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名も無き骸骨 - you've changed me forever. and I'll never forget you -

 二枚目の手紙が終わったところで、二人が顔を見合わせた。


「骸骨さんが真のボス?」

「まだ、話は終わっておらん。続きを読んでくれんか」


 ステラが二枚目をめくり、三枚目を手に取る。

 冒頭には二枚目と同じように、「三枚目だから一枚目から読め」との注意文が記されている。



“二枚目で書いたように、骸骨くんが霊園のボスなんだ。


 厄介なことに、報告で聞いたところ、彼はボスって自覚がないね。


 ヴァスィアくんをリッチキングに変えたのも、無意識なのかもしれない。


 とんでもない力なんだけど、そんな力を無自覚で為しうる存在を俺は何人か知ってる。


 通常の場合だと、そういうヤバイ奴はさっさとこの世から消えて、行くべきところへ行くんだ。


 でも、スケルトンとして霊園に居座ってるところを見るに、何か未練があったんだろう。


 リッチは簡単になれないけど、スケルトンは割と簡単になれちゃうからね。


 そんなわけで、報告を受けたことと、霊園で見聞きしたことから、生前の彼の痕跡を探してみた。


 骸骨くんのルーツを探す旅ってやつだ。



 第一の痕跡は、骸骨くんがリッチくんを呼ぶときの敬称だ。


 リッチの呼び方は地域によって、かなり差がある。


 例えば、カニス以東では「不滅の魔道士」なんて呼ばれてる。


 死なないという「不滅」に、恐るべき魔法使いとして「魔道士」で強調するんだ。


 ドクサ以南では「不死の賢者」とかだね。


 死なないという意味で「不死」は同じなんだけど、「賢者」とその知識の高さを強調している。


 おそらく過去に話ができる、比較的まともなリッチがいたんだろうね。


 アステリより以西では、「命無き者を引き連れる闇の導師」


 アンデッドを導く者という部分が強調されてる。


 さらに闇という言葉も出てきてるね。


 そんでもってモノマキア以北では、ずばり「死の王」だ。


 死を連想させ、アンデッドたちの王であるという意味合いが強くなる。


 骸骨くんは、ヴァスィアを「闇の王」あるいは「死の王」と呼んだと報告では聞いている。


 さらに、我々アンデッドを導いてくれと言っていたとか。


 そうなるとアステリとモノマキアの間くらいだろう。


 サブマから見れば北西方向だろうね。


 まず調べる方角を狭めた。



 第二の痕跡は、骸骨くんの音楽からだ。


 音楽というのも地域によってかなり特色が出る。


 地域性という点からもやはり北西という方角は間違ってない。


 東だともっと緩やかだし、南だと派手派手しいからね


 北の戦闘的と西の神秘的の中間をいっている曲調だった。


 逆から言うと、彼の曲を起源にして北は好戦的に、西は幻想性へとアレンジしていったのかもしれない。


 どちらが先かはおいておくとして、とりあえず方角は北西だ。


 やや北に近いから北北西だね。


 遠くなると別の民族性が混ざってくるから、そこまで距離は離れてない。



 第三にチューリップ・ナイツのときに現れた謎の紳士だ。


 服装を細かく覚えてくれていたのは非常に助かった。年代を推定できる。


 二百五十年前から三百年前と推定ができるし、地域も概ね間違いないとわかったからね。


