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強かったんじゃない。強すぎたんだ

 目を開けると、空の月はずいぶんと傾いていた。


「おっ、復活したか」


 女の声が聞こえ、そちらを見ると先ほど俺を見下ろしていた女が墓を椅子にして座っていた。

 彼女の近くに、骨が散乱しているのを見るに、骸骨共が性懲りも無く挑んだようだ。


「そうか――、俺の闇魔法は届かなかったか」


 時刻は深夜。

 視界は良好、体調万全。

 周囲にはあらかじめ魔法も敷き詰めた。

 足手まといもなく最高のパフォーマンスで戦えたと自負している。


 怒りこそ心に満ちていたが、怒りに支配されていたわけではない。

 怒りを糧として、俺の力に変換できていたはずだ。


 しかし、この女には届かなかった。

 俺の闇魔法はまるで刃が立たなかった。


「お前、人間だったんだな。ヴァスィアって言うんだろ。聞いたことがあるってよ」


 久しく忘れていた俺の名前をこの冒険者は言った。

 生きていた頃はよく呼ばれていた。……誰に呼ばれていたんだろうか。


「なぜ俺の名前を?」

「昼のドロップは『リッチの……』なんだったっけ。そう、『リッチの哀れな矜持』とか言うアイテムで名前はなかったんだが、さっき倒したら特殊ドロップがあった。それにお前の名前が書いてあった。その名に聞き覚えがあったようだ。ついでに話せるかもしれないからってことでリポップを待つことになった」


 なぜところどころ伝聞型なのか。


「……そうだったのか。やはり俺はボスになったんだなぁ」


 二度倒され、アイテムまで出てきて、ついでに名前を呼ばれ、ようやく自身がリッチで、ボスなんだときちんと受け止められた。


「俺の闇魔法はこんなものだったのか」

「いや、すごいらしいよ。シュウも手放しに絶賛してる。珍しいことだ。素直に喜んどけ」


 シュウって誰だ。

 姿は見えないが、やはり仲間がどこかにいたのか。


「それでも負けたことに変わりは無い。俺の闇魔法を打ち破りし者よ。どうかその名を聞かせてくれ」


 こんな謙虚な気持ちになれたのは久々な気がする。

 自らの小ささ、弱さを思い知らされた。


「メルだ」


 一瞬遅れて全身の毛が逆立った。

 思わず立ち上がっていた自分に気づいた。

 アンデッドになっても、鳥肌が立つことはあるようだ。


 俺はその名を知っている。

 自身の記憶が怪しいことは自覚しているが、その名は確かに聞き覚えがある。


「まさか……、いや、まさかなどじゃない」


 身を以て知ったばかりだ。

 なぜこの自分が。アンデッドにまで成り果てたこの自分が、ここまで謙虚になれるのか。

 彼女こそ、俺のこいねがう夢の果てにいる存在だったからに他ならない。


「まさしく――極限級」


 世界に数多いる冒険者の最高峰。

 俺たちが夢見た超上級のさらに上、世界に三組しかいない存在。

 加えて、ソロで極限級まで上り詰めたのは、創始者を除けば歴史上でたった二人だけ。

 そのうち一人はあまりにも遠い昔で名前すらほぼ廃れてしまっている。

 もう一人が目の前に座り、俺と話をしている。

 彼女こそが生きた伝説――


「極限級冒険者メル」


 言われた本人は、すごい照れながら「うん」と頷いている。

 昼からの全ての出来事に得心がいった。彼女ならば全てがあり得る。全てがうなずける。


「あなたになら俺の闇魔法が弱いと言われても、その言葉を飲み込むことができる」

「弱い? あの魔法は強かったぞ。昼はともかく、さっきの戦いは中級のボスとは思えなかった……だよな、上級のボスはあるってよ」


 俺の中で消えようとしていた怒りの炎が、別の色の炎に移り変わっていくことを実感できた。

 極限級冒険者に認められた。怒りの火は自信へと変わり、再度燃え上がり始めている。


「俺の闇魔法は強い」

「そうだな」


 強いとはっきり認めてもらえた。

 しかし、その格はまだ夢に届かない。


「それでも上級か……」


 超上級にはまだ届かない。

 俺たちの夢にはこの姿になってなお届かないと言うのか。


「超上級になるには、何が足りないんだ」

「なんだろう。強かったけど……、うんうん、『前提として、ヴァスィアはあくまで魔法使いだから近接戦闘は避けないといけない。動けるといっても、魔法使いの中では動けるほうというだけ。ボスモンスターになってもそこは大きく変わらない。さほど得意でもない中近接戦は最後の手段にすべき。さっきの戦闘でも倒そうと思えばいつでも倒せた。まずは、これが原則』」


