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総会も無事終わって家へと帰り、ヴェロニカはため息をつく。
「今回は本当に辛かったです。帰ってきたことでここまで安心するとは」
「同情します」
「ありがとう。シキアも色々とあったけど大丈夫?」
「ええ、何とか耐えられましたよ」
お願いということもあり、シキアはアンリやラレ家の人間と会う機会があった。そこでとんでもない事実が発覚する。
ヨミリーやゼグはアンリにシキアのことを聞いていたにも拘らず、全くシキアのことを気づかなかったのだ。
シキアという名前自体はありふれた名前ではあるが、顔を見れば察しはつくものだ。しかし、彼女らは初対面のように話しかけていた。これから動きやすくなったというメリットはあったが、シキアが抱いた感情は暗いものである。
自分を悲惨な目に合わせた元凶が名前や顔を見ても忘れている。それで憎しみを感じないわけがない。
「後、今回は何時もと違う雰囲気だったわね。どこか野蛮さがあった」
「私も感じました。やはり、普通ではなかったのですね」
「ええ。やっぱり、成り上がりの人間が多くいたからかしら」
総会の出席者において平民出の数は飛躍的に増えた。それはアンリ姫がラレ家に嫁いだことで実力主義派の活動が高まり、平民でも権力を手に入れる機会が増えた影響である。
しかし、それによって大きな問題も生まれてきている。
「総会に平民出身者が増えること自体は喜ばしいことよ。でも、それなら最低限のマナーはつけてほしいものね」
「その通りです。殴る蹴るといった喧嘩もありましたし、いくらなんでも下品すぎます。一部の平民が躍進する傍ら、平民全体の環境は悪化していますしね」
平民ということで、最低限の礼儀も知らずに総会へ出席した人間がいた。彼らは成功した商人や騎士やその家族だ。自分がすごい人間であると増長し、怖いもの知らずの行動は既存の貴族たちを悩ませている。
そして、彼らは自分たちと同じ平民を見下し、虐げるようになった。少しでも気に入らない条件があれば弱い側の商談相手を破滅に追い込み強引に合併する。何の根拠もない理由で突然人を切り捨てる。
しかも、平民の出世に積極的ではない領地にも悪影響があった。他の領地の噂を耳にし、別の領地へ引っ越す人間が後を絶たないのだ。今では一家全員で移動することも多い。そして、そのほとんどが失敗する。中には成功する人間のいないわけではないが、ほんの一握りだ。
引っ越した先に馴染めないこともあるが、一番の原因は皮肉なことに出世した平民たちだった。彼らが虐げる対象として一番多いのが、以前の自分たちと同じような志を持つ人々なのである。
平民が成功するとされる領地では失敗者が増え貧民街ができ、これまでの生活をしている領地では人口が減少し生産性が下がる。
問題の解決策はできておらず、混乱状態になっていた。
総会の話を二人が自室でしている中、数回のノックが聞こえて扉の向こうから声がする。
「姉上、入ってもよろしいでしょうか?」
「ええ、ニコラ。構わないですよ」
扉を開けて入ってきたのはヴェロニカの弟であり、サラマス家の跡取りであるニコラ・サラマス。
今回の総会ではサラマス公爵が出席したため、家で居残っていた。
「お帰りなさいませ、お二人とも。その顔を見るに総会はかなり面倒だったようですね」
「そうなのよ。今回は暴力沙汰もあったし、動物園にいるみたいだったわ」
総会の概要はもちろんのこと、ラレ家におけるゼグやヨミリーの反応を二人はニコラに話した。
何故ならニコラもシキアの復讐の手助けをする人間であるからだ。ヴェロニカから話を聞き、彼は可能な限り協力すると答えたのだ。
情報を共有し、ニコラは数回頷く。
「なるほど、やっぱり今回はアンリ姫の活動による悪影響が露骨に出ましたか」
「ええ、このままでは国そのものが滅亡するかもしれなませんね」
ヴェロニカの大仰な表現は決して絵空事ではない。無論、すぐに国が危機的状況になるわけではないが、このまま放置すれば他国からの侵略もあり得る。間者を送り込まれて、革命を誘発されるということもある。
ニコラは苦笑し、その上でヴェロニカに自分の意見を話した。
「国家崩壊までは行かないでしょう。アンリ姫のことですから、対抗策は準備しているかと。ただ今は問題を放置しているだけで」
「失礼ながら、ニコラ様。それは被害に遭っている人を見捨てるということではありませんか」
シキアはニコラの言うことに異議を申し立てる。シキアも運が悪ければアンリ女王の実力主義の被害者となるところだった。ゼグに捨てられ、村で居場所をなくし死んでいたかもしれない。
そして、今も自分以上に悪い状況になってしまった人間が多くいる。それが許せなかった。
