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あの日、あの時、あの場所で、誰かと何かを 前編 - paths are made by walking -

 記憶の映像は続いている。


 スコタディ霊園を撤退し、ギルドで俺の目が覚めたところだ。

 何やら反省会が行われている。


「この頃の二人じゃ、あの霊園はきつそうっすよね」

「今のままではそうだが、装備を整えればいけるだろう」


 二人とも初心者まっ盛りの装備だ。

 よくこれで挑もうと思ったな。いつもの二人の初期装備よりややマシといったところだぞ。


「まともな神経があれば、この後は武具を買いに行くだろうな」


 映像もそういう流れになっている。

 ギルドから外に出て、武具屋に出かけていくところだ。


「ねぇ……あれ、私たちじゃない」


 女が別のところを指さした。

 俺達が歩くところとは別に子供が数人で遊んでいる。

 その中に二人の面影を持つ子供がいた。転んで泣いている少年を少女があやしている様子だ。


「俺達のことはいいからさ。リッチ様の方を見ようぜ」


 男は恥ずかしいらしく、そちらの様子から目を背けた。

 他の子供達が俺達の方へ走っていくので、少女が少年を引っ張っていく。

 二人の少年と少女は、今の二人を通り過ぎて、過去の俺と死神の脇を通ってどこかへ駆けていった。


「俺達って会ってたんすね」


 言葉も交わさず、対面もしていないので会ったと表現するのは違うだろう。

 だが、言葉にはしない。そのようだなと軽く言うに留めた。


 俺は杖を買い、死神も防具を買ってまたスコタディ霊園に挑んでいる。

 何度かの撤退をして、一週間で東西南北にいる四体の屍人を倒し霊園をクリアした。


「やったな! これで中級に挑める!」

「まだ■■■■■■■■■■さ。■■■強く■■■■■■■■■」


 ところどころ死神の声が聞こえてくるようになった。

 それでも文脈はつかめない。おそらく「まだ弱い、より強くならなければ」だろう。

 勇む過去の俺を抑える役割をこの死神は担っているようだな。


「景色が変わりましたね」


 霊園から、風景が一変する。

 周囲は木々に覆われ、上から木漏れ日がわずかに射し込んでくる。


「うへー。木がたくさんあるっすね。どこっすか、ここ?」

「モノマキアの近くにあるタリエ深林地帯だろうな」


 中級に挑むと俺は言っていた。

 それならタリエ深林地帯が条件にあう。


「霊園よりも厳かな気配を感じますね。どこか不気味です」

「俺達の霊園と厳かさで比べてはいかんな。印象は間違っていない。『タリエ森厳』と呼ばれるくらいだ」


 敵が喋らない。

 猿や虫、鳥、獣と出てくるのだが、喋る敵が一体もいない。

 ボスまでもが無口で巨大な猪だ。


「ここを二人でクリアしたわけっすね」

「無理だろうな」


 俺と死神はどちらも攻撃重視だ。

 この森のモンスターはさほど強くないが、頭はそこそこ賢い。

 狩人のように罠を張り、冒険者をジワジワと弱らせてから攻撃してくる奴が多い。


 俺達の挑む姿が映っているが、やはり苦戦している。

 罠にかかり、そこへ攻撃を加えられ、イライラして俺が魔法をがむしゃらに撃っていた。

 混乱がかかり、さらにめちゃくちゃな言動が出てきている。


「リッチ様、いっつも暴走してないっすか」

「暴走していますが、死神さんには攻撃をしていませんね」


 さすがに女はよく気づくな。

 混乱状態でも死神にだけはほぼ攻撃していない。

 たまに闇魔法を外して当てるくらいだ。いつも暴走についてはそのとおりだとしか。


「撤退■」


 またしても死神は柄で俺の頭を叩いた。

 魔法を当てられて、苛ついているようで前回よりも強めに叩いた。


 森の中を引きずられて二人は入口まで戻っていく。


「死神のパーティーに斥候がいたな」

「サンドルさんですね」

「そいつがここで加わるはずだ」


 今の二人でこの森はまず攻略できない。

 それでも二人にこだわり中級をクリアするなら、ずっと遠くまで行くことになる。

 金も時間もかかりすぎる。それよりは、人を増やして攻略した方がずっと楽というモノだろうな。


「正解のようですね」


 過去の俺と死神が仲間を入れるか入れないかで口論になり、けっきょく仲間を増やすことになった。

 反対をしているのは俺だ。この頃の俺はかなり死神と二人で攻略することに執着していたようだ。


「サンドルです。お二人の噂はかねがね聞いています」


 ギルドの紹介サービスで引き合わされた男が出てくる。

 特徴がないのが特徴というような男だ。やや陰鬱さがあるくらいか。


「噂? ……ああ、だろうな。□□□□、みなが俺達を意識せざるを得ないってよ」

「良■評判じゃな■。悪目■ちして■ってこと■■うさ」


 死神はちゃんとわかってるな。

 絶対に良い噂じゃない。馬鹿な初級上がりが暴れてるとかそのあたりだ。


 必要な人員は揃った。

 これで再度、中級に挑むのだろう。


「よくわからないんすけど、この人って何をする人なんすか? 霊園攻略のときも活躍してないように見えたんすけど」

「俺達の霊園で、斥候はさほど役には立つまい。以前と違い、罠もほぼ消しているからな。だが、あのパーティーで一番の実力者はこいつだぞ。この過去の時も、どう見てもこいつが一番実力がある」


