あの日、あの時、あの場所で、誰かと何かを 後編 - paths are made by walking -
過去の俺達はカロを加えた四人で、ヘイデン・ファ・クランク集合邸宅に再挑戦を始めている。
補助魔法によりバフを受けた俺達が、ほぼ力押しでモンスターを倒している。
これを作戦とは呼びたくない
モンスター側の暴走バフは重複しないとわかっている。
一カ所に集めて調度品をまとめて壊しても、暴走バフは一度しかかからない。
それならと、囲ませてから暴走させないよう一点突破をして、その後で挟み撃ちを受けない場所に誘い込み力尽くで倒す。
やっていることが中級とほぼ変わらない。前よりもひどいと言って良い。
「大丈夫ですか?」
女が俺の様子を見かねて声をかけてくる。
先ほど、俺の記憶が戻った様子だったので心配しているようだ。
実際、今の状態も良いとは言えない。
「問題ない」
記憶の方は問題ない。
頭痛も本当に一時的だった。
俺の様子が悪く見えたのは記憶ではなく、主に二点によるものだ。
一点目は過去の俺達の戦い方だ。
あまりにも力尽くで、かなり恥ずかしい。
もっと精細な攻略ができただろと反省しかない。
「すっげ! あそこから抜けましたよ!」
「素人目線でもはっきりと動きが良くなるものなんですね。補助魔法の有用性がわかりました」
二人はとても喜んでいるが、俺は赤面の至りである。
過去の俺はすごいはしゃいでいるが、このパーティーで一番荷物なのは間違いなく俺だ。
攻撃力が異常に高いだけで、モンスターと同様に暴れているだけ。それでいて自分をパーティーで一番活躍していると勘違いしている。
もしも殴れるなら低位で全力強化して、頭をぶん殴ってやりたい。
そんなことを思っていると景色がまたしても変わった。
ヘイデン・ファ・クランク集合邸宅のボスを倒したところだ。
俺達が感情のままに大喜びしている。
その後はギルド横の飲み屋で、四人で祝勝会を催した。
他のパーティーが羨ましそうに見つめる中、四人が上級ダンジョンの思い出を語りながらおいしそうに酒を飲んでいる。
食べ物も次から次へと頼み、最後は全員がその場で酔い潰れてしまった。
「……気になったんすけど、どうしてリッチ様はこのパーティーから離れたんすか?」
男が何気なく核心を突いた。
それこそがもう一点の問題。大問題でもある。
この映像の終着点があるのなら、おそらくそこが終点だ。
「さてな」
知らんふりをしておくが、俺はなんとなく思い出してきている。
むしろ思い出さないようにしている自分がいる。
記憶が着実によみがえりつつある。
カロにあれほどの誘い文句をかけておきながら、最後に俺は何を言ったのか。
ただ、なぜそう言ったのかは思い出せない。しかし、予想はつく。それが正しければ、この当時の俺はやはり誰かに殴られて然るべきだ、あるいは今もか。
まずい予感しかしない。
到達点の放った言葉が思い起こされる。
アイテム解除の前提に「俺がリッチとして、モンスターとして、ダンジョンとして、夢を追えなくなったら」とついていた。
だからこそ俺は、正常の状態でアイテムを解除すれば、特に大きな問題は起きないと考えていた。
逆だ。
正常の状態で見ると問題が起きる。
どうしようもない状態で見るから、これは問題解決の薬となりえたのだ。
いや、問題解決というよりは問題解消の劇薬か。
通常の状態で見るとどうなるのか?
