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07 女子とのメールの仕方について

 俺は帰宅してから自室で一人、携帯電話の画面をずっと眺めていた。


 それはもちろん、基本プレイ無料のゲームをしたり動画コンテンツを見たりしているわけではない。

 ただひたすらにとあるアプリを開いた瞬間に表示されるようになっている画面を少し緊張しつつ、見つめていた。


 だって、仕方がないじゃないか。人生で初めて女子のメールアドレスを手に入れたんだから。


 しかも、同じ部活のメンバーときた。

 これからメールでのやり取りはただのクラスメイトなどと違って、行われることは必然であると言える。

 つまり今まで一切合切、女子と会話をしてこなかった俺が定期的に文面での意思疎通を図らないといけなくなるのだ。

 

 正直に言うとかなり困っている。本当にまいっちんぐマチコ。

 やばい、困惑しすぎて古臭いネタを脳内でかましてしまった。

 

 こんなことで頭を抱えているなんて琴葉に知られたら笑われるというより、呆れられるかもしれないな。


 だが先手必勝。先に女子とのメールでのやり取りを円滑に進められて、なおかつバカにされないような文面の書き方を教えて貰おう。呆れられてもこの際、別に良い。背に腹はかえられないからな。


 そして俺は、思い立ったが吉日というのだから早速悩みを琴葉に伝える。


「琴葉、ちょっといいか?」


 琴葉の一人部屋の扉をノックしてそんなふうに問いかける。


「兄さん? こんな時間に何か用ですか?」


 少し眠気混じりの声で返事をする琴葉。


 その声を聞いて、俺は携帯電話の時刻表示に目を向ける。23時ちょうど。些か遅すぎる時間帯に話しかけてしまった。これはもう仕訳ない。 


 だが、俺は会話を続ける。


「悪いんだが、部屋から出てきてもらってもいいか?」

「んー、立ち上がる気力が今の私にはないので、部屋に入ってきてください」

「え、いいのか?」


 妹とはいえ同い年の女子の部屋に押し入るのは俺も(はばか)られるのだが。


「用事があるのは兄さんなんですから、私の言うことに従うのが筋だと思うんですけど」

「まあ、確かにそうだな。じゃあ、入るぞ。お邪魔します」


 そう言い、遂に目の前にある俺と琴葉を隔てている扉を開く。


 なんだかんだ言って、俺が琴葉の部屋に入るのも久しぶりな気がする。

 他の女子の部屋を見たりしたことないから一概には言えないが、琴葉の部屋はかなり可愛らしい部屋になっていると思う。


 琴葉の部屋の概要は大体こんな感じだ。

 基本的に勉強机とベット、本棚から構成されており、女の子らしく置き鏡の前には身なりを整える道具が置かれている。

 一番の特徴はゆるキャラ感のある動物のぬいぐるみが至る所にあるということだ。そこには俺が誕生日プレゼントとしてあげたぬいぐるみなんかも混じっている。


 ちゃんとこういうのを飾ってくれているというのはこちらとしてもかなり嬉しい。まあ少し雑な置き方なのが気にはなるが。


 やはり琴葉は優しい良い子だなと俺は再認識した。


 そしてその部屋の本人は真面目な口調とは裏腹にベットの上で寝っ転がって文庫本を読みながらダラけていた。


「それで琴葉、ちょっと聞きたいことがあるんだが」

 

 そう俺が言うと、琴葉は起き上がり体制を整えてベットに腰をかけたまま俺の方に目を向ける。


「それで? どんな用件ですか?」

「えっと……それはだな……」


 覚悟を決めたつもりでいたが、ここにきて言葉に詰まってしまう。


「なんですか? 早く答えてください」


 少しいらだっているように見える琴葉。


「あの……相手に引かれないメールの書き方について教えてくれないか」

「え? なんですかその女々しいお願い」


 予想通り呆れたような声で琴葉は返事をする。

 俺自身が一番判っているんだよ。情けないお願いをしているということはな。だが、俺はここでは絶対に屈しないぞ。


「まあ、良いですけどねそのくらいのこと。どうせ月那さんとメアド交換をしたから焦っているんでしょう? 全く本当に仕方ないですね。ほら、隣に座ってください」


 結局、妹様には俺の考えていることなんて全てお見通しだったようだ。全く、琴葉には何をとっても敵わないな。


「じゃあ、手始めにどんな感じだと印象の良いメールになるんだ?」

「そうですね、とりあえず相手の予定を確認するという体で、一旦文字を起こしてみてください」

「予定の確認だな。分かった」


 本当に送信するわけでもないのでメモ帳のアプリを開いて、文字を打ち始める。

 

 すると急に琴葉が首を傾けて頭を俺の肩に乗せてきた。


 眠ってしまったのだろうか。さっき、話している時も眠たそうだったしな。と思ったが横に目をやると琴葉の視線は俺の手元にしっかりと注がれていた。

 

「どうしたんだ? 眠くなったのか? それなら俺はおいとまするが……てかそれ以前に距離が近すぎません?」

「別に眠くはないです。それにこれくらいの距離、兄妹なら当たり前です」


 そういうものなのだろうか。

 俺にそれは判断できないからなんとも言えないが、一つこれだと断定できることがある。


 それは琴葉は今、睡魔に襲われているということだ。


 本人は否定していたが、いつもの琴葉なら絶対にこんなことはしないであろう。


「やっぱ眠たいんだろう? 俺なんかにもたれかかってるし」

「だから大丈夫ですって。私は普段通りです」


 今、思い出したが琴葉は朝や寝起きに意外と弱いんだ。それで眠気を帯びた今も少し気が抜けているのだろう。

 

 そうすると俺を朝遅刻しないように起こしてくれる時はかなり早起きしているということになる。それを思うと本当に自分はダメダメだなと痛感する。

 

 そしてようやく書いていた文面を俺は完成させる。


「こんな感じでどうだ?」


 琴葉に携帯電話の画面を見せる。


「いや、なんですかこれ。本当に考えて書きましたか?」


 俺に寄りかかっていた琴葉が疑うように俺の顔をみる。


「俺としてはまあ良い感じになったかなと思ったんだが……」

「全然ダメです。まず文面が固すぎます。そして聞くのが直球すぎです。もう少し会話をするという意思を見せてください」


 でもメールって会話というより報告などの場じゃないのか? それに今回は予定を聞き出したいんだろ? ならこれ以外に書くことなんてあるのか?


「そんな会話をするようなもんか? メールって」

「はあ……そんなんだから兄さんは女子と関われないんですよ」


 結構辛辣なことを言われてしまった。心が痛むからやめて欲しい……


「兄さんは女子と関わる必要ないんですけどね…………」

「ん? なんか言ったか?」


 何かを琴葉はボソっと言った。聞こえなかったが、まあ小声で言ったのだから別に重要なことではないのだろう。


「じゃあ、どんなふうに書けばいいんだよ?」

「私が同じ内容で書いてみますから、見ててください」

「ああ、分かった」


 琴葉に見せられたメールの内容はメール初心者の俺から見ても完璧と言えるものだった。


 誰が見ても嫌に思わない慮られた文章。よく教室で耳にするような俺からすると余計だが、女子の間では必須と思われる内容の文。

 さすがとしか言いようがない出来だった。


「お前、すごいな。こんなことまで完璧とは……」

「まあ、兄さんの妹ですから」


 それは皮肉的な意味で言っているのだろうか。本当に俺の妹は可愛げがない。


 結局、約一時間程度琴葉による女子とのメールの特別講座は続いたのだった。

 

 

 

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