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①代筆の螺旋 後日談

 「ごめんください。りく爺さんのお宅はこちらでしょうか?」

 「ごきげんよう。本日は何用ですかな」


 秋も深まってきたある日の昼下がり、見知らぬ娘がりく爺を尋ねてきた。


 面識のない相手が誰かからの紹介で尋ねてくることは日常茶飯事だ。

 りく爺は自然に応対する。


 「実は、この手紙の朗読をしてほしいのですが」

 「ほほう、左様ですか」


 先日の与太郎や増吉が字を書けなかったのと同じ程度に、字を読めないという者も江戸にはまだまだ大勢いる。

 手紙を読んでほしいという依頼もまた、ありふれた内容であった。


 「それでは失礼して」


 娘から手紙を受け取ったりく爺は、その内容に目を通す。

 そこには、見覚えのある筆跡で、見覚えのある文章が綴られていた。


 「そのお手紙、お侍さんから手渡されたんですの。何も仰らずに黙って手紙を渡されて、そのまま顔を真っ赤にして走り去ってしまったわ」


 娘はそう言ってはにかむが、りく爺は固まっている。


 言うまでもない。

 数日前にりく爺が筆を執った、あの恋文であった。


 完璧な出来だという自負を禁じえない、渾身の一作。

 だが、相手が字を読めないかもしれないということは想定していなかった。


 それにしてもまさかこの恋文が、りく爺本人のもとに戻ってくるとは。

 つくづく奇縁である。


 「素敵なお方でしたわ。私、その手紙が恋文であれば嬉しいなと思うの」

 「ほう、たしかにこの手紙には、貴方への熱い想いが綴られておりますな」


 自分が書いた、などということは伏せるりく爺。

 もらった恋文が代筆だった、などと知られれば興醒めであろう。


 「あら、やはり恋文だったのね。あの態度、絶対そうだと思ったもの」


 喜びはしゃぐ娘を前にして、りく爺はひとまず胸をなでおろす。

 どうやら両想い成立と見て間違いなさそうだ。


 しかし実のところ。

 恋の成就はあくまで、あの家来が勇気をもって手紙を渡したという行動のみが決め手となったように思える。

 であれば読めもしなかった手紙の内容など、別に何でもよかったのではないか。


 そう思い至り、なんとも釈然としない気分にさせられるりく爺。

 あの日のあの労力は一体なんだったのやら。


 「そうと分かればさっそくお返事を出したいわ」

 「それはとても良いことですな」

 「ええ。でも私、字が書けないんですのよ。ですから……」


 そういうと、娘は改まってりく爺に頭を下げた。

 このあとどんな言葉が続くか、すでにりく爺には当たりがついている。


 「代筆をお願いできますか?」


 もう代筆はこりごりだ。

 そう思いながらも、言われるがままに筆を執るりく爺であった。



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