 立ち居振る舞いがすでに冒険者としてできている。

 冒険者ギルドにあっても常に周囲を観察しているのがわかる。


「むしろ、なぜ今まで一人だったのかがわからん。性格も実力も問題はなさそうだがな。地味そうだからか?」


 過去の俺が露骨に嫌そうな顔をし、死神は「よろしく」みたいなことを言っていた。

 そうして三人が冒険者ギルドから立ち去る。


「おい、あの若いの二人は大丈夫か。『あの』サンドルと一緒だったぞ」

「問題ねぇだろ。あの若いのもいろいろと噂が出てるからな」

「サンドルの野郎。またやるんじゃねぇか」


 ギルドにいた冒険者達が出て行った俺達のことを言っている。

 なんとなく理由がわかった。俺達が噂になっているように、サンドルとやらも何かをやらかしたのだろう。

 それにしてもだ……。


「俺はこういう陰口を言う輩が好きになれん。過去とは言え、こんな奴らが紹介で来なくてほっとした」


 逆に言えば、俺はサンドルという男が気に入った。

 実力があって、噂にも怖じず、堂々と過去の俺達の前に現れていた。


「はい。街のギルドにもいなくて良かったっす」


 この二人が冒険者を辞めて商会に入るとき、他の冒険者から良い言葉をもらったと聞く。

 俺はもちろん、他の奴らもこいつらを応援していることがわかり、言葉にはせずとも安堵したのを覚えている。



 景色がギルドからまたしても森に移った。


 人数は二人から三人に増えたものの、陣形と呼べるモノはまだできてない。


 斥候のサンドルが先を歩く、俺と死神がその後をついていくという具合だ。

 進みは先ほどよりもずっと遅い。過去の俺はそれに苛ついていた。


「サンドルさんは何をしてるんでしょうか」

「罠を探っている。見つけたな」


 サンドルが手を挙げて、過去の俺達を止めた。


「罠があります。かかると音が鳴って、モンスターがやってきます」

「やってきたら返り討ちにしてやればいいだろ」


 我ながら恥ずかしい台詞だ。

 返り討ちにして、混乱して、撤退する流れを作っているのは他でもない自分だった。


「はい。ですからこうします」


 サンドルが罠を踏みぬく。

 木の枝がカサカサと音を立てた。もしも罠と知らなかったらただの枝の音として判断してしまうだろう。


「なんと愚かな男でございましょうか! 自ら罠を踏み抜くとは!」


 無意識で罠を二回踏んだ骸骨の言うことは説得力が違うな。

 サンドルが俺達二人を誘導し、戦闘を避け罠を踏みつつ森を移動していく。


「これ、何をしてるんですか? どうして罠をわざと踏んでいるのでしょう?」

「モンスターを集めてるんじゃね。地図だとこの先は行き止まりがあったはず。そこにおびき寄せてるのかな」


 この男は基本的に間抜けだが、地図を覚えるのは得意なようだ。

 それに突飛な発想もある。斥候に向いているかもしれない。


「男の言うとおりだろう。噂の原因はこれだな」

「どういうことっすか?」

「この戦術はハイリスクハイリターン。モンスターを一カ所に集めるが倒しきれなければ死ぬ。そもそも上手く集めないと途中で囲まれる。失敗すれば撤退も出来るか怪しい」


 なるほど、こいつが俺とパーティーを組めた理由がわかった。

 戦術の傾向が俺好みだ。死神はさほど好きそうではないが、多数決で押し切られるだろう。


「二人もやることがわかったようっすね」


 過去の俺たちも、最初は文句を言っていた。

 しかし、途中からは目的がわかったようでサンドルを追いかけている。


 そして、たどり着いたのはそそり立つ岩壁だ。右も左も壁に覆われている。

 モンスターが続々と合流しつつ俺達を追ってきて、袋小路に冒険者三人が追い詰められた形になった。


「退路を断って絶体絶命! ここから生き延びろって訳だな! お前、つまらなさそうな顔してやることがえげつねぇな!」

「■■状況は■■ないと思■■す。何■策がある■■すか?」


 俺達へとじりじり距離を詰めてくるモンスター。

 それを前にしてサンドルは、アイテム袋をごそごそと漁っている。


「目を瞑ってください。開けてるとしばらく何も見えませんよ」


 俺達の返事を待つことなく、サンドルがモンスターへ玉を投げていく。

