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08 空席

 結局、昨日のうちに月那からメールが送られてくることはなかった。


 まあ、琴葉の部屋を訪ねた時にはもうすでにかなり遅い時間だったからある程度察しはついていたけどな。

 流石にあの天真爛漫に見える月那も深夜に送信してくるほど非常識なやつではないだろう。


 俺もまだメールの書き方については不安要素が残っていたから少し安堵している。

 一夜漬けで得た知識を使えるほど俺は要領がいいわけでもないしな。


 俺には何の音沙汰もなかったのになぜか琴葉はもうすでに月那とメールでやりとりをしているらしい。

 他愛もない世間話とかだったら別にいいが、週末の予定を二人の間で考えていたのなら結構渋い。


 だって女子間で決められた予定に俺がついて行けるわけないし。

 俺には琴葉しか女子についての参考になるものはないんだぞ。舐めんな。

 

 出かけるなどの遊びに行くことに対する女子の感覚ってどんな感じなんだろう。男子とそんなに歴然とした差があるものなのだろうか。気になるような、どうでも良いような。


 そんなことを午前中ずっと考えていた俺は、学校での昼休みも昨夜と同じように携帯電話を一人で眺めていた。




「よっす、奏。今、何してんの?」


 と言いながら俺の携帯電話の画面を覗き込む水門。


「ちょ! 人の携帯勝手に見んなよ。プライバシーの侵害で訴えるぞ」

「まあ別に良いじゃん、減るもんでもないし。それよりなんでそんなメールの受信箱なんか一人で延々と見てんだよ? 見たところ琴葉ちゃんから送られてきた訳でもなさそうなのに」


 理解し難いものを見る目で俺に問いかける水門。

 発言からして、俺のメールをする相手が琴葉以外いないと水門に思われているのがなんかムカつく。


「そんなのどうだって良いだろ。誰と俺がやり取りしようが、お前には関係ない」

「そんな冷たいこと言うなって、そんなんだと琴葉ちゃん以外の女子の知り合い一向にできないぞ〜」

「やかましいわ。俺が琴葉以外の女子と交流あるかどうかはお前にはわからないだろ」

「いや、自明だろ。証明するまでもない周知の事実じゃね?」


 こいつ、俺のことを舐め腐ってやがる。対蹠点(たいせきてん)まで吹き飛ばしてやりてえ。


 でも水門だけでなく、クラス全員からそう思われているのなら少し悲しいな。そんなにみんなの目には俺と言う存在は惨めに写っているのだろうか。


 俺は不安になったわけではないが、客観的にどう見えるのか知るために水門に聞いてみることにした。


 大事な事なのでもう一度言う。

 客観的に自分を認識するためであって、不安を感じたのではない。それを誤解しないで欲しい。

 って、俺は誰に言い訳しているんだか。


「俺ってクラスではみんなにそんな風に思われているのか?」

「んー、多分女子と関われないコミュ障というよりかは、妹大好きのシスコンと思われてる」

「は?」


 意味わかんないことを言う水門。コミュ障はまだわかるが、なんでそんな曲解が出てきたのだろうか。


「なんでそんなことになってんだよ。意味わかんねーよ。嘘をついてまで俺にどやされたいのか、このドMが」

「だから言った通りだって。みんなそう思ってんだよ。でもドMに関しては、完全には否定はしない」

「は? きも」

「そうゆうこと言うなよー。ほら、あれだよ。多様性的な? ジェンダー? LGBTQ? 世界で認められたことなんだから『きもい』とか言うなって」

「何が多様性、ジェンダーだ。どこにMの文字があるんだよ。あと、その世界で認められた問題について気軽に発言すんな。倫理的にやばいぞ」

「あ、そっか。すまん」


 水門の発言は時たま危ういことがある。何回それに俺が(あせ)らされてきたことか。今まで食べたパンの枚数くらい数えきれない。


 でも、今回も謝ってくれたようにしっかり反省することはこいつの美点なのだが。

 学習が完了するのはめちゃくちゃ遅いけどな。

 

 こいつはバカだが、本当の馬鹿ではないから俺も一緒に連んでいるという節はある。

 月那と同様、うざったいのには変わりはないが。


 

