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白椿の幸せ

作者: 凡 徹也

花屋の片隅で、ひっそりと生涯を終えるつもりだった白椿の鉢植えの運命とは…

人の幸せを、花側から考えて見たものです。

 あー…とうとう花屋の店頭の隅に追い遣られてしまったわ。毎日毎日、どれだけの人達が私の前を通り過ぎて行ったかしら?。人がふと立ち止まってこちらを観る度に、「え、私かしら?」と思い、顔を赤らめて(とは言っても、花弁は白いままなんだけれども)ポーズをとるものの、幸せそうな笑顔で持ち上げられる鉢は、いつも私では無かったわ。私だってね、一生懸命咲いたのよ。思い切りのエネルギーを使って思い切り美しく…それでも誰にも選ばれず時ばかりが過ぎて行ったわ。買われていくときのあの友の嬉しそうな顔を何度見せつけられた事でしょうね。その度に祝福の心と妬みの心が同時に交錯してたわ。ただ、若くて綺麗なだけじゃないとか、ひねくれた感情が生まれて、(いっその事、グレてやるわ)なんて思ったことも有ったわ。でもそんな醜い心を持つ自分にも嫌になってた。

 その内に花の盛りは過ぎていったわ。身につけた花びらは1つ又1つと散っていってしまった。最後にゃ邪魔者扱いされて値段も100円に迄下げられたわよ。プライドもすっかり傷つけられたわ。そんな日々の暮らしの中で私の身も心もくたびれて果てて、すっかり老いてしまったわ。もう誰も見てもくれない。そして、隅っこに置かれてさ…

 かってこの場所に置かれた花の運命を私は充分に見てきたわ。私もあの花達と同じ運命、このまま朽ち果てて忘れられ最後には棄てられる。そして、私の存在など誰も覚えても居なくなるのよ。そんな惨めな最期を迎えるくらいならせめて最後くらいは自分自身の為に一花咲かせ思い切りパッと散ってやろうと決めたのよ。そして、最後に残った取って置きの大きな蕾に全精力を注いで咲かせてやるわってね。

どうせこんな売れ残りの姥桜

  …違った姥椿だったわね…

の生きた証なんて何も残らないし誰も求めてなんかいやしない。どうせ自己満足だけの生涯だったわってね

だってね。

 「花」の一生なんてさ美しく咲いて人を喜ばす事が仕事じゃない?それなのに、仕事もさせて貰えず生涯を終えるのよ。だから自分のために咲いて何処が悪いの?開き直って思い切り華やかに最後の一輪で思い切り芳香も放つ覚悟も決めてたの。

 そうしてあの日も終わろうとしていたわ。その夕方のこと、そんな私をじっと見つめてくれる男の人が居たのよ。最初は、なんて物好きな人かしらって思ったわよ。そうしたら私のこと持ち上げて、「これを下さい」って。私は何かの間違いか冗談かと思ったわよ。それに、もし買って帰って家族の人達に散々馬鹿にされて棄てられる位なら私のこと、そっとして置いてよ。私、これ以上惨めな思いなんかしたくないからってね。

 でも、その男の人、私のこと「綺麗」って言ってくれたの。花屋さんから持ち帰るときも笑顔で大事そうに抱えて、歩きながら私にずっと話しかけてくれてた。奥様が喜んでくれるかなあって。花は一輪だけだけど、香りも良いなあって。私は涙が止まらなかったわよ。「花の泪」なんてね。勿論人間には観られないんだけれどね。でも、その人が私の生きる小さな希望の光を心に灯してくれたのよ。

 そして、家の玄関に入って迎えてくれたのが奧様だった。最初怪訝な顔してたから私は、ほれみたことかって思ったわよ。でも、私を見つめる奥様の瞳は、急に優しさを帯びてきて「綺麗ねえ、それになんて素敵な香りがするのかしら」って、私のこと褒めてくれたの。

 私は、その時決断したの。生涯をこの2人の為に捧げようって。この一瞬だけでも私に愛情を注いでくれる2人は、私にとっては命の恩人、だから精一杯尽くそうって。

 そして、翌朝になって奥様が私のこと狭い鉢から出して広い庭の陽当たりの良い場所に植えてくれたの。家族にしてくれたのよ。周りの地面に生える芝生さんも樹樹の先輩方も皆新入りの私を温かく迎えてくれた。そしてね、植える時に奥様が私に話してくれたの。御主人が自分にプレゼントなんて買ってきてくれたのは数年ぶりの事だって。とても嬉しかったから、私のこと宝物だから、1番陽当たりの良い場所に植えるからねって。