 過去の俺達もそれが何か悟り、手で目を覆った。

 俺も目を瞑り、手で二人の目を塞ぐ。


 玉が破裂し、一瞬で周囲に光が満ちた。

 瞼を閉じていてもなお眩しいほどの光量。調整ミスを疑うほどだ。


「目ッ! 目がッ! 見えない! 何も見えない!」


 骸骨が空っぽな二つの穴を抑えて彷徨っている。

 それは他のモンスター達も同様だった。


「さあ、やりましょう」


 サンドルの号令で俺と死神が動く。

 面倒な空の敵を俺が落とし、死神は敵の中に入り込み攻撃をしかけていく。

 サンドルもアイテムや、毒のナイフで数を減らしていく。


「やはり実力はサンドルがずっと上だな。的確にリーダー格のモンスターを潰している」


 さらに逃げようとするモンスターの奥に炸裂弾を投げつけ、逃げ道を塞いでいた。


 これはどうだろうか。完全に逃げ道を潰すとかえって危険性が高まる。

 わざと逃げ道を作っておくことも有効な戦法だ。


「背後から来ます。今度は耳を」


 俺も言われて気づいたが、後ろの岩壁の上から猿どもが下りてこようとしていた。

 やるな。この戦いの中でしっかりと後ろまで把握している。優秀な斥候だ。


「二人とも耳を塞げ」


 二人に指示し、耳を塞がせる。

 サンドルはまた変な玉を空に向かって投げた。

 空中で破裂したそれは、空気を振動させ、崖が崩れるほどに思えた。


「耳を塞いでも目から音が入ってきたのですが、何も聞こえないのですが、臣の声は王の耳に届いておりますか?」


 実際のところ崖は崩れなかったが、崖から下りてきていた猿の姿勢は崩れた。

 崖からぼたぼた落ちてきて、そこを過去の俺や死神が狩っていく。

 猿はそうそうに撤退し、残ったモンスターを狩りつくす。


 周囲にはおびただしいほどのアイテム結晶が残る。

 過去の俺は混乱する直前のようで、頭をふらふらさせて立っていた。


「回収に移ります」


 サンドルはそれだけ言うと、黙々とアイテム結晶を回収していく。

 その手並みも迅速だ。死神の顔はわからないが、その速さに驚き、サンドルをジッと眺めている。


 回収が終わり、サンドルも腰を下ろして休憩を始めた。

 過去の俺がサンドルに近づいて肩を叩く。


「陰気な顔してやることは冴えてるじゃねぇか! 気に入った! ボスもそれでいけるか!?」

「陰気な顔以外は、■■■■■の言うとおりです。非常に鮮や■■手並みでした。できれば次はやる前に説明■していただ■■ば助かります。次は■っとうま■やれるでしょう」


 サンドルは二人の反応にやや驚いている様子だ。

 まぁ、説明無しでこれを実行したら普通は怒るだろうな。下手すりゃ怒る前に死ぬし。

 このときの俺はちょっと混乱気味だし、死神は俺で慣れてるんだろう。


「……ボスも考えている作戦があります。次は事前に策を話しましょう。あなたたちは私について来られますか」


 見た目の地味さからは想像ができないような挑戦的な言動の男だな。

 こんなのじゃないと俺とは付き合えなかったのだろう。


 死神の声も、俺の名前以外はかなり聞き取れるようになっている。


 三人パーティーとなった俺達は、タリエ深林地帯をクリアして上級に昇格した。


 サンドルはクリア後もついてきて、俺達も文句を言うこともない、三人組で上級ダンジョンへ挑む流れだ。




 またしても景色が変わる。


「あっ、ここドクサっすね」


 見覚えのある景色があったようで、男がすぐにどこか言い当てた。


 都市圏ドクサにある観光名所であり、上級ダンジョンの入口前に三人組が立っている。

 景色は一瞬で変わってしまったが、タリエ深林からはかなり時間が経っていると考えられる。

 装備が一新されているし、俺もかなり落ち着きが見られる。上級になりいろいろと依頼をこなしたようだ。


 さて、ドクサにある上級ダンジョン。

 ずばりヘイデン・ファ・クランク集合邸宅である。

 かつてここにいた貴族だかが、技術の粋を結集させて作ったとか。

 あまりにも異常な建築物過ぎてダンジョンになってしまったというやばい代物だ。


「おもしろいっすよね」


 ……おもしろいか?


