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リゾーマタ王国では公的な行事では婚約者や夫婦がいる者は一緒に入場する決まりとなっている。そのため、特に婚約者において片方が遅れて来る場合に備え待合室が設けられていた。


シキアと別れ、ヴェロニカは待合室で他の貴族と話しながら内心悩んでいた。


――シキアにあんな事を口にして良かったのかしら


嘗て、復讐の代わりに自らに忠誠を誓うように約束したヴェロニカとシキア。しかし、ヴェロニカとしては正直シキアがここまで成長するとは思わなかった。


10歳までは何の変哲もない平民として過ごしてきた女の子だ。貴族社会に順応することも難しく、その上で成果を上げるには並々ならぬ努力をしたことだろう。


ヴェロニカとしては5年前の少女を損得関係なく見捨てられないという良心から連れてきた。それが思わぬ収穫だったわけだ。シキアはヴェロニカに忠誠を尽くし、右腕のような存在になった。


それなのに、別れる前ヴェロニカは確認してしまったのだ。


正確には、ラレ令嬢に遜る自分を許してほしいと言ってしまった。こんな事は貴族社会では仕方ないことだとシキアもわかっているはず。


口にするということは、貴方のことを信用していませんと言っているのと同じことだ。


ヴェロニカもどうしてあんなことを口にしてしまったのか自分でも理解できなかった。シキアは自分に感謝しているはずだし、この5年間で十分に絆を育んでいる。


もしかしたら、ただ単純に彼女に申し訳ないと思っただけなのかもしれないが、それなら猶のこと口にするべきではなかったのだ。


「ごきげんよう、ヴェロニカ」


頭の中で悩んでいると、ある男性がヴェロニカに微笑みながら声をかける。話していた他の貴族は口を閉じ、一礼をして離れていった。


レオン第一王子。この国の王子の一人であり最も王になると思われるお方。ヴェロニカとは婚約者の関係にある。


関係は良好で、お互いに尊敬と愛情を持っていた。


儀礼的なお辞儀をして、ヴェロニカは挨拶をする。


「ごきげんよう、レオン様」

「相変わらず君はいつ見ても美しい。例え、悩み果てる顔でもね。何かあったのかい?」

「ええ、少しだけ考え事を」


ヴェロニカは子どもの頃から感情が顔に出やすい方だ。そのため、マナーでは特に感情を隠すことを念入りにさせられた。そして、何とか貴族として恥ずかしくならない程度にはなったのだが、近しい人にはわかってしまうらしい。


「ですがご安心を。すぐに解決できることですので」


これ以上心配をかけないようにと気持ちを切り替える。既にしてしまった失敗はやり直せないが、挽回はできる。このまま悩み果てて、多くの人間を心配させるわけにはいかないと思った。


「それなら問題ないが、辛い時は言ってくれよ」

「はい」

「それでは、行こうか」


レオンはヴェロニカに向けて手を伸ばし、二人は手を合わせて総会に入場する。総会ではこの国の全貴族や豪商、国の幹部が一挙に集まる。例外として辺境拍などは防衛のために子息や代理人が出席した。


二人が入場したことで会場の雰囲気が変わる。総会においては主役のような立場であり、注目の的だった。


眺望の眼差しで見られ、二人は会場の中央横断する。何時ものことだが、ヴェロニカは未だ慣れずにはにかんでしまう。


そして、国の王族や公爵がいる場所で足を止め、王の前で挨拶をする。


「第一王子レオン、ヴェロニカ。只今参上いたしました」

「うむ、我が息子とその婚約者よ、よく来てくれた。責務を果たすように」

「「承知いたしました」」


挨拶が終わった所で、再び会場に歓声が上がった。残念ながら、それはレオンとヴェロニカによるものではない。


――遂に来たのね。


リゾーマタ王国の王には双子の子どもがいる。

片方がレオンであり、もう一人は妹のアンリだった。


アンリは他の令嬢と比べて活発で、有能な人間だ。そして、幼少から王になりたいと思っていた。もし、妹ではなく姉だったなら、レオンが王子として有能でなかったら王になれたような傑物である。


しかし、現実はそうならなかった。王の器である兄のレオンがいたことで、悪い言い方をすればレオンが死んだ時の保険として生きてきた。


有能かつ、仕来りに悩まされた影響だろう。アンリは能力によって地位や権力が決まる実力主義の思想に傾倒し、平民や低い爵位の貴族でも積極的に重用する。


そして、特に実力の高いと思われる家に彼女は嫁に入った。50年前の戦争で王国一の富と男爵の爵位を得たラレ家の後継者、ゲルトワ・ラレの妻になったのである。


「アンリ・ラレ、ゲルトワ・ラレは只今参上いたしました」


ヴェロニカたちと同じように挨拶をし終わり、その後は貴族と話そうとアンリはこの場を離れるはずだった。それがアンリであり、高位の貴族とは総会であまり話さない。


高位な貴族を拒絶しているわけではない。アンリに共感しているグノータン公爵とイストルフ公爵とは私的に話をしている。しかし、総会においてアンリは身近に話せる高位な貴族よりも、未だ見たことがない可能性を見ることを重要視していた。


