特殊ドロップ - to be is to do -
死神がちょくちょくダンジョンに挑んで来るようになった。
パーティーのリーダーらしく、何か指示を出しながら攻めてくる。
実力はなかなかある。
中級のようだが、上級まであと一歩というところか。
斥候、盾役がそこそこ優秀で、死神も動きが良い。ヒーラーも地味に良い味を出している。
ただ、攻撃力が圧倒的に足りてない。
魔法使いか弓使いがもう一人はいるだろう。
骸骨に低位をかけるだけで、あっさり不利に傾いてしまう。
それでも撤退の手際は見事だ。やられそうなら、さっさと退く。手慣れている様子だな。
なるほど俺があのパーティーにいればバランスは確かに取れる。
しかし、俺じゃなくても誰か攻撃役を入れるべきだ。
俺としては時間の無駄なのであまり来て欲しくない。
それに死神を見ていると頭がチクチクする。
「大丈夫ですか?」
いつもの二人がやってきて、女がこんなことを俺に言った。
「何のことだ?」
何が大丈夫なのかわからなかったので聞き返す。
女は口を開いて、また閉じた。
「リッチ様の侵攻が控えめなんで心配してるんすよ」
「控えめ?」
「そっすね。以前なら、次はどう強くなるか、霊園をどう広げるかって話をグイグイしてたのに、最近は挑戦者を返り討ちするだけっすからね」
言われてみると、そうだな。
ここ一月ばかりは侵攻をしていなかった気がする。
霊園の防御を固める方に力を向けていた。
「やはり自覚はありませんでしたか」
それだけ言って女はまた黙ってしまう。
「ん? 俺よりもお前の様子の方がおかしいのではないか」
「実は――」
なんでも死神を俺の前に案内してしまったことを悔やんでいるらしい。
それ以前に、俺が東へ行くと言ったときに反対しておくべきだったと。
「わからんな。なぜ悔やむ?」
「いやぁ、俺にも詳しく話してくれないんすよ」
俺と男が女をジッと見る。
普段は俺と女が「詳しく話せ」と男を見ることが多いので、これは珍しいことだ。
「……漠然としたものですが、リッチ様が消えてしまうのではないかと」
続く言葉を黙って待つ。
男は首をひねっているが、先を急かすことはない。
静かに待ち続けると女も観念した様子で思っているところを口にした。
「リッチ様の夢と死神さんの夢が同じものに思えるのです」
「……違うんじゃないか」
俺の初期の夢はこのダンジョンを超上級にすること。これは叶った。
次は極限級だが、今のところ具体的な方策が見えてこないので足踏み状態だ。
俺の様子がおかしいと女は思っているようだが、この足踏み状態がそう見えているだけではないか。
「以前に極限級冒険者とされた話をしていただきました。その中で『方向性』が途中から変わったと話しました。これは覚えておられますか」
「覚えている」
最初は俺個人が強くなる話だったが、途中からダンジョンとして上を目指す話になったとか。
助言の真偽はともかく、おかげで俺は低位を自らにかける術を知り、移動の幅が大きく広がった。
「『リッチ様たち、アンデッド』が超上級『ダンジョン』を目指す――それがリッチ様の在り方、夢だと仰いました」
「それも覚えている」
そして達成された。
俺達で超上級ダンジョンになった。
「リッチ様と死神さんが話をされたときに私は感じてしまったのです。やはりその在り方と夢は間違った方向性だったと」
「俺が間違っていたと? お前はそう言うのだな」
「はい。間違っていたと思います」
まっすぐ俺を見つめて言い返してきた。
しっかり自分の意見を持っている。それを安易に曲げない姿勢もできてきている。
日々確実にこいつらは成長している。それを感じると怒気よりも喜びが俺を強く支配するのがわかる。
「聞こう。続けてくれ」
「『リッチ様とあの死神さんたち』が超上級『パーティー』を目指す。それが極限級の言われた本来の方向性だったと私は思っています」
「しかし、俺はあのときすでにリッチだったのだぞ。どうやって奴らとパーティーを組めというのか。どうやってボスを、モンスターを辞めろと言う? 到達点は俺に、生き返れとでも言っていたのか」
極限級ならそれくらい言いそうだなとか思えてしまう。
「そこはわからないのですが、手がかりとすれば、その……リッチ様の『特殊ドロップ』が関係するのではないかと」