 まず、見た目からして歪すぎる。

 なんで屋根の上から斜め上方向に通路が生えているのかわからない。


 二階の壁にドアがついているのだが、なぜここにドアをつけたのかもまるで理解不能。

 どうやってここから入るのかがわからないし、出ても落ちるだけである。


 入り口前の庭には、螺旋階段がある。

 ぱっと見、上った先には何もない。踊り場も、通路も、何もない。

 実際に上るとやはりそこが終点である。引き返すか飛び降りるだけ。かつて他の建物があった痕跡もなく、色鮮やかな花と謎の螺旋階段だけが前庭に設置されている。


「建築の目的はさておき、建物としては綺麗でしたよ」

「中はもっと綺麗だぞ。どれも格調高いモノばかりだ」


 このダンジョンの問題はそこである。

 何かを壊したら、モンスターがバフのかかった暴走状態になって襲いかかってくるのだ。

 しかもわざと壊れやすいモノが壊れやすいところに設置してある鬼畜設計だった。さらに、壊れるモノを持って襲いかかってくるやつすらいる。

 だが、それはこの異常建築物の一側面しか捉えていない――。


「良かったな。中が見られるぞ」


 二人は喜んでいるが、俺の曖昧な記憶がなお覚えている。

 中の異常さがいったいどれほどだったのかを。


「なんすか……、これ?」


 男が驚いている。女も同様だ。

 過去の俺達も二人と同じ反応を示す。


「聞いてはいたが、さすが上級といったところか」

「本当に捻れているな」


 三人がしばらく入口で立ち止まっていた。


 ドアを入った先は広々としたホールなどではない。

 廊下だ。しかも捻れている。比喩などなしで、先に進むほど捻れている。


「中級までとまるで違ってませんか」

「上級のダンジョンならこんなものだぞ」


 冒険者でも上級までは割と簡単にいける。

 現にこの三人組のまだまだ未熟な状態でも、中級のタリエ深林地帯をクリアできている。


「冒険者も中級まではどれも似たようなものだ。だが、上級の中堅くらいからはそれぞれの持ち味が必要になる」


 上級パーティーへは中級ダンジョンを一つクリアすればいい。

 しかし、超上級へは上級ダンジョンを三つもクリアする必要がある。


 はっきり言ってしまえば、上級は並冒険者の一つ到達点だ。

 策をたて、人数で攻めれば凡人でもなんとか辿り着ける。


 しかし、超上級は違う。凡人では辿り着けない。


 超上級になるためには才能が必須だ。そして、才能を形にする努力がいる。

 努力を結果に結びつける工夫も必要となってくる。それでも足りないモノを補うためにパーティーを組む必要がある。


「苦戦してますね」

「上級になり、多少は力を付けているようだが足りんな。それにこのダンジョンは相性が悪い」


 壁やら調度品を攻撃するとモンスターが暴走する。

 そのため、モンスターだけを的確に攻撃しないといけない。


 この頃は、俺も魔法の命中率が悪く、周囲を攻撃することもある。混乱してくれば見境ない。敵が大暴走だ。

 さらに死神の大鎌も精細な攻撃ができるような武器ではないし、割と雑に攻撃している。

 サンドルは、攻撃こそ精確だが攻撃力は低く、本領の作戦も派手好みだ。


「こんなのどうやってクリアするんすか? 攻撃したら暴走するし、攻撃しなかったら調度品を手に持って囲んでくるし」

「ここは上級でも簡単なほうだぞ。だが、今の三人では無理だ」


 相性も悪い。攻撃力が足りてない。

 俺の闇魔法は持続力が非常に悪い。他の二人もいろいろ足りてない。

 ――となるとだ。


「死神のパーティーに小うるさいヒーラーがいただろ」

「カロさんのことですか?」

「ここであいつを入れたんだろう。それなら多少は進めるようになる」

