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数か月後、ラレ領において遂にラレ杯が開催された。


 円形の大きな建物に数千人の人間が入っており、大会の参加者は覚悟を持った表情をしていて、観客は楽しそうに話をする


 建物の闘技場は中心部分を敷居で分けて、ほぼ均等に数十個の空間ができるようにしている。この一つに参加者の二人が入り自らの力を競うのだ。


 観客が騒がしくしている中、闘技場の中心に位置する場所にラレ男爵が立つ。次第に静まり返り誰も声も聞こえなくなったところで、


「これより、ラレ杯を開催する。娘の伴侶となりたい者たちよ、全力を尽くしその力を示せ!!」


 大会の開始を宣言した。

 鎮まりかえる前よりも人々は熱狂し、大会の始動を歓迎する。


「遂に始まりましたね」

「ええ、準備はしました。後は天運に任せましょう」


 シキアとヴェロニカは闘技場を去るラレ男爵に敵意を持って睨んだ。


 それからは参加者の試合に移る。参加者は貴族もいれば平民もいる。普通の大会であれば見ない光景であり、それ故に珍しい現象が起こった。


「ああああああああああ!」

「うおおおおおおおおおお!」


 平民同士の試合はまさに死闘。血を流すことは当たり前で、惨たらしい行為も他人の目を気にせずに行われる。例え、対戦者を殺したとしても勝利に歓喜し、楽しそうに手を挙げていた。


「はっ!」

「……っ!」


 貴族同士では流血も少なく、試合は平民と比べて見栄えは良い。しかし、演劇を見ているようであり、逆転するような予想外の展開は起きない。勝つべくして勝つものが勝ち上がるつまらない試合とも見て取れた。


 大会は相手が降参するか、戦闘不能になるまでという単純なルールのもとに行われている。平民同士ではほぼ相手を戦闘不能にし、貴族同士では降参で勝敗が決まることが多い。   

このように一つの大会で参加者の戦い方が顕著に変わるのは珍しいものだった。


 無論、貴族と平民出の試合もある。そのパターンで最初に行われた試合が、


「ニコラの番ですね。お相手はゼグです」

「はい」


 なんと、ニコラとゼグが戦う試合だった。計画において、ニコラも出場していた方がより効果的であるということから参加することになったが、計画の終盤に決めたことなので不確定要素が多いものになった。


 その結果、ゼグと戦うということになっている。それも第一試合の最後であり、他の試合はほとんどが終わっていた。


 休憩を挟むということから、ラレ杯では全員の対戦回数が同じになるまで次の対戦をしないということになっている。


 更に決闘をする場所も、ラレ男爵が宣言した中央の場所だ。知る人が見ればこれは明らかに仕込まれている。実力主義派としてはここで保守派の中でも有力な貴族であるサラマス家を下し、新たな時代の到来をアピールしたいのだ。


