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俺の不思議な妹の話  作者: みたか
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2話 昔の夢の話

上空から周りを見渡すと山に生茂る木々が、太陽の光を受けて青々と輝いていた。

その山には一本の道路が通っており、けっして広くは無い山道を走行する白い車が視界に入った。

車種の名前は分らないが、立派なエンブレムをフロントに掲げたトヨタの国産車だ。

スピードを出し過ぎることも無く、安定した走りでカーブの多い山の坂道を走っている。


俺はその車の上部近くまで上空から降り立った。

俺は空気に溶けたかのように、重力が無く意識だけが宙を彷徨っているようだった。まるで浮遊霊にでもなったかのように、車内を鳥瞰してみている。

実際は車に天井はあるのだろうが、目を凝らすと車の天井はとり省いたかのように無くなった。上部から車内が丸見えだ。

後部座席にはベビーシートが固定され、そこには小さい幼児が寝息をたてている。その横に幼い頃の自分の姿があった。

体格からいって、四、五歳くらいだろうか。

車内でいることに飽きたのか、当時の流行っていたライオンレンジャーの玩具を、つまらなげに弄りながら、大きな欠伸をして、運転席に座っている男性に声をかけた。


「ねぇ、まだぁ?僕もう、退屈になっちゃったよ」


子供特有の甲高い声で、不満げな声を上げる。


「すまないな。長時間車の中で疲れているだろうが、もう少し辛抱してくれ。山を抜けたら休憩するから」


優しく落ち着いた低い声だ。

なぜかその声に懐かしさを感じた。

俺は目を凝らして、運転席の男性を見ようとするが、まるで逆光が当たっているかのように周りの光の陰になり、顔が確認できない。

けれども、なんとなく男性は薄く笑みを浮かべているように感じた。


「もういいでしょ?これから、どこに行くのか教えてよぉ」


子供の俺は無邪気に笑って、甘えるような声を出した。

完全に安心しきった表情をしている。

自分にこんな時期があったなんて、信じられない。

俺の記憶には孤児院にいた頃からの記憶しかないから、もしかしたらそれより以前の記憶なのかもしれない。

だが、どちらにせよこれは夢だ。

繰り返し何度もみている夢なのだ。もちろん、これから何が起きるかも俺には予想できた。


「それは到着しての楽しみにしておいで」


男性がそう言うと、助手席に座っていた女性も子供の俺に話しかけた。

高めの優しい声色をしている女性だ。

男性と同じく、目をいくら凝らしても女性の顔を確認することができない。ただ、分かるのは艶やかな長い黒髪と、白い肌に華奢な身体の女性という事だけだ。


「移動が多くてごめんね。赤ちゃんはまだ寝てるのかしら?」


「うん、よく寝ているよ。泣くと五月蠅いけど、可愛いね」


「そう、よかった。何だか、嫌な予感がして。守ってあげてね」


弾むような声色だった。女性が笑っていることが声から伝わってきた。


「うん、まかせて!僕頑張って守るよ」


子供の俺は自信に満ちた顔で、小さな手に拳を握り、胸を叩いた。


「ありがとう。さすが、男の子ね」


「頼んだぞ。この子は………なのだから。大変かもしれないが、頑張ってくれ。こうしてみると、本当のお兄ちゃんみたいだな。いや、…の方が先に生まれているから、お兄ちゃんじゃなくて弟か」


