フレスベルは家を出られたこと、
素敵すぎる友達ができたことが
嬉しすぎて、肝心なことを忘れていたのだ。
ここは魔法学校だ。
魔法を学ぶ場所だ。
魔法を使わなければならない。
今日は初めての魔法の実技演習なのだ。
自分が魔法を使ったのは、
幼い時、嫡子である長男から自分を守ろうとして傷つけた時が最初で最後なのだ。
(傷つけるために力を使わないこと)
少年との約束を、激高した時にネックレスを握りしめ考えていた。
フレスベルは不安だった。
(暴発して、なにか失敗をして誰かが怪我でもしたら…)
ファラはフレスベルの百面相を心配そうに見ていた。
「フレスベル」
肩にそっと触れる。
フレスベルはハッとする。
「あ、ごめん…なさい。ファラ」
「わたしにできることはありそう?」
フレスベルはファラの真剣なまなざしをみて、少し気持ちが落ち着いた。
「ありがとう…じゃあ…」
「うん」
「魔法の実習ってどんな形でやるのかな」
ファラは思い出すように指先であごに触れ、
「たしか…魔法で強化された大きい土人形を魔法で壊すのだったようなきがするわ。
どんどん、壊す人形がつよくなっていくの。」
「そうなんだ…」
「というか、これは、実習の準備授業の時にいっていたわよ?もう。」
ファラは困ったように笑う。
「そうだったの。ごめんなさい…。」
フレスベルは恥ずかしくなってしまった。
フレスベルは、板書を写しているうちに授業が終わっているような状態だということは、さすがに言えなかった。
しかし、希望は見えた。
(土人形にぴたりと当てられれば、約束は守れるかもしれない)
(まだここにいたいもの。変な事件は起こせない)
(そもそも、魔法が使えるかもわからないし)
(がんばろう)
「顔色が良くなったわね。役に立てたみたいでよかった。」
フレスベルは、ファラと勇んで訓練場に行くのであった。
フレスベルは、緊張していた。
(一人ずつだなんて、聞いてない)
(人目が苦手なのに!)
訓練場は中央に正方形の試合場がある。
教師による泥人形破壊の実践と、
簡単な指導のあと、実践が始まった。
そこに土人形がおかれ、生徒たちは魔法の演習をしている。
教師は見ている。
「あー、2体しか倒せなかった」
「僕なんか1体だよ」
「まあ、魔法は素養が大きく関係しているし、この学校は筆記の方が大事らしいから。
僕は中間テストを頑張るよ…」
終えた生徒たちは気が抜けたように話している。
「緊張するわね」
ファラが気を使って耳打ちをしてくれる。
「うん…」
(また、ここでも呪いの子になってしまうのかしら)
呪いの子と言われ過ごしたフレスベルは、家族から受けた冷遇の日々を思い出してしまう。
胸元のネックレスを抱きしめる。
「フレスベルっ、そろそろあなたの番よ。
並ばなきゃ」
ファラが、現実に引き戻してくれる。
「あ、ありがとう」
「次」
教師の声がきこえる。なぜこんなに厳しそうな声に聞こえるのだろう。
「はい」
使い方は指導があったのに全くわからなかった。
不安に押しつぶされそうになった。
(わたしはまだここにいたい)
深呼吸し、手を泥人形に向ける。
初めて魔法を使ったとき、ただ一つ憶えていることを思い出す。
(傷つけたいの中に、助けてって思いもあったはず。)
ネックレスを握りしめる時のように願う。
(助けてください!)
炎弾を思い浮かべる。
ドシュッ
という音がして、炎弾が現れ泥人形の方へ向かっていく。
(え、今、なにか…懐かしい感じがした)
ピタリと泥人形を破壊した。
(でっ)
(できたー!)
フレスベルは感極まった。
そのため、訓練場の空気が豹変していることに気づかなかった。
教師はいった。
「次に行きましょう」
声が柔らかくなっている気がする。
「はい」
教師が魔法をかけると泥人形の形が元に戻った。
フレスベルは炎弾を思い浮かべながら
(助けてください!)
とネックレスを握りしめるときのように念じた。
また、泥人形を破壊した。
(う、嬉しい)
泥人形を、10体破壊したところで、
満点の成績をもらい、フレスベルの番は終わった。
「フレスベルさん、魔法の威力だけでなく、操作も完璧だわ。かなりの"感情のコントロール"と"祈り"が必要なはずなのに…。並みの生活では手に入らないわ。素晴らしい教育を受けたのね」
(教育…?)
何一つとして心当たりがなかったが、何も言わなかった。
フレスベルは困惑していた。
「すごいわ!フレスベルさん!」
「きっと歴代記録よ!」
「王付きの魔術師になれちゃうんじゃ…!」
「フレスベルさん、何者!?」
「どんな教育を受けていたんだ!?」
授業が終わると男子にも女子にも囲まれて、ずっと話しかけられている。
話しかけてくれるのは嬉しい。
注目を浴びるのは嫌だ。
ほめられたことなんてないから、こころがおいつかない。
(わたしに話しかけても面白いことなんてないのに…)
(でも)
少年のほほえみを思い浮かべる
(わたし、誰も傷つけなかったよ)
(呪いの子じゃないかもしれない)
「まあ、フレスベルさん!?どうしてしまったの?」
涙があふれていた。
「フレスベルは体調が悪くなってしまったみたいだから、部屋に連れて行くわね。」
ファラが背中をさすりながら、部屋に連れて行ってくれた。
さすられた背中があの日のあたたかさを思い出させて、もっと涙が出た。
部屋でベットに腰かけて、ファラがハンカチを差し出す。
涙は落ち着いていた。
「今日はちょうど授業も終わりだから、ゆっくりしたらいいわ。」
「フレスベル、もし、話して楽になることがあるなら…」
聞いてほしいと思う。
自分が呪いの子と呼ばれたこと。
少年との出会いを支えにこれまで生きていたこと
(どれも、一つとしてうまく話せる気がしない)
(どれも、一つとして全部伝わってくれないと)
(わたしはファラが好きじゃなくなるかもしれない)
「ううん、もう、よくなったから」
ファラはさみしそうな顔をした。
そしてフレスベルを抱きしめた。
「わたしが、あなたの味方でいられますように」
優しかった。
ファラは、どうしてこんなに人に優しくできるんだろう。
(わたしは、自分のことでいっぱいいっぱいなのに)
フレスベルはこころから喜びたかった。
魔法に大事だという"感情のコントロール"も"祈り"もこれまでネックレスに捧げていただけだろうということも。
自分がかなり優秀な魔法使いの素養があることを。
(わたし、呪いの子じゃなかったのかもしれない)
(そして)
(魔法を使ったとき、すごく懐かしかった…)
フレスベルは静かにその日は眠りについた。
ありがとうございます