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俺の不思議な妹の話  作者: みたか
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1話 平和な日常の事件

例え非常識な事でも、それが日常的にあれば常識になると誰かが言っていた。

物心ついた頃から、生活の一部に日常的に非常識な事が重なって生活していたら、きっと誰でもそれが常識だと思うのではないだろうか。

だから、俺は周りから見てそれが非常識な事だと認識した時から、それを隠して過ごしていこうと心に決めた。

自分には大切な家族がいるし、必要以上に頑丈な身体もある。

多くを望まなければ、それを隠して過ごしていけると思っていた。

事実、今まで隠し通してきたのだから、これからも同じようにしていけば、平穏な日常を送っていくことができるだろう。



ダンボールに詰められた荷物を丁寧に二段に積んで、両手で抱えて勢いよく持ち上げた。

小さめのダンボールなのに、ずしりとした重さが腕に伝わる。おそらく、この小さい段ボールには、本がいっぱいに詰められているのだろう。

ちらりと横をみると六畳の狭い部屋には不似合いな大きな本棚がある。その下にもおそらく本が入っているであろうダンボール二箱が置いてあった。

このダンボールを運んで、後はテレビと本棚を運び終われば本日の仕事は終了だ。


「祐介、何やってんだ?とっとと終わらせようぜ」


マンション前に駐車しているトラックに荷物を置いて、部屋に戻ってきた高坂拓郎は、そう言うと、慣れた手つきでテレビ収納用の青いプラベニヤでできた箱を組み立て始めた。

拓郎は俺より七歳程年上で、この引越のアルバイトの二年先輩だ。

バイトにフルタイムで入るようになってからというもの、ほとんど相方と呼んでも良いくらいに、ペアで同じ現場に行くことが多かった。

薄く無精髭を生やし、少し日焼けした彫の深い顔、捲り上げた作業着から伸びた太い腕は、いかにも力仕事にむいていそうだ。

かくいう俺は見た目は拓郎とは真逆のタイプだが、不思議と馬が合った。

拓郎はあっという間にテレビ収納用ボックスを組み立て終えた。手際よくテレビを梱包していく。


「うっす!」


祐介は短く返事をすると、そばにあった本を詰め込んであるダンボール二箱を、手に持っていたダンボールの上に乗せ、足早にトラックへと足を進めた。それを横目に拓郎はにやりと笑みを漏らした。


「おいおい、そのダンボール結構重かったぞ。相変わらずの腕力だな」


ただでさえ重いダンボール箱を、細い腕で何個も運ぶ姿に拓郎は感嘆の声を上げた。

俺としては多少重くても、短時間で効率よく済ませたい。

早く仕事を終わらせて、保育園に妹を迎えに行かなくてはならないからだ。


「あざっす」


俺が手早くトラックにダンボールを積み込んでいると、拓郎がテレビを運んできた。後は大きな本棚に傷防止用の布を巻きつけ、二人でトラックに載せて、1LDKの部屋の引越荷物の積込み作業は終了した。