毎度の事ながら、言葉の一部がノイズが入ったかのように聞き取れない。

おそらく、これは昔の記憶なのではないかと、俺は思う。

こんな小さい頃の記憶など覚えているはずが無いが、潜在意識が覚えていて、こうして夢にみせているのかもしれない。

聞こえてこない言葉や顔は本当に記憶から抜けてしまっているからだと心の中で解釈していた。


子供の俺は頼りにされた事が嬉しかったのか、胸を張り顔を少し紅潮させて、車内で饒舌にたわいのない話をし始めた。

俺は自動車の真上から、これから差し掛かる山道のカーブに目をやった。

そのカーブは今まで通ってきた山道にも何度もあったようなカーブだ。特別に急な曲がり方をしている訳では無い。けど、そのカーブの下は崖になっている。


『あそこだ。あそこで、あの事故が起こる』


俺は心の中で呟いた。

諦めにも似た虚無感が、胸の中を支配する。

この夢を見始めた頃、必死に運転席の男性や子供の自分に訴えかけた。


『危険だ!この先の崖から車ごと転落する!今すぐブレーキを踏むんだ!』


何度も叫んだが、誰の耳にも届かなかった。恐らく今の自分は、誰にも気付かれない浮遊霊のような状態なのだろう。


「う!うぅ」


運転席の男性が急に呻き声を上げた。それに気づいた助手席の女性が、不安気に男性に語りかけた。子供の俺はきょとんとした表情で、二人を見つめている。


「どうしたの?大丈夫?」


「か…身体が。動かない…」


男性は絞り出すような声を上げた。

男性の身体は微動だにせず、ハンドルを握った腕は伸びたままだ。

自動車は崖のガードレールが勢いよく近づいていく。

男性は汗を額から流し、何かに抗うかのような震える足で、精一杯ブレーキをかけた。だが、時は既に遅く、勢いをつけた自動車はガードレールを簡単に突き破り、まるでスローモーションの様に宙を舞って、その後、物凄い速さで落下していった。

その刹那ほんの一瞬だけ、俺は助手席の女性と視線が交わった気がした。

それは、今まで何十回と同じ夢を見たが、初めての事だ。

俺は法然と空気の中を漂いながら、おもちゃの様に崖の下の林に落下した自動車の、衝撃音と木々の隙間から舞い上がる煙をみていた。


□□


「にいちゃ。お兄ちゃん!」


聞きなれた幼女の甲高い声に、意識が現実へと引き戻された。

薄らと白くぼやけた視界が、はっきりとした輪郭を形成し始める。

ペチペチと頬を叩く小さな手を、無造作に払いのけ、俺はむくりと上半身を起こした。

自宅のアパートの六畳程の畳の寝室だ。


「わぁい、兄ちゃんが、起きた。おきたぁ!ねぇねぇ、ごはん、ごはん!」


香奈は丸く大きな瞳を瞬かせて、紅葉の様な小さな手をパチパチと叩きながら、全身で喜びを表現している。

弾んだ大きな声が頭に響く。

あの夢をみた後の、起きた時の気分は最悪だ。今日は特に頭痛が酷い。まるで酒を浴びる様に飲んだ次の日の、二日酔いの様な気分の悪さだ。


「うぅ、頭に響く。香奈、おはよう」


「やっと起きたの?朝食の支度できてるよ!」


聞きなれた女性の声がするや否や、スパンっと障子が勢いよく開き、そこには、おたまを片手に持った美崎が呆れた表情で立っていた。

リビングから、野菜スープの優しい匂いしてくる。


「なんで…美崎がこんなとこにいんだよ…」


俺は頭を押えて、苦虫を噛み潰したような表情をして溜息交じりに呟いた。項垂れるように頭を下げると、さらりと額に落ちた茶色い髪が滲んだ汗にひっつく。


「なんでって、心配して来たんじゃない。二日前にあんな事件があったばっかりでしょ。今日は休みだから、朝食でも作ってあげようかと思って来たの。香奈ちゃんの為にもね。ちなみに、いくら携帯に連絡してもでないから、家には香奈ちゃんが入れてくれたんよ」


「…頼んでねぇし」


俺は呟く様にそう言うと、布団から立ち上がり、香奈の背中を押して部屋からリビングに出した。そして、襖をパシンと大きな音をたてて閉める。


「とりあえず、着替える。入ってくんなよ」


不機嫌にそれだけを伝えた。襖の向こうでは、こちらの機嫌など意にも解さぬように、明るい声が聞こえてくる。


「香奈ちゃん。朝ごはん食べようね」


「わぁい、今日のご飯、パンだぁ。ぱん、パン!甘いたまごぉ!」


「うん、お兄ちゃんがもうすぐ着替えてくるから、そしたら、食べようね」


「うん、兄ちゃんと食べる!」


香奈のはしゃぐ声に溜息を吐きながら、手早くパジャマを脱ぎ捨て、黒いTシャツとジーンズに着替えた。そして、小さな洗面台に行き、冷水を頭から被り、犬の様にフルフルと頭を揺らして、水気を飛ばす。

