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16 保健室での出来事

「やっと起きたね奏。おはよう」


 なんとそこにいたのは水門が伝達したはずの琴葉ではなく、なぜか落ち着いた様子の月那だった。


「なんでこんなところにいるんだ、月那」

「はあ……女の子が心配して来てくれたというのに、それが最初にかける言葉かい?」

「だってそもそもお前は俺が保健室にいるなんて知らないはずだろ」

「そこはね、置いといてー」

「いや、勝手に置くな」


 俺の振った話をスルーしようとする月那。

 

 なんなんだろうかこいつは。

 変な部活動をしているかと思えば、授業にも出ていないし、いつも意味不明な言動ばかりしている。

 謎が多すぎてもはや何から突っ込めば良いのかすら分からん。


 今だってそうだ。

 俺が体調を崩した__というのは今朝教室に入ってからのことだから月那は知ってるはずがない。

 教室にこいつの姿は見当たらなかったしな。

 しかし、この場に来ているという事実。


 理解し難いな、本当に。


「それで、なんでここにいるんだ」

「え、その話まだ諦めてなかったの?」

「生憎、一回で諦めるほど俺は往生際が良くないんでね」

「しつこいと女の子から嫌われちゃうよー」

「大丈夫だ。俺にはそもそも付き合いがある女子など琴葉以外いない」

「うん。それを堂々と言っちゃうのは流石にどうかと思うよ、奏」


 一瞬、あわれむような目で見られた気がした。


 男子高校生が女性と関わりがないことはそんなに同情されるような悲しいことなのか?

 俺は別にそうとは思わないんだが、どう思う?


「で、結局なんなんだ」

「えーとね、水門くんが慌てて保健室から出てくるのを見たからかな。それで奏に何かあったのかなーと思って」

「なんだそういうことか……ってなんで水門が出てきたら俺確定なんだよ」

「え? 君以外ないでしょ?」

「決定事項なのかよ……」


 何を言ってるんだこいつ、って顔で月那は俺を見つめてくる。

 

 別にどうでも良いことなのだが、水門と俺がセットととして考えられていることがなんだか腹が立つ。

 流石にあそこまでバカじゃないぞ、俺は。




「それにそろそろかなと思っていたからね」

 

 その一言で場の雰囲気が一気に変わる。


 は? そろそろ? こいつは何を言っているんだ?


「そろそろって何がだよ」

「何がって言われると答えにくいけど、簡単に言えば君に変化が訪れるのがかな」


 そんなことを口にする月那。

 

 なんでそんなことがお前に判る。俺はまだ悩みを打ち明けてはいないはずだ。

 そもそも内容を知っていたとしても発症のタイミングなんて判るはずがない。

 第一、琴葉や俺自身もこの件に関しては何も判っていないんだ。


「おい、月那。お前は一体__」

「お、来たみたいだね」


 月那がそう言うと俺たちのいる保健室の扉が勢いよく開かれる。


「兄さん! 大丈夫ですか⁉︎」


 扉を開けてこちらに向かってきたのは慌てた表情の琴葉だった。


「琴葉か? 今ちょうど月那が来ていて__」

「? 何言ってるんですか、兄さん?」


 振り返り月那がいた方を見ると、そこにはすでに彼女の姿はなかった。


 本当に訳がわからない。

 この短時間でどう移動したというのだろうか。

 あいつはそもそもこの場所にいたのか、それすらも怪しくなってきた。


 あいつは本当に俺たちと同じ存在なのか? 


「それで、何があったんですか⁉︎」

 

 そんなことを考えていると琴葉が心配そうに声を荒げて言う。


 今は月那のことを考えてもどうしようもないか。実際、この場に居ないんだし。

 それよりも琴葉に何が起きたかを説明する方が先決だな。


 俺は体勢を整えて琴葉の方に顔を合わせる。


「まず、来てくれてありがとう琴葉」

「それは妹として当然です! ……えへへ」


 はじめに俺は琴葉に感謝を示し、頭を撫でてやる。


「言いにくいんだが……その……また起こった」

「……‼︎」


 その一言で何が起きたか察したのだろう。

 琴葉の顔がわかりやすく曇ってしまった。


「それって……何人くらいですか?」

「今回は……クラスの半分くらいだ」

「そ、そんなに⁉︎」

「ああ、俺も驚いた。こんなに見えなくなることは今までなかったからな。……神様に嫌われちゃってるのかもな」


 少し冗談混じりで琴葉に状況を説明する。


「そんなこと言わないでください! いくら兄さんでも、許しませんよ!」

「お、おう……すまん」


 琴葉に全力で叱られてしまった。


 確かに振り返ってみれば冗談で言ったつもりだったが、今後のことを諦めているとも捉えられる内容だ。

 それは琴葉の今までの厚意を否定することになってしまう。


 ああ、俺はまた琴葉を傷つけてしまったのか。

 あの日、両親を失った日から何度も胸に誓ったはずなのにな。琴葉を傷つけないし、傷つける奴を絶対に許さないと。

 そう決めていたのに今の俺は__


「兄さん、こっち向いてください」

「へ?」

 

 パシッ


「痛っ!」

「これで切り替えてください。兄さんが考えてることなんて簡単にわかっちゃうんですからね。どうせ私を傷つけてしまったとか迷惑をかけてしまったとか考えてるんでしょう?」

「なんで……それを……」

「妹ですから」


 自信満々に琴葉は立ち上がって俺に顔を近づける。


「いいですか? 兄さんが落ち込んでると私も悲しい気持ちになるんです。ですから兄さんはそんなことを考える必要はありません」

「それで本当にいいのか……?」

「良いんです。まあ自虐するような発言は控えてほしいですが、私に迷惑をかけることに関しては別に大丈夫です。むしろウェルカムです。どんとこいです」

「ありがとう琴葉。そう言って貰えて嬉しいよ」

「私たちは一心同体なんですからね」


 琴葉の言葉が胸に染み渡る。

 俺はへこたれた顔をしっかりと整えてから琴葉の方にもう一度向き直る。


「これからは琴葉に対して罪悪感を感じることはないようにするよ。自分が望んでいるようにそして何より琴葉が望んでいるように俺たち両方が良い方向へと物事が向かうことを一番に考えるよ」

「そうです! だって私たちは__」

「二人で一人……だろ?」

「兄さん‼︎」


 飛びついてくる妹を俺はちゃんと離さないように受け止める。


 そうだ。俺たちは今までも二人で精一杯生き抜いてきたんだ。

 今更、迷惑をかけたくない傷つけたくないなんてただのエゴに過ぎないよな。

 もちろん、迷惑をかけたいとかそういうわけじゃない。

 どんな状況だろうとお互いの__家族のためなら迷惑をかけることになろうが全くその行為を厭わないということだ。


 俺たちは一心同体。片方の幸せはもう片方の幸せになる。

 だからそんな相手に気を使うなんて馬鹿なことだったんだ。


「琴葉、これからもよろしくな」

「こちらこそです、兄さん」


 俺たちはお互いを見つめ、笑い合う。


「えーと、そろそろいいか?」


 琴葉以外の声が聞こえたので扉の方を見てみるとそこには水門が立っていた。


「別に来たらすぐに入ってきて構わないんだぞ?」

「あんな雰囲気で入れるかっての! お前、ちょっとは自重しろよな! 琴葉ちゃんも!」

「は? 何をだ?」

「何のことですか、水門くん?」

「あー、もうこの兄妹だめだわ。愛が強すぎる」


 水門は諦めたかのように肩を落とす。

 

 どこを自重しろと言うのだろうか。俺には水門が言いたいことはさっぱりわからなかった。

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