あれは本気じゃない。時間が悪かったんだ
日は落ち、月は俺の上にある。
月に叢雲花に風。月は雲で隠れ、霊園には捧げられる花もない。
女は時間通りにやってきた。
昼と同じような姿で、あろうことか松明も光魔法も何も明かりを持っていない。
おそらく目に直接魔法をかけているのだろう。ただの剣士か斥候と思っていたが、魔法剣士であったか。
「よく逃げずにやって来たな」
アンデッドが夜に力を増すことは子供でも知っていることだ。
認めがたいが、この俺も夜になれば力が増していることを感じる。
それに昼よりも目がよく見える。昼の方が視界が悪いと思えるほどになっている。
「おいおい本当に喋ったぞ」
「喋るとも。貴様は昼、訊いたな。闇魔法が弱いんじゃないかと」
「……言ったっけ?」
この女、忘れてやがる。
ふざけている。なんなのだこいつは。
「……あ、そう。言ったようだな。だから何?」
「見せてやる。俺の闇魔法の真髄をな!」
「はぁ、じゃあ、どうぞ」
〈闇よ。其の要撃を示せ!〉
あらかじめ周囲一帯に仕込んでおいた闇魔法を解き放つ。
昼のような不意打ちに備えて、使い魔が俺の側に付き従っている。
闇の攻撃をふざけたほど初心者じみた無駄の多い動きで避ける。
ときどきその剣で闇の攻撃を払っている。
俺は見誤っていた。
あの女の持っている剣はただの剣ではない。
俺の闇は普通の武器では払えない。
闇が武具にのめり込み、絡め取るので、武器をもっている相手にはむしろ効果的なのだ。
俺の闇魔法の連撃を、気持ち悪い速さで避けている。まるでゴキブリだ。
〈闇よ! 我が仇敵を討ち滅ぼせ!〉
闇の使い魔が次々と現れ、女を攻撃していく。
しかし、女は意に介さない。使い魔の攻撃ですら軽く払いのける。
恐ろしい女だ。
恐ろしさを感じる一方で、楽しくもなってきていた。
こんなに楽しいことは久しくなかった。最後にここまで楽しめたのはいつだっただろう。
たしかここを久々に訪れたときだ。
あのときもそうだった。
今のように体が軽く、空を飛んでいるようだ。
俺自身が闇となり、世界を蹂躙していくようだ。
「魔法が全てで、全てが魔法!」
〈闇よ! 空を覆え!〉
こちらを笑って見下ろす不愉快な月を俺の闇で覆ってしまう。
笑う月は隠れたが、まだハエが飛んでいる。
〈闇よ! 小うるさいハエを叩け!〉
闇は剣や槍や槌となりハエを叩こうとするが、ハエはちょろちょろと避けていく。
〈闇よ! ハエを撃て!〉
無数の闇の矢がハエを襲う。
ハエはその足で器用に矢を払いのけた。
「ええい、うっとうしいな!」
楽しい気分で踊っているときになぜこのハエは飛ぶのか。
〈闇よ! 全てを覆い尽くせ!〉
全範囲に闇を展開し、飲み込んでしまえば良い。
これなら避けられることはない。その自慢の足も羽も全て闇に飲み込んでやる。
「静かだ! 闇の世界が訪れた!」
楽しいな。
全て真っ黒だ。
こんな楽しいことが――。
「何言ってんだ、こいつ」
目の前にハエが飛んでいた。
なんだ、このハエはなぜ俺の前で飛んでいる。
ハエのの触覚が俺へと伸びてきた。
無駄だ!
〈闇よ! 俺を包み込め!〉
俺自身が闇になってしまえばハエの攻撃なんて――
「あれ?」
俺の体が切り裂かれ、斬られたところから光が溢れてくる。
なんだこれ、なんだよこれ? どうして光が体から出てくるんだ?
「わけがわからない! なんなんだ、これは?」
「……私が聞きたいよ」
いつの間にかハエは消えており、女が立っていた。
女の剣が俺の心臓を貫く、横に引き裂くと距離を開けた。
地面が俺に近づいてくる。
まただ。またやってきやがった。
体が動かない。
女は動けない俺を見下ろしている。
何も言わない。ただ、つまらなさそうに俺をジッと見つめる。
俺はまた――。