 動体視力があがり、詠唱も心でできるようになったので忘れていたが、確かに距離を取って戦うべきだった。

 実際に上級パーティーの戦士や斥候は俺に迫ってきていた。

 それに倒そうと思えば、いつでも倒せたのか。


「『次に闇魔法だけど、本質からは大きく外れてる』……えっ、そうなの? いかにも闇って感じだけど」


 自分で言って自分で突っ込んでいる。

 噂では聞いていたが、独特な空気を持っている冒険者だ。


 かなり別名の多い冒険者でもある。

 独り言のメル、ダンジョン破壊のメル、二重人格者メル……挙げていけば切りが無い。


 数ある別名でも、一番名が通っているのは「神出鬼没のメル」だろう。

 朝に東のダンジョンを攻略しに行ったら、夕方には遙か西のダンジョンをクリアして戻ってきたという話もある。

 それどころか、ダンジョンの中で姿をいきなりくらませて、一ヶ月くらい経ってから何事もなかった様子でギルドに戻ったこともあるとか。

 いきなりどこかから現れて、ダンジョンを攻略し、顔を覚えられるよりも、また、自身の存在が周囲に知られるよりも前に、その姿を消す。

 顔のない冒険者などと冗談交じりに言われているくらいだ。


 まさに今回もいきなりの挑戦だった。

 普通は上級冒険者が街に入れば、嫌でも情報が浮き出るものだ。

 実際、ここへ挑んだ上級冒険者も入る前には、他の冒険者が噂をしていたほどである。


「『闇の本質からは大きく外れてるけど、真価は比類無く発揮できてる。ここまで闇の真価を行使できているのを見たのは初めて。たぶんあんまり深く考えず、目的のため一直線に走って他がまったく見えてない、しかもその自覚はあるのに直そうとする気がないタイプ。悪くない。そこはぜひ伸ばしていって欲しい』。いや、それは伸ばしちゃ駄目じゃね。……えっ、そんなのあったっけ? ちょっと待てよ」


 アイテム袋をいきなりごそごそと漁り始めた。

 ここの、あそこで、と何かを探している様子だ。見つけたらしい。


「これをやるって」


 俺は放り投げられた結晶を手に取り解除する。

 小さな黒い宝石が煌めく糸で繋がったアクセサリが出てきた。


「これは?」

「上級ダンジョン――狂瀾墓地ムスペ。そこの隠しモンスターのドロップだ。なんとかの首飾り。装備効果は……そうそう、『精神変化の抑制。闇魔法を使うと混乱が発生する。これは闇魔法の性質上仕方がない。その混乱のひどさが闇魔法の強さにも繋がるけど、ヴァスィアの混乱はあまりにもひどすぎる。味方がモンスターだから許される。人なら巻き添え食らって死ぬ。俺なら絶対にパーティーを組まない。ダンジョンにいたらモンスターじゃなくても斬りつけるほどだ。とりあえず、もっと出力を抑えてでも精神のブレを減らし、安定した強さを目指した方が良い』。そうだな、本当にそう思う。さっきの戦いの最後は何か踊り狂ってた。ふざけてるのかと思ったぞ」


 何だろう……そんな記憶がある。

 過去にもきっと同じような事があった。

 駄目だ……、くそ、思い出せない。


「『それとその状態』……どの状態? 『記憶が混乱してる』?」


 メルはこちらを確認するように見てくる。

 俺はその通りだと頷いた。


「『闇魔法の乱発で、ひどい錯乱状態のまま死に、そのとき何らかの作用が加わってリッチになったのは間違いない。そうなると、リッチになっても錯乱状態のままで固定される可能性が高い。おそらく常に軽い錯乱状態になってる。それが闇魔法の威力を底上げしてる面もある。それで、この装備はあくまで、今の状態からの変化を抑えるためだけで、デフォルトの錯乱やら混乱、記憶障害は治療できない。上手く付き合っていかないとだめ』。らしいよ」


 らしいよと言われてもな。

 とにかく俺の記憶障害がそういった理由から来ていたことがわかっただけでも良かったといういうものだ。


「『ああ、それと闇魔法だけど、中位と高位はかなり使いこなせてる、素晴らしい。あと最高位はあれで良い。本質を理解してないならあんなもん。で、低位は使えないの?』」

「あれは……、攻撃にも防御にもならない。使っても意味がないだろ」

「『使えるのに使わないなら、それははっきりと未熟だね。使う魔法でヴァスィアの質がわかり、同時に使わなかった魔法でヴァスィアの格が決まってしまう。今までどうやって戦ってきていたのか。そして、その弱点がはっきりと浮き彫りになってる。低位の使いかたを覚えれば、さらに上を目指せるだろう』ってさ」


 闇魔法の低位?

 低位は使えるが、使ってどうなるのか。

 あれは本当に使い物にならないもののはずだ。

 いや、しかし、極限級が言うからには何らかの使い方があるのか。


「……え、私からも? 超上級になるにあたり足りないものねぇ……。とりあえず、ここはただお前が強いだけだよな。せいぜい上級。墓地がある。モンスターがいる。なんか強いボスがいる。それだけ」


 よくわからない説明だ。

 それは、話している本人も思ったようで補足される。


「えっと、なんて言うのかな。ソロで挑むと特に感じるんだが、超上級のダンジョンって緊張感がすごいぞ。一瞬たりとも気が抜けない」

「上級では気が抜けるのか」

「上級はモンスターがまだ弱い。環境だけが際立ってるとかがある。ここみたいにボスだけが異常に強いってだけも割とある」


 そうなのか。

 俺も過去に上級へ挑んだが、そんな余裕はなかった。

 俺の闇魔法でも一般のモンスターを倒しきれず、あいつの大鎌や……大鎌?

 また、これか。今は超上級の話だ。


「超上級は違うと?」

「断言できる。まるで違う。モンスター、ボス、そして、それを取り巻く環境。この全てが互いに手を取り合い、連携し、容赦なく私を殺しに来る。一体感というのかな。そんなところを攻略しているときはな。本当に楽しいぞ。きっとダンジョン側も攻略されるのを楽しんでいるんだと思う。私も本気で攻略し、相手も本気で迎撃してくる。だから楽しめるんだな」


 独特なダンジョン論だった。ダンジョン攻略のみで極限級に達した人間はやはり違う。

 鼻息を荒くしながら、本当に楽しげに超上級を語っている。


「だがな。ここは楽しくなかった。モンスターも弱く、環境の影響もほぼない。モンスターと環境の相互作用はわずかに感じるがそれだけだ。それはまだ良いんだが……。そう、お前だけが異様に浮いてる」


 それは仕方ない。

 俺はここに入り込んだ異物だ。


「――つまり、俺がここで超上級を目指すのは無理ってことだな」

「私はそう思わない。ダンジョンは常に変わっていくものだ。過去に急激に難易度が変わったところもある。私も何度か見た。実際、このダンジョンもお前が入って変わったと聞く。お前一人が強くなろうとするならまず無理だろう。だが、他のアンデッド共と手を組めばできるんじゃないか。知らんけど」

「俺とアンデッドが手を組む? 無理な話だ」


 ここの奴らと交じれば俺は弱くなるのではないか。

 そうすれば俺の夢はますます遠ざかってしまう。


 メルはぼんやりとこちらを見ている。

 何を考えているのかわからない。


「アンデッドはお前と手を組みたがっているように感じたが、私の気のせいだったかもしれない」


 そう言って、足下にあった骨を蹴った。

 おそらく骸骨も話を聞いているはずだが、無駄口を挟んできたりはしない。


「……そうだよな。ダンジョンの内部事情とかは知らないけど、やっぱり異物は受け入れられないものだよな。わかる、わかるぞ」


 ……俺は受け入れてもらえなかっただろうか。

 骸骨共は俺を排斥していたか?