 さらに、そいつがデクスの言うように骸骨くんと似た雰囲気だったとすれば関係者だろう。


 それなら父親か、息子か、兄弟かに偉大か異常な音楽家・舞踏家がいたという条件がつく。


 なぜ音楽家か舞踏家かは説明しない。アレらはそういう存在が多いとだけ書くに留める。



 これらの条件を当てはめて探したら、割と簡単に見つかったよ。


 約二百七十年前に、モノマキアの西南西にアフセンディアって都市があった。


 今はもう落ちぶれてて、別の名前の町になっちゃってるんだけど、そこにいたようだ。


 当時はペタオビト兄弟って呼ばれた双子だったらしい。


 兄は舞踏家で早死に、弟は兄の死後に行方不明と記録に残ってる。


 たぶん骸骨くんがその弟なんだろうね。


 ランプスィ=ペタオビトが骸骨くんの本名だね。


 作曲家としてそこそこ有名だったらしい。


 まぁ、名前がわかったところで、今回の場合はさほど意味がない。




 ここまで来て、ようやくリッチくんを復活させる方法に移ります。


 一枚目で、人間に復活するとどうなるかと書きましたが、まず人としては復活しません。


 闇魔法の深化を発揮したくらいでは、リッチキングから人間に戻ることなんてあり得ません。


 それでも魔力減衰があれほど大きかったのは、リッチくんとアレティくんの闇魔法と願いの強さを認めるべきところでしょう。


 魔力の自然増加よりも減衰が大きすぎて、リッチくんが消滅しかけてるくらいですからね。


 つまるところ、リッチくんを復活させるには大量の魔力が必要なんです。


 方法の一つとして、人と物を介しての魔力供給があります。


 手堅くて美しい話にしたいのならこれです。


 今までリッチくんが築いた人脈を最大限に利用して人を集め、霊園に魔力を集める。


 きっと多くの人が来てくれます。三騎士も文句を言いつつ集まってくれるでしょう。


 彼の広げた夢を霊園に収束させるんです。これなら数年で復活できます。


 これでも時間がそれなりにかかるのは、魔力を集める方法が確立してないからですね。


 人から直で魔力を集めることはかなり難しく、特殊なアイテムがいります。


 それにリッチくんの魔力量が多いのも問題でしょう。霊園を増やしすぎましたね。



 そんなわけでさっさと復活させる方法を教えます。


 要は魔力が必要ってだけの話なので、あるところから持ってくるだけで済みます。


 封筒に入っている紙を骸骨くんに渡してください。


 これらの紙は、生前の彼が書いたとされる楽譜です。


 外れも多々ありそうですが、当たりがあると俺は踏んでます。


 上手くやれば一ヶ月かからず、リッチくんは復活するでしょう。


 準備が一ヶ月で、本番はあっという間に済みます。


 ただし、荒療治なのでどう復活するかが本当にわかりません。


 魔力暴走を起こして、霊園一帯が地図から消え去るんじゃないかと考えてます。


 実行時は絶対近くにいないようにしてください。


 ――と言いたいところなのですが、あえて実行時は近くにいることを勧めます。


 賭けの部分が大きいのですが、平和的な成功になる可能性も高くなります。


 それに、リッチくんが復活した場合、誰か知っている人間が近くにいた方が彼も安心できるでしょう。



 一枚目にも書きましたが、骸骨くんに楽譜を渡すのは十日たってからにしてくださいね。

 

 成功を遠い場所から祈ってます。”



