東へ - the sun melted Icarus's wings and he fell into the sea -
目が覚めると、曇り空が見えた。
起き上がると近くに骸骨が突っ立っている。
「王よ」
骸骨は言葉をそこで止めた。
こいつにも言いづらいことがあるんだな。
「俺達は負けた。お前たちの演奏は、俺に著しい力を与えた。単に俺の力不足だ。素晴らしい演奏であった。消えゆくその瞬間まで聞こえていたぞ」
「ありがたきお言葉」
周囲のアンデッドたちも恭しく礼を示す。
チューリップ・ナイツの姿は見えない。代わりにいつもの男がいた。
珍しく女を連れていない。女がこいつを連れているのかもしれないがどちらでもいいな。
「俺たちの戦いはどうであったか」
男は口を開き、何を言うべきか悩んでいた。
目を瞑って、顔の表情を何度も変え、やっと言葉を紡いだ。
「どっちもかっこよかったっす」
正直なところなのだろう。俺も「それは重畳」と返す。
俺は戦いに満足しているし、観客にも無様な姿を見せてはいなかった。
「三騎士はどうした?」
「街で手当を受けてます。鎧も壊れてボロボロでしたからね。インゼルさんとか鎧がほぼ全壊でしたし」
女も一緒に付き添って帰ったわけだ。
記憶の最後ではわずかに砕けているくらいだったが、どうも最後の俺はかなり激しく戦ったようだな。
「観客と言えば、あの……いや、いいか」
逆さになった紳士のことを聞きたかったが、おそらく気づかなかっただろう。
「宙ぶらりんのおっさんのことっすかね?」
「何だ、気づいていたのか」
男はあっさり頷いた。
「リッチ様が変なところに槍を投げたときに気づきました」
あのときか。
確かに訳のわからないところに槍を投げたように見えただろうな。
「槍が消えてましたよね。あれも魔法なんすか?」
「いや、あれは魔法ではない」
少なくとも魔法の行使は感じられなかった。
槍はただ消滅しただけだ。あるいは魔力差の大きな差により消え去った?
「俺も何をされたのかわからなかった。そいつはどこに行った?」
謎の男はもうここにいない。
いつ消えたのかもわからなかった。
「どこかはわからないっす。戦いの最後、曲が終わった後ですかね。俺達と一緒に拍手をして、気づいたら消えてました」
最後まで謎の存在だったな。
間違いなく冒険者ではないだろう。
何者かはわからないが悪意はなさそうだ。
「雰囲気が似てたっすね」
思い出したかのように男が呟いた。
俺は、あの存在と似た雰囲気の奴など見た記憶がない。
「街にはいそうだな」
特にお偉いさんの屋敷には用がありそうだ。
絵やら骨董品を持って出入りしていてもおかしくない。
「街では見たことがないっす」
「じゃあ、どこで見たんだ?」
「ここっす。骸骨さんと似てませんでしたか?」
「……どこがだ?」
本当に皆目わからなかった。
骨格とか言い出すんじゃないかとやや恐怖を感じたほどである。
「立ち姿というか、雰囲気としか言えないんすけど、踊ってるときや指揮をしてるときの骸骨さんが、肉とか髪が付いて、きちんとした服を着ていればこんな感じなのかなって」
俺は骸骨を見る。
「ほ?」と抜けた声を出して、俺を見返してきた。
「似てたか?」
「気のせいかもしれないっす」
男も今の骸骨を見て首をかしげている。
気のせいだろうということで、この場は結論づけた。
三日ほどして、見覚えのある顔がやってきた。
目障りなほどの金髪を揺らして、東園から入ってくる。
攻撃してやろうかと思ったが、あちらも攻撃する意志がないようなのでほっといた。
それよりも俺にはやるべきことがあるからな。
「大変そうですね」
黄騎士が俺の横まで来てそう言ってきた。
「ああ、誰かが墓石を粉々にしてくれたんでな」
ここ数日は墓と道を作り直している。
三騎士との戦闘により殺風景な荒れ地となってしまっていたのだ。
他の霊園ならまだしも中央園はきっちり作っておきたいので、時間をかけて墓石を作っていた。
霊園にようやく墓と道ができあがってきた。
「極限級になったらしいな」
「はい」
黄騎士はそわそわして、俺の言葉の続きを待っている。
俺もそれに気づいているので、そこで止めた。
「他の二人はどうした?」
「……もう用はないと帰りました」
お前ら、仲が悪すぎじゃないか?
戦ってるときは、まだ一体感があるのに。
普通、格が上がったときはたいそう騒ぐものだぞ。
極限級なら街ぐるみでもおかしくない。俺達のときだって……。
「どうされました?」
「いや、何でもない。それで極限級になってどこへ挑む。やはり『神々の天蓋』か」
「活動はしばらく休止します」
「は?」
何と言ったこいつ?
活動を休止するだと?
「極限級になることは私たちそれぞれの夢でした」
「それはわかる。俺も似たようなものだからな」
俺の場合は超上級になり、さらに極限級を目指そうかという立場だ。
「極限級になってからやりたいことなんて、私たちにはなかったんです」
「ないなら見つけろ。動いていれば見つかるものだろ」
黄騎士は空を見上げている。
雲は空を覆い、のんびりと移動していた。
「あなたが言ったとおりです。私たちