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大鎌の死神 - he had lived ill that knows not how to die well -

 キニスの霊園は物寂しい。


 物寂しくない霊園など俺達の霊園くらいのものだ。


 墓場の雨は涙を想像してしまう。

 死者を思い、流した涙が雨として降っているようだ。


 風は冷たく、地面には水たまりができていた。

 墓は物言わず雨水を被っている。


 真新しい墓の前に男が一人。

 大鎌を背負い俯いている。


 男は俺に気づかない。

 雨に濡れることも気にせず、墓の前にぽつりと立っている。


 雨は蕭々と降っている。

 広い霊園に男が一人で立っている。


 俺が思い浮かべたものは死神。

 彼が死神なら、誰に死をもたらすのだろうか。


 大鎌の死神が俺を向いた。


 顔が真っ黒に塗りつぶされている。


 俺の闇が死神の顔を覆い尽くしてしまったようだった。


「■■、■■■■■■?」


 死神が何かを呟いた。


 俺が死の王とは言え、死神の言葉などわからない。


 風がびゅうびゅうと吹いている。

 死神の言葉を流していくように止まることなく吹き続ける。


 俺は黙っている。


「■■?」


 死神は幽鬼のように俺へと近づいてきた。


 同じ死を司るもの同士で似た波長でも感じたのだろうか。


「寄るな」


 近づいてくる顔のない死神を手で払う。


「俺は死の王――リッチだ。アンデッドにしてスコタディ霊園のボスでもある。なるほど確かに死を冠するもの同士似たような存在なのだろう。だが、死神よ。俺は貴様のように生者を刈るような真似はしない」

