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1_呪いの子フレスベル

「あの子、気味が悪いわ。昔からだけど」

「世継ぎのお兄様を傷つけているもの」

「呪いの力で」

「呪いの子だわ」




呪いの子。

名家の三女、フレスベルのことだ。

フレスベルは、生まれつき気弱な性格だった。

それが災いして、兄弟たちにいじめられ、人と過ごすことはなかった。

給仕もフレスベルに優しくしようとする者もいた。

しかし、それを見つけられようものなら、兄弟たちが、雇い主である両親にそれは楽しそうに報告し、減給なり、解雇に追い込まれる。




しかし、ただそれだけで呪いの子となったわけではない。

名家の嫡子である長男を、三女のフレスベルが謎の爆発で傷つけたのだ。

両親たちにはそうとしか伝わっていない。

しかし、フレスベルは何が起きたかわかっていないのだ。




その日、フレスベルは、姉達が本を読んでいるのに飽きて人形遊びを始めたのを見つけた。

あたりを見回しフレスベルはこっそり本を手に取り、開いた。

名家の家にあるだけあって、美しい挿絵が並ぶ。

フレスベルはこころ躍った。

きれいな男性がみじめだった少女をみそめ、舞踏会で踊るのだ。

文字は読めなかったが、それくらいはわかった。

次のページをめくろうとした時…

「お兄様!この子が!私の本をとったわ!」

心臓が飛び上がる

全身の血の気が引いていく

心臓の音がバクバクと響く

この後何が起こるのか、きっと、想像を超えることが起きる。

フレスベルは今日初めて声を出した。

「ごめんなさい…」

しかし、興奮した姉には届かなかった。




そして、気づくと目の前の兄がいて、腕に小さな火傷をしていた。

兄は自分を見て恐怖した後、大泣きした。

すぐに両親が現れ、兄は「フレスベルがやったんです!」と叫び、治療を受けた。

フレスベルは1日食事を与えられなかった。

自分には真新しいあざがあったことも、両親は興味をもってもらえなかった。

兄がどの程度のけがだったのか、フレスベルには知らされなかった。




フレスベルが周りのことで知っていること。

自分はフォーラッツ家という家の三女で12歳の姉の2歳年下であること。

自分が住んでいる国はフォリンドという名前であること。

家族たちはしきりに「精霊王様の加護がありますように」と言うこと。(お祈りというらしいがフレスベルは許されていない)

「精霊様」と仲良くすると「魔法」が使えること。

「魔法」は使いすぎるといけないこと。(なぜかは知らない)

「魔法」を使える人はすごいということ。

「精霊様」と仲良くできる人はすごいということ。




兄弟たちは剣術の稽古や、家庭教師になにかを教わっている。(自分の見えないところでしているので何をしているのか分からない)

何か、できるたびに「精霊に愛された子だわ!」と称賛されていた。

精霊に愛された子…その意味も教えられることはなかった。

出来が良い子を指す言葉なのだろうと、フレスベルはおもっていた。

どうして、精霊はわたしを愛さなかったのだろう。




フレスベルは、今年、ついに、自分用の本を手に入れた。

姉たちが飽きて、捨てようとした絵本だ。

母が機嫌がいい時に、うまく話せないなりに頭を総動員して、もらえるようお願いしたのだ。

こうして、なんとか読み書きだけはできるようになった。

いつか、大人になった時に、あの時読んだ絵本を読めるように。

今思えば、あの本はかなり豪華だったので捨てようとはしないようだった。




フレスベルは、心躍っていた。

夢のようだとはこのことかと思っていた。

なんと、自分を嫌っていると思っていた姉たちが、自分と庭に散歩に行きたいと言ったのだ。

姉達の後ろに少し速足でついていく。

自分は身長が低いからそんなものだろうと思った。

かなり歩いて、ひらけたところにでた。

「たくさん歩いたわね、フレスベル」

「ここに座って待っていてくれる?」

「この先にきれいな花があるの。摘んでくるわ。」

「見せてあげるから、待っていてね」

この間フレスベルは何も言っていなかったし、花は摘む前に生えているところを見たいと思った。

しかし、

「はい」

出てきた言葉はそれだけだった。




どんなに待っても、姉たちは帰ってこなかった。

自分の時間のたち方がゆっくりなのかもしれない。

そう思おうとしていたフレスベルは、自分がかなり小高いところにいたのだと気づいた。

丘の下に、姉たちがいる。

屋敷に入っていく。

フレスベルは、何が起きたか分かった。

(そうか…)

(自分で遊んだんだ)

(虫をいじめるみたいに)

(虫は飽きたから私にしたんだ)

涙より前に、強くて黒い何かが自分の全身を駆け巡るのを感じた。

(思い出した)

(あの時、私、あの男を傷つけた時)

(自分を守りたいって思うと同時に)

(傷つけたいって強く念じたんだ)

