仮想
初めて書きました。読みづらい点が多いと思いますが何卒よろしくお願いします。
「…くそッ」
梅雨、蒸し暑くシャツが皮膚に張り付く感覚を感じながら、革靴を鳴らし早足で廊下を歩く男がいた。時折悪態を吐きながら苦悩に満ちた顔を浮かべるこの男は警視庁捜査一課新見蓮だ。
「あいつ…今日こそはゲロってもらうぞ」
今、彼の頭の中は自分が取り扱っている凶悪事件のことで溢れている。それもそのはず、その事件の被害者は自身の最愛の妻である新見佳奈なのだから。
「新見さん!」
後方から若く快活な女性の声が自分を呼んでいる。新見が振り返ると今年捜査一課に入ってきた遠藤美春が駆け寄ってきた。
「新見さん、今日も容疑者の取り調べですか?」
「あぁ、あの野郎未だに何も話さねえしこっちの質問は無視だ。めんどくさいがこういう輩には何回も出向いて根比べするしかねえよ」
「大変ですね…あ!そうだ!新見さんチョコって好きですか?」
「ん?あぁ、まあ別に嫌いじゃないが」
そういうと遠藤は鞄から一口サイズの個包装されたチョコを渡してきた。
「甘いものは頭を動かすための燃料ですからね!よかったら疲れた時にでも食べてください!」
「おおありがとな。じゃ、そろそろいってくるわ」
「はい!頑張ってください!」
遠藤の大きく手を振る姿を一瞥した後、新見はチョコレートをポケットにねじ込み、取調室に向かっていった。
「こんばんわ刑事さん」
取調室に入ると男が座っていた。男の前には大きな箱が置いてある。新見が椅子に乱暴に座ると部屋に椅子が軋む音が響く。新見は今すぐにでも怒鳴りつけ自分の妻の遺体の場所を聞き出したい衝動に駆られるが、平静を装いながら口を開いた。
「単刀直入に言う、俺の妻佳奈をどこにやった」
「さあどこでしょうね」
「ふざけるな、そもそも動機はなんだ。なぜ俺の妻を殺した」
男はずっとこちらを見ている。彼の視線は自分の何もかもを見透かしているような気がして目を逸らしたくなる。そんな衝動に駆られながらも新見は追及の手を緩めないのは彼の刑事としての旦那としてのプライドだろう。
「あの日も今日みたいに蒸し暑かったですね」
「…なに?」
「梅雨の天気はいいですよね。冷たくも暖かくもない雨が全てを洗い流してくれるようで」
バンッ
男の意味不明な言葉に嫌気が差し机を思い切り叩く新見。椅子から立ち上がると男の胸ぐらを掴んだ。
「いい加減にしろ!!お前は何回そんな無駄話を続ければ気が済むんだ!!!」
「やめてくださいよ刑事さん。それだったらその『箱』開ければいいじゃないですか」
新見は机の上の箱を一瞥する、あの箱には男の凶器が入っている。開ければ逮捕までこじつけることができる、しかし恐怖感に苛まれ明けることができない。男の胸ぐらから手を離し新見は取調室の入り口に向かう。
「見つかるといいですね佳奈さん」
男の言葉を無視して新見は乱暴に扉を閉めると取調室を後にした。ポケットに手を突っ込むとカサとゴミが鳴った。
「…さん…みさん…新見さん!起きてください!」
「ん…ああ遠藤…すまん寝ちまってたか」
目を覚ますと新見がこちらをすごい形相で見ていた。
「新見さん!寝てる場合じゃないですよ!ついに証拠見つかりましたよ!!容疑者の指紋が凶器から見つかったようです!」
「な…んだと…?ど、どこからだ?」
「容疑者の家の庭から凶器が出てきてそこに指紋があったようですよ!」
新見はそれを聞くとホッと胸を撫で下ろした、午睡から起きた頭はまだ現状を飲み込めてなかったようだ。椅子から立ち上がりジャケットを羽織る。
「よし、そうとなったら礼状取りに行くぞ」
「はい!!」
日が暮れ署内の人間はまばらになっていく。帰宅するもの尾行、張り込み、残業とこの時間になってくると仕事はそれぞれだ。新見が捜査一課の扉を開くと遠藤がパソコンにかじりついていた。
「おつかれさん、今日のヤマの処理か?」
「あ!新見さん!そうなんですよ〜、私あんまりデスクワーク苦手なんでいつも夜になっちゃうんですよね〜」
項垂れる遠藤のそばにはチョコの空き袋が数個転がっていた。燃料もそろそろ限界かと考え新見はある提案をした。
「よし、じゃあそれあと1時間で終わらせたら飯奢ってやるよ」
「え!ほんとですか!?」
「おう、ちょうど給料日だし好きなもん食え」