 ピコン__

 ここで俺の携帯電話が急に音を発した。通知が届いたというサインだ。ついにきたのか、まさか水門がいる時に来るとは。バツが悪い。


「あー、メールの通知音か。さっきずっと見てたもんな」

「ついに来たか……」

「誰からかなーっと、ん? 月那? お前にそんな名前の男友達いたっけ?」


 そんな風に問われ、咄嗟に携帯電話をバックの中にしまう俺。


 本当はその場で返信したかったが、水門がいるので返そうにも返せない。

 水門に俺が女子に送るメールを考えているのを見られるなんて嫌すぎる。


「なあ、奏。月那って誰だよ、この学校のやつか?」


 もう一度、月那について訊いてくる水門。


「別になんでもない。ただの知り合いだ」

「えー、本当にそれだけかよー。なんか隠してるだろー」

「何も隠してない」

「いいや、隠してるね。小学生の頃からの幼馴染の俺にはわかる! 幼馴染直感で!」

「幼馴染直感なんてきょうび聞いたことねえよ。てか、俺とお前は高校からの付き合いだろうが」

「気持ちの中での話だよ!」

「あー、ハイハイ。めんどいからもう突っ込まんぞ俺は」


 そんな感じの取り留めのない会話を約10分程度弾ませる俺たち。そろそろ昼休みを終わりかけている。


 だから俺は気づかなかった。周囲を注目を浴びていることと、その注目を浴びている存在に。



「なんですぐに返信してくれないのかな、奏」


 肩を軽く叩かれ振り向くと、そこには少し不満そうな顔をした月那と琴葉が立っていた。


「は、は? 月那? 琴葉? なんで二人揃ってここにいるんだよ⁇」

「それは奏のせいでしょ。さっきまで琴葉ちゃんのクラスでお話してたんだけど、琴葉ちゃんが『兄さんはいつも昼休みは教室で暇してます』って言ってたからメール送ってみたのに、全く返信してくれないんだもん。何かあったんじゃないかと思って二人で来てみたら、まさか携帯を開かずに楽しそうにだべっているとは思わなかったよ。別に後回しにするのは良いけど、せめて何か連絡ちょうだいよ」

 

 かなりの長文を流暢に話す月那。

 まさかたったそれだけのことで俺の元に来るようなやつとは思ってもみなかった。ていうか、本当に二人ともこの短時間で仲良くなりすぎだろ。


「それはすまん。完全に忘れてた」

「もう、今度から気をつけてね?」

「ハイハイ、わかった、わかった」

「その返事、本当にわかっているのかな?」

「月那さん、兄さんのその返事はめんどくさい状況の時にする返事です」


 すかさず琴葉の冷静な分析が入る。

 この二人の相手をするのは俺には厳しくないか? 特に琴葉が恐ろしすぎる。



「おい、奏。その子、誰だよ?」


 そんな水門の問いかけで俺はふと我に返って、周りを見渡す。

 俺たち3人はクラスメイト全員の耳目を集めていたようだ。俺たち3人というか、主にみんなにとっては見慣れない銀髪の少女が。


「奏、お前こんなに可愛い子と知り合いだったのか⁉︎」


 ここで俺は理解した。月那が注目を浴びている理由を。

 よく考えてみればとても単純なことだった。みんなの目を奪ったのは、俺も一眼で魅了された月那の美しい容姿だということだ。


 そもそも初めて会った時から俺は不思議に思っていたんだ。

 こんなにも人を一瞬で惹きつけるような容貌をしているのに、なぜ校内で噂などになったりしていないのかと。

 正直、学校のマドンナどころかテレビでよく見かけるような女優なんかより全然可愛い。まあ、色気はほぼ皆無であるが。


 そんな変な空気が流れている教室の雰囲気を一変するような声が聞こえてきた。


「おい、お前ら授業はじまってるぞ。さっさと席につけ」

「げっ、皇先生!」


 その声を聞いて席についていなかった人たちが、焦って着席する。

 気づかなかったが琴葉はすでに教室から姿を消していた。さすが優等生。


「お、月那じゃないか。ようやく私の授業を受ける気になったのか」

「いえ、そういう訳ではないんですけど……まあ、奏の普段の様子も知りたいし、今回は授業受けますよ」

「お、そうかそうか。じゃあ席についてくれ」


 そう言って俺の隣の席に着く月那。


「よろしくね、奏」

「は? なんでとなりの席に座ってんだよ?」

「なんでって……ここが私の席だし」


 俺は教室の隅にある席の隣でいつも授業を受けていたが、その席はいつも空席だった。

 普通に余っている席なのかと思っていたが、まさかちゃんと生徒が割り当てられている席だったとは驚きだ。


 まあそんなことより今は月那がクラスメイトだったことの方が衝撃だ。


「じゃあ席くっつけるね」

「なんでそんな必要があるんだよっ」

「だって私、何も持ってないし、それだと授業まともに受けられないからね」

「まあ、それは確かにそうだが……」 


 そう言いながらピッタリと俺の席に自分の席をくっつける月那。

 そんなことをしているからか、授業中であるのにも関わらずみんなからの注目を浴びる俺たち。


 はあ……授業が終わったらみんなに何を言われるのだろうか。どう考えてもめんどくさいことになるに決まっている。


 本当にこいつは俺を平凡な生活に至らせてくれるのだろうか。真逆のことをしているとしか思えない。



 そんな憂鬱な気持ちで、俺は皇先生の授業へと意識を向けるのであった。


 



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