09 平凡とはかけ離れた時間
__まあ、大体予想はついていたが、想像以上だった。
「ねえねえ! 月那ちゃんって本当に綺麗だよね! 何かケアとかしてるの? いやー、まさかこのクラスにこんなに可愛い子がいたなんて知らなかったなー」
「いや……特別なことは何もしていないかな……」
「ほんと綺麗だよね〜。普段は何しているの〜?」
「まあ……部活動とかかな……」
「でさでさ! 朝霧さんってずっと学校休んでたの? あ、別に責めてるわけじゃなくてね」
「休んでいたわけじゃないかな……学校には来ていたし……」
授業が終わった後、月那はというとクラスの女子ほぼ全員から質問攻めにされていた。
あのいつも俺や琴葉より断然テンションの高い月那が、かなり困惑していた。
まあ、あんな大勢に絡まれたらどんな人でも動揺するわな。
見る感じ、月那は自分よりテンションが高い奴が苦手なんじゃないかと俺は思った。
琴葉と初対面の時はあんなに楽しそうにしていたのに今は困惑している表情の中に、絡んでくる女子たちを心から拒絶している感情が出てしまっている。俺の勘違いなのかもしれないが。
そんなことはさておき、今の俺はというと__
「おい奏、てめえ! どういうことか説明しろや!」
「説明って言われても……ただの知り合いとしか言えないが……」
「んなわけないだろ! あんな楽しそうに3人で話していたじゃねえか!」
「まあ……それは否定しないが……」
「そこは否定してくれよー! なんなんだよ、なんで俺たちじゃなくて奏があんな……」
「くっそー! でも、ただの知り合いなんだよな! そうなんだよなっ!」
「そうだが……」
「なら、今から仲良くなっても遅くはないよな! お前ら、朝霧さんの所へ向かうぞっ‼︎」
「「「うおおおおおおおお‼︎‼︎」」」
案の定、月那に負けないレベルでクラスの男子の大半、いや確実に全員から質問攻めに__責め立てられていた。
本当に面倒くさいことになってしまった。
今まで何も起きないよう平和に過ごしてきたのに、それがこんなにもあっさり、壊れてしまうとは。
後で月那には文句を言ってやらないとな__と思ったが流石に月那のあの状況を見ているとそんな気は無くなってしまった。俺までアレに加わって月那を困らせたくはないからな。
そうして、クラスの男子が月那の方に向かっていったかと思うとヘラヘラした水門が俺に近づいてきた。
「いやー、人気者ですな、奏君」
「うっせぇわ。お前は引っ込んでろ」
「あなたが思うより健康ですってか? やっぱ冷てえなーお前。でもまさかお前にあんな可愛い知り合いがいるとはな。俺もびっくりしたわ」
「ああ、そうかよ」
こいつだけは何故か忽然として現れた月那に対してではなく、俺に対して普通に話しかけてくる。
まあ、さっきの男子たちも俺に話しかけにきていたがあれはどう考えても会話を成立させる気はなかったようだからな。
嫉妬に駆られた男子達は猿と形容するしかないくらいに欲望のままに行動していた。
どこからそんな元気が湧き出てくるのだろうか。同じ男だがあんまり理解はできないな。
その一方で水門はこれでもかと言うほど俺を揶揄ってくる。こっちもこっちで理解できない。
やっぱこいつはMなのか? そんなに罵声を浴びせられたいのか?
「それで? どうやってあんな子と仲良くなったんだよ?」
「ああ、やっぱお前も月那のことが気になるんだな」
「うーん、いやー、あのお前がナチュラルに可愛い女子と仲良さそうに話していたことに興味があるな俺は」
「いや逆になんでそっちなんだよ」
「いや、奏だぞ?」
「俺だからなんだよ」
「あの超シスコン男がまさか他の女子と交流を持っているだなんて!」
「お前、マジで後でチョークスリーパーな」
「すんません、それは勘弁してください」
本当にうざったいやつだ。てか、月那じゃなくて俺のことに興味あるとか、こいつは本当に何を考えているか読めないな。
「あ、さっきメールについて話してたよな? どんな内容かな〜」
「あ、ちょ勝手に人の携帯奪うな!」
そう言って水門は俺のバックから携帯電話を取り出す。
やはりこいつにプライバシーという概念は存在しないようだ。
「ええと、なになに? 週末の出かける予定について? 何、お前ら二人で出かけんの?」
「違う琴葉を含めた3人でだ」
「いつもそんなことしてるのか?」
「いつもというか、初めて会ったのも数日前だ」
「え、なんでそれで出かける予定ができんの?」
「まあ……それは……月那が入部した記念に歓迎会と称して出かようって言ってきたから……」
「は? 入部? お前、なんか部活に入ったのか?」
あ、しまった。まだ誰にも言ってないのにその場のノリで部活のこと言ってしまった。
はあ……これはまた面倒なことになりそうだ。俺の望みはまだまだ叶いそうにないな。
「月那がいる部活に俺と琴葉で入部したんだよ」
言ってしまったものはしょうがない、そう思い俺は包み隠さずに事実を水門に教える。
「へー、これまたびっくりだわ。あの面倒くさがり屋の奏が部活とはね」
そう軽く発言しているように見えつつも少し硬い表情になる水門。
「で、なんて部活? 文化部? 運動部?」
「月並み部っていう部活だ。どっちかと言われると文化部だと思う」
「まあ、お前が運動部はないはな。でも月並み部ってなんだ? 聞いたことないし、何する部活なのかも全く想像できん」
「そりゃ、そうだろうな」
理解不能と言わんばかりに首を傾げる水門。
俺も最初、あの教室を見つけたときマジで意味わかんなかったもんな。
そんな感じの反応になるのも当然か。まあこいつは説明されたとしても理解できるかどうか怪しいけどな。
「その月並み部? ってやつどこでやってんの?」
「被服室近くの何にもない教室だが……」
「そうか。じゃあ今日、奏についていってどんなことしてんのか見てみるか!」
「は? なんでそう言うことになるんだよ。第一、来週まで活動はないぞ」
「そうなのかー、でもまあどんな場所か見に行くのは別にいつでもできるよな」
「だから、なんでそういう話になるんだよ!」
「てな訳で案内よろしく!」
「ちょっとは人の話聞けや!」
「あのー、君たち授業はじまってるんだけど……」
弱々しいか細い声で古典担当のおじいちゃん先生に声をかけられる。
やばい、水門の相手をしてたらいつの間にか授業が始まっていた。
俺は急いで机の上に教科書やノートを取り出す。
「なんか盛り上がってたね」
当然のように机をくっつけて俺に話しかけてくる月那。
「盛り上がってたのはお前の周りだろ」
「ははは……そうだね……」
月那は見るからに疲れていた。
マジでドンマイとしか言いようがないなあれは。
まあこいつの容姿が良すぎるのも問題だと思うのだが、そのことは口には出さなかった。
そして月那は思い出したかのように顔をあげ、俺の方を見つめる。
「奏、今日来るんでしょ? あの教室に。水門くん? っていう人を連れて」
「俺は乗り気じゃないがな」
「なら、私はあの教室で待ってるね」
「は? なんで?」
「あの、君たちちゃんと私の授業聞いてくれないかなー……」
「「す、すみません!」」
またもや、おじいちゃん先生に怒られた。
話を聞いていなかったからか、授業中に何度も指名されることになってしまった。
本当に水門と月那に関わるとろくなことがない。
そんな風に二人に呆れながら俺は、今日の締めである六限の授業を紆余曲折ありながらもなんとか乗り切った。