また、できるだろうか。

それだけの気持ちでいっぱいになった。

姉たちを傷つけてやろう。




「大丈夫?」

小鳥がさえずるような声が聞こえた。

「だっれ…!?」

首を絞められたカラスのような声がでる。

声の方を見ると、兄達と比べるのもおかしいような少年がいた。

この容姿を表すのに美しいという言葉を使うのだろうか。

少年は金髪で髪は肩にかからないくらいの長さで、赤い宝石のような瞳をしていた。

フレスベルは、射貫かれてしまった。

少年は近づいてくる。

さく、さく、さく、と草を踏んで近づいてくる。

フレスベルは、いくら美しくても、むしろこの美しさに、警戒した。

「こないで…」

「どうして?」

怖いからに決まっている。

怒りがおさまらないのに、少年の美しさに絆されたくない。

怒っていたい。

「…」

何も言えないフレスベルに、少年は一言だけ言った。

「つらかったね」




フレスベルは、耳を疑った。

つらいなんて、言ったことも、思ったことも、ましてや言われたこともなかった。

言葉としか知らなかった言葉に、勝手に涙が出てきた。

そして、少年はハンカチでフレスベルの涙をぬぐう。

少年は、フレスベルがしゃくりあげるのが止まり、放心するまで、背中をなでるようにさすっていた。




「お屋敷の入り口まで送っていくよ」

フレスベルはコクリとうなずく。

少年はフレスベルより身長はずっと高かったが、フレスベルは自分の歩幅で歩けた。

フレスベルは、歩きながら急に恥ずかしくなってきた。

なぜならば、フレスベルは、服はおさがりだし、髪は自分でたまに切るだけで、毛虫みたいだと思っているし、体もガリガリで絵本の人と全然違う。

話したい

と強く思った。

しかし、なにも思いつかない。

最近、読み書きができるようになったこと?

自分で髪を切る方法にコツがあること?

服がぶかぶかでも着るすべがあること?

この美しい少年に合う話題がまるでない。

そんな風に考えていたら、よほど、百面相していたらしい。

「君は、泣いてるより今の方がずっと僕は好きだな」

「すっ…!?」

「うん、ずっと見ていたい」

フレスベルは顔が真っ赤になってしまった。

もじもじとするしかないフレスベル。

屋敷の入り口までついてしまった。




入り口の外で、屋敷から見えないように少年がフレスベルに向き合った。

「フレスベル」

「えっ」

私の名前をなぜ、と思ったがとっさのことで言えなかった。

むしろ、どんなに万端でも言えないのだが。

「聞いてほしい。

君の力はすばらしいものだよ。でも、約束して欲しいんだ

傷つけるために力を使わないこと。

自分の力は悪いものではないということを信じること。」

「この二つを約束して欲しいんだ」

赤い瞳に呑まれる

フレスベルは何も出てこない。

ただ、音として、文字として、映像として、強く脳裏に刻まれるのを感じた。

「約束を守れなくなりそうになったら、これを見て思い出せるように。」

フレスベルは心臓が止まった。

抱きしめられるかと思ったからだ。

少年はフレスベルの背中にに両手から手を回し、もぞもぞと手先を動かした。

そして、首に重みを感じた。

ネックレスを少年がくれたのだ。

少年の瞳と同じ色の赤い宝石のようなきれいな石。

「傷つけられた分、傷つけたくなるのは当然だ。

「自分を守ること」は悪くない。

でも、今は約束して欲しい。」

フレスベルは抱きしめられた恥ずかしさとやはりそれでも受け入れられない気持ちでネックレスの石から目を離せなかった。

「また会いに来るから、フレスベル」

どうして私の名前を知っているの?

あなたの名前は?

勇気を出して聞こうと、前を見たが、少年はもういなかった。



フレスベルは15歳になった。

孤独な日々だった。

何かあればネックレスを握りしめ、約束を思い出していた。

ネックレスはフレスベルでも価値が高いことが分かったのでずっと衣服の中にしまい、見つからないようにしていた。

しかし、フレスベルは嬉しかった。

この国では貴族の生まれのものは、習わしとして寄宿舎付きの魔法学校に通うのだ。

家を出られるのだ。

「お母さま、本当にフレスベルを学校に通わせるの?」

「そうよ、寄宿費も授業料も入学料もあるのよ」

「しかも、あのこ、魔法なんてまるで使えないじゃない」

「縮こまって胸元おさえて猫背になるのは面白いけどお」

「しょうがないじゃない。うちの体裁を考えれば、いかせないことが面汚しよ。

それにね」

母ニヤリと笑う。

「入るのは書類だけでも、落第があるところを選んだわ。

絵本しか読んだことがない子はすぐ留年、退学になるわ。」

「そっかあ」

「そうねえ、じゃあ、退学になって帰ってきたら、どこかで労働者にでもなってもらえばいいかしらあ」

フレスベルはそんなことも知らず、ただ家を出ることを楽しみにしているのだった。

ありがとうございました。

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