13 面倒くさい奴ら
俺たちは公共の場で盛大に吐き出してしまった水門を支えながら、自分達のレーンへと戻る。
「ほら、水だ。これ飲んで少し、落ち着け」
「す、すまんな」
苦しそうな表情をしている水門についさっき買ったペットボトルの水を渡す。
「んん、はあ、落ち着いたよ」
「そうか、なら良かった。それで、何があったんだ?」
当然の疑問を俺はぶつける。
月那と琴葉のところで色々と問題が起きていたので、水門のことは正直何も意識していなかったし、意識する必要もないと思っていた。
だが、それは間違っていた。
そもそもこの四人がどのような集団なのか、それについて考えれば自ずと答えは導き出される。
月那曰く、この部活のメンバーは必ず何らかの悩みを抱えている。彼女の言い方から察するにその悩みというものは決してちっぽけなものではないのだろう。
つまりそれはとてつもなく深刻でいつ何時でも注意を払わなければならない、重大な問題なのだ。
それを俺は、水門だからといって完全に安心しきっていた。あいつのことだから特筆すべき問題なんて持ち合わせていないと。普段の様子だけでそう判断をしてしまっていた。
それゆえに苛立ちが収まらない。もちろん水門ではなく、自分自身にだ。
「何があったかと言われると……特に何もなかったとしか言えない」
「それは私たちには言えないってことなのかな? 水門くん」
「うん、そんな感じ。今はちょっと言いたくない」
いつも元気で活発な水門が辛そうな表情を浮かべて、吐いてしまった理由についても話すことを拒んでいる。
それほどに水門の抱える悩みというものは重いのだろう。
本人が拒んでいるのに理由を教えろと詰め寄るのは悪趣味だと思ったので、俺はそれ以上今回のことについて何も聞かなかった。
「ふう、よし。このままでいても三人に迷惑掛けちゃうからもう切り替えるわ」
「まだ、きついなら休んでても全然構わないんだぞ?」
「兄さんの言う通りです。私もまだ水門くんは休憩していた方がいいと思います!」
「はは! 二人は優しいな。だがもう遅い……俺は既にいつも通りに戻っているのだ!」
水門は立ち上がって元気そうに腰に手を当て、右手の拳を天に掲げる。
「……無理しているわけじゃないんだよな?」
「だからそうだって! 早くボーリングに戻ろうぜ!」
「ならいいんだが……」
どう見てもさっき集合した時とは少し違和感を感じるが、今は一旦その話は置いておくとしよう。
けど、失敗から何も学ばないほど俺は馬鹿ではない。せめて今日中は水門のことをしっかり観察しないとな。
とりあえず解決したということで次は__
「琴葉……! 大丈夫だったか!?」
「兄さん……! やっぱり怖かったです……!」
「琴葉……!」
「兄さん……!」
俺たちはお互いの存在をより感じられるように強く抱きしめ合う。
「あのー、君たちー。それ、さっきのでもうお腹いっぱいなんだけど」
「ああ、そうだ。月那も大丈夫だったか?」
「私はおまけなんだ……ほんと自分に正直だね、奏は」
「兄として琴葉を第一優先に考えるのは当然だろ」
「兄さん……!」
「琴葉……!」
「あー! はいはい、もういいから早く帰ってこーい」
月那はいかにも面倒くさそうな顔で耳を塞ぐ。
兄が妹を一番に考えて何が悪いと言うのだろうか。兄が妹のことを最優先に考えるというのは自然の摂理、いわば天によって与えられた定め……いや生存本能なのだ!
いや、何言ってんだ俺。琴葉のことになると調子狂っちゃうんだよな。まあ、そこを治そうなんて一ミリも思っちゃいないが。
「ほら、二人とも! 水門くんも大丈夫そうだし、早く始めるよ!」
「そうだな。わざわざお金払ってきたんだもんな」
「えー……兄さんもう私から離れちゃうんですか?」
俺の懐から琴葉が上目遣いで寂しそうに言う。
「ったく、しょうがないな……」
「はーい、ストップストップ。全然先に進めないんだけどー。放置されてる水門くんの気持ちにもなってみなよ」
「え、俺がなんだって?」
よく見ると水門はボーリングの球を置いておくところにある白いボタンを連打して遊んでいた。
「水門くん! それ、店員さんの呼び出しベルだよ! 押しちゃだめ!」
「あ、え、そうなの……?」
「ほんとお前は人に迷惑ばっかかける奴だな」
「そうですよ、水門くん。めんどくさいと嫌われますよ」
「いや、君たちにそれを言う権利はないと思うけど……というか、さっさと二人は離れてくれないかな?」
そんな感じでなんやかんやありつつも俺たちはボーリングを開始することができた。
もうちょっと琴葉とくっついていても良かったのだが、流石にこれ以上お店に迷惑をかけるわけにもいかないしな。
「君たち兄妹って本当に仲が良いっていうか……シスコンとブラコンだよね。もうシスブラコン兄妹だよね」
「いや別に俺はシスコンじゃないぞ?」
「私もブラコンではないと思いますけど」
「うわー、自覚ないあたりが妙にリアルだよ……」
「あ、やべ、玉投げたらガターの上で止まったわ」
「あー、もう、なんで私がこんな目に遭ってるのかな……」
「言い出しっぺだからじゃないか? まあ、ドンマイ月那」
「奏……! ……後で一回本気で殴っても良いかな?」
俺たちが予定していた二ゲームが終わるまで月那はずっと憂鬱そうな顔をしていた。
ナンパもされてたし、何より水門の扱いは難しいからな。面倒くさく感じるのも当然といえば当然か。まあ、慣れるまでの辛抱だな。って言っても俺でもまだ水門のことは扱いきれないけどな。
ボーリングで良い汗を流した俺たちは時間を確認し、話し合った結果フードコートで昼食を取ることにした。
あの切り替えの早いと思っていた月那がフードコートまで行く途中、疲れてため息を吐きながら歩いていたのを見て俺は少し同情した。
やっぱ、水門と絡むのは大変だよな。
さっきのことと月那の様子を見て俺はそれを再認識したのだった。




