深淵と大鎌 - one should die proudly when it is no longer possible to live proudly -
正しい夢がわかった。
女の言うとおり、俺の夢は「俺と死神で超上級パーティになること」で間違いなかった。
しかも、その中に他の仲間三人がおまけですら入っておらず、生前の俺のクズさも明らかになってしまった。
「頼みがある。あいつらを呼んで来てもらえないか?」
「どうされるんですか?」
「今さらだが、謝っておきたい」
本当に今さらだった。
それでも人だった生前のこと、そして、リッチになった現在のことも謝っておかねば気が済まない。
たとえ自己満足であっても、許してもらえなくてもだ。
「わかりました」
それだけ残して二人は霊園から立ち去った。
霊園で待ち続けたが、その日、奴らがここへ来ることはなかった。
翌日になり、まず二人がやってきた。
「パーティーのかたは、後から来られます」
二人とも気が沈んでいる。特に女の表情が暗かった。
俺も沈んでいるが、それ以上に面持ちが悪い。
「どうした?」
「昨日の出来事を急信で会長に送ったら、深夜には返信が来たのです」
「手紙でどうやってそこまで速く返信できるんだ?」
会長がどこにいるかは知らないが、届くだけでも絶対に一日はかかるぞ。
それどころか返信も含めれば二日はいる。
「いえ、手紙ではありません。文字を魔力の波形信号に変換して送る装置があるんです」
「それ……、意味わかってるか?」
「さっぱりわかんないっす。急ぎのときだけ使えって渡されたんすよ。仕組みはわかりませんが、使えればいいんじゃないすかね」
ギルドも似たような技術を持っているが、この商会も似たものを持ってるのか。
さすが未来に生きている奴の知識と技術は違うな。
「私たちがリッチ様に特殊ドロップを示唆したことで、言及がありました」
「なんと書いてあったんだ? 何か現状の打開方法があったか?」
二人は肯定とも否定とも取れない沈黙を続けた。
「私たち二人とリッチ様にそれぞれ一言だけ」
ようやく出てきた言葉がこれだった。
「まず私たちには、『特殊ドロップを話したのはやぶ蛇だったね。やらかしたことの責任は最後まで持つように。あと――リッチくんと別れを済ませておきなさい』と」
その口ぶりだと俺かお前らのどちらかが死ぬようだぞ。
間違いなく俺だろうがな。
「リッチ様には、『今さらどう言い繕っても自分勝手なのは変わらない。深化を使って、過去の夢に今の自分を裁いてもらえ。君の好きな希望だか奇跡とか夢なんかがあるかもね』と書かれていました」
遠回しな言い方だが、何をやらせようとしているのかは理解できた。
俺も考えていたことなので背中を後押しされた気分である。
まさかこの会長に背中を押してもらえるとはな。
吐き気がもよおされるというものだ。
ただ、背中を押された先に何があるのかは書かれていない。
先の二人への言葉が、その答えなのだろうか。
それでも俺は受け入れざるを得ない。
「わかった」
男はわかっていないが、女はわかっている顔つきだ。
それ故に顔色はよくない。
「もう少しで死神さんたちが来ます。私たちもここで待たせてもらってよろしいでしょうか」
「手紙にも書かれていただろう。お前たちは最期まで見届けていくが良い」
「……はい」
この言葉を最後に、誰も何も話すことはなかった。
遠くで演奏の練習をしている骸骨たちの楽曲がときおり耳に入り、すぐに意識から消えていく。
霊園に四人組がやってきた。
アンデッドどもには言ってあるので、戦闘もなくこちらへ歩いてくる。
あちらも緊張しているが、こちらも緊張している。罰を待つ囚人とはこんな気分なのだろうか。