「■■■? ■■? ■■■■■■■」


 言葉がまったく聞き取れない。

 かろうじて疑問形かどうかがわかる程度だ。


〈闇よ! 大鎌の死神を貫け!〉


 それでも、こちらに寄ってくる死神に対し、闇の槍を放つ。

 手加減したとはいえ、死神はその槍を軽やかに躱した。

 さすがは死神。少しはやるようだな。


 互いに距離を取り、相手の出方を伺う。


 雨はさめざめと降っている。

 誰かの流した涙が、ここへと零れているかのようだ。


『王よ。一大事でございます! アンデッドの一団が仲間に加わりたいと大挙して参りました! 臨時の霊園がパンクして、コラ! 押すのではない! 今、臣は王と!』


 そこで連絡は途切れた。

 大変なことは伝わってきた。


「……さらばだ。死神よ」

「■■■■■!」


 ――臨時の霊園へ転移。


 俺は意識を外部の霊園に向かせる。


 雨が降っている。

 死神は俺へと寄ってくる。


 雨はばらばらと降っている。

 俺と死神との間に落ちて、いくつもの波紋を作っている。


 俺の視界は暗転し、俺は死神の前から消え去った。


 あるいは死神が俺の前から消えたのかもしれない。


 雨はまだ降り続いている。

 いつか止むのだろうが俺はそのときを知らない。


 雨が降っている。風が吹いている。

 雲が蠢いている。その中で俺は生きている。


 そして、アンデッドがひしめいている。

 足場がないほどに一カ所へ押し寄せている。


「王よ! お助けを! こやつらに! こやつらに王の! 王の威光を!」


 骸骨が騒いでいる。

 ついにもみくちゃにされて見えなくなった。


 俺は一人で中央霊園へ帰った。




 東への第一目標に達し、次の方向性を考える。


 キニス周辺の霊園を乗っ取り、周囲のアンデッドも吸収した。

 これでスコタディ霊園を中心として、東西南北の四方全てを抑えたことになる。


「王よ。冒険者です、が……」


 躊躇ったような口調で骸骨が告げてくる。

 骸骨にしては珍しい反応だった。


「どうした?」

「あの二人も一緒なのです」

「……俺への脅しの材料にしているということだな」


 それは良くないな。

 主に、二人を人質にしているつもりの冒険者の命が危ない。


 俺が暫定の超上級になったすぐ後のことだ。

 いつもの二人が俺と懇意にしているという話を聞きつけた愚かな冒険者がいた。

 そいつらは俺の前までやって来て、「俺達は二人に危害を加えることができる。二人のことを思うなら抵抗せずにやられてくれ」だかなんだかとのたまった。

 無論、俺は「二人に危害を加えて殺しても、俺の霊園に埋めるから問題ない」と返答し、馬鹿なことをしでかした愚か者どもを喋ることも難しい状態にしてやった。

 そこまでならただの返り討ちだ。そいつらも治療されるのだから一時的に痛い目を見るだけで問題なかった。

 ぼこぼこにされた後も、二人は危害を加えられておらず、口だけ野郎がいたことが明らかになっただけで話は終わった……はずだった。


 真の問題は、この話が噂となり周囲に広がってしまったことだ。

 さらに、いつもの二人がすでにザムルング商会の一員となっていた後だった。

 愚かな冒険者どもは、脅しの口上とはいえ、商会のメンバーに手を出したも同然とみなされてしまったらしい。


 俺は見ていないのだが、街の中心部に禍々しいオブジェが置かれていたと聞く。

 愚かな冒険者パーティーの全員、舌にナイフが突き刺された状態で死んでいた。苦悶を浮かべた表情であったようだ。

 しかも、彼らの死体からは脳みそが取り出されどこかに消えていた。


 具体的な言葉でのメッセージはない。だが、わかるものにはわかる。

 ザムルング商会からの彼らへの報復である。俺が思うに会長のやり口じゃないだろうか。

 「商会員への脅しはただの言葉であっても死に値する。しっかり考えてから口にしろ。頭がからっぽの奴はこうやって殺すぞ」という歪んだメッセージを感じる。


 何にせよ、脅しで二人を使った奴らが死に、その後に危害を加えようとする奴らがいなくなったのは良いことだ。

 ザムルング商会の悪い噂がまた一つ増えて終わった。


 そして、今、二人を連れた冒険者が来たという。

 俺としても街中に歪んだオブジェができることは良いと思わない。

 せっかく二人が二人なりにがんばって、新たな都を作ろうとしているのに、黒い噂ができるのは良くないだろう。


「人質でしょうか? 臣には二人が冒険者を連れているように見えます」

「そう強制されているんじゃないか」

「……確かに二人も緊張されていますな」


 やはり、脅迫だろうな。

 二人を自身の前に歩かせて、いつでも殺せるぞとアピールしているわけだ。


 俺もそんな愚か者の顔を拝みたくなった。

 アンデッドと視界を共有する。


 二人が確かに戸惑いながら歩いている。

 その二人の後ろを雨の日に会った死神が付いてきていた。

 顔も真っ黒に塗りつぶされ、重たげな大鎌が背中にぶら下がっている。


「おい骸骨。冒険者じゃないぞ。死神じゃないか」

「死神? あの大鎌は、なるほど、死神を連想させますな」

「顔も黒く潰れているしな」

「……顔、でございますか?」


 骸骨と話していてもキリがない。

 不意打ちをすべきか。いや、反応はかなり良かった。

 それに何か魔法を二人にかけているかもしれない。ここまでは来させてやろう。


「骸骨。奴の足下に潜れ。俺の合図で奴の足を引くのだ」

「仰せの通りに」


〈闇よ。俺の側へ現れよ〉


 自身へも低位をかけておく。

 いざとなればこれでどこか別の場所へ転移させてやれば良い。




「リッチ様」


 二人と一体が俺のところへやってきた。

 死神は特に何かする気配を見せない。


「■■■、■■■■■■■■■■■」


 何かを呟いた。

 その言葉は泥に塗れたように濁っており聞き取ることができない。


「そうなのですか?」


 女が死神に聞き返している。


「お前は死神の言葉が聞きとれるのか?」

「死神?」


 俺が死神を指すと、女は大鎌を見て「ああ」と頷いた。


「リッチ様は声が聞き取れないのですか?」

「ああ、まったくな。声は濁って聞こえないし、顔は黒く塗りつぶされて見ることができない」


 女と男は互いに見交わす。

 さらに、その視線を死神に向けた。


「■■■■■■■■■?」


 やはり聞き取れない。


「『俺がわからないのか?』と□□□□さんは言っています」

「誰さんと言った?」

「失礼。声が小さかったようです。□□□□さんです」

「いや、声は問題ない。どうやらその名は聞き取れないようだ。モノが光に霞んだように、音がかき消えてしまう」


 俺もなんとなくわかってきた。

 二人も骸骨もこの死神が人間に見えている。

 言葉は聞き取れるし、顔もわかる。なぜ俺だけが見えず、聞こえないのか。


「この死神さんは、リッチ様の生前をよく知っていると言われました」


 まぁ、そうだろうな。


「キニスの霊園で会われたのですよね」

「ああ」

「リッチ様が、死神さんの知る■■■■■という人物とうり二つだったようです。気になり街へやってきたところ、リッチ様が私たちと親しいことを知り、こうして引き合わせる場を作るに至りました」


