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 本来の計画では、開会式や全ての試合が終わった閉会式の時にラレ杯の歪さを知らしめるはずだった。


 しかし、それでは効果が薄いのではないかとシキアたちは考える。開会式で暴露しても、ここまでやって来た観客や選手は遠くから来ただけで終わり、損したとだけしか感じないのではないか。シキアたちにも不満を持つかもしれない。


 そして、閉会式でやったとしても後出しを疑われて、ラレ男爵を充分に断罪できないのではないか。


 結果的に開会式では行うことができないとシキアとヴェロニカは思った。熱狂したこの施設にいる人間全員を御すことは至難の業である。数か月前のシキアたちなら閉会式までは気を伺っていただろう。


『なら、私が大会に参加して話す機会を作りましょうか?』


 シキアたちは不安を抱えていたが、ニコラがある提案をする。それは、自分が大会に出て良い機会があったらそこで動くというものだった。


 二人はその意見に難色を示した。ニコラ一人にこんな重大なことを任せて良いのだろうかと。ニコラのことを信頼していないのではない。しかし、計画よりもニコラの独断が良い結果をもたらすとは思えなかったのである。


 それに彼はサラマス家の跡継ぎだ。剣を習っており、かなりの腕とされているが実戦経験はない。彼への精神的、肉体的負担は大きくなる。何より、ニコラが一生にも及ぶ怪我を負うかもしれないという危険がある。二人にとって、機会を増やすなんてことはニコラを危険にさらすことに比べたら些細なものだった。


『安心してください。動くのは機会に恵まれた時だけです』


 ニコラは譲らずに自分がラレ杯に参加することを望んだ。二人も折れて彼の参加を認めた。


 そうして今、三人にとって最高とも言い表せる機会をニコラは掴み取ったのだ。会場の中心にいる自分。他の選手がゼグしかいない状況。そして、素晴らしい試合を見せてくれたという観客が持つニコラへの注目度。


 優勝候補のゼグを打倒したことで、三人は会場を支配できるようになった。


「この大会、ラレ杯は全ての選手や観客を欺いている! 平等な決闘ではなく、全て結託によって行われているものなのだ!!」


 ニコラの話を聞き、観客はどよめいていた、小さな声が全体から聞こえ、不穏な雰囲気が生まれる。


「……さて、私たちも動きましょうか」

「はい」


 シキアとヴェロニカは特等席から立ち上がり、ニコラのもとへと向かった。


「いけませんな、ニコラ様」


 歩いている中、状況が変化する。ラレ男爵が武装した兵士を引き連れて会場に入った。


「試合の進行を中断した挙句、この場で我々を愚弄することが許されると思っているのですか?」

「では、多くの人を騙しているお前は許されるのか。この話、最後まで聞いてもらう。自らが潔白であるならこの場で証明するべきだ」

「礼儀を知らないことが問題だと言っているのです」


 ラレ男爵は手を挙げて兵士たちに合図をした。彼らは槍を構えてニコラへと刃を向ける。


「同行してもらいましょう。話はそこでゆっくりと聞きますので」


 顔を歪ませ笑うラレ男爵。ニコラはそれを睨み、木刀を構えた。

 シキアたちも足を速めて急ぐ。ラレ男爵がニコラに耳を貸すというのなら、彼は時間を稼ぐことができるだろう。しかし、ラレ男爵が暴力で解決しようというのなら話は別だ。兵士たちにニコラを攻撃する命令を出すかもしれない。


「これは貴方と私だけの諍いではない。故に皆が真実を知るべきだ。このまま貴方たちの思惑通りに終わらせてなるものか」

「随分と想像豊かでいらっしゃる。人はそれを妄言と呼びますがね。付き合っていられません。強引ですがこの場を退いてもらいます」

「……良いではありませんか。少しぐらい話を聞いてあげましょう」


 緊張高まる中、会場にシキアとヴェロニカ以外の人間が入ってきた。民衆はどよめき、半ば混乱状態に陥る。


「アンリ、姫? どういうことです」

「言葉通りですよ。ニコラ殿の話を聞きましょう。追い出すのはそれからでも構わないでしょう」

「しかし――」

「彼はまだ何も話していない。この大会が結託されている証拠や、その思惑もね。矛盾しているのであれば必ずそこで反論できるはずです。民衆の信頼を勝ち取ってから大会を続行しなさい。貴方は気づかないのですか、自分に向けられる大勢からの疑いの目が」


 アンリが登場することでラレ男爵はたじろいだ。そして、会場全体を見まわし、自分が悪と見られていることを知る。


 不機嫌そうな顔になり、ニコラの方を向いた。


 そして、話が始まる前にシキアとヴェロニカは会場でニコラと合流する。アンリにお辞儀をし、参戦する許可をとった。


「私たちもニコラと同じ思いです。この場で話すことをお許しください、アンリ様」

「……いいでしょう」

 