一歩、また一歩と近づいてくるたびに、手足に重りを括られたような鈍重さを覚える。
自ら蒔いた種であっても、気の重さから逃げたくなる。
四人がとうとう目の前までやってきた。
俺達の間からやや逸れて、いつもの二人が立っている。
「昨日、俺は過去のことを思い出した」
思い出したと言ってもまだ死神の顔は黒く塗りつぶされたままだ。
死神の名前も聞き取れず、自分の名前すら聞き取れない。
「生前のこと、それに先日の件も含めて全て俺が悪かった。すまない」
頭を下げる。
申し開きも何もない。ただただ俺が悪い。
「■■■■■が頭下げて謝罪なんてするはずないよ。こいつ、やっぱり偽物じゃないの?」
カロが本気で俺をいぶかしんでいる。
「カロ、あまりそういうことは言うべきではないかと。死んだときに馬鹿が治ったのかもしれません」
サンドルがカロを諫めているのだが、これは諫めると言って良いのか。
「馬鹿は死んでも治らないから馬鹿なんでしょ」
もうこいつには絶対頭を下げない。
次に喋ったら口に土を詰め込んでやる。
「ねぇ、カロ。謝罪は受ける側にも節度が求められるよ。■■■■■の謝罪はまっすぐだった。少なくとも彼の素直な心が、僕には届いたよ」
半裸のガレフが体をくねらせながらカロを正しく諫める。
カロも嫌々という体で、それ以上は何も言わなかった。
「ガレフの言うとおりだ。謝罪は受けよう。それでようやく前に進める。――肝心なのはこれからだ。どうするつもりだ、■■■■■?」
「一つだけ。試してみる手がある。俺が考えられるのはこれしかない。それでなんとかなるかもしれないし、ならないかもしれない」
「そこは、はっきりしなさいよ! なるの!? ならないの!?」
「うるせえな……、お前は土でも喰ってろ」
「は! 今の私に言ったの! ねえ!」
ガレフとサンドルがカロを抑えて後ろに下がっていった。
「その手というのはどういうものなんだ?」
「俺が闇魔法の深化を発動させ、お前に使う。そして、お前が俺を倒す」
死神は理解できず止まっていた。
「リッチ様の深化には、奇跡を起こす力があるっす。俺たちもこの目で見たから間違いないっすよ」
「□□□□さんが、リッチ様を『元の■■■■■さんに戻したい』という願いが強ければ元の姿に戻るかもしれません」
いつもの二人が解説をしてくれた。
二人は微妙な表情だ。やはり女の表情が良くない。
奇跡が起こる可能性を考えつつも、そうならないで欲しいという心情を感じられる。
「王よ、お待ちください。臣は初耳ですぞ」
「お前は話をしてたときに踊り呆けていたからな」
「万が一、いえ、億が一、王が人へ戻られたら、このダンジョンはどうなるのですか?」
それな。
このダンジョンを極限級のダンジョンにするというのが、今の俺の新たな夢だ。
その方向性が間違っていたとは言え、こいつらに、そしていつもの二人、その他の大勢に夢を見せたのも確かである。
それを途中で投げ出すのも、良いこととはまったく思えない。
だが、この今の夢と過去の真の夢は互いに両立しない。
「どちらかが叶うなら、どちらかは潰える。俺はその判断を、俺の闇魔法とこいつの大鎌に委ねることにした」
「つまり、深化を使って死神さんにリッチ様を倒してもらい、人間としてよみがえれば冒険者に戻り、リッチとして戻ればダンジョンのボスとして活動を続けるということですか?」
女が俺の言いたいことをまとめてくれた。
「いかにも」
「なに言ってんのよ! やっぱあんた、■■■■■だわ! 自分勝手すぎるでしょ!」
カロがまた叫んだ。
こいつはいっつも叫んでるな。喉を痛めるぞ。
「その通りだ」
もう開き直ることにした。