『全てが消える』ならまだ良いが……。
嫌な予感だけが俺の中で渦巻いていく。
景色がまたしても大きく変わった。
俺達の姿もやや成長が見られる。あの後も上級で力を付け、金を稼いでいたのだろうな。
杖が今のものになっているし、他の奴らの装備もかなり金がかかっているとわかる。
「ここもダンジョンなんですか?」
周囲は一見、古い建物が並ぶ街だ。
瓦礫がそこらに転がり、人の代わりにモンスターが歩き回っていることを除けばだが……。
「廃頽の都パラクミだな」
かつては間違いなく人が賑わっている都市だった。
ダンジョンになったこの状態でも、ある意味で賑わっている都市でもある。
「ここがそうなんすか。そういえば、極限級冒険者がこことさっきの集合邸宅でも隠れた要素を見つけたって話題になってましたね」
「それは初耳だ」
星雲原野ガラクスィアスの発見があまりにも大きすぎて、こちらの二つは話題にならなかったらしい。
それはそうだろうが、さっきの集合邸宅でどんな隠し要素があったのかは気になるところだ。
「先ほどの屋敷よりも簡単そうですね。モンスターが攻撃してきません」
この都のモンスターは基本的に霊体の人である。
おそらくかつての住人だろうが、はっきりとはわからない。
霊体と言うが俺達の霊園に出てくる霊体と違い、実体がちゃんとある。
「それはない。挑むべく三つの上級ダンジョンで一番簡単なのは、間違いなく先ほどのヘイデン・ファ・クランク集合邸宅だ」
この上級ダンジョンはかつての霊園と似ている。
ボスが全部で六体いる。それを全て倒さなければクリアとみなされない。
実は、本当のボスが一体だけいるのだとか、昔から学者さんの間では議論が多い都市でもある。
おそらく到達点はこの議論に決着を付けたのだろう。
かつての俺達が倒せたのは三体までだった。
残りの三体は倒すことなく、俺が抜けてしまったからな。
「このダンジョンはどこが難しいんですか?」
「なぜここが『滅亡の都』ではなく、『廃頽の都』なのかだ」
二人はわかっていない。骸骨は俺達の過去に飽きたのか、ずっと踊りの練習をしていた。
首をかしげる二人は、かつての俺達が街を歩くのを見ている。
「そろそろ一体目が出る地域だ」
「■■■■■、あんた、魔法はまだ使わないでよ」
「わかってる。いちいちうるさい奴だな。俺よりもサンドルに言え。もう準備を始めてるぞ」
「うるさいって何よ! って、ちょっとサンドル! 何で爆発玉を手に持ってるの! ふざけないでよ! やるにしても私の補助がかかってからにしなさいよね!」
死神が困ったように首を振っている。
いつのまにかリーダーになっているが、実際は貧乏くじだ。
問題児三人が暴走しないよう、手綱を握る役を一手に担わされていた。
気づけば、奴の声も普通に聞き取れるようになった。
名前はまだ聞き取れんな。
一体目のボスが曲がり角から出てきた。
霊体の馬に乗った、同じく赤い霊体の大男が、ゆっくりと道の真ん中を進んでくる。
警邏部隊のロハゴス隊長だ。
機動性がかなり高く、攻撃力も高い。
さらに仲間を呼ぶ。呼ぶと言うよりも召喚である。
「……あれ? 戦闘にならないんすか」
過去の俺達と、ロハゴス隊長がすれ違いそのまま通り過ぎていった。
怖々と状況の変化を追っていた男が呟く
「ここのダンジョンの奴らは、基本的にこちらから攻撃を仕掛けたり、場所を弁えない行動をしなければは何もしてこないぞ」
「もしかして、まだ自分たちが人間だと思い込んでいるんでしょうか?」
「そういうことだ。奴らは俺達を観光客か何かだと思ったので見過ごしていった。それだけの話だ」
その後も俺達は廃頽の都を散策した。
三体目までのボスを確認し、入口に戻る。
「残りの三体は見ないのでしょうか?」
「見ていない三体のうち、一体は行政長官ナヴァルホス。あの一際高い塔の最上階にいる。塔の中は入れば、すぐさま敵対者として駆除が始まる。それに先ほど見て回った他三体のボスまでかけつけてくるという鬼畜モードだ」
「そうなんすか。それは無理っすね……」
間違いなく先の三体のボスが楽に勝てるようにならないと倒せない。
過去の俺達ではまだ無理だった。