「ああ……、そういえばそんなものもあったな。なるほど、ようやく繋がったぞ。俺が立ち止まっているようにお前は見えたわけだな。それで俺が特殊ドロップを使い、到達点が言ったように俺が消えてしまうんじゃないかと思ったわけだ」
「ご推察のとおりです」
男もわかったような顔をして頷いている。
これ絶対わかってないやつだ。
「試してみよう。――おい、骸骨。俺の特殊ドロップを持ってこい」
「リッチ様!」
女が声を荒げて席を立った。
男は落ち着けよと女をなだめている。
「お前の疑問はもっともだ。そして、俺は気になることがあればやってみなければ気が済まない。俺もどうだったのかが気になる」
「しかし、使えば――リッチ様が消え去ると言われているのでしょう」
「消え去るかもしれないが、なるようになるとも言われた気がする。どうなるかはわからないと」
「めっちゃ危険じゃないっすか」
正直に言って何が出てくればそんなことになるのかがわからない。
俺の夢は既に定まっている。これが今になって変わるほどのアイテムが存在するだろうか。
「どうしようもなくなってから使うよりは、今の正常な状態で使っておいた方が安全だと思わないか。お前らも見ていくと良い」
二人はもう何も言わない。
俺が止まらないとわかって諦めている様子である。
骸骨がなかなか戻ってこないな。
置き場所を忘れて彷徨ってるんじゃないだろうか。
「待てよ……。仮に俺が消えたとして、霊園は消えるか?」
一番まずいのはこれだ。
西の橋と北の洞穴はともかく、南の道が使い物にならなくなる。
消えるにしても綺麗に消えたい。問題を残して消えましたでは未練が残る。
リッチが未練を残して消えてしまえば、次はいったい何になってしまうのだろうか。
「考えたくないことですが、リッチ様が仮に消えても霊園は残ると考えられます。骸骨さんや屍人さん達もいますから」
「それはそうだ。いざとなればあいつらがどうにかするだろ」
「お呼びですか」
タイミングを計ったように骸骨が現れる。
そのむき出しの骨の手には、ほのかに光る結晶が捧げられていた。
掴んで中身を確認する。
――■■■■■と□□□□の追憶
ほとんど読めない。
追憶? 俺と死神の記憶でも入っているのか?
「解除するぞ」
二人と骸骨は頷いた。
しれっと骸骨も混ざっているがどうせ言っても仕方ないので放っておく。
白い結晶が解け、出てきたのは見たことがあるものだった。
「冒険者証ですね」
小さなタグが俺の手に出てきた。
“■■■■■ 上級 深淵と大鎌”
名前、階級、所属するパーティー名が簡潔に書かれている。
「あっ、これは名前が書かれてるんですね」
以前、俺がやられたときに出てきたドロップアイテムには名前とパーティー名が欠けていた。
チューリップ・ナイツにやられたときもやはりドロップアイテムは冒険者証で、名前とパーティー名は書かれていなかったらしい。
「しかし、名前が書かれていたからと言って何が変わると――」
冒険者証から奇妙な違和感を覚え、地面に捨てる。
二人と一体が落とした冒険者証を見てから俺を見てきた。
「待て、触るな」
冒険者証を拾おうと、男が手を伸ばしかけたところで制止をかける。
男はすぐに手を引っ込めて、足を退かせた。
「何か変な効果がある。魔法……ではないな。魔力が変質している? なんだこれは?」
冒険者証に込められた魔力が、ぐねぐねと別物に変わっている。
魔法に近いのだが、あれは魔力の消費だ。こんな魔力が奇妙に変わることはない。
〈闇よ。俺の側へ〉
念のため低位をかけようとしたが遅かった。
冒険者証を中心に景色が歪み始めた。
「ッ!」
二人をかばうように立ちはだかってみるが意味は無い。
俺達全員を巻き込むように景色が変わっていく。
「……ギルドでしょうか?」
周囲は霊園から室内へと景色が変わっていた。
淡々と業務をこなす受付嬢、依頼状が所狭しと貼られた掲示板、席に腰掛けて話す冒険者達。
俺もおぼろげに覚えている光景だ。
これはおそらくキニスの冒険者ギルドだな。
貼ってある依頼状にもキニス周辺の名前が並んでいる。
「おい、□□□□。やっぱり初級は西のスコタディ霊園にしようぜ!」
見覚えのある顔がこちらへ歩いてきた。
「リッチ様ですね。今よりもかなり若い様子ですが」
背は今より低いし、顔も憎たらしい生意気ざかりだった。
これは俺の過去の姿か。まだ目も反転しておらず人間の姿をしている。
