番外編02 夏休みの何にもない一日
これは月那と月並み部と出会う前の夏休み中の椿家におけるいつもの平凡な日常とは少しかけ離れたとある一日のことである。
ピンポーン。
「よお! 奏! 遊びに来たぞ!」
家のチャイムが鳴ったので宅配でも来たのかと思い、ドアを開けてみるとそこにいたのは水門だった。
「なんでいるんだよ。帰れよ」
「そんなこというなってー。どうせ暇なんだろー? なら良いじゃねえかよー」
「俺を暇人扱いすんな。てか俺はお前が急にアポなしで急に来たことにキレてんだよ」
現在時刻は午前9時。人間がようやく本腰を入れて活動を始める時間帯。
一般的な人間なら既に動き始めている時間だと思うが、俺は__いや俺たちは違う。
夏休み中の学生というものはいつの時代も怠惰な生き物であり、それも帰宅部ならばなおさらである。
そんな時間帯から俺と琴葉の住んでいる家を訪ねてきた水門には尊敬と怒りの念を送るほかない。
「まあまあまあ。じゃ、お邪魔しまーす」
「はいはい。ったく、しょうがないなほんとに」
どうせ追い返しても諦め悪く家の前に居続けるのは目に見えているので俺は水門を家にあげる。
「兄さん……? 何か届いたんですか?」
眠たそうに瞼を擦りながら、さっきまで夢の中にいた琴葉が俺たちのいる玄関までやってきた。
まだ寝ぼけているのだろうか。いつも綺麗に整えられているサラサラの黒髪ロングもまだボサボサのままだった。
「お! 琴葉ちゃん! おっはー」
「おはようございます……?」
「うん、おはよー」
「…………?」
半目で俺と水門の存在を確認する琴葉。
その動作の後、琴葉はよく目を擦りパチパチとさせもう一度同じ動作を繰り返した。
「い、いらっしゃい、水門くん」
「お邪魔しますー。って顔歪んでるよ琴葉ちゃん?」
「そりゃ寝起きで家に不法侵入されてたら驚くだろ」
「俺を犯罪者に仕立て上げるな! 奏が入れてくれたんだろー!」
「ってことだから早く洗面所に行ってこい琴葉」
「あ、ありがとうございます。兄さん」
そういうと琴葉は慌てて髪を隠すようにして洗面所のある方へと走っていった。
やっぱり女子の手入れは大変なんだろうなと改めて思った。
「それで何しにきたんだ?」
とりあえず水門をリビングへ上げた俺はとりあえずここに来た理由を求める。
「何って……暇だから来た。ただそれだけだ」
少しドヤ顔で言ってるのが微妙に腹立つが一旦置いておこう。
帰り際に思いっきり蹴ってやろう。
「ってことでとりまス○ブラしようぜ〜」
「人のゲーム機勝手に触んな」
「俺1Pねー」
「聞いてねえし……」
勝手に訪ねてくるわ、勝手に触るわで本当に自分勝手なやつだなマジで。
けど今日の予定は特になかったし、琴葉も買い物はもう済んでいると昨日言っていたから別に良いんだけどな。
ただ、こいつに付き合うのは疲れる。めんどくさい。
そう思いながらも俺はコントローラーを握るのだった。
「くっそ! なんで勝てないんだよ〜」
三十分間ぶっ通しでプレイして今のところ勝敗は俺の全勝だった。
「さすがだな水門。見事だ」
「うわー、今とても発言からアイロニーを感じましたー」
「お前にはバトル中の冷静さが足りてないんだよ」
「えー、そうかー?」
納得ができないのか水門は眉間にしわを寄せて腕を組む。
ゲームにも現実世界の性格というものが投影されるのだろう。水門を見ていると本当にそう思う。
冷静に現状を見極めるもう力さえあればそこそこの強さにはなるのにな。
それに現実世界でも冷静で落ち着きのあるやつになってくれれば俺も琴葉も迷惑せずに済むので是非とも身につけてほしい。
でも、水門を見ている限りその力が身につくのは何日、何ヶ月__いや、何年後になることやら。
それまではしっかり今の水門に付き合ってやらないとな。物凄くめんどくさんがこればかりはしょうがない。
「兄さん。今何しているんですか?」
セットが終わったのか琴葉が俺たちのもとへとやってきた。
振り返るとそこにはカジュアルな服装で長い髪をまとめてポニーテールにした琴葉が立っていた。
「今はちょうどス○ブラをしてたところだ」
「そうなんですね」
「どう? 琴葉ちゃんも一緒にやらない?」
「ええ、良いですよ」
少し驚いてしまったがどうやら琴葉もこのゲームに参加するようだ。
琴葉がゲームをやっているところはちょくちょく見かけるがこのゲームをプレイしているのは見たことないので少し不安だ。
このゲームはどうしても経験者が有利になってしまうからな。
キャラクターの個性、持っている技、ステージの特性など様々なところでハンディキャップが生じてしまう。
「琴葉、このゲームやったことあるのか?」
「少しだけ。けど動画で何回も見たことあるので全然大丈夫ですよ兄さん」
「それじゃあ、三人で対戦だ! レディーゴー!」
水門の掛け声と同時に試合はスタートした。
俺は初めの方は穏便に過ごして後半で一気に__など作戦を考えていたがそれは全くもって無意味なものとなってしまった。
なぜかって? そんなの一つしかないだろう。
あれだけ心配をかけていたはずの琴葉が異常なまでに強かったのだ。
「やった! やりました、兄さん! 私、勝ちましたよ!」
「そ、そうだな」
「うへー、マジかー、琴葉ちゃん強すぎるってー」
そう本当に琴葉は強すぎた。強すぎて水門のキャラクター、一分もたたないうちに画面外に消し飛んでたもんな。
まさかこんなに琴葉がゲーム上手だなんてな。女の子には色んな一面があるもんなんだなとこれもまた改めて実感した。
そして俺たちは昼になるまでその場でずっとス○ブラを楽しんだ。
もちろん結果は、俺と水門の全敗だったのは言うまでもない。
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