「残りの二体のうち一体は住人ハムラ。封印という特殊魔法を使う」
「強いってことっすね」
「いや、自身に封印をかけてるからとても弱い。倒すのはすごく簡単だった。ただな。探すのが恐ろしく面倒だ。現れる場所はほぼランダム。お前らは霊体の見分けが付くか?」
「……難しいですね」
これを探すのに一月以上かけた気がする。
しかも最後は探して倒したのではなく、ボスを倒すときの巻き添えで見つけたという。
「最後の一体は?」
「町医者のトゥレラだ」
「それは弱そうっすね」
俺は二人をジッと見つめる。
二人は何でしょうかとこちらを見てくる。
「周辺地域のダンジョン情報は知っておいた方が良い。そのうち連れていってやる。具体的な戦闘方法はまだしも、さすがに町医者トゥレラを知らないのは馬鹿にされるからな」
「そんなに有名なんですか?」
「別称『闘神』。最強の一角だ」
二人は「は?」と口を開けているが、冗談無しでこいつが一番強いんだよな。
過去の俺達も絶対最後に回そうと決めていた。倒すという選択肢がありえない。
「よく聞け。これからする話に嘘は一つもないぞ。このトゥレラは、数あるダンジョンのボスの中で、強さが五指に入ると噂されている。上級ダンジョンでじゃないぞ、全ダンジョンで五指だ。まともに挑むとまず勝てない。俺も一度他の冒険者がトゥレラと戦う姿を見た」
そんな話をすると、空気を読んだのか映像が切り替わった。こんな機能までこのアイテムはついてるのか……。
ややこぎれいな建物の前に髪を肩で切りそろえている女性がいた。無論、霊体なので表情はわからない。
「あれがトゥレラだ。普段はあのように他の霊体の診療をしている」
「すごい優しそうですよ。強そうには見えません」
見た目はな。
俺はその姿を目の当たりにして、震えが出てきた。
なんで記憶の映像なのに、こっちに顔を向けてジッと止まってるんだよ。
過去の俺達が遠くでトゥレラを見ていると他のパーティーが、彼女の元にやってきた。
はっきりわかる。当時の俺達よりも強いパーティーだ。思い出した。彼らがどうなったのかを。
「よく見ておけ! 一瞬だぞ!」
叫んでみたが、見えないだろうな。
強そうなパーティーの一人が、診療に来ていた霊体の患者を武器でなぎ払おうとした。
これが戦闘開始の合図である。
なぎ払われた武器はトゥレラの指で挟まれひねられる。
武器がぐるんと回り、装備していた奴の腕が捻れてメキッと折れた。
腕から始まり、肋を殴られ、膝を蹴られ、足の甲を踏まれると続く。今でこそ、ぶれつつもかろうじて見えるが、めちゃくちゃ速い。
近距離戦だと今の俺でもまったく戦える気がしない。素の状態で属性付与をかけたチューリップ・ナイツ並だろ、こいつ。
「えっ?」
案の定、二人はまったく見えていなかった。
男が武器で攻撃し、いきなり倒れたようにしか見えないだろう。
そして当時の俺達もまったく見えていない。
攻撃を仕掛けたパーティーは、三秒もかからず全員がやられた。
「何が……、起こったんです?」
「見たままなんだが、全員が一瞬でやられた。今でもギリギリ見えるかどうかか……。安心しろ。あいつらは、この後トゥレラに治療してもらえる」
フルボッコにされても治癒術をかけて、きちんと生かして帰してくれるからな。ある意味では優しいとも言える。
……というか、殺さないよう手加減してあの強さなんだよな。本気で戦ったら間違いなく超上級は超える。極限級と言われても納得する。
今でも断言できる。俺は絶対に勝てない。距離を取っても縮地とか言うので一瞬で距離を詰めるらしいし、空も蹴って飛べるとか聞いた。
当然のように状態異常も保護で無効化し、霊体の弱点である純魔力攻撃も『氣』だかで無効化するとか。
「あれは無理だな」
「何をしたんだ。何も見えなかったぞ」
「近寄りたくもないですね。策が思い浮かびません」
「あれはやめよ。最後にきちんと手順を踏んでからにするべきよ」
当時の俺達も珍しく一致団結していた。
「上級のボスなんすよね? あんなの、どうやって倒すんすか?」