 「安全第一主義の会長より」と結ばれ手紙は終わった。


 なんとかなりそうという希望と、大変なことになりそうという不安がステラとデクスの二人を覆う。

 それでも希望の方が割合としては大きい。


 ステラは手紙を机に置き、代わりに楽譜の束を手に取る。

 三人とも教養がないので楽譜から、どんな曲なのかはまったくわからない。


「これを渡せば良いんだよね」

「十日過ぎてからね」


 デクスの急く声に、ステラが補足する。

 きちんと会長の意見を守ろうとしていた。


「十日後かぁ」


 渡すまでに十日。

 さらに渡してからは早くて一ヶ月と書いてあった。

 三ヶ月近く待っていたとは言え、長い待ち時間になると若い二人は感じた。


「行ってきなさい」


 黙っていた年長者が唐突に発言した。

 二人は言葉の意味がわからず、声を出したガマ爺を見る。


「……うむ。十日も待つ必要はないじゃろ。今から骸骨どのに渡してきなさい」

「えっ、でも会長が――」

「会長はもう安全域に入っておるじゃろ。若い時分の貴重な時間を待つことに費やしてはいかん。ほれ、急ぐのじゃ」

「でも」

「早くお行き」


 老人の短い言葉の圧力に負け、二人は席を立ちそのまま出て行く。

 その背に「気をつけてな」と声をかけた。


 会長は「自分は安全圏に避難するから。危険なことはお前らだけでやれ」と書いていた。

 若い二人はリッチの復活に夢中だが、老人としてはこの書き方が気になった。

 わざと老人を苛つかせるような書き方をしているのではないか。


 手紙に書かれているほど危険なことになるとは考えづらい。

 わざと大げさに書くことで、二人の不安を煽っているようにも見える。


 そうであるならば、書き手たる会長の目的は何か。

 自らが絶対視している人物からの話や指示でも鵜呑みにせず、きちんと自ら考え判断して行動する姿勢を持つこと――を会長は伝えたかったと老人は感じた。

 老人が若い二人にその姿勢を見せることで、年寄りに花を持たせたかったのかもしれない。

 ここまで調べて資料まで用意しているなら成功の確率も高いのであろう。

 二人がいることで成功確率が上がることもまずない。

 一番に会わせてやろうという計らいだろう。


 老人はこのように解釈している。


 お茶を口に含み、これまでの考えを全て臓腑に流し込む。


「捻くれておるな」


 老人は会長を短く批評した。

 またしても手が菓子に伸び、ポリポリという音だけが部屋に響き始めた。



 ――誤解である。


 手紙に書かれている内容に、嘘も誇張もない。

 書き手たる会長は本当に霊園一帯が、消滅する可能性が高いと考えている。

 しかも、この「霊園一帯」の範囲は、老人の考える中央園と東西南北の霊園くらいなどではない。

 全霊園を含む広大な範囲だ。北はモノマキアから、南はドクサ。東はカニスで、西はアステリ。

 この範囲が地図から消滅すると言っている。


 それでいて若い二人にそれをさせて、自分は相棒と安全圏に避難しようとしていた。

 老人が発言したように、手紙を出した時点ですでに十分な距離は取っているのだが、それでも十日分の距離を稼ぐつもりだった。


 知らぬが仏である。

 この二人がやろうとしていることはそれほどの覚悟と慎重さをもって挑むべき事なのだ。


 手紙には肝心な部分が書かれていない。


 消滅の原因となりうるリッチキングが復活するだけの異常な魔力。


 ――これをどこから持ってくるかである。


 二人は何も知らず、爆弾となりうる資料を霊園へと運んでいく。




 霊園にステラとデクスがたどり着くと、骸骨は今日も踊っていた。


 最初の頃こそ威嚇をしていたが、今は顔なじみである。

 他のモンスターもこの二人には手を出さない。


 最近は挑戦者がいないことを知ったためか、人を襲うことを忘れている。

 もしかしたら自分たちがアンデッドだということも忘れているのかも知れない。


「骸骨さん」


 ステラが呼ぶと、骸骨は踊りを止めて彼女の方を見る。

 言葉は通じないのだが、名前を呼んでいることくらいはわかるらしい。名前ですらないのだが……。


 カタカタ揺れる骸骨の前で二人が立ち止まり、手に持っていた資料を渡した。

 骸骨は自らを指さして、二人も頷く。ようやくむき出しの骨が資料を掴んで中を見始める。


 どうやら骸骨は楽譜が読めるようで、鼻歌で曲を流している。

 二人は骸骨の反応を恐る恐るといった面持ちで眺めていた。


 何枚か楽譜を捲り、曲も何度か変わっている。

 骸骨の反応からは大きな変化が見られない。二人も気が緩んできていた。


 読まれた楽譜の方がずっと多くなったとき、急に骸骨の動きが止まった。

 二人もその変化に気づき、骸骨を見る。ようやく当たりを引いたと感じた瞬間である。


 いつも落ち着きなく震えていた骨が止まっていた。

 ただ止まって楽譜を眺めている。


 普段とのギャップに二人はやや不気味さを感じている。