「やったー!!頑張ります!」
「じゃあ俺それまであっち行ってるわ」
「はい!絶対に終わらせますからね!」
遠藤にがんばれよと言うと新見は足早に取調室へ向かった。
「かわいいですね」
男が急に口を開いた。なんのことか分からず新見が面食らっているとまた男は語り出した。
「遠藤さん、とても明るい方だ。まるで佳奈さんのようですね」
「何が言いたい」
「でもあんなに素直そうに見えても腹の中では何を考えているかわかりませんよ」
男は憐れむような顔で箱を見つめている。
「それ、まだ開けないんですか?」
箱
その中には凶器が入っている。妻を殺した凶器が。
「妻をどこにやった」
男の話を無視し鬼気迫る表情で新見は問い詰める。
「佳奈はとても優しい方でしたね。いつも笑顔で帰りを待ってくれる。でも一昨年くらいでしたっけ、段々と様子が変わって…」
瞬間、男の顔に拳が飛んできた。倒れた男に新見は馬乗りになり何回も男の顔を殴打した。
「黙れ!!!!佳奈はそんな女じゃない!!!!」
「いいですよ」
男の言葉に手が止まる。男は笑っているようだった。
「貴方は刑事です。犯人を恨まなければいけない、許してはいけない、絶対に後悔してはいけないんですよ」
「…黙れ…黙ってくれ…」
新見の声だけが取調室に響いていた。
居酒屋に男女の姿があった。女の方は大量の飯と酒を体に流し込むように食べていた。その細い身体のどこに収まっているのだろうかとついマジマジと眺めてしまう男。その視線に気づき照れ臭そうに、申し訳なさそうに遠藤は箸を置いた。
「す、すみませんいくら奢ってくれるって言っても限度がありますよね…」
「んあ?あぁいやいいんだ別に、どうせ俺はそんなに食わないし。それに誰かと食事なんて久しぶりでな」
新見はハハハと自嘲気味に笑うと遠藤は暗い顔をしていた。しまったと思ったがこうなるとあの話題は避けられない。暫し静寂が流れた後遠藤が口を開いた。
「奥さんまだ見つかってないんですよね…」
「ああ、もうすぐ一年になるな」
「行方不明になったまま手がかりもなし…その…浮気…相手の人も全然知らないの一点張りでしたもんね…」
「…あぁ」
重い空気が流れる、いくら自分が招いたことだと言ってもこれには耐えられない。また静寂が訪れた。
「あ!そ、そういえば新見さんもうすぐ誕生日ですよね!」
「…」
「な、何か欲しいものとかありますか?奢ってもらったお礼で何か贈らせてください!」
「…」
遠藤の言葉を聞いて去年のことが脳裏に浮かんだ。梅雨の蒸し暑い夜、俺の誕生日。佳奈は俺に大きな箱に入ったプレゼントと別れ話を切り出してきた。
『貴方は仕事ばかり、私は貴方のための人形じゃない』
『このプレゼントが最後、もう私達終わりにしましょう』
そんな言葉彼の耳には届いてなかった。次の瞬間には赤く紅くあかく…
『だめですよ刑事さん』
「新見さん!聞いてます?」
「え、あぁ」
行かなければならない。新見の脳内にはそれだけが浮かんでいる。
「遠藤、すまんちょっと用事できたから帰るわ」
「え、新見さん…」
遠藤の言葉を遮り2人分の代金を置き店を後にする。
警視庁に戻り取調室に向かう。自分の妻を殺した犯人がそこにいる証拠品があるそれを確認するために。
ガチャッ
扉を開けるとそこには何もなかった。誰もいない取調室扉の音だけが響き渡る。
「ちがう…」
何かを探すように新見はあたりを見渡す。
「ちがう…ちがうちがうちがう!!!」
机を蹴飛ばし蹲る。すると背後に箱を持った男がいた。新見が振り返ると男はいつもと同じ声色で語りかけてきた。
「刑事さん」
「箱、開けますか?」
新見は箱に手を伸ばす。プレゼントボックスの中には真っ赤に染まった包丁があった。佳奈の血で染まった包丁が。
「あ、ああ…あああああ…」
「違いますよ、刑事さん。貴方の仕事は犯人を追うこと、貴方は被害者の遺族なんですから」
男は泣き崩れる新見を抱きしめる。
「大丈夫、貴方はいつも通り私を問い詰めればいい。だって貴方は刑事なんだから。」
新見の嗚咽だけが取調室にこだまする。あと何回この蒸し暑い梅雨が訪れるのだろうか。
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