「見てわかったように、まずまともには倒せない。超上級でも勝てないからな。当時の上級チューリップ・ナイツもトゥレラに挑んで瞬殺されたと聞く。ほぼ絶対に勝てないから代替条件がある。他のボスを全員倒した後で、トゥレラの診療を手伝う。そうすると街の霊体で困ってる奴を助けて、お駄賃代わりのアイテムがもらえるようになる。それをトゥレラに渡すと勲章をくれるんだ。勲章をギルドに渡すとトゥレラ討伐の証になる」
「そんなのでいいんすか」
「勲章は装備すると自動治癒がつく超レアな装備品だからな。討伐の証としては十分だ。買おうとすれば恐ろしく高いんだぞ」
それでもお前らが、もらった封筒と紙の一枚よりは安いというな。
つくづく某会長は価値観が壊れた世界に生きている存在だな。到達点や某会長がどんな装備をしているのか聞いてみたい。
「あっ! 極限級が見つけた新たな発見ってもしかして――」
「違うぞ。トゥレラは極限級パーティーが過去に倒したことがある。アイテムは『闘神トゥレラの髪留め』だ。全能力が大幅向上という唯一無二の効果がある。それに『氣の練成』とかいう特殊な補助効果もあるようだが、こちらはよくわからない。極限級パーティーはこのとき負った怪我で解散したはずだが、誰かがまだ持ってるんじゃないか。これは値段がつかないだろうな」
そんな話をしていると、景色が変わった。
寄り道は終わり、ようやく俺達の攻略に入るようだ。
巡回中のロハゴス隊長にむかい、俺達がそれっぽい陣をひいている。
……これを陣と呼ぶのは抵抗があるな。ただ好きな位置に立ってるだけか。
「よし! やるぞ! 準備はいいな!」
「ああ!」、「はい」、「いつでもいいよ!」
かえってきた返事を聞き、過去の俺が魔法を発動させた。
〈闇よ! 霊体を貫け!〉
見た目からして威力もだいぶ上がってきている。
俺の闇の槍がロハゴス隊長に当たった。
「撤退だな」
「そうなんすか」
「ダメージがほぼない」
「そう、なんすか?」
闇の槍はボスに当たった。
しかし刺さっていない。表面を傷つけただけだ。
「霊体というか魔力体の特性でな。普通の攻撃は緩和されるんだ。それに戦闘も到底無理だ。すぐわかる」
本当に悲しいほどすぐわかった。
ロハゴス隊長が攻撃を食らうと、巡回中の隊員が召喚される。
さらに周囲を歩いていた街の住人が一変してそれぞれの手法で襲いかかってくる。
しかも、このボスと隊員は先の魔力体特性に加えて、元からかなりタフだ。
雑魚でもそこそこ厄介な住人を倒すと、ボスと隊員にバフがかかり、いよいよ手が着けられなくなる。
住人を無視して攻撃を躱しつつ、やたら強いボスや隊員と戦わないといけないわけだが、馬に乗っているため機動力が高い。
それでいて、馬からの槍攻撃が恐ろしく高威力ときている。
俺たちは為す術もなく撤退した。相変わらず撤退の手際は見事だな。
俺も混乱する前に無理だと気づいた。そのくらいボスとの力量差がある。
「これ、どうやって倒すんすか? ガレフさんが増えたからって戦えるとは思えないんすけど」
「戦闘の形にはなる。攻略はできんがな」
意味がわからず男はわかったような顔で頷いた。
悪い癖だ。わからなかったら、わかりませんと言えば良いだけなんだがな。
景色が変わる。
ギルドで恒例の作戦会議をしていた。
「大きく問題が二つある」
死神が指を二本あげる。
親指を下ろし、人差し指だけをあげた状態にする。
「一つは攻撃を受ける役が足りてない」
今のパーティーはそれぞれがかなり好き勝手に戦ってる。
基本的に全員が攻撃思考に偏りすぎている。敵の注意を引きつけ、攻撃を受ける役か躱す役が必要になった。
「盾役ですね。今までも課題としてありましたからね」
そんな話はこのときまでにも何度かした気がする。
ここまでは攻撃一辺倒でいけたが、このダンジョンからはいよいよ無理になった。
「ついにガレフさんが入るんすね。俺、盾役ってもっとガッシリした人がするんだと思ってました」
だいたいの盾役のイメージはそうだな。
盾役は大まかに二種類だ。本当にコテコテの防御重視。
そして、もう一種類が相手の注目を集め、ひたすら回避か受け流す方向の盾役。
「ガレフは俗に言う回避盾の部類に入る。俺達のパーティーに防御重視は合わない。回復がほぼできないし、機動力の悪さも全体の足を引っ張る」
