ヴァスィア - don't be dismayed at goodbyes. a farewell is necessary before you can meet again -
俺は確かに深い眠りに落ちていた。
もう起きることができないんじゃないかと思うほど、深い場所で目を瞑っていたんだ。
ぐっすり寝ていたら、いきなり日光より数段眩しい光を当てられ、頬をぶん殴られて、耳元で拡声魔法を使われた。
しかも胴体にロープを巻かれて、体が真っ二つに千切れそうな力でもって引き釣り上げられた。そんな気分である。
遙か東の地の漁師が底引き網で魚を捕らえるというが、捕らえられる魚はこんな気持ちなのかもしれない。
目を開けたら周囲が異常に明るかった。
いつもの二人が近くにいるようだが、周囲の光でぼやけて見える。
この明るさは何だろうかと空を見上げるが曇り空だ。
意識はまだぼやけているようだが、体調はまったく問題ない。
体を流れる魔力も……、おや? 魔力が流れてもまったく消費されないぞ。
いや、これはおかしいぞ。
体の内部から生成される魔力もまったく感じない。
まるで周囲から取り込んで――。
瞬きをして周囲をもう一度よく見てみる。
意識すれば、すぐに気づいた。周囲は明るいが、これは光によるものじゃない。
魔力だ。
周囲の魔力量が異常に多い。
「待て!」
二人が動こうとしていたので、手を挙げて即座に動きを止める。
やばいぞ。なぜ寝起きからいきなりこんな場面なんだ。
「なんだこの魔力は……」
周囲に異常かつ異様な高濃度の魔力が満ちている。
今までも魔力を感じることはあったが、視覚として捉えることができたのは初めてだ。
こんな膨大な魔力の中で、生きていることがもはやおかしい。
魔力がある空間内で一定以上に満ちると、変な現象が起きる。
一般に言うところの魔力暴走である。
「なぜ暴走していない」
おかしい。あまりにもただならぬ事態だ。
とりあえず動いてはいけない。
「二人とも絶対に動くなよ。どうなるかわからんぞ」
何か動作をすれば、魔力の流れが生じ、現象が生じうる。
この魔力量なら小さな現象でも増幅され……、本当に何が起きるんだ。
「王よ! 復活されましたか!」
このタイミングで大声を上げた馬鹿がいる。
骸骨くんさぁ。モンスターなんだから魔力がおかしいことくらいわかろうぜ……。
「我らアンデッド一同、王のご帰還を心よりお待ちしておりましたぞ!」
しかも、他のアンデッドを引き連れてこっちに動いてきやがった。
「この馬鹿ッ!」
叫んでみたが手遅れだ。
周囲がさらに白く光り輝き始めている。
なんとかして周囲の魔力を減らすか消す必要がある。
先ほど、消費された魔力は俺へと補填されていた。
それなら、やることはこれしかない。
〈――闇よ! 俺は願う! 骸骨どもが俺の近くへ到達できることを!〉
詠唱は成功した。
闇の深化は発動された。
アンデッドたちにうっすらと闇が付いている。
問題は俺の魔力がまるで減らないことだ。
減ったすぐ側から、俺への魔力補填がされていく。
こんなことは初めてだ。
周囲に魔力が満ちていても、それを取り込むことなどできたことがない。
もちろんここまで魔力が満ちている中にいたことすらないのだが、それでも魔力は内から生成されるものだと思っていた。
さらにおかしいのは、周囲の魔力がまったく減ったように感じない。
俺につぎ込まれた魔力が周囲から薄まり、その薄まったところに新たな魔力が移っている。
そして、その魔力移流と骸骨どもの動きでまた新たな光が発生している。
〈――闇よ! 俺は祈る! 二人がここから無事に帰れることを!〉
さらに深化を発動させる。それでも俺の魔力はまるで減らない。
周囲の魔力もすぐさま補充され、新たな暴走を起こそうとしている。
どうする?