「お前ら全員が俺を身勝手だと思うだろう。正しい。俺は身勝手で無責任なのだ。その在り方のまま、夢をただひたすらに追い続けていく。ただ、その夢をどちらにするかだけは、過去から今まで俺を信じてくれたこいつの大鎌に託す。――どうだ?」
俺は死神を見る。
死神は良いとも悪いとも言わなかった。
ただ、その手に大鎌を持つことで俺の自分勝手な思いに応えた。
「□□□□! さっさとそいつを正気に戻してやって! あたしも杖で殴らないと気が済まないから!」
「カロの杖では足りません。戻られたのなら、私も一発殴らせてもらいましょう」
「みんな野蛮だね。さっさと戻ってきなよ。君がいないとパーティーの調子も出ないからね。カロの落ち込んだ顔は見たくないよ」
「バッ! 何言ってんのよガレフ!」
こいつらはなんだかんだ言って俺の帰りを待ってくれている。
俺にはもったいないくらいのパーティーだ。
一方の骸骨である。
こちらをまっすぐに向き口を開いた。
「臣は、王が人に戻ることなど望みません。今までどおり死の王として我らを導いてくださいますよう、臣ら一同、謹んでお願い申し上げます」
珍しく真面目に喋ったな。
霊園からの全アンデッドが、俺にそれぞれなりの臣下の礼を示した。
「□□□□さんたちには申し訳ありませんが、私も骸骨さんたちと同じ気持ちです。リッチ様として私たちとこれからもお付き合いください。私たちにはリッチ様がまだ必要なんです。どうか、お願いします」
女が涙を流し、俺のローブを握った。
男が女の腕を持ち、手を離すように首を振る。
「さっきの二つの夢って……えっと、リッチ様。ま、なるようになるっすよ!」
あれ? この男、もしかして話の流れがわかってないのか?
わかったようでわかってないときの顔をしてるぞ。
このあたりで良いだろう。
裁きの時だ。
〈――深遠なる闇よ! 俺は希う! 死神の大鎌に――彼の者の夢を叶える奇跡の力が宿らんことを!〉
魔力が喪失し、代わりに死神の大鎌がうっすらと黒に染まった。
力なくうなだれた俺は、自然とその首を死神に差し出す形となっている。
「やるぞ、■■■■■!」
「こい。一撃で決めてくれ!」
死神がその鎌を構える。
「この――」
地面に映っていた大鎌の影がぶれた。
「大馬鹿野郎ッ!」
怒りの声が響いた。
俺の首に衝撃が加わり、視界が回る。
地面が近づき、鼻から当たった。
次に見えたのは首がなくなった俺の体。
その次は俺を見つめる観客たち。パーティー、骸骨、いつもの二人だ。
そして、最後の一人と目が合った。
「ああ、思い出した。お前はそんな顔をしていたな――アレティ」
意識が消えていく中で、俺はようやく奴の顔が見え、名前も思い出すことができた。
いつだってそうだ。俺はいつも遅すぎる。
「ヴァスィア……、この馬鹿野郎が」
ヴァスィア――俺の名前だ。
駄目だ。せっかく名前を思い出したのに、意識がどこかへ遠ざかっていく。辺りが全て真っ暗闇だ。
暗闇の中、光が煌めいた。闇を通り過ぎると光が満ちていた。俺の行き先は暗闇じゃない。
……久々の感覚だ。瞼がすごく重い。思い出した。これは「眠たい」だ。
リッチになってから、ずっと眠らず走り続けてきた。
少しだけ、目を閉じて休むことにしよう。
眩しいのにとても眠いんだ。
次に目が覚めたら、夢が定まり、希望に満ちた日々が始まるんだ。
誰が俺に、一番に「おはよう」と言ってくれるだろうか?
眠る暇なんてないだろう。だから、今は少しだけ。
そう、ほんの少しだけ。目を瞑るとしよう。
おやすみ――。
次回:たぶん1月5日(遅れるかも)
(タイトルもやったので、
ここで打ち切る予定だったけど、
もうちょっとだけ続けます)