過去の俺達も似たような結論にたどり着いた。
ただ問題は、上級で回避盾なんて役割を担う奴はほぼいない。
「回避盾は中級までなら腐るほどいる。安い盾と薄い皮鎧を着て、『避ける専門です』と言えばそれで良いんだからな。まあ、そいつらは上級になって死ぬんだが」
「難しいんですか?」
「今の俺は、闇の低位で数多くの役割を担える。上位程度なら防御重視盾、威力重視の攻撃役、手数重視の攻撃役、補助・回復両方のヒーラーと多くの役を兼任できる。その俺でも回避盾は無理だ。中級の有象無象よりはマシな程度だろう。回避盾は素質がいるんだ」
低位で転移をして注目を浴びるまでならできる。
回避も同じ流れで可能だ。だが、それは回避盾の役割を十全に果たしていない。
「どのような素質なんでしょうか?」
「動体視力、頑丈さ、しなやかさ、戦闘技術は当然として、モンスターの視線を感じるという素質だ。これらがないと上級の攻撃は回避できない」
「そんなことができるんですか?」
「ガレフはできると言っていたし、今思うと霊園でもやってみせていたぞ。現に奴は言っていた。モンスターの視線を感じて、あとはそこから体を逸らすだけだとな。逆に視線が来ない奴はこっちに向かせるための技を放てば良いんだとか」
俺もよくわからなかった。
魔法ではなく技だとか言っていたが、素質の間違いだろう。
「奴との出会いはもう少し先だ。先にもう一つの課題がある。……けっきょく同時だな」
「盾役の話はしばらくおこう。もう一つの課題を片付けようとしよう」
死神もすぐに盾役が手に入らない感じ、もう一つの課題を挙げる。
人差し指を下ろし、親指を上げた。
「あそこのモンスターは、聞いていたとおり攻撃が通らない」
今はそちらの方が問題だろうな。
「なんなのあれ? 魔力体? ズルすぎでしょ。サンドルでももっと堂々としてるのに!」
「いえいえ、カロにはかないませんよ。補助魔法をかけて一目散に逃げ出したときの、足の速さにはただただ舌を巻くばかりです」
サンドルとカロが互いに変な顔で笑い合っていた。
「純魔力攻撃が必要になる。『常世魔草』を煎じて飲めばできるようになるようだ」
「さっき商人に聞いた。金がかなりかかるぞ。霊元林野に行って俺達で採った方がいいんじゃないか」
霊元林野アファロスは、割と近くにある中級ダンジョンだ。
常世魔草はそこで手に入れることができる。
「そうだな。まずそこで常世魔草を手に入れることにしよう」
誰も異論はない。
金が有り余っているなら買った方が速いが、どっちみち大量に必要になる。
自分たちで採った方が安いし、他のドロップアイテムを売っていけば金にもなるからな。
景色が変わる。
いつぞや見た景色と似ている。
木と草に見渡す限りが覆われていた。
あそこまで鬱蒼とはしていない。人が管理していたからだろう。
「結論から言おう。この霊元林野でガレフに会って仲間に入れる」
このダンジョンは中級だ。
上級と比べるとほぼ全ての面でレベルが低い。
「ないな……」
「本当にあるのか」
「該当のモンスターすら見つかりませんね」
「いないじゃないの! ■■■■■、あんたの闇魔法で見つけ出しなさいよ! 『俺の闇魔法ならあっという間だ』とか言ってたでしょ」
俺とカロが喧嘩を始めた。
半日ほど探しているが常世魔草は見つけられていない。
生えているものだけでなく、モンスターからも手に入るのだが、そのモンスターすら見つからない。
「これは難題ですね。道理で高くなるはずです。モンスターは特定の場所にしか出ないんですか?」
女が俺に尋ねた。
俺は辺りを見渡し、目をこらす。
「……いた。あいつだ」
俺達が言い争っている付近を観察するとそれを見つけることができた。
あいつと言っても見えないかもしれないので、近くまで行き、そのモンスターを示す。
「この苔みたいなのがモンスターなんですか?」
「そうだ。みんな『コケモン』と呼んでいた。大きさも小さく、色が周囲の草と同じで同化する。さらに臆病で姿をすぐに隠す。俺達みたいなうるさいパーティーだと見つけられないんだ」
明らかに俺とカロの声を聞いて隠れている。