 骸骨がいろいろと忘れていたように、二人も骸骨がモンスターだったことを忘れていた。


 今の静かな骸骨から、二人はこの骸骨がアンデッドでモンスターだと思い出した。

 さらに忘れかけていたが、会長からの手紙によればこのダンジョンの真のボスで異常な力を持っているということだ。


 二人が思い出したように、骸骨も自らが何者だったのかを楽譜から読み解き始めている。

 楽譜を読み、虚ろな頭蓋に曲が流れれば、過去の自分が何を思い、この曲を書いたのかが否応なく再生できてしまう。


 会長の推理は正しかった。

 骸骨の過去を見事に当てた。生前に作られた楽譜も見つけ出した。


 そこから二人が楽譜を渡すのに十日、準備に一ヶ月と見ていた。

 準備の一ヶ月というのは、楽譜の曲を演奏できる形にまで仕上げる期間である。


 残念ながら、会長の推測はここに来て外れた。

 まず、二人は十日どころか一日も待たず、楽譜を骸骨に渡してしまった。

 さらに準備期間もほぼ必要ない。演奏は、まさに今このときから始まろうとしている。


 骸骨の手から楽譜が零れ落ちる。


 二人の目が楽譜を追い、次いで楽譜を落とした骸骨を見る。

 ステラは骸骨の立ち姿を見て、リッチとチューリップ・ナイツの戦いに現れた謎の紳士を連想した。

 デクスが「なんとなく骸骨に似ている」と言っていたが、ようやく納得することができた。

 今の骸骨の雰囲気は、まさにあのときに見た紳士と同様である。


 背筋は伸び、遠くを見つめ、どこか嫌な気配を纏っている。

 近寄りがたさを感じさせる、目に見えないオーラが骨から滲み出ていた。


 骸骨が何かを叫んだ。

 その声は戦闘の指揮を飛ばす骸骨よりもずっと凜々しさを感じさせる。


 二人は何を言ったのかわからないが、何が起きようとしているかはわかる。

 周囲のアンデッドが楽器の準備を始めている。次々に飛ぶ骸骨の指示を受け、楽器を設置していく。


「最短でも一ヶ月後だったよね」

「……うん」


 二人は何もわかっていない。

 わかっていないなりに何かがおかしいことだけは感じている。


 あれよあれよと演奏の準備が終わり、雰囲気の変わった骸骨が二人に一礼をした。

 一礼後は楽器を構えるアンデッドたちに向き直る。


 まるで何かに操られているように、アンデッドたちが演奏を始めた。

 デクスとステラは、まさかこれが本番だと思っておらず、ぼんやりと聞いているだけだ。

 何もわかってないので、いきなり練習が始まったよ。すぐにでも練習が始められるってすごいなぁ程度にしか考えてない。


 二人とも初めて聞く曲で、曲の雰囲気がいつもとは違う。

 何が違うのかはわからないが、踊りたくなるような楽しい曲ではない。

 凍り付くような冷たさと、湧き上がってくるマグマのような熱さという相反した印象を抱く。


 この曲が具体的にどうすごいのかはわからない。

 ただ、曲のテーマらしき物を二人は感じ取ることができている。

 自分よりも圧倒的に大きな存在を讃えている。一種の心酔が曲から伝わってくる。

 奇しくも二人がリッチや、程度は低いが会長に抱いているものに近い。

 しかし、その心酔の度合が二人とはまるで違う。


 曲を聞いているだけで、どれほど骸骨が曲のテーマとなっている人物を崇拝していたかがわかる。

 二人は初めて音楽から恐怖というもの感じた。ここまで人の感情を増幅し、伝えるものなのかと畏怖を覚えた。


 同時に、デクスとステラはこの日、「魔力」というものを初めて知った。

 無論、単語としては知っていたのだが、保有量が少なすぎてはっきりと感じたことはない。

 そんな二人でも魔力を感じ取ることができたのは、異常な存在が二人のすぐ後ろに出現したからである。


 自身が後ろの存在に飲み込まれていく錯覚を覚え、二人は振り返ることすらできない。


 ここに来てようやく二人は、これは会長の言うところの「本番」なのではないかと悟った。


 悟ったところで何もできることはない。


 自身の矮小さを感じ、動くことすら許されない。


 喋ることはおろか、呼吸をしてもいいのか、瞬きをしてもいいのかと不安になってきている。


 一方の異常な存在こと、宙づりに浮かんだ紳士は以前と同様に、骸骨の演奏に耳を傾けていた。


 二人のことなどまったく意識にない。


 曲は進み、ついに終わりを迎える。


 逆さ紳士は拍手をし、二人もそれに釣られて手を叩いた。


 骸骨も振り返り、二人と逆さ紳士に一礼する。


 逆さ紳士と骸骨がしばしの間だけ見つめ合った。


 間に立っている二人は気が気では無い。ステラの膝は震えている。



 骸骨がくるりとまた二人と逆さ紳士に背を向ける。


 手を挙げれば曲が流れ始める。


 ステラとデクスはまたやるのかと緊張したが、すぐにその緊張はとけた。


 先ほどとはまるで曲調が違う。それにこれは聞いたことのある曲だ。