「なぜカロさんがいると、進めるんです?」

「攻撃力を上げられるからだ」

「カロさんってヒーラーっすよ。なんで攻撃力? 回復力じゃないんすか」


 ……ん? ああ、そうか。

 こいつら、戦闘方面は初心者同然だったな。


「ヒーラーの役割を回復だけと考えてないか。ヒーラーの役割は回復を含む補助魔法全般だぞ。むしろ回復がおまけだ。戦闘中に重症を負って、その場で治すほどの実戦的な治癒術などまず無理だからな。回復なんて出血が止められればその程度で良い。状態異常にかからないよう保護魔法を切らさなければ大満足。状態異常を見極め即座に快復できれば拍手喝采ものだ」


 状態異常の快復どころか傷の回復が実戦で可能なヒーラーとか、超上級でも数えるほどしかいない。

 しかも上級以下で回復ができる奴は、だいたい回復以外が微妙になる。


 微妙な回復を謳うくらいなら、むしろ回復を切り捨てて、補助に全力で突き抜けていた方が良い。

 回復なんて、魔法よりも薬のほうが速くて確実だからな。値は張るが仕方ない。

 薬だって、やられる前にやれば使う必要もなくなる。それにだいたいやられるときは薬も使えない手遅れの状態だ。


「あの小うるさいヒーラーは霊園で見ていたからわかる。補助としては優秀だった。あのヒーラーが、なぜ俺達のような問題パーティーに加わったのかも、やはり霊園で見ていたからわかる。あいつは性格に問題があった」


 ……わかってる。

 わかってるから、「お前が性格どうこう言うの?」という目で見るな。

 むしろはっきりと口で言ってくれた方が、笑って流せるからこういうときは助かるんだぞ。


「ほら、場面が変わったぞ」


 過去の俺達がダンジョンから街に帰り、ギルドで作戦会議をしていた。

 収穫は入口近くのドロップのみ。二束三文だ。これならまだ中級で稼いだ方がマシである。


 装備は一通りそろっている。アイテムも最低限はある。

 これ以上は金をかけても元が取れそうにない。


 そうなると作戦を練り、地道に攻める必要がある。

 ちまちま攻めるのは、少なくともこのときの俺達にできる芸当ではない。


「新し■メンバーを入■るか」


 死神が提案をした。それが妥当だろうな。

 過去の俺は見るからに難色を示す。

 サンドルは無表情だ。


「メンバーを入れることは賛成です。その場合、どのような方になるでしょうか?」


 サンドルが尋ねる。

 かなりぼやかして言ったが、能力ではなく性格・人柄の面を指しているな。

 募集をかければやってくるだろうが、求める能力の持ち主で、かつ、俺達のやり方に合わせられる人物は少ないだろう。


「他のダンジョンに行くってのはどうだ?」


 過去の俺は、新たな人を入れるのを暗に反対した。

 現状の三人で他のダンジョンへ挑むことを提案している。


「他の上級から挑んでもいいが、どちらにせよここに帰ってくるぞ」


 カニスの東と、アステリの西にそれぞれ上級はあるのだがとにかく遠い。

 それに三つの上級の中で一番簡単なのが、ヘイデン・ファ・クランク集合邸宅だ。他の二つは今の三人ではまず無理だな。

 それがわかっているからこそ、どちらも飛ばしてわざわざここへやってきたのだろう。


「――こっちだってお断りよ!」


 聞き覚えのあるうるさい声が聞こえてきた。

 見れば、カウンター近くで数人が言い争いをしている。

 小うるさい女と、数人の奴らが罵倒合戦を繰り広げている。


「俺達だって、回復すらできないヒーラーなんか願い下げだ! 怪我一つ治せないヒーラーが上級希望なんてあり得ないだろ!」

「私のサポートがあって、怪我をするような雑魚が悪いのよ! もっと上手く動きなさいよ! 自分たちの下手な立ち回りをヒーラーのせいにするやつが上級とか言ってるの? 信じられない!」