染めてもいないのに茶色味を帯びた細い髪は、おそらく十分もすれば乾いてしまうだろう。幾分かすっきりした頭で、リビングに向かった。

狭いリビングでは待ってましたとばかりに、香奈が目を輝かせる。

小さなテーブルの上には三人分の朝食が並んでいた。具沢山の野菜スープとスクランブルエッグとトーストだ。

俺が無言で席に着くと皆で手を合わし、「いただきます」と大きな声で言って、朝食を食べ始めた。時計をみると、針は九時半を指していた。


「香奈、これ食べたら出かけるぞ」


「わぁい。お出かけする!」


無邪気に答える香奈の横から、美崎が勢いよく口を挟んできた。


「えぇ、出かけちゃうの。じゃあ、私も一緒に行ってもいい?」


美崎は体を机に乗り出して、おねだりするような口調で言った。俺はそれを横目で一瞥して、食事に戻った。


「お前は、ダメ」


「何でよ!それに、お前呼ばわりは失礼よ。これでも、彼方より年上なんだから。たまには、美崎さんとか呼んで欲しいものだわ。顔に似合わず口が悪いわね!先週は、今日は予定無いって言ってたでしょ。どこに行くの?」


先程とは打って変わって、不服そうに頬を膨らませている。よくここまで表情がくるくると変わるものだと、感心してしまう。


「お前には関係ねぇだろ」


一蹴した。


「また、そんなことを言うし。祐介、冷たい。いいじゃない、行き先くらい教えてくれたって。じゃあ、何時に出発するの?それまで、ここにいてもいい?」


美崎は形のいい唇を尖らせて、上目づかいに最後は少し甘えるような口調で聞いた。頭の横で一つにまとめた長い髪が揺れる。


「すぐ出発する」


俺は美崎を一瞥すると、視線を逸らし、朝食を素早く咀嚼し、朝食を平らげた。そして、律儀に目を伏せながら、手を合わせた。


「御馳走様でした。香奈、すぐ出発するぞ。早く食べ終われよ」


「ふぁい」


香奈はモグモグとほうを膨らませたまま返事をした。小さな手で器用にスプーンとフォークを使い、スクランブルエッグを口へと運ぶ。口の周りには、スクランブルエッグやパンの粉がついている。


「口の中のモノを食べ終わってから返事をしろよ。あと、ちゃんと食べ終わったら、御馳走様を言うんだぞ」


近くのウェットティッシュを数枚引っ張り出し、香奈の口の周りをグイグイと拭いて、出発の準備をする為に寝室へと席をたった。

準備といっても、財布と携帯電話をポケットに入れるだけだ。

携帯電話は滅多に点かない着信ランプが点滅していた。着信を確認してみると、美崎から三件着信と自宅に行く旨のメールが入っていた。

俺にとって、携帯は仕事の都合上持っているだけだ。仕事の無い時は殆ど見ることが無いので、着信に気がかなかった。

携帯の画面を見ながら、小さく溜息を吐いた。

そう、俺にとって、美崎と一緒にいると居心地の良さが悩みなのだ。

優しくされるのも、嬉しいが正直困る。

今まで近づいてきた女達は、祐介の冷たい態度や物言いで相手の方から疎遠になっていったが、美崎は全く意に介そうとしない。自分から疎遠にするよう持っていくことも出来るが、そうするのはもう少し先でもいいと、つい先延ばしにしてしまっていた。

さらに、美崎は香奈の通う保育園の先生をしている。そうなると、どうしても関わることになってしまうから、仕方が無いと、自分に言い訳して。だが、ずっとそうして別れを先延ばしにする訳にもいかない。


「そろそろ、美崎とも離れないとな」


独り言を呟くと、溜息がでてきた。気を紛らわす為に首を左右に振り、大きく伸びをする。

気を取り直して再びリビングに向かった。


まだ続きます。

手直しはしましたが、文才の無さが少し恥ずかしいですね。

よろしくお願いします。

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