「悪かったな、今日は急に頼んじまって。今日来る予定の奴らが揃いもそろって体調不良ときたもんだ。お前が来てくれて助かったよ」


部屋の引越主と軽く会話をしてサインをもらった後で、こちらに戻ってきた拓郎は笑顔で言った。

夏も終わろうかという少し風が涼しくなってきた季節だが、拓郎は顎から汗を滴り落しながら、作業着の袖で額の大粒の汗を拭う。


「いえ、大丈夫っす。これから行けば、保育園のお迎えにも間に合うし」


軽く返事をしながら、ちらりと腕時計を見た。

荷物が少なかったおかげか、思ったよりも早く終われた。

朝に行った別の現場の引っ越し作業だけで終わるはずが、急遽こちらの現場にも来てほしいと拓郎から連絡が入ったのだ。

俺としては、夕方までに帰れるならむしろ仕事を入れてもらった方が、その分給料が入るので都合が良かった。

ただ、保育園のお迎えに遅れるのは困る。預かりの延長料金が発生してしまうからだ。


「保育園って住吉の方だったか?荷物を引っ越し先に持っていくのは明日だし、近くまで乗せてってやるよ。ほら、乗って行け」


拓郎は半ば強引に俺を助手席へと促し、トラックを出発させた。


「あざっす。助かります」


トラックを走らせると座椅子のクッションが硬いからか、タイヤの衝撃が尻に伝わってくる。

俺はグッと伸びをして、一息ついた。

横で窓を開けて、煙草をふかしながら運転をしている拓郎が溜息交じりに声を出した。


「どこかに職でも落ちてねぇかなぁ」


それは、独り言ともとれるような呟きだが、おそらく俺に話しかけているのだろう。


「職って、就職活動でもするんっすか?」


「おうよ。もうすぐ俺も年貢の納め時っつうか。あいつと結婚しようと思ってよ。そうなると、いつまでもバイトって訳にはいかないだろ。本腰入れて活動しなきゃなんねぇな」


あいつとは、時々拓郎との会話に登場する拓郎の彼女の事だろう。

拓郎もそれを俺に言ったからといって、気の利いた答えなどを期待しているわけでもなさそうだ。

ただ、保育園に着くまでの、車内の雑談程度に言ってきているだけだろう。

だが、俺は拓郎との、この他愛の無い会話の空気が意外と気に入っている。

特に何か有益な事がある訳でもないが、ざっくばらんな態度や会話は、運動をしている学生が、部活帰りに気心の知れた先輩と部室で雑談しているような、妙に懐かしくて、空気が小さく弾むような感覚があった。もっとも、俺には部活をしていた経験は無いから予想だけど。

高校卒業の資格は持っているものの、学校にはほとんど行った事が無かった。


「そっすか。俺は、妹がいるんで、まだ時間の自由がきくアルバイトでいようかと思ってます。いつでも、辞めて引越できますしね」


「何故引越す必要があるんだ?何かに追われてんのか?」


拓郎は冗談交じりで、薄く笑いながら言った。俺もつられて笑顔をつくった。


「いえ、追われてる訳では無いんすけどね。まぁ、いろいろ複雑な事情があるんですよ」


「ふーん、まあ、今まで引越二十回だっけ?お前まだ二十一歳だよな?つーことは、一年に一回以上引越してるってことか。すげぇな。お前、引越貧乏だろ?」


「まぁ、否定はしませんけどね。引越も金が掛るんで、もっとシフト入れないとやばいです」


拓郎の訝しんだ笑顔に、口の端を上げて濁す様に答えた。

窓に目を移すと、いつの間にか高速道路をおりて、下道を走っていた。

そのまま振り返ると、高速道路の出口の坂が蜷局を巻いた無機質な蛇の様に、宙に浮かんだ道に続いている。この道を大昔の人が見たら、何と思うだろうか。驚いて手を合わせて拝むかもしれない。

それを言うなら、車や飛行機や高層ビル等、すべてのものが驚きの連続かもしれないが。


遠ざかる高速出口を一瞥して、視線を横に逸らすと、道路沿いは中層階のビルやマンションが建ち並び、一階には何件か店舗が入っていた。

その前を黒い帽子を被り、団体で歩いている小学生達がいた。指定の制服をきて、二、三人の塊で楽しそうに話しながら歩いていた。その後ろを一人でトボトボと少女が歩いている。黒い帽子から金色に光る髪が伸び、肌の色も白い。恐らくアメリカ人と日本人とのハーフだ。少し俯いて、一心に少し先の地面を見ながら歩いている。

まるで、他が目に入らないかの様に、何がある訳でもない単調で無機質なアスファルトの歩道を見つめながら歩く姿は、現実では無い違う世界を見ながら歩いている様にも見えた。


「可哀想にな。人間関係に馴染めてないみたいだな」


拓郎の言葉に、俺は振り返った。

拓郎は俺の視線の先を盗み見たのだろう。助手席側の窓に目を向けていたが、すぐに前に向きなおりハンドルを握りしめる。


「可哀想…ですか。まあ、確かに馴染めてはなさそうっすね。まぁ、人間は自分達とは違う部分を持つ者を認めませんからね」


「そうだなぁ。けど、昔ならともかく、今時ハーフだからって、そこまで異質な扱いは受けないだろう。昔は珍しくて、結構学校で苛めとかあったって聞くけどな。今となれは、いろんな所でハーフの子供を見かけるし、将来美人に育ちそうじゃん。俺の予想では、転校してきたばかりで、まだ友達と馴染めてないってとこじゃないか?」