 すごい言い分だ。今だからこそ両方とも間違っている言える。


 怪我一つ治せないヒーラーはいても良い。状態異常の保護ができればそれで良い。


 次にヒーラーが上手く動けというのはおかしい。ヒーラーは補助で他を上手く動かす役割だ。

 動くことを期待すべきじゃない。自分が動かすという意志が足りてない。


 ただ、見たところ小うるさい女と対峙している数人は能力が高くないな。

 これを上級でサポートするだけの力がこの女にも足りていない。


 口だけだったが、手も出始めてきている。

 ついにはギルド員どころか他のパーティー達も来て、無為な争いを止め始めた。


「あいつはどうだ?」


 怒ってギルドから出て行く女を、俺が指さす。


「どうだと言■のは、俺■ちの新しいメ■バー■か」

「性格は合いそうに思えます。あとは実力の問題ではないでしょうか」


 死神は首をひねり、サンドルは淡々と女を評価している。


「サポートが得意な口ぶりだった。しかも上級。使えるかもしれないぞ。駄目なら、すぐにさよならだ。あれだけ言い争って別れられるなら悔いも残らないだろ。まぁ、もう少し挑戦してみて無理だったら声をかけるくらいでいい」

「そうだな。あ■らも他のパーティーと組む■もしれないからな」


 俺達の方針も決した。


 当初とは逆に、死神の方がパーティーを組みたがっていない様子だ。

 おそらくこれ以上の問題児を増やしたくないんだろうな。

 俺とサンドルだけでも胃がもたない。



 景色が変わった。

 掲示板の依頼状の数から見ても翌日ではない。数日が経っている。


 人だかりの中で一人浮いている女がいた。


「すごい人っすね」


 数あるテーブルのど真ん中で、数人がけの席を一人で独占している。


「無論、今だからこそ言えるのだが、あの女は俺達と同じだ。控えめに言って自意識過剰。自らの求める意識に実力がついていってない。中途半端な実力で上級にたどり着いた奴だ。こうやって何者にもなれず冒険者をやめていく奴が多い」


