2_相部屋なんて無理
フレスベルは、乗り心地が最悪であることも知らないで、馬車に揺られていた。
家族が手配した馬車は一番安い馬車だったのだ。
とても、名家の娘が乗るようなものではない。
しかし、フレスベルは、馬車に乗った覚えがないので、こんなものだろうと思っていた。
屋敷から出られたことに心躍るだけであった。
(学用品、絶対買ってもらえないと思った)
買ってもらえたのだ。
ピカピカの制服も、新品の教科書も、ペンもインクも。
(家の外で過ごすってどんなだろう)
こころも新品になった気分だ。
馬車は必要最低限の給金でフレスベルを魔法学校に連れていく。
フレスベルは早速絶望していた。
「相部屋…!?」
そう、寄宿舎の部屋は相部屋だったのだ。
そのことは、書類にて通知されていたがフレスベルは知る由もない。
相部屋とは、一つの部屋に二人の生徒が住むことを意味する。
つまり、他人と寝る時間、空間を共有するのだ。
寝られる気がしない。
フレスベルは、姉と昼寝もしたことがないのだ。
人が嫌いなのではなく、怖いのだ。
「相部屋の人より先についちゃった…」
荷ほどきをしながら、ふいにこれから相手が来るのを意識すると息が止まりそうだった。
「こんにちは、フレスベル・フォーラッツさんで合ってる?」
快活な少女の声が聞こえた。
「はひっ」
「はひ?」
「あ…いえ…はい。」
少女はほほえむ。
「わたし、ファラ・バーネング。よろしくね。」
フレスベルに手を差し出す。
(まさかこれは…)
(握手をしようというやつだろうか)
「すいません…」
フレスベルは謝る。
ファラは少し傷ついたような顔をした。
「どうしたの?」
(わたし、いつも、家族に汚いものみたいに見られていたもの)
(見た目は頑張ったけど、歩いているうちに毛虫に逆戻りしているもの)
「手が…きれいじゃないから…」
ファラはもっと悲しそうな顔をする
(あなたのせいじゃないのに)
(でも、この少女をこれ以上、悲しませたくない)
「わたしの、手が…、きれいじゃないから…」
(わたしが、傷つきたくないからでしかないのに)
「あなたの手を…汚しちゃう…」
フレスベルは胸元のネックレスを服越しに握りしめた。
(どうして、こんなことに)
(屋敷を出れば変われるわけではないのね)
(私は結局、呪いの…)
ぎゅっと手がファラの両手で包まれた。
「全然汚れてなんかないわ、フレスベルさん。
お世辞じゃないわ。柔らかくて、きれいで、お風呂に入りたてみたいよ。魔法みたい。」
柔らかい気持ちと恥ずかしさと湧き上がるなにかが胸の中を駆け巡る。
「私が嫌なのかと思ってびっくりしたけど、私の気持ちを考えてくれたんだよね。ありがとう。」
ファラはにこっと柔らかく笑う。
「良い寄宿生活になるわ。
わたしのことはファラと呼んで。フレスベルさん。」
フレスベルは、自分のことしか考えていなかったことが恥ずかしかったし、ファラともっといたいとおもった。
ファラは、一人に一つある椅子に座る。
「あの名家フォーラッツ家のお嬢様だって聞いてたから、怖い人かと思っていたの。」
(あの…?)
フレスベルは自分の家の評判なんてまるで聞いたことがなかった。
「あら、私ったらすごく失礼だったわ。いきなり、失礼だったわね。違うのよ。
あなたみたいに、名家の方でも優しい人でよかったって言いたかったの。ごめんなさい。」
申し訳なさそうに頭を下げる。
フレスベルは首を横に振る。
(なにもファラは悪いこと言ってないのに)
ファラは自分より家柄が低いらしい。
それに、家族のあの態度を考えれば、フォーラッツ家が怖いところだと思われてもおかしくはない。
「あら、いけないわ。荷ほどきもしないといけないのに。ついつい、座ってしまったわ。」
フレスベルは自分のせいかと思って体温が下がる。
「フレスベルさん、また、何か変なことを考えているの?顔が青いわ」
「わたしが…ファラさんの邪魔をしたかと思いました。」
ファラは呆れ半分、面白半分といった様子でくすっと笑い、
「私があなたと話したいと思ったからよ。」
といった。
フレスベルはすごくうれしかった。
フレスベルは素直に喜びたいのに、それでも何か裏があるのかと思ってしまう自分が本当に嫌だった。
「あなたはいやだった?」
フレスベルは毛虫頭の首をぶんぶんと横に振る。
「それでいいじゃない、ね。」
そういうものなのだろうか。
フレスベルは、不思議な気持ちと体が温まる感じがあった。
その日、フレスベルはこれまでの人生で一番いい夢を見て夜を過ごした。
あの少年ときれいな格好をした自分が楽しく歩きながら話している夢。
それでも、名前を聞くことはできなかった。
ありがとうございました。