「どうっすかね。まぁ、そうかもしれないっすね」


正解を確かめるべくも無い話に、適当な相槌を打つ。拓郎はその様子を見て、またもや苦笑いを浮かべてハンドルを握りしめた。


異質なものをみる時の他人の目は、時に奇異と恐怖、そして好奇心と我欲に満ちていることを俺は知っている。

もしかしたら、同じ人間だと思って扱っていないのでは無いかと思う事すらあった。

そして、その目の先に映るのは俺自身では無かった。

だからこそ、幼い頃から、何度もその目を恐れ、ひたすら逃げ回ってきたのだ。


「ほら、もうすぐ着くぞ。丁度お迎えの時間だな。園児が出てきてる」


車窓からは見慣れた景色が広がり、大通りの交差点を曲がって中道に差し掛かると、園児の姿がチラホラと見え始めた。

妹と同じ「ことぶき保育園」の園児達だ。

胸に保育園のバッチを付けた白いシャツに、紺色のスカートや半ズボン、黄色い鞄を肩から掛けて、頭の上には保育園指定の紺色の帽子を被っている。

住宅街の中道でそんなに大きくも無い道路を、引越用トラックは制限速度を守りながら、徐行するかの様にゆるゆると保育園に近づいていく。

街中で大きな面積をとれない為か、三階建ての建物の保育園で赤いレンガの三角屋根が特徴的だ。建物の前には小さな運動場があり、その横に幼稚園の門がある。


「この辺で大丈夫っす。送ってもらって、すみません。ありがとうございます」


俺は幼稚園の数メートル手前で、拓郎に話しかけた。保育園の玄関には、本当に目と鼻の先だ。

俺はシートベルトを外そうと、手を掛けた。と、その時、拓郎が驚いた様な声を上げた。


「なんだ?あの車!なんつー速さでこんな狭い道を走ってるんだ!」


その言葉に慌てて顔を上げて前を見た。

道の先には、反対車線からセダンの白い乗用車近づいてくる。

その車が近づいてくる速さに、異常な違和感を感じた。

高速道路や大通りならいざ知らず、こんな中道で、ましてや園児が通る様な通学路、速度制限の看板もたてられ、周りに他の車も殆ど無い、歩行者とは白線で区分けされているだけの道路を通常以上のかなりのスピードで走っていたのだ。

白い乗用車は蛇行運転で保育園に近づいて来ている。


ふとその時、俺の脳裏に昔新聞で騒がれた記事が思い浮かんだ。

幼稚園児の団体に、車が突っ込んで園児が数人死亡し、他の子達も大怪我を負ったという悲惨な事件の映像だった。このまま直進すると園門に衝突し、園門にいる幼稚園児や保護者だけでなく、園門横の運動場にも突っ込んで被害を出しかねない。

一人の女性がその車に気づき、大きな声を上げた。


「なに!?あの車!すごい速さで近づいてくるわ!」


女性の驚いた声で、道路にいた園児や保護者は道の脇に避けようと動きだした。だが、逆に何事かと道路の様子を覗こうと見に来た園児達が園門に姿を現した。

俺の目に、肩まで伸びた髪の小さな少女の後ろ姿が映った瞬間、窓から大声を張り上げていた。


「香奈!願いだ!俺、浦島幸太郎の隣にいる高坂拓郎二十八歳に、今運転している車のアクセルを踏ませろ!」


いきなりの大声に、視界の小さな少女は振り返った。

その顔を見て、俺は落胆する。香奈では無かった。同じ様な髪形、制服、背丈をしていたから、勘違いしていた。

その時、高い超音波に似た耳鳴りと共に、脳内に声が響いた。


『リョウカイ』 


耳鳴りに交じって聞こえる甲高い音だ。

意識的にその音を言葉として聞きとらなければ、言葉として認識することも困難だ。

その言葉が響いたと同時に、拓郎が思いっきりアクセルを踏み、車道脇へと停車しようとしていた引越トラックが急発進をした。拓郎はいきなりの事に、為す術がないかのように身体を硬直させた。

それを横目に、俺は素早く助手席からハンドルを握り、園門へと操作する。

「きゃあぁぁ」と女性の甲高い声が幾重にも聞こえてきた。それは真直ぐに園門に突き進んでくる白のセダンに対してなのか、そのセダンに勢いよく突っ込んでいくトラックに対してなのかは分らない。


「香奈!願いだ!俺の乗っている車のブレーキをかけろ!」


『リョウカイ』


またもや甲高い耳鳴り音と共に、脳内に声が響いた。

キーンと脳内で木霊する耳鳴りに祐介は眩暈を覚え、目を瞬かせる。

激しいブレーキ音と共に、俺は思いっきりハンドルをきった。

ズドンっとトラックの車体に大きな衝撃が走った。

シートベルトをしめていなければ、フロントガラスを割って、外に放り出されていたのではないかと思う位の衝撃が、身体を貫いた。衝撃で椅子に頭をしたたか打ち、スローモーションの様に、外部の映像を映していた視界が闇に消えた。



まだまだ続きます。

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