こそこそと音源となる過去の俺達から離れて行ってしまった。
俺達の探索は二日目に入る。
二日目に入ったがやはり見つけられてない。
「このダンジョンはクリア自体は簡単なんだがな。特に俺とカロ、サンドルが問題だな」
「詠唱の声と閃光弾ですね。また逃げてしまいましたね」
他のモンスターと戦うときに、俺とカロは大声で詠唱をする。
コケモンがその声を聞き、すたこらさっさと逃げる。
見つからず俺とカロがさらに機嫌を悪くして大声で詠唱する。
ついでに俺が周囲に魔法をばらまく。サンドルも音と光の爆弾でコケモンを近寄らせない。
それで見つからず、俺達の機嫌がますます悪くなっていく。
俺達こそが悪循環製造機だった。
「君たちうるさいよ。少しは常識を考えたまえ」
出た。ついに出た。
記憶が思い起こされる。
思い起こすというか掘り起こされていく。
「あっ、ガレフさんですね」
「そうだな。相変わらず変態だ」
上半身裸の半パンでダンジョンに潜る馬鹿は、筋肉ダルマの狂戦士とこいつくらいだ。
当時の俺達もガレフがまるで理解できず、ただただかたまっている。
「人の体をそんなにジロジロと見るんじゃない。ふふ、まったく……、変態さんだなぁ」
自らの体に手をヒタヒタと当てて悶えている。
「俺はな。嫌いな人間はたくさんいたが、どうしようもなく苦手な人間はこいつただ一人だけだった」
今ではいろいろと増えた。某会長とか。
とにかく両者とも言動が気持ち悪い。
「服装と表現はアレですけど、話すとすごい良い人ですよ」
「そうだろうとも。死神以上の超善人だぞ。だから苦手ではあっても、嫌いにはまったくなれなかった。その面では、カロがこいつに惚れたのもわかる」
「その話、詳しく聞きたいっす」
「野暮なことはやめなさいよ」
なんだ知らなかったのか。
後で二人のいきさつを教えてやるとしよう。
「なんだ、お前は?」
ようやく過去の俺が誰何を問う。
「やれやれ人に名を尋ねるときは、自分から名乗るべきだろう。でも、僕は答えよう。僕はガレフ。中級冒険者のガレフさ。ふふ、さて、賑やかな君たちはいったい何なんだい?」
ガレフの毒気にやられ、過去の俺達は普通に自己紹介をしている。
こんなに穏やかに俺達が喋っているのは初めてかもしれない。
「君たちも常世魔草を? ふふ、うん、君たちでは無理じゃないかな」
「はぁ?」
「あぁ?」
「いま何と?」
馬鹿にされたと聞こえ、殺気立つ沸点の低すぎる俺達を死神がどうどうと止めた。
「なぜ、無理だと思われるんでしょうか?」
「言ったじゃないか。君たちはうるさすぎるよ。コケモンはとても臆病なんだ。もっと静かにそっとやらないとね」
人差し指を口に当て、腰をクネクネ踊らせる。
隣で骸骨が真似をし始めたので、すぐにやめて欲しい。
声を出そうとする過去の俺達を、人差し指を口に当てることで黙らせる。
そのままガレフは静かに立って、足音もさせずに地面をヌルヌルと歩く、裸足なのがさらにおかしい。
しかし、見た目とは裏腹に技術は非の打ち所がない。落ち葉に小枝も落ちているのにまったく音がしないし、気配すら感じない。
草むらに両手を突っ込み、抜き出すとそこには二体のコケモンがいた。
そして、両手でギュッと握りつぶすと、その手の平には淡い光が残る。
あまりにも鮮やかな手並みに過去の俺達は息を吐いた。
今の俺や二人も同様である。
「お前、誰ともパーティーを組んでないよな」
「君は本当に失礼な人だね。ふふ、でも観察力はあるようだね。僕にはお金がないのさ」
ガレフの手にはパーティーリングが嵌まってない。
嵌まっていた痕跡もないので、俺はこいつがソロだと判断した。
「パーティーリングは俺達が買ってやる。代わりに俺達と組んで常世魔草を探してくれ」
いつもの俺の独断である。
はっきりと思い出した。俺はこいつが気持ち悪いと思ったが、それ以上にその技術のすごさはわかった。
「いいよ」
「迷わないな」
「迷うよりもまず行動だと思ってるんだ、ふふ」
過去の俺が残りの三人を見る。
反対はいなかったが、死神は頭は抱えている。
問題児がさらに増えた。過去の俺もこれを軽減させようと考えたらしい。