 それから、あなたは今年は花振りは終わりだけれども、来年は沢山のお花を付けてねって。私にも口が有れば大声で「私を大切に思ってくれてありがとう」って御礼を述べて嬉し涙の1つくらい流したかった。そして、その植えてくれた場所は、本当に暖かかった。花屋の店頭なんかよりずっと素敵な場所よ。自動車も目の前通らないし、散歩する人達も犬たちも、皆大人しくて何処か品もある。私は何としてもこの2人の愛に応えていこうって決めて、来年の為に勇気を持って最後の花びらを落としたの。

 そして、私は丸裸、枝と葉っぱだけの身になりました。

 その次の朝から、御主人は毎朝起きてくると私に「おはようさん」って挨拶してくれた。そして、新聞を取り出した後、私に水をかけてくれた。毎朝よ。勿論、雨の日の水は無かったけれど、挨拶は毎日してくれた。

 その御主人が仕事に出掛けると、今度は奥様が庭に出てきて洗濯物を干しながら話しかけてくれるのよ。「枝が伸びてきたわね」とか、「葉が大きくなったわね」とかね。そして剪定の為に1番太い幹を切り落とす時も、「折角伸びたのに御免ね。でも、これを切った方が来年、あなたはもっと美しくなれるから」って謝りながら私のこと切ったの。だからかな、切られたとき私は爽やかで清々しい気分だったわ。それにこの御夫婦なら、私は何されてもいいわって思ってもいたしね。

 そして季節は進んで、夏は1日に2回水を頂いた。秋が終わって寒い冬の季節を迎えた頃になっても、まるで枯れ枝みたいな私に変わらぬ愛情を注いでくれた。植物にとって笑顔で見つめられる程の悦びは無いわ。そして冬の本番、たった1度だけ大雪が降り積もったの。とても寒かったわ。私、風邪引いちゃうって思った。でも、その時にも他の樹は、そのままにされたけど、私の葉の上や、茎に積もった雪を優しく払い落としてくれた。そして、暫くして少し暖かな初春も無事に迎えられたの。

 そんな日々の積み重ねが有って春が終わり、初夏を間近に控えていた頃、20個余りの蕾を付けることが出来たのよ。私も嬉しくて、花を咲かせるのにウキウキわくわくしてたわ。本当にお待たせしました。美しい本当の私の姿を見て見てってね。

やがて1つの蕾が開き、一輪の花が咲いたとき、2人は手に手を取って喜んでくれてた。その時の2人の顔を私は一生忘れないわ。

 そしてね、幾つかの蕾が開き、競演するころには辺りに良い香りも漂い始めて、庭の外を歩く人達にも私の香りが届き、存在に気付いてくれた人は歩く足を止め「あら、良い香り」なんて言ってくれて褒めてもくれた。私はなんて幸せなのだろうって思いました。周りの樹樹や、空を飛ぶ鳥さん虫さん達も揃って声援を送って応援してくれた。そしてね、花が7分咲き位のコロかな?奥様が私に素敵なプレゼントをくれた。そう、私に妹が出来たのよ。1才違いの妹は、門を挟んだ反対側に対になるように植えてくれたの。だから、私はここのご主人や家族の優しさを話しかけて励ましたの。「あなたはとても可愛いらしいわよ。花振りは小さいけれど、素敵よ。今はまだ背も低いけれども来年には私のように背も高くなって立派になれるわ。何の心配も要らないのよ」ってね。

そしてこの先ずっと仲良く2人で綺麗なハーモニー奏でましょうって言ってね。

 そして、その白椿の姉妹はその言葉通り翌年には大きさも揃ってその後も毎年、沢山の花を咲かせ香りを放ち続けた。今ではその背丈も塀の高さを優に超え、外の道を行き交う大勢の人々にも評判となり、その界隈では名所として知られて、永年に渡って幸せな人生…いや、「花生」を過ごしましたとさ。

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