「いや、違う。俺は受け入れられていた」

「えぇっ、そうなの……」


 なぜそんなに嘆くのか。

 うるせぇぞと剣を蹴っているのも不気味だ。


「むしろ、俺は頼りにされていた……んだと思う。なぜ、そこまで期待されるのかわからず、俺は応えなかった」

「遠回しな自慢かよ……。それならだ。応えてやればいいじゃん。というか、お前が奴らを引っ張っていけば良い。『俺たちで超上級になるんだ』ってな。お前の闇魔法とアンデッドとこの霊園という環境、それらがどう絡み合うのかは私にわからないが、闇魔法はすごく霊園やアンデッドの印象に合いそうだ。とりあえずやってみればいいんじゃね。死ぬわけじゃないでしょ、アンデッドだし、モンスターなんだから。どんどん積極的に挑戦してみたら」


 なんだろうか、できそうな気がしてきた。

 いや、違う。できる。俺がやるんだ。超上級になる。

 ああ、そうだ! 思い出したぞ! これは人間時代からの夢だった!


「メル殿の言やよし! 俺の迷いは断ち切れた。――俺がなるべきものは最初から決まっていたのだ。俺たちがなるべきは超上級! 俺の闇魔法でお前等を導いてやる! 聞こえているか、アンデッド共! これより俺たちが目指すは超上級ダンジョンだ!」


 ダンジョン全体にアンデッドの声がとどろいた。

 メルの隣でいつもの骸骨が現れ、そのむき出しになった骨の両手を叩き、硬い音を出している。

 他の骸骨もいるにはいるのだが、出てきていない。


 この骸骨にはメルも驚いた様子だ。

 実はただものじゃないんじゃないか、こいつ。


「極限級冒険者でも驚くことはあるんだな」

「毎日、驚きの連続だよ……。え、あれ、なんで呆れてるの。私にしては良い助言をしただろ……えぇ、方向性が違う? 今さらそんなこと言われても困るんだけど」

「何を言ってるんだ?」


 助言の方向性というのは聞こえた。

 方向性は素晴らしかった。俺たちが超上級になるための全てがこもっていた。


「あっと……。これを返しとくのね」


 メルはまたアイテム袋を物色し、一つの結晶をこちらに投げてよこす。


「待て。解除はしちゃいかんそうだ。えっとな。『これを渡しておく。苦痛に耐えられぬ時、解除するがいい』」

「わからない。どういうことだ」

「それはお前の特殊ドロップアイテムだ。『お前にとって本当に大切なものがそれに入ってる』だってさ」


 言いたいことは言ったという様子でメルは立ち上がった。


「待て」


 ん? とメルが振り返る。


「聞いていたはずだ。俺たちが目指すは超上級。そして、目の前には極限級の冒険者がいる。それならば、やることはただ一つ」

「それは?」

「極限級冒険者メル。スコタディ霊園がボス――ヴァスィアがその命をもらい受ける」

「アンデッドが正面から堂々と宣言して殺しにくるってのは新しいな。ああ、そうだ。その挑戦的な感じが良い。ボスから挑戦状を叩きつけられたのは初めてだったからな。愉快なボスだと思った。お前が導くならここも良いダンジョンになりそうだ」


 ずっと何を考えているのかわからないとぼけた顔だったが、口の端が不気味に上がった。


〈闇――〉


 心の中で詠唱を始めるが、すぐに止まった。

 俺の頭に剣が突き刺さっている。


「速、すぎる……」

『接近戦は避けろつったばっかだろ。脳みそまで泥リッチかよ』


 男の声だ。

 頭の中に直接声が響いてきている。


「志が低い。超上級と言わず極限級を目指せ。超上級まで上がったら、また挑みに来る。どうか私が生きてる間になってくれよ」

『間違った方向性を与えてさせてしまった詫びとして、いちおうもっかい伝えとくね。過去の夢はもう忘れたほうがいい。思い出せなくても気にすることはないよ。ヴァスィアはもうリッチで、ボスで、生者の敵なんだから。名前すら忘れて、さっき叫んだ夢だけを追っていけばいいんだ。闇魔法の真価を発揮できる君なら、そういう生き方は得意でしょ。それがみんな幸せになる道だよ。だけどね、どうしてもその道を踏めなくなったのなら――さっき与えた結晶を解除しろ。なるようになる。全てが消えるか、どうなるかはわからないがね』


 意味がわからない。理解がまるで追いついていない。

 わかることはまた倒されてしまったということだけだ。


 地面に横たわったまま、空を見あげる。

 月は雲に隠れたままだ。骸骨がメルに向かって押し寄せている景色が映る。


 そうだ。

 俺たちで、超上級に……。


 こうして自身の夢を再確認しつつ、俺の意識は消えていった。

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