「こうなってしまうとは。ニコラを参加させたのは失敗、だったでしょうか」


 ヴェロニカが心配そうな声でニコラを見る。遂に他の試合は全部終わり、残すはニコラとゼグのものになる。観客もそこに注目し、その目に結果を焼き付けようとする。


 ここまで露骨に実力主義派が自分たちの思想を押し出そうとしたのがヴェロニカにとっては予想外だった。

 確かに、ニコラをゼグが倒せば実力主義派の主張の影響力は増すかもしれない。しかし、この戦いは負ける可能性を考えていない。


 それほどまでに、ラレ家側はゼグを自信もって送り出したということになる。ヴェロニカの頭には弟が負ける姿が浮かび、罪悪感を募らせた。


「大丈夫ですよ。ニコラ様は勝てます」


 しかし、シキアはゼグが勝つことなど全く想像できなかった。正確な時間は違うかもしれないが、シキアはゼグとニコラ両方と過ごした年月が5年間と同じである。


 二人のことを見てきて、何故かニコラが勝つと感じたのだ。


 場合によれば、大切な主人の弟がかつて自分を捨てた男に負けるという嫌な結果を突き付けられるシキアが不安なくそう思える。その違和感が、シキアに自信を持たせていた。


「それでは、始め!」


 本来ならニコラとゼグにしか聞こえないような審判の声が聞こえ、二人の戦いが始まった。


 先手を打ったのはゼグ。両手で持った剣を物凄い速さでニコラの頭に振り下ろした。

 シキアとヴェロニカでは目で追えず、驚愕しながらニコラを見守る。彼はゼグの剣に反応し、片手で持った剣でその攻撃を受け流した。


「そこです」


 ニコラは態勢を崩したように見えるゼグの背後に回った。これで追撃すれば間違いなく彼が勝つ。ヴェロニカも声を出して、彼が早急に試合に勝つことを願った。


 しかし、彼は一歩後退してゼグを観察する。ゼグも態勢を立て直し、体の正面にニコラを捉える。


 戦いは仕切りなおされ、対等な状態になった。


「どうしてあそこで決めなかったのですか。勝てたでしょうに」

「……たぶん、ゼグの思惑を読み切ったのだと思います」


 悪態をつくヴェロニカに、シキアは返答する。それを不思議がったヴェロニカはシキアを見て首を傾げた。


「読み切った、ですか?」

「確証はありません。けれどニコラ様はゼグが態勢を崩したのは故意によるものと思って引いたのです。ゼグは危機的状況に自分から入る癖がありましたので」


 ゼグがシキアといた頃、剣を教えた師とも呼べる騎士に試合で勝ったことがあった。その過程がこの試合と途中まで似ていたのである。


 先手を取って相手にあしらわれて倒れてしまう。しかし、それは故意にやったことであり、試合を決めようと向かってくる相手にカウンターで勝利する。


 ゼグに聞いたことであり、シキアは何でそんなことをするのか質問した。


『そうすると、相手が油断するんだよ。だから対処がしやすくなる。おまけに勝ったら格好いいだろ』


 答えた内容が一文字一句思い出される。ゼグは不利から勝つ方法を好んでいたのだ。


 そして、ニコラならそんな思惑を見通せる思慮深さがあるとシキアは考えていた。


 ニコラとゼグは構えたまま動きがなく、お互いに睨み合っている。

 観客の中には『早く戦え』とヤジを飛ばすものも出てきた。


 それに反応して、ゼグが再び先に動いた。

 初手と同じ速さの斬撃がニコラを襲う。しかも、初手とは違い一撃ではなく連撃。雨のような打ち下ろしを絶え間なくしてくるのだ。


 シキアはこれを見て、やはりゼグが初手で故意的に自分を危機的状況に置いたことを確信する。


 ニコラはゼグの攻撃を何とか防いでいたが、攻撃に転ずることはできない。一方的に見える試合が展開され、観客は『決めろ!!』と叫ぶようになった。それはゼグにニコラへと止めを刺せと言っているのと同義であった。


 逆に『負けるな!!』という声も聞こえてくる。判官贔屓から出てきたものであり、負けそうだが諦めずに機を伺うニコラへの応援だった。


 このような声援は平民によるもので、貴族は黙っていた。しかし、内心では大きな感情が渦巻いている。実力主義派からすれば、これで勝てば保守派への良い当てつけになるだろう。これまで特権的な地位を独占していた人間の象徴がこれまで機会がなかった者に負けるのは保守派の未来を暗示するものになる。


 対して、ラレ杯の計画を知らない保守派は何でニコラが出てきてしまったのかと呆れ果てている。これで負ければ実力主義派の勢いが増し、勝っても現状維持。利益がない行為であり、損害を出す確率が高い。


 負けるなよという圧力を持った視線でニコラを見ていた。


 ニコラの味方になっているのは彼のことを知らない者だけだった。それにシキアは憤りを感じる。


――彼のことを思う人はだれかいないの?


 声援を送っている人間はあくまでニコラが負けそうになっているから味方になっているに過ぎない。きっと、彼が有利な立場なら声援を送らないのだ。


 そして、本来味方である保守派も彼へ向ける思いは厳しいものである。愚か者としか見ずに、負けないことを強制する態度をとっている。


 ヴェロニカさえも、弟への期待を感じさせなかった。寧ろ敗北の未来しか見通さず、弟をこの大会に参加させようとした自分を責めている。


「ニコラ様頑張れ!!」


 良し悪しを考えずに声を出していた。本来なら、国において貴族は決闘の行方を静かに見守るもの。もしも、声援なんてしたら軽蔑されてしまうだろう。ヴェロニカも驚いてシキアの方を振り向く。


 ニコラが負けるとは考えていない。しかし、シキアは彼に自分の勝利を信じている存在がいることを知って欲しかった。例え、誰かに悪い目で見られようとも、この場所で自分が応援していることをわかるように行動で示した。


 自己満足だとも思っている。こんな大勢の人間の声の中で自分だけを聞き取れるはずがない。しかし、応援せずにはいられなかった。


 応援をして数秒後、試合に変化が起きる。


 ニコラが攻撃を受け流せず、遂に一撃をもらってしまったのだ。


 勢いよく転がり、会場は悲鳴が聞こえる。ゼグも斬撃をやめて、ゆっくりと上段へと剣を構えた。


 しかし、ニコラはゼグが攻撃する前に構えなおし、二人は膠着する。


 シキアとヴェロニカにとって、ニコラの顔が見下ろせるような位置になっている。そこで二人はニコラの顔を見ていた。


 転んだことで頬を擦りむき、血が少し流れている。服も汚れ、その姿は無様にも見えた。ヴェロニカは目を手で覆い、これ以上見てられない心情を表に出してしまう。


「ニコラ様、勝ってください!!」


 シキアはそんなニコラの姿を見ても勝利を疑わなかった。応援し、自分が彼の味方であることを表そうとした。


 そして、ニコラとゼグは同時に踏み込み勝負を決する。


 ゼグは上から身のこなしすら確認できない一撃を加えた。それを上手く受け流し、ニコラはゼグを転倒させる。


 絶好の機会にニコラは追撃を加えた。しかし、それは試合の最初の展開と同じものである。


「ぐろあっ!」


ゼグは後ろ蹴りでニコラの心臓を打ち出そうとする。向かうニコラの勢いとゼグの素早い蹴り。この二つが合わさることで、蹴りが当たればニコラは気絶するだろう。


 逆転に次ぐ逆転によってゼグが勝利するかに思えた。


「……!」


 自分に向かってくる蹴りをニコラは剣で受け流した。今度こそ本当にゼグは態勢を崩し、頭から転んでしまう。


 動かないゼグから少し離れ、ニコラは残心をとった。

 それから審判がゼグを確かめ、勝敗が決したことを観客に知らせる。


「ゼグの戦闘不能を確認、ニコラの勝利!!」


 会場が沸き上がり、拍手を送る。

 

 この二人の試合は決勝かと思えるほどの激闘だったからだ。他の試合と比べてみればその質が違い、素人の観客すらもわかってしまう。


 自分たちは素晴らしい試合を見たのだと。


 拍手は数分かけて続けられた。そうして拍手も止み会場が沈黙すると、ニコラは退場せずに声を張り上げる。


「諸君、すまないが私の声に耳を傾けてほしい!!」


 計画通りではない、計画を超えた結果をもたらす演説が始まった。

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