04 椿兄妹
「__とまあ、今言った通りだがついて来てくれるか?」
俺は今日出会った、形容するならば秀麗な美少女である朝霧月那との約束を遅くなった言い訳と同時に琴葉に伝えた。できるだけ遅くなったのは月那のせいだと聞こえるように少しばかり内容は改ざんさせてもらったけどな。
「まあ、流石に人のお願いは無視できませんし、明日兄さんに同行しますよ」
「おお! ありがとな、琴葉」
面倒臭そうな雰囲気を一切感じさせず俺のお願いに応じてくれる琴葉。物分かりがいい子でほんとに良かった____というのは嘘で、俺はちゃんと知っている。琴葉が物分かりがいい時は何がとは言わないがとてつもなく危険なときであると。
「ですが____兄さん」
「はい」
琴葉の凄みを利かせた様子に俺は黙って返事をするほかなかった。
そして琴葉はここ最近で一番の満面の笑みを浮かべる。ただし、その顔の色合いは現在時刻、21時の空よりも黒く俺の目には映った。
「つまるところ兄さんは、私を待たせておいて自分は『可愛い』女の子に会いにいっていたと」
「い、いや美少女とは言ったけど可愛いとまでは……」
「何か違いがあるんですか? 違いがあるなら簡潔に分かりやすく納得できるように説明してください。女の子を放置して他の女の子に会いに行く兄さん?」
琴葉の吐く言葉がどんどん鋭さを増していく。人から感じ取れる感情的な冷たさにおいての絶対零度はこの瞬間の琴葉なのではないかと俺は思う。真冬の北海道みたいだ。一度も行ったことないけど。
「こんなことになるなら、せめて何があったか連絡くらいください。いいですね? 今度もしこんなことがあったら、兄さんの持ってるゲームソフト全て燃やしますからね」
「わ、わかった、わかったから! それだけはマジでやめてくれ‼︎」
「それは今後の兄さん次第です」
琴葉、恐ろしい子。
でも本当にゲームを燃やされるのは洒落にならないくらい嫌なので、これからはちゃんと気を付けよう。
「本当に気をつけてくださいね……私にはもう兄さんしかいないんですから…………」
その言葉がさっきの罵倒の何倍も胸に深く突き刺さる。琴葉は俺には聞こえていないと思っているのだろう。だが、俺はその言葉も発言と同時に急激に陰りを宿した表情も認識した。
その言葉は琴葉には言わせてはならないって判っていたのに、俺の軽率な行動で言わせてしまった。
俺たち兄妹は血のつながった本当の兄妹ではない。
俺の親父と琴葉の母さんが再婚してできたいわゆる義理の兄妹だ。両親が再婚したのは俺たちが中学一年生になったころ。
その時は年齢こそ同じではあるが、赤の他人が自分の聖域に介入したことがとてつもなく嫌でお互いを避けて生活していた。
そんな俺たちを見かねたのか両親はある日、家族での国内旅行を決行した。その旅行とは、行き先は伝えられず、乗用車で両親が決めた場所へゆっくり寄り道しながら向かうというものだった。長い時間を共にすることで俺たち兄妹が親密になれると考えたのだろう。
そして俺たちは乗り気では無いながらも車の後部座席に乗り込んだ。
「お前ら、伏せろっ‼︎」
運転していた親父が俺たちに向かってそう叫ぶ。
下道を走っていたら脇道から小さな女の子が飛び出してきたのだ。
「うおおおお‼︎‼︎‼︎‼︎」
親父は全力でハンドルを右に切る。女の子の目の前スレスレで車は右に曲がり、その場に静止する。
「ふう、良かった……」
親父は安堵からか長めに息を吐く。だが、そこで落ち着いている場合ではなかった。車が右に曲がり静止したということは今この車は、反対車線に位置しているのだ。
「危ない‼︎‼︎」
どこからかそんな声が聞こえてくる。その声に応じて前を見た時にはもう全てが遅かった。
明らかにスピード違反なトラックが目の前に迫ってきていた。
俺は今でも思う。あのとき、両親の提案にさえ乗っていなければ二人を喪うことはなかったのにと。
それから俺たちは母方の叔母の仕送りで、二人だけで生活をすることを余儀なくされた。両親を喪ったことによって負った心の傷は互いに縋ることで薄れていったと思う。
まさに一蓮托生、皮肉なことだがこのことにより俺たちは本当の兄妹、いやそれ以上の関係になれた。
そして二人きりの生活にも慣れ、お互いを認めることができた俺たちはその後、学校生活へと復帰した。
琴葉はそれから学校で優等生を貫き、みんなに慕われるような存在へと成っていった。
それに比べて俺は、一部の人が見えなくなるという病気のようなものを発症し、琴葉の兄になるどころか何をしても駄目でやる気もない、そのくせ願望だけはある堕落した人間へと落ちぶれてしまった。
かといって俺だけがまだ傷を抱えているわけではないのだ。
俺は分かりやすく謎の病気といった形で現れてしまったが、琴葉もその実、両親を喪った傷を抱え込んだままなのだ。
だから絶対に俺は琴葉の傷を抉るようなことをしてはいけない。
「本当に悪い。琴葉」
そう言って俺は琴葉を強く抱きしめる。
「え、え、ちょっと、兄さん⁉︎」
琴葉はそう言い、顔を赤らめる。
「もうできるだけこれ以上心配をかけるようなことはしないよ。あと、キツい時は俺を縋って良いんだからな。なんてったって俺はお前の兄なんだから」
気休め程度ではあるが俺は琴葉の頭を撫でながらそう告げる。もう絶対に琴葉を傷つけないと意思を固めながら。
「兄さんったらもう、ふふっ。それじゃあお言葉に甘えさせていただきますね」
そう言って俺の胸に顔を埋める琴葉。
そして琴葉は上を向いて少しいたずらな笑みを浮かべる。
「兄さんもキツくなったら私に縋っていいんですからね?」
「それは……兄としてまずくない?」
「そうかもしれませんね、ふふっ」
そのまま俺たちは少しの間、くっついたままで時を過ごした。