「ついでに服も買ってやる」
「そちらは謹んでお断りさせてもらうよ。この方が、みんなの視線を感じられるんだ、んふふふ」
今なら言っている意味がわかる。
しかし、このときの俺たちは意味がまったくわからずドン引きしていた。
「俺はこいつを草の探知機程度にしか思ってなかった。まさか回避盾の素質があるなんてな……」
場面が変わり、廃頽の都パラクミに戻る。
元の四人に加え、半裸のガレフもその場にいた。
「これは初めてこの五人で挑んだときだな。霊元林野でかなり動けていたからガレフも連れてきてみたのだ。駄目そうならすぐ撤退ということでな」
俺達が戦いを始める。
ロハゴス隊長に攻撃を当てると、以前とは違いダメージが通っている。
常世魔草を煎じて飲んだのだろう。めちゃくちゃ苦いから出来れば飲みたくないんだよな。
「すご……」
戦闘が始まり、男が呟いた。
女はガレフを見たまま体をピクリピクリと動かしている。
「きゃ!」
ときどき奇声を発してまでいる。
俺は慣れているが、慣れてないとそういう反応になるよな。
回避盾の異常さがよくわかる。
補助をかけているとしても攻撃の避け方がギリギリだ。
紙一重で攻撃を躱している。本人曰く、かなり余裕を持って避けているとのことだが……。
「言わなくてもわかると思うが、一撃でも当たれば致命傷だからな」
二人はさらに顔をぞっとさせる。
かすってもたぶん気を失う。
「どうして、あれが避けられるんですか、わっ……」
「敵の注目はどうやって集めてるんすかね?」
「今の俺でもわからないのだ」
魔力の動きはある。何かをしていることは間違いない。
俺やサンドル、カロを敵が向くとガレフが何か手か足か、視線やっている。
それだけで敵は確かにガレフを向いてくれている。だが、何をやっているのかがさっぱりわからない。
やっぱり上級以上の回避盾は存在がもう変態だな。
「これで二つの問題は解決した。回避盾が入り、攻撃も通るようになった。だがな。新たな問題が一つ生まれたんだ」
ボスをなんと二回目の挑戦で倒し、あとは雑魚だけという状態になった。
残りは消化試合だと誰もが思っただろう。
「ハハハ。雑魚は死んでしまえ!」
俺の混乱である。
「いつものことじゃないですか」
「みんな慣れてますよ」
こいつらも慣れてしまっている。
「問題は俺とガレフなんだ」
そして、問題が発覚した。
「ハハ、食らえ。半人半魚! 俺の闇を受けるが良い!」
俺がガレフを攻撃した。
モンスターの攻撃を華麗に避けていたガレフが、俺の攻撃をモロに食らった。
俺も強くなり、さらに杖で強化され、混乱により出力はさらに増している。補助があるとは言え、一撃で戦闘不能だ。
「撤退だ! サンドル。ガレフを頼む」
「俺はこの馬鹿を」。そう言って、死神が俺の頭を叩いた。
かなり本気だった。大丈夫だろうか、俺の頭は本当に馬鹿になってるんじゃないか。
「混乱している俺はな。ガレフがモンスターに見えるらしい。そして、ガレフは俺の視線をほとんど感じないと話していた。俺の闇が避けられないんだ」
「それは本当に大問題ではないですか」
「そうだ。当時の俺はこれにまったく反省をしなかった。ガレフの『自分が未熟だから』という言葉に甘えてな。何度も繰り返したんだ」
そして、幾月が過ぎ、問題の日がやってきた。
「□□□□、大丈夫か」
「あまり良くないな……」
「無理するな。俺達だけでいけるから」
常世魔草がなくなったので採りに行こうとしたが死神が体調を崩し行けなかった。
中級だから死神無しでもなんとかなるだろと四人で行った。
「俺は馬鹿野郎だ」
大失敗である。
どんな判断で死神なしで行けると思ったのか。
ブレーキ役の死神がいなければ俺達は止まることを知らない。
どうなったかが映像で、まざまざと映し出されている。
無論、結果は俺の暴走である。
俺の暴走になれていた二人も過去の俺と今の俺を交互に見てくる。
視線には気づくが俺は二人を見ない。俺は過去の馬鹿な自分を直視するのみ。
「素晴らしい! 臣の求めた王があそこで踊っておりますぞ!」
骸骨は俺の狂気の暴走に喜んでいる。
過去の俺に会わせるように踊り始めた。
まずガレフが倒れた。