「はい、アンリ姫は非情なところがあるお方です。例え、誰かが傷ついても将来的に利益があれば良いと思っている。私は理解できません」
「それは私も同じです。どうにかできないのですか?」
シキアの願いにニコラは笑顔で答えた。
「それにはラレ家の衰退が必要でしょう。実力主義派の筆頭となっているのは彼らだ。なら、ラレ家が大人しくなれば活動も収まります。アンリ姫も止まることでしょう。そのためにも――」
「私は復讐を完遂しなければいけない、ってことですか」
「そういうことです」
自分以外の人間も同じような境遇に立たされていることにシキアは心を痛めていたが、同時に自分の復讐で助かる人がいると思うと肯定的になれた。
5年の歳月で、復讐が虚しいものなのではないかと考える時がなかったわけではない。
家族の死を招いたゼグやヨミリーを許したわけではないが、今のシキアにはサラマス家という居場所がある。彼女たちは自分を救ってくれて、近衛侍女まで育ててくれた。復讐でサラマス家を危険に晒すことになるのなら、自分の気持ちを抑えるべきなのではないかと思ってしまった。
しかし、彼らは自分だけではなく多くの人々を犠牲に活動をしている。こんなことを見過ごすことはできない。
「さて、話しているうちに元気が出てきたわ。具体的な計画の話でもしましょうか。もう、時間もそこまでないわけだしね」
「姉上がそう言うのなら計画の確認に入りましょう。因みにシキア殿は大丈夫ですか?」
「構いません」
ヴェロニカの提案により、ニコラはラレ家衰退の計画を話し始める。
「なら始めますね。私たちの計画の目的はラレ家そのものの衰退。彼らが国で大きな影響力を有する理由は二つあります。一つはアンリ姫によるもの。もう一つがラレ家の莫大な資産。このうち我々が狙うのは後者です」
ラレ家は莫大な資産で権力を持つが、爵位は未だに男爵。実力主義派内では爵位を上げるという話もあるが、住民に寄り添うという宣伝もあってか本人たちにこれ以上爵位を上げる気はない。
故に資産さえなくなれば、ただの男爵としてしか扱われないのだ。これは彼らの大きな弱点となっている。
アンリ姫の影響があっても、それは変わらない。彼女自体は王族として国では振舞えるが、その子どもからは例外を除いて男爵としてしか見られないのである。
未来のことも考えて、ラレ家における資産を浪費させることは大きな意味を持っていた。
「そのために、主に彼らの活動による被害の罰金や賠償金という形で彼らの力を削ぐ」
「でも、このまま提示しても彼らの大した損失にはならない。何か大きな過失がなければいけないのよね」
「はい。だから、我々は準備をしなければいけなかった」
ラレ家も決して愚かではない。例え、このまま告訴しても長い時間がかかる。そして、彼らの立場とアンリ姫の手腕なら大きな損害は見込めない。逆に自分たちが実力主義派の敵として見られ、反撃される危険があった。故に今日まで断罪できるようなことはなく、彼らの悪行を静観するしかなかった。
「しかし、彼らを断罪できる機会を作りました」
「3か月後、ラレ杯と呼ばれた決闘大会が開催される。優勝にヨミリーの夫となれる権利という景品を付けて」
しかし、そんなラレ家に隙ができてしまった。
彼らは元来平民への期待が高い一族だ。自領の才能ある若者を集め競わせた。それがアンリ姫の耳に入り、実力主義派の思想と共通点があったことからゲルトワ・ラレと結婚という形で協力関係となったのである。
そして、ヨミリーに関しては自分たちが集めた若者の中で一番才能にあふれる存在を夫にしようとしていた。他の実力主義派の貴族はそこに不満を持っていた。
「ラレ家で集めた若者をヨミリーの夫にする方法だと、他の貴族はラレ家と縁ができる機会をなくすことになります」
「権力者とは血縁を結びたいもの。そんな貴族を焚きつけてラレ家を批判させた」
「そこでラレ男爵はラレ杯の開催を提案した。アンリ姫は反対しましたが、彼は自らの提案を押し通しました。弁論で言い包めるよりも実力行使で黙らせる方法を選んだわけですね。私たちにとっては好都合でした。」
この決闘で決めるというのがラレ男爵の過ちである。彼からすれば自分の集めた若者が他の貴族に劣ると思っていないからこそ出た案だったのだ。
近年の大会においてラレ家の関係者が上位者を独占しているという結果も出していた。それ故に負けることを想像できない。この傲慢さがシキアたちにとっては攻めることができる大きな隙となった。
ラレ杯が彼らの衰退の始まりとなる。ラレ家も無事ラレ杯が終わるように様々な策を立てているだろうが、その上でシキアたちは負けることはないという自信があった。
「ラレ杯を逃したら、これ以上の機会は来ないかもしれない。全力を尽くしましょう」
「わかっています。最後まで気は抜きません」
「はい。命を賭けて臨みます」