この場で使える奴は全て使った。重ねがけもいけるか。
「――闇よ! 俺は願う! 骸骨どもが」
駄目だとわかり途中で止める。詠唱にならない。
同じ相手に、同じような効果で重ねがけはできないようだ。
より多くの者に、力をかける必要があるだろう。
届くかどうかはわからない。
だが、やらなければなるまい。
〈――闇よ! 俺は求む! 街の人間どもが健やかな日々を過ごすことを!〉
効果は発動された。
俺の魔力は消費されたはずである。
街までの距離があって、視覚では見えないがおそらく闇に包まれただろう。
それでも周囲の魔力がまた俺へと押し寄せてくる。
全方位から津波のようにやってくるのだ。
「……どうなってるんだ」
キリがないぞ。
逆にどこまでなら範囲を広げられるか試してみたくなった。
〈――闇よ! 俺たちは目指す! 俺たちが自らの夢を持ち、そして、それに向かって突き進むだけの力を持つことを!〉
主語を不明確にしてみた。
残念ながらこれでも俺に効果は発動されない。
白い光が空を一瞬だけ覆い、すぐさま霧散していった。
魔力はようやく消費されたようだ。
やっと世界から白い光が消え、普通の色として把握できるようになった。
こうして俺は復活早々の危機を乗り越えた。
いつもの二人から、俺が消えて復活するまでのあらましを聞いた。
かなり省いているようだが、要するに会長から復活のやりかたが来たのでそれに従ったらしい。
あの逆さ紳士を呼び出し、俺の復活に利用したようだ。
「俺の復活のさせ方についてはいろいろと思うところもあるが、ひとまず置こう」
残された者が残された者なりに考えて実行に移したことだ。
その場にいなかった者がとやかく言うことじゃない。
「そうか。俺は人間に戻れなかったか」
せっかくアレティの名前も思い出したが、このままダンジョンの主としてやっていけということだろうな。
しかし、悲しいことにダンジョンの主でもないとわかってしまった。
「で、真のボスがアレか……」
骸骨を見れば、「王復活祝いの儀」としてまた演奏を始めている。
ちょっとは静かにしてくれないものか。
「驚かないんですね」
「そんな気はしていた。モンスターどもへの号令、逆にモンスターどもからの報告も俺と同じようにしていた。マップすら開けるそぶりもあったからな。それに、あいつは霊園ができる前よりもいたと聞く。時系列で言えば、あいつがボスでもおかしくはない」
ただ、ボスとしての自覚がないのは本当だろう。
俺にボスとしての権限を分け与えているのかもしれない。無意識で。
人には戻れなかったし、ボスですらなかった。
それなら俺の目指すところはどこか?
「消える前から思ってたんすけど、どうして両方やるって選択肢がないんすか?」
「何?」
「ダンジョンの主で、冒険者もやればいいんじゃないっすか?」
「いや、それはどちらかしかできんだろ」
人間として、冒険者となりダンジョンを攻略するか。
リッチとして、ダンジョンを運営し冒険者どもを返り討ちにするか。
この二択だ。
「あ……」
女が何かに気づいた様子である。珍しく怖くない「あ」だ。
俺を見ずに男を見ている。見るというか睨んでいた。
「ちょっと、待ちなさいよ。あんた、なんでそんな大切なことに気づいてて、今になってから言うの」
「え、あのときに言える? みんなで人間に戻るか、リッチのままかで盛り上がってたから、ここはどちらか決める流れなのかなって」
「だからあんた、あのとき……」
「落ち着け」
席を立った女をとにかく座らせる。
止めないと、片手に持った石で男を殴りそうな気配だった。
「どういうことだ?」
「今さらなんですが、リッチ様の二つの夢は併行可能かと。スコタディ霊園の表向きのボスという立場。今の状態ですね。これで極限級ダンジョンを目指せばよろしいでしょう。そして、冒険者パーティーを組み、超上級あるいは極限級パーティを目指すということ。ダンジョンに潜る仕掛けはいるでしょうが、これもどうとでもなるでしょう」
いや、それは、どちらか……、あれ?