ガレフを助けるためにサンドルとカロが退却した。
俺を止める人間はここにいない。ブレーキのないトロッコだ。
倒されるか、魔力が枯渇するまで暴れ続ける。
管理されていた林野は闇の獣と魔法でズタズタになった。
俺を止めようとした中級パーティーは、俺の魔法にやられて再起不能寸前まで達した。
やがて魔力が枯渇し俺は倒れた。
俺は回収され起きたのはいいが、反省はまったくしていない。駄目だこいつ。
「俺達の、最後の晩餐だな」
ガレフを除いた四人がテーブルについている。
そして、俺は死神から告げられる。
「■■■■■。俺達はもうお前とは霊元林野には行かない」
ここからは記憶が完全によみがえっている。
その通りに進んでいた。
過去の俺が反省の色をまるで見せず、一人で飯を食っている。
「非常に言いづらいことなのですが……」
「かまわん。言ってくれ。俺は罰を求めている」
「リッチ様、いえ、生前の■■■■■さんが明らかに悪いと思います」
俺も全面的にそう思う。
「よくわからなかったんすけど、なんでまた二人から云々って言ってるんすか。サンドルさん、カロさん、それにガレフさんと一緒に超上級を目指す話だと思ってたんすけど」
「おそらく違う。記憶にはないんだが、俺の言う夢は――」
映像が変わった。
一人で飯を食っている俺が消え、まだまだ若い頃の俺と死神が映る。
「なあ、□□□□。俺の闇魔法とお前の大鎌があれば何だってできるぞ」
「間違いないな。■■■■■、俺達で超上級も目指せる」
「そうさ。俺達二人で超上級になる」
若い二人がそう言って笑い合っている。
思い出してしまった。これこそが俺の夢だった。
「俺の夢はずっとこれだけだったんだ。俺と死神で超上級になる。過去の俺が言った『俺達』には『俺と死神』しか入ってない。他はどうでも良かった。サンドルも、カロも、ガレフだっておまけ程度にしか考えてなかった」
夢が繋がっていくなんて思考はリッチになってからできるようになったものだ。
生前の俺はただただ「俺達」の夢のためだけしか考えてなかった。
「そんな馬鹿なことをしでかし、さらに霊園で勝手に死に未練を残しリッチに成り下がった」
女は何も言えない様子だった。
代わりに男が口を開く。
「でもっすよ。俺達はリッチ様に導かれました。生前のリッチ様は確かにアレですけど、リッチ様は俺達には常に夢を示してくれてたっす」
女が男を見て、もうそれ以上は言わないでくれという視線を向けている。
俺も、そんなふうに擁護されると困る。むしろなじって欲しいのだ。
「俺は、俺の本来の夢をやっと取り戻したのだ」
今さらであった。
もうすでに体はリッチになってしまっている。
「あいつらは、俺がリッチになってしまったというのに、霊園まで俺を迎えに来てくれた」
しかも中衛攻撃役の席を空けていてくれた。
俺が帰ってくると信じていてくれていたのだろうか。
「死神は、ボスになった俺にまた同じ夢が見れないかと言ってくれた」
その死神に対し、俺はなんと言っただろうか。
「お前らのことなど記憶にない。俺は新たな道を踏んでいる」だったか。
しかも「お前らも新たな夢を見つけろ」とも言った。あまりにも無責任だ。自らあいつらに夢を示し、それでいて奴らを見放した。
「俺はモンスターで、人間の敵だ。そんなことはあいつらだってわかってる。俺なんかよりも、ずっと賢くて優しくて思慮がある。そんなあいつらが俺に『戻れないのか』とまで声をかけてくれた」
あまりにも遅すぎる。
あいつらがじゃない。俺が遅すぎるんだ。
どうしてこんな姿にならないと気づくことができなかったのか。
「俺があと少し反省が出来ていたなら……、頭を下げることができていたのなら……」
俺はまだあいつらの中にいることができたかもしれない。
だが俺はそうできなかった。今さらになって気づいてしまった。
時間を巻き戻すことはできない。だから――、
「もう、本当に、遅いんだ……」
映像が終わり、景色が霊園へと戻る。
墓が規則的に並び、空は雲が覆う。
いつもの二人と骸骨もいる。
しかし、ここにあいつらはいない。
俺の夢は、俺自らの愚かさにより消えてしまっていた。