「■■■■」
俺を透過しつつ一人の男が、過去の俺へと手を挙げている。
「死神さんっすね。こっちもまだ若い」
死神はやはり顔が黒く塗り潰され、声も聞き取れない。
二人にはきちんと見えており、若いと言われている。
間違いない。
俺の過去が映し出されている。
かなり特殊な効果だ。こんなアイテムは見たことがない。
「俺の記憶が映し出されているのはわかるが、持続時間が気になるな。ここからスコタディ霊園までは馬車で移動しても六日はかかる。まさかその期間をずっと見させられる訳か?」
そんなことはなかった。
ギルドから過去の俺と死神が出て行くと景色が瞬時に変更される。
「霊園っすね」
「まだ狭い頃ですね」
俺がボスになった当初の霊園の姿があった。
五区域だけで四体の屍人がボスだったころの霊園だ。
「リッチ様ですね。死神さんも一緒ですよ」
俺と死神がスコタディ霊園に入るところだった。
やってやるぞという気概を感じる。
「スコタディ霊園ということは、臣の若い頃の姿も出てくるわけでしょうな」
変わらんだろ。
肉が付いてる訳でもあるまいし。
〈闇よ! 敵を貫け!〉
俺と死神が背中合わせでアンデッドと戦っている。
「■■■■■■■!」
「問題ない!」
闇魔法もまだまだ弱かった頃だ。
まったく使い物になってない。一撃で倒すどころか、攻撃を外してすらいる。
死神の声は聞き取れないが、何を言っているのかはわかる。前に出すぎ、とかだろうな。
前に出ようという意識に、実力が追いついていない。魔法使いでこんなに前に出ていたら良くないだろうな。
「リッチ様にもこんな頃があったんですね」
女がしみじみと言っている。
俺がリッチになってからの闇魔法しか見てないからな。
「今の俺があいつらの後ろにいるなら、あの魔法使いの頭を杖で殴っている」
二人は笑っていた。
冗談じゃないんだよなぁ。
死神は俺に合わせるように付いてきている。
大鎌の扱い方がまだまだ下手くそだが、攻めよりは守りに特化しているな。
「ヒャハハハ! 全てが空に散らばっていくぞ!」
俺が唐突に笑い出した。
闇魔法を連発して、周囲の骸骨を蹴散らそうとしている。
混乱だな。この程度の魔法使用でここまで混乱していたのか。
見ている二人は、俺の暴走にじゃっかん引いている。
自分で見ていてもめちゃくちゃな戦い振りだから、気持ちはよくわかる。
「■■■。■■■■■!」
「ハハ! 見ろ、亡者ども! 俺達が深淵と大鎌だ!」
おそらく死神は止めようとしている。
俺はまったく意に止めず、魔法を連発し暴れていた。
「あっ! 臣が出ましたぞ!」
大量の骸骨の中で、この骸骨を見つけた。
骨の形で見分けが付くようになったのは成長と言って良いのだろうか。
〈闇よ! 湧き上がる骸骨どもを蹴散らせ!〉
闇の獣が出てきて、見事に骸骨をピンポイントで砕いた。
あっという間にアイテム結晶だ。
「臣の出番が……」
出番はわずか十秒にも満たない。
二人も骸骨の肩に手を置いて励ましている。
骸骨の言葉を二人は聞き取れないはずだが、ちゃんと理解している。
骸骨との戦いが終わろうとしていた。
混乱状態で闇の力が増したようで、骸骨まではなんとか倒せたようだ。
その様子を見ていたようで屍人が現れた。なんでこいつはもったいぶって登場するんだろうか。
「退くぞ!」
死神が柄で俺の頭を叩いた。けっこう容赦なくやったな。
俺がぐらりとふらつき倒れる。死神が俺を慣れた手つきで引きずって霊園を後にする。
良い判断だった。今の状態では屍人とは戦うべきじゃない。あの死神の退き際の巧さは俺により鍛えられたものだったようだ。
…………ん?
今、死神の声が聞こえなかったか。
「先ほど、『退くぞ』と死神は言ったか?」
「言われました。……聞き取れたのですか?」
「ああ。おそらくな」
死神が俺を引きずり霊園から出て行く。
景色がまた暗転した。
「あっ! 街のギルドっす! うわっ! ナラドさんがまだ若い」
「失礼でしょ。ナラドさんはまだ若いわよ。あっ、でも、髭がない」
俺と死神もいるのだが、知り合いの顔に夢中のようだ。
死神の顔はまだ黒く塗りつぶされている。
記憶の映像はなおも続く。
映像の終着点がどこかはわからない。
これが終わるときに俺がどうなっているかもわからない。
記憶はまだ映り続ける。流れ続ける。
終わりに向かって。