 嘘はない。言わされている様子もない。

 俺もいつか来ると思っていた日が来てしまったかという感じだ。

 もっと慌てるものかと思っていたが、ここまで忘れているというか、障害が出ているとそちらに驚くばかりである。


「声や顔がおかしいのは、リッチになった記憶障害と考えるべきだろうな」

「はい。失礼ながら私もそう思います。思ったよりも、冷静ですね。……すみません、この方からリッチ様の生前の話を聞き、私たちでも真偽を調べさせていただきました。この方とリッチ様が過去にパーティーを組まれていたことは間違いありません」

「謝ることはない。言われたことを頭から信じ込まず、自ら情報の裏を取ることは当然だ。お前らがそこまで調べているからこそ、俺もお前らの話を正しいモノとして聞き入れることができている」


 俺の言葉に女は喜ばず、男は素直に喜んでいる。

 この死神が死神ではなく、実際は冒険者で、生前の俺とパーティを組んでいた。


 ふむ。

 正直な感想はこれである。


「……それで?」


 だから何なのか?


「この方はリッチ様がどこかで死なれたという話を聞いたようです」


 合ってるぞ。

 死んだからリッチになった。


「リッチ様の死に際し、深い悲しみの中にいたところで、このように再会を果たすことが出来たというわけなのです」

「ああ、そうか。なるほど。そういうことか。それは良かったな。俺はこのようにリッチとして生きている。だが、残念なことにお前のことは記憶にない」


 記憶にはまったくない。

 そして顔も声もわからないときている。


「俺は、俺の新たな道をすでに踏み進めている。お前も、生前の俺などには見切りを付け、新たなお前の道を進むが良い」


 あくまでパーティー「だった」だ。

 過去形。どうも俺が死ぬ直前でパーティーを解消していたらしい。

 俺もそのことに未練があったのか、このようにリッチになってしまったが後悔はしていない。

 こいつは未練を感じているようだが、気にすることではない。死者ですら夢を見る。生者が夢を見なくてどうするのか。


「何か夢はないのか?」

「■■」

「『ある』って言われてるっす」


 女の代わりに男が翻訳をしてくれる。

 大丈夫だろうか。女の顔色がやや悪くなっているようだ。


「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■」


 長い台詞を言われたようだが、さっぱり聞き取れない。

 男の翻訳を待つ。


「『お前の闇魔法と俺の大鎌で超上級パーティーになる」』」


 頭の奥がズキリと痛んだ。


「■■■■■■■『■■■■■』。■■■■■■■■■■■■■■■」

「『パーティー名は「深淵と大鎌」。俺達二人で冒険者の頂点を目指す』」


 頭の痛みがさらに増していく。

 内側から針で刺されているようだ。


「■■■■■■■■。■■■■? ■■■■■」

「『それが俺達の夢だ。忘れたか? ■■■■■』」


 覚えてはいない。

 だが、「忘れた」と言うことができない。


「■■■■■■■■? ■■■■■■■■■■■■■■?』」

「『もう戻れないのか? 俺達は同じ夢を見られないのか?』」


 戻れないのか、だと。

 戻れるわけがないだろう。


「お前の知っている男はもう死んだ。今さら『戻れ』と言ったところで『もう遅い』。俺は、リッチで、ボスで、お前ら冒険者の敵だ」


 事実を死神に突きつける。


「先にも告げたとおりだ。俺は新たな夢を見つけ、突き進んでいっている。お前も自らの生と向き合い、新たな夢を見つけるべきだ」


 あるいは生きているからこそ、新たな夢が見つけられないのかもしれない。


 俺のように死んでしまえば、忘れさることができただろうにな。



 死神はその大鎌で自らの夢を刈り取ることができるだろうか?

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― 新着の感想 ―
[良い点] タイトル回収!もうすぐ終わりでしょうか こういう名称の作品って単なるあらすじ説明か出オチなので(ちゃんと読んだことがない)ここまで引っ張れたのがすごいというか 東は生前の拠点でしたか、リッ…
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