 俺もその一人だったのだろう。

 まさかリッチになるとはな。


「上級になるためにも中級を二つか三つ以上クリアに規定変更すべきだな。それなら自分の正しい実力を多少は知ることができただろう」


 中級は対策を組めば、割と人数でクリアできてしまうからな。

 上級になってレベルが急激に上がり、ついていけない奴が多すぎる。


 周囲から笑われ、陰口をたたかれ、ギルド員からも声をかけられない。

 女が机の下に隠した手を握りしめているのがわかる。


 過去の俺達が、遅れてギルドに入ってきた。

 ダンジョンから撤退した様子だ。服装にかなり乱れが見られる。


 ギルドにいた冒険者どもが俺達に反応し、女も俺達をちらりと見た。

 女はその後はすぐまたテーブルに視線を戻す。


 周囲の冒険者どもは俺達をからかい、「また負けて帰ってきたのか」などと笑う。

 今でも苛つく光景だ。ダンジョンに挑戦すらしない非力な自らを差し置いて、人の負けた姿を嘲る精神が理解できない。


 今の俺ですらそう思う。

 過去の、しかも負けて帰ってきた俺がどう思うかは手に取るようにわかる。


 死神とサンドルが足の勢いを落とす中で、俺だけは足を速めていた。

 置いていかれた二人も、俺が暴れ出すんじゃないかと慌てて俺の側へ寄ってくる。


「馬■な真似はするなよ、■■■■■。落ち着け、この怒りをダン■ョンのにぶつ■るんだ」


 死神が俺を諫めるが俺はまったく耳を傾けない。

 嘲笑を浴びせた奴らへと足を一直線に向けている。


「私に作戦があります。やるなら徹底的にやりましょう」


 死神がサンドルを見て、過去の俺はそこで小さく笑った。

 やっと足の歩調をやや緩める。


 冒険者たちがテーブルに着く中を歩いて行き、一人で座っている女の対面に座る。

 女はやや驚いた様子で俺を見て、それでも気丈な顔に戻す。


「見てわかんないの。このテーブル、私が使ってるんだけど」

「飯がまずい」

「は?」

「ダンジョンから帰って喰う飯がまずい」


 女が意味不明と俺を見る。

 俺はテーブルの上に握り拳を置き、唇も噛んでいる。


「俺達は昨日も一昨日も命からがら生き延びて飯を食った。生き延びて食う飯はうまいはずなんだ。それなのに、ここ最近は飯がまずい。なぜか俺は考えた」

「知らないわよ、あんたの味覚がどうかなんて」

「考え抜き、俺は理由がわかった。俺は悔しいのだ。俺はまだやれるはずなんだ。あんなところで撤退なんてするはずがない。俺達はまだ上を目指せる。挑戦していきたいと思っている。それなのに帰らざるをえない。力が足りない。だから、俺は悔しい」


 握られた拳と噛まれた唇からは血が滲み出している。


「俺は悔しい。まずい飯を食ってるここ数日、お前のうるさい声を何度か聞いた。『あんたらの力が足りない! 私のサポートは完璧だ』とな。それなら俺達に力を与えてみろ。お前のサポートが完璧なら俺達はさらに上へ行ける」


 その理屈はおかしい。

 サポートが完璧でも、俺達の力がなお足りてなかったら上にはいけない。


 今ではわかるが、当時の俺はそんなことを考えてなかったらしい。

 女はこれがパーティーへの勧誘だと気づくのに時間がかかった。


「俺は悔しい。お前は悔しくないのか? こんな自らダンジョンに挑戦するわけでもなく、簡単な依頼を達成して、酒をダラダラと飲み、生を無駄に消費してるゴミくずみたいな連中に笑われて――お前は悔しくないのか?」


 周囲の冒険者どもが席を立った。

 そりゃ怒る。酒も入ってるし、いきなりこんな暴言を吐かれたらな。

 次々にもっかい言ってみろだの、喧嘩売ってんのかとか叫び始めている。


「酔いどれは黙ってろ! 俺はこの女と話している!」


 過去の俺はまっすぐに女へと目を向けている。

 俺の代わりに死神とサンドルが周囲の冒険者を牽制する。


「女じゃない――カロよ」

「俺は■■■■■だ。こっちの二人は、」

「知ってる。あんたら有名だから。あたしも前に見た」

「まあな」


 俺は誇るように胸を反らせるが、間違いなく良い意味で有名ではない。

 ダンジョンで敵を暴走させて、無駄な死闘を繰り広げる頭のおかしいパーティーということで有名だ。

 以前はわかってなかったが、このときの俺はさすがに気づいていてなおそういう態度を取っているようだな。


「カロ。お前は悔しくないのか? 俺は悔しい。死ぬほど悔しい。俺は数日前に、ダンジョンでお前を見た。お前は全力でパーティーのサポートをしていた。俺達も必死に戦っていた。なぜ俺やお前が笑われなければならない。俺達は上を目指して全力で戦っている。なぜだ? なぜ俺達が笑われなければならない?」


 俺の頭が痛み、同時に記憶がよみがえってくる。

 俺はこの後こう言ったはずだ。


「俺達が笑うのだ。俺達が戦い、勝利し、生き延び、帰った後の食う飯と酒のうまさで笑うのだ。だがそれは断じて、こんな奴らを嘲り笑い返すものであってはならない。俺達の目指すモノはそんな低次元のものではない!」


 俺は席を立ちカロに手を伸ばした。


「カロ、一緒に来い。俺達で超上級になるんだ」


 過去と今の俺の声が被る。


「……あたしの足を引っ張らないでよね、■■■■■」


 カロが俺の手を握り返す。

 その手を引き、席から立たせる。


「行くぞ! こんなところで立ち止まっている暇はない」


 周囲の冒険者の群れを割るようにギルドから出て行く。


 上級から超上級への一歩を踏んだ瞬間だった。


「リッチ様……」

「わかっている。まだ続くようだ」


 俺は確実に思い出してきている。


 自分の夢がなんだったのか。


 映像はまだ終わらない。

あけおめ。遅れてごめんね。

年内の完結が無理だったので一月上旬での完結を目指します。


次回:たぶん今夜。

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[一言] これヴァスィアが悪いわ こんな経緯を経て仲間になった仲間を捨ててアレティとまた2人だけでやろうとかよく言えたな
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