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18 椿琴葉の独白

 私__椿琴葉は兄さんである椿奏のことが好きだ。

 どれくらい好きなのかというと、兄さんのためなら自分のことなどどうでもよくなるくらいに大好きだ。


 私はいつの間にか好きになっていたなどという軽薄な感情を兄さんに抱いているつもりはない。だから好きになった理由も時期もしっかりと自覚している。


 私はそもそも家族という存在が大好きだった。

 物心ついた時にはお母さんしか家族と呼べる存在はいなかった。父親の顔なんて一度も見たことがない。


 それでも私は別に寂しいなんて思ったことは一度もなかった。

 確かに周りの子たちとは違った家族の形なのかもしれない。けれど、愛情深く私のことを一から丁寧に育て上げてくれたお母さんがいるだけで十分だった。

 大好きな母という存在が近くにいてくれている。それだけで私はとてつもなく幸せだったのだ。


 中学一年生の頃、人生で最大級の事件が起きた。

 

 新しい家族が増えた。母と私だけで構成されているテリトリーに他者が入り込んできたのだ。

 もちろんそれはお母さんが自ら招いた人たちだと理解はしていた。

 けれど思春期真っ盛りの私がその人たちを『はい、そうですか』と受け入れることなんて到底できやしなかった。


 あの頃、私は新しい父親と兄さんのことをこれ以上にないくらいに避けていた。

 正直に言うと邪魔な存在だった。お母さんと私だけの空間であるこの場所に入り込まないで欲しかった。

 だから私は二人にとって最低な態度を取り続けた。特に兄さんには強く反発していたと思う。

 赤の他人でしかも同い年、そんなのが家族になるなんて認められるわけないだろう。


 そんな態度と取っていたからだろうか。

 兄さんも私のことを避け始めた。いや、最初から避けられていたのかもしれない。兄さんも私という異物の混入を認めることができなかったのだろう。

 なら、お互い様だ。これ以上、相手を害することもないだろう。

 

 なんて考えていたとき、本当の事件が起こった。

 家族が勝手に増えたと思ったら、今度は家族を失ったのだ。


 訳がわからなかった。

 私は何にもしていないのになぜお母さんを奪われたのだろうか。なぜ私から幸せを奪うのだろうか。

 神様に嫌われているとでもいうのだろうか。

 

 私はそんな感情に支配されて自分の殻にこもってしまった。

 もう私から何も奪わないで……私はどうなってしまってもいいから‼︎


 そんな自暴自棄になっている私に新たな愛情をくれたのが兄さんだった。


 兄さんは今まで避けていた私のことを妹扱いしてくれるようになり兄として精一杯、私のために色んなことをしてくれた。自分だって家族を失って辛いはずなのに。私に構う余裕なんて無いはずなのに。

 それでも兄さんはいつだって私の兄__家族でいてくれた。


 この時に私は兄さんのことを好きになったのだ。


 そこで私はようやく兄さんのおかげで変わることができた。自分の殻を破ることができたのだ。


 私は幸せを取り戻してくれた兄さんのために何かしてあげたい。その一心で様々なことに挑戦した。

 苦手だった人前に出ることさえ、勉強をすることさえ、家事を全てこなすことでさえ兄さんのことを想うと何だってやってのけれた。

 まあ、料理だけは上手くいかなかったんですけど。


 正直この好きという気持ちが家族としてのものなのか、異性としてのものなのか私にはまだわからない。

 けれど別にそんなことはどうでいい。




 兄さんは多分こう思っていると思います。

 自分は妹である私に頼ってばかりだと。兄としてすごく情けない姿を晒していると。

 けれどそれで良いんです。この状況を作り出してしまったのは私なんですから、兄さんが悩む必要はないんです。


 兄さんがいつまでも私のそばにいて欲しいから。


 私のわがままだというのは百も承知です。

 ですがこのわがままを兄さんにはどうか受け入れて欲しい。


 兄さんがこの先、どのような人に変わってしまおうと構わない。

 でもその隣にいるのが私じゃなきゃ嫌なんです。

 

 だから絶対に兄さんの隣を譲るわけにはいけません。

 水門くんだろうが、月那さんだろうが絶対に渡しません。


 そして絶対に兄さんを失いたくない。


 そうして私は体調を崩して眠っている兄さんのベットの中にこっそりと忍び込み、そっぽを向いている兄さんの背中を横になった状態で後ろから力いっぱいに抱きしめた。

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