 アンリに許可をとる必要はなかったかもしれないが、した方がこちらに有利となる。現にラレ男爵はシキアたちを追い出すことができないでいた。


「それで、一体この大会ではどんな不正が行われたのかしら?」

「はい。まずは、選手たちによって配られた装備に違いがあるのです」


 ニコラは自分の木刀とゼグの木刀を持って、アンリの目の前に置く。


「この二つの木刀の材質は違います。片方がイチイ樫であり、もう片方が枇杷のものです」

「それがどうかしたのですか?」

「木刀といっても材質で価格は大きく変わるものです。枇杷の方が高く、イチイ樫と比べ約100倍の値段なのです。性能も価格の差に準じます。これを卑怯と言わずになんと言うのですか」

「出鱈目だ!」


 ラレ男爵は大声をあげて話を遮る。


「それはどちらも同じ材質でできている。ニコラ殿は表面ではわからないことでアンリ姫を騙しているのだ!」

「嘘は困りますな、ラレ男爵。今回のラレ杯の発注を見ましたよ。大会に向けてイチイ樫の木刀を大量に購入したようですが、その本数は些か準備不足です。イチイ樫だけではね」

「ならば、その発注とやらを――」

「ご心配なく。イチイ樫と枇杷の木刀における発注書は公の場所に提出してあります。残念なことに大会が開催するまで検証結果は出ませんでしたが、恐らく私の言ったことで間違いないでしょう。検証のためには何回も調べていましてね。一回目では私の推測が正しいということになりました。しかし、ラレ杯という大舞台です。万が一のことも考えて何回も慎重な検証を心掛けるように申し出をしました」


 逃げることができないことで、ラレ男爵はきつく口を締めた。その表情は故意に行われたことを物語っている。


 木刀の材質を変えてくることはシキアたちが調べていて判明したことだ。そもそも、木刀を持参せずに支給するということに違和感があったのである。


 他の大会では参加者が木刀を持参している。その結果、価格の差はでてしまうこともあるが、あまり参加者は気にしない。使い慣れたものであり、どんなにみすぼらしく思えてもそこには誇りと信念を宿しているからだ。


 しかし、今回は木刀が支給された。ならば、価格や性能の差は見過ごすことができない。


「わかりました、確かに私はイチイ樫と枇杷の木刀を発注しました。その価格で差があることも考慮しなかったのは私の過ちでしょう。ですが、そこまで大きな問題ではありませんよ」

「どういうことです?」

「材質で性能差があるとニコラ様は仰いましたが、値段と比較してそこまで大きなものではないのです。イチイ樫の木刀でも枇杷の木刀に勝てる可能性は十分にあります。あるいはイチイ樫の方が有利とも言える。この国で出回っているほとんどの木刀がイチイ樫です。多くの人間が使い慣れており、その使い方が身についている。頼もしさなら枇杷に勝るものでしょう」


 ラレ男爵は使いやすさという点で性能の差を補えると思ったからこそ気にしなかったということで反論した。

 確かに、その考えは一理ある。例え、高価な武器でも使い方がわからなければ意味がない。愛着を持ち、長年使いなれた武器の方が信頼できることもある。


「なら何故、最初に認めなかったのです。貴方は仰いましたよね、この二つの木刀の材質は一緒だと」

「それは――」

「随分と慌てているようだ。貴方の意見には一貫性がない。同じ材質であると言い、今度は違う材質だったが性能は使いやすさで埋められると説明する。貴方の言葉は何が本当のことなのでしょうね」


 ニコラとしては、ラレ男爵がイチイ樫と枇杷の木刀に関しての性能差を最初に言うことも想定していた。もしそうなったら、観客を扇動するつもりだった。


 性能差が大きく開いてないにせよ、100倍の値段の差と材質で性能差があることは事実。観客にとっては大きな不正であると思う者がほとんどだ。


 しかし、幸運なことにラレ男爵は同じ材質だと嘘をついてしまった。これでは誰から見ても不正を疑うものになる。


 ラレ男爵としては余程気づかれないと思った策だったのだろう。確かに木刀の材質を変える不正なんて起きたことがなかった。貴族たちはもちろんのこと平民にも盲点である。しかし、隅々まで隙を探したシキアたちにならわかることなのだ。


 看破されたことで余裕がなくなり、自滅したのだ。


 一つ目の欺きは明らかにされた。そして、ラレ家にはもう一つ欺いたことがある。


「そして、もう一つ。貴方方はしてはならないことをしました」

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