 二人の憧れるチューリップ・ナイツと二人の敬愛するリッチが戦っていたときに演奏していた曲である。

 以前ほど厳格に演奏していない。軽く踊り出すかのような曲調に変えられている。


 先ほどの曲と比べると恐怖や崇拝が圧倒的に足りていない。

 緊張感は薄く、力強さも比べるまでもない。


 だが、なぜだろうか。


 指揮をしている骸骨だけでなく、演奏をしているアンデッドも楽しげだ。

 みなが喜々とした様子で楽器を奏でている。


 聞いている二人も楽しくなってくる。

 後ろの存在がどれだけ異常な存在かをわかった上で、なお踊りたくなってくるような軽快さがある。

 テーマにしている人物と夢を見て、何を為してきたのか、これから何を為そうとしているのかが自ずとわかってきた。


 曲が終わり、二人は拍手を惜しまない。

 後ろの存在も拍手をしている。


 骸骨が二人と逆さ紳士を振り返り一礼をした。

 骸骨が逆さ紳士に笑いかけた気がしたのは、二人の気のせいではないだろう。


「かの男と夢を追うことはそれほどに楽しかったか」


 逆さ紳士が声を出した。

 思ったよりも普通に喋ったので二人は驚いている。


「君たちもまた楽しかったようだな」


 二人はようやく背後を振り返り、さらにその存在を見上げる。

 そして、思ったところを正直に述べた。


「はい。とても楽しかったです」

「俺も楽しかったっす」


 逆さ紳士はそれを聞いて頷いた。


「離れていなさい」


 二人はすぐさま距離を取る。不思議な体験だった。

 言葉の意味を理解するよりも先に、足が逆さ紳士から勝手に動いていた。

 まるで言葉そのものに力が宿っているようだ。


「弟も、ようやく私という呪縛から解き放たれた。かの男に礼をしなくてはいけないな」


 空気が変わった。

 リッチと三騎士が戦闘を始める前のような緊張感が周囲を覆う。

 あのときよりも密度が大きい。世界を分かつ決戦が行われる寸前のようだ。


 しかし、その緊張感から生じたものは踊りである。


 宙に浮き、逆さのままで紳士が踊り始めた。

 異常な光景だった。だが、二人は目を離すことができない。

 逆さ紳士の一挙手一投足が二人の呼吸を止めるにいたっている。


 ――美しい。


 二人が感じた思いはただこれだけだ。

 今までみた舞踏とは比較できないほどに完成されている。

 隔絶という言葉の意味を二人は感じた。どうやっても届かない世界があるのだと。


 骸骨が生前、何に崇拝を示していたのか二人にもわかった。

 そして、今、その隔絶された踊りが誰に対して向けられているのかもだ。


 逆さ紳士の舞踏は、骸骨とリッチに送られるもので違いない。

 手の動き、足の動き、肘、胴体、髪の一本一本、さらにその先までもが、これからの二人の活躍を示すようだった。


 踊りが終わると、語るべきことはもう何もないというように逆さ紳士は姿を消した。

 踊っている最中に幾たびか現れていた多色の光だけが残っている。

 その光も時間が経過すればぼんやりとして消える。


 代わりに二人のすぐそばで、白い光が湧き上がった。


 光は人の形を取り、徐々に実体を作り上げていく。


 黒いローブを纏ったリッチが所在なさげに立ち尽くしていた。


 ステラとデクスが顔を緩ませ、リッチへ駆け寄ろうとする。


「待て!」


 しかしリッチは、手を挙げて二人の動きを止めた。

 状況が逼迫している顔色を隠す余裕もない。


「なんだこの魔力は……。なぜ暴走していない。二人とも絶対に動くなよ。どうなるかわからんぞ」


 再会にうつつを抜かす暇もない。

 非常にまずい事態である。


 逆さ紳士はリッチと骸骨の未来を願い、二人のために踊った。

 その際に注がれた魔力により、リッチは無事に蘇るに至ったのだ。

 ここまでは良い。問題は注がれた魔力量が、リッチの復活分よりも遙かに多いことにある。


 剰余魔力は周囲へと溢れ出し、霊園全域を飽和している状態だ。

 ちなみにこの状態でも二人やアンデッドが無事なのは、逆さ紳士が加護をかけたからである。

 魔力からは加護により守られているが、その溢れた魔力が起こす現象からは避けることができない。

 端的に言えば、部屋中に充満した揮発油に火種を近づけるとどうなるかという話である。


「王よ! 復活されましたか! 我らアンデッド一同、王のご帰還を心よりお待ちしておりましたぞ!」


 骸骨が走ってリッチへ向かう。

 周囲のアンデッドも骸骨に倣う。


「この馬鹿ッ!」


 リッチは叫ぶがもう遅い。


 周囲の空気が、白い光を放ち始めた。

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― 新着の感想 ―
[一言] どこかで読み飛ばしたのか、ガイコツの声って2人には聞こえてると思ってました 物言わず踊る骨と仲良くするとか結構怖いですね
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