「リッチでも冒険者パーティーを組めるのか?」
「なれると思うっすよ。吸血鬼の元ボスでもパーティー組んでるって聞いたっす。リッチ様もギルドにコネは作ってますよね。なんとでもなるんじゃないっすか」
あれれ。普通にできそうだ。
両方か。大変そうだな。
しかし、やりがいはありそうだ。
「極限級ダンジョンの主で、極限級冒険者パーティ。そんな存在は聞いたことがないな」
思わず笑いが漏れてくる。
次の夢が定まりつつあった。
「しかし、どちらかはっきりせず中途半端になりうるか」
「一見どっちつかずにも存じますが、妙手ではないかと。現状では、リッチ様は極限級ダンジョンとしての一手が見えません。特殊な条件が必要だということも会長からの手紙にはありました。冒険者として、他のダンジョンを巡り、極限級へ達し、極限級ダンジョンへ挑み、その在り方を知ります。そして、リッチ様たちも極限級のダンジョンへ至る術を考え、実行に移す。どうでしょうか?」
ふむ、あっという間にその流れが組み立てられるところに感心する。
男もうんうんと頷いているが、これはわかってない。
「その案を良しとする。ただ、先は長いな。俺だけではどうしようもないだろう。また、話を聞く機会も増えそうだ」
「何時でもお呼びください。呼ばれなくても私たちの方から伺います」
「かまわん。いつでも来い。いないことも多くなろう。言葉はわからずとも、骸骨に話せば、お前たちが来たことは俺へ伝わる」
まず何からすべきか。
あいつらに話をしに行くべきだろうな。
「アレティさんたちなら霊元林野アファロスに挑みに行ったすよ」
男が俺の思考を読んだかのように言葉を発した。
「『あいつがいなくても上級の力があると示さないといけない』と言ってました。」
だが、それは数ヶ月前の話だ。
「もう遅いだろうか」
「いえ、遅くありません。常世魔草を集める必要がありますから、霊元林野におられるでしょう。まだ中級のようですので、攻撃役の魔法使いがいるならすぐにでも攻略できるかと」
廃頽の都パラクミへ挑むための下準備か。
ちょうど良い。あそこはまだクリアできてなかったからな。
俺がリッチとして冒険者パーティに入る第一歩としては力試しになるだろう。
ただし、トゥレラは除く。
「さっそく奴らに挨拶をしに行くとしよう。お前らも来るか? ……来てくれた方がいいな。説明が捗る」
「そうでしょうね。リッチ様が、リッチキングで、ボスではなく、アレティさんたちとパーティーを組むことを説明する必要があります」
「再度、奴らとパーティーを組み、超上級を経て極限級を目指す」
「はい。闇の深化があれば超上級までは余裕でいけるっすよ」
おそらくな。
人間の時とは出力が段違いだ。
「しかし、自分で勝手にパーティーから出て行って、勝手に死に、リッチとしてパーティーに戻ろうとするわけか。どこまでも勝手な奴だな、俺は」
「それでもアレティさんたちは迎え入れてくれると思います」
男も頷いている。
「お前たちとも約束したな。ダンジョンに連れて行くと。最初はパラクミが良いだろう。変な真似をしなければ襲ってこないからな。さて、連れて行くにあたり、俺がダンジョンへ潜れる案を出してもらいたいところだが――」
「実はもう考えてるっす。いつ復活しても連れて行ってもらえるよう用意しといたっす」
「準備が良いことだ」
女が険しい目つきでお前を見てるけど、何かあったのか?
今にも殴りつけそうな雰囲気だぞ。
「そうだ。大切なことを聞いてなかった。いや、実は聞いていたようだがな。きっと今ならいけるだろう」
二人はなんだろうと俺を見てくる。
そんなに姿勢をあらためることでもないんだが……。
「お前らの名を聞こう」
二人が吹き出した。
笑いつつも顔を引き締めようとしている。
その様子がおかしく、俺も思わず笑いがこぼれる。
「私たちの名前は――」
女が名乗り、男も続く。
霊園には骸骨どもの音楽が満ちている。明日もきっと同じだろう。
二人の名前を呼んでみた。二人の返事は元気よく、前に進もうとする力を感じる。
俺もまた、前に進むときがやってきた。
〈闇よ。俺の側へ現れよ〉
かつてのパーティーとこれからのパーティーを意識する。
――俺たちをあいつらに一番近い霊園へ転移。
すぐに景色が変わる。
全ての夢が一つに束ねられていく。
ヴァスィアというリッチの夢物語が現実になる最初の一歩だ。
さて、止まることなく進んで行くことにしようか。
――俺達の夢へと。