しかし、今回は何故かヴェロニカの前で足を止めた。それも目を輝かせて。一体、自分の何がそこまでアンリに興味を持たせたのかヴェロニカにはわからない。


「聞きましたわ、ヴェロニカ殿。平民を近衛侍女に引き立てたとか」

「よくぞご存じで」

「彼女の出世がまるで自分のことのように嬉しいわ」


アンリの言葉で、ヴェロニカは合点がいった。


 平民で出なのに、弛まぬ努力をすることで公爵令嬢、それも王妃になる人間の近衛侍女になったシキアはアンリにとって関心がある存在だ。


それに、ヴェロニカにも実力主義の話をしていたことから、この行動はアンリに共感したと捉えてもおかしくはない。


実際のところヴェロニカは、アンリの思想は一理あると思ている。能力がある人間を使うことに反対はしていない。しかし、その弊害も知っていることから全面的に肯定はできなかった。


ましてや、弊害の被害者であるシキアがアンリに気に入られるというのも皮肉だった。


「それで、この会場にはいらっしゃいますか?」

「いいえ、彼女は侍女ですので別荘で支度をしているかと」

「そう。是非とも会いたいのだけれど。機会は作れないかしら」

「職務で忙しいので、難しいかと」


ヴェロニカは苦笑して受け流す。アンリと会って縁を結ぶということは、ラレ家との接触も避けられない。それで、彼女の身の上が看破されればシキアの願いは叶わなくなる。アンリという女性は容赦のなさも定評があった。例え、実力があっても敵対者や裏切り者、足手纏いには情を一切かけない。シキアがゼグに復讐を考えていることが知られれば、問答無用で処断されるだろう。


「そこを何とかできませんか、兄上からもお願いします」

「仕方ないよ、アンリ。ヴェロニカが最初からそう言うのだから」


レオンはアンリに助力しなかった。というのも、レオンはアンリのことが煩わしいのだ。

既存の慣習によって王になれそうなレオンにとって、実力主義は首を縦に動かせるものではない。それなら、自分よりも優れたアンリが王になるのだから。


他人から見れば簡単なことだが、アンリは何故かレオンの嫌悪の視線に気づいていない。どうやら、アンリはレオンが妹の方が勝ると認めていて、王になることも許すものだと思っている。


アンリほどではないが、兄であるレオンも王になれる実力を有する。このことがアンリの判断を見誤らせていた。


「すいません、アンリ様と兄様に用があるのですがよろしいでしょうか?」


アンリが諦め悪そうにヴェロニカを見ていると、ある女性が声をかけてくる。4人は反応して彼女の方を向いた。


「ヨミリー、どうしたの?」

「アンリ様、他の方々が貴方と話をしたいと私に頼んでくるのです。そろそろ、来てくださいませんか」


アンリは平民でも話を聞くことから、このような場所では多くの人が集まってくる。そして、彼女と話すためにはその家族に頼むことも多かった。


しかし、王族には簡単に話しかけられない。頼まれるのは嫁いだラレ家の人間である。


「行きたいのは山々だけれど、ヴェロニカ殿が人に会わせる約束をしてくれなくて」

「会いたい人とは、話で聞いた近衛侍女シキア殿のことですか?」

「そうよ。だけど、ヴェロニカ殿が無理だって言って難儀していたの」


ヨミリーの話したことにヴェロニカは驚く。彼女がシキアのことを知っているということは、復讐計画の失敗を意味するのと同義なのだから。


内心慌てる中、ヨミリーがヴェロニカの方を見た。


「すいません、ヴェロニカ様。一言よろしいでしょうか?」

「……何でしょう」


 緊張で目を逸らすヴェロニカを気にせず、ヨミリーは話し始める。


「アンリ様はシキア殿と会うのを楽しみにしておりました。それこそ、私たちに話すぐらいです。どうか、ご機会を作ってはいただけないでしょうか?」


何か違和感を持ったヴェロニカはゆっくりとヨミリーと目を合わせた。そこには邪念が一切ない。


5年前、自分のせいで家庭が壊れた少女の話をしているようには思えなかった。


――まさか、貴方はシキアのことを忘れているの。


考えてみればおかしいことでない。ヨミリーにとっては赤の他人同然の人間なのだ。しかし、ヴェロニカにとっては違う。


元々、平民と親交が深かったラレ家とアンリが結ばれたことによって、平民は出世の機会を得ることができるようになっただろう。しかし、その強引な方法のせいで泣く人間もいるのだ。


犠牲になった人間を見もしないで、自分たちは平民を豊かにしていると彼女たちは思っている。ヴェロニカにとってヨミリーたちの行いは許せるものではなかった。


「お二人の気持ちはわかりました。シキアにも言っておきます」

「ありがとうございます、ヴェロニカ様」

「ヴェロニカ殿、使者を送りますのでそれで連絡を取りましょう。ああ、会うのが楽しみだわ」


日の目を見る人間が増えることは間違いではない。しかし、行われている方法は間違っている。抑えがいない実力主義派の暴走をヴェロニカは止めるのだ。


復讐を心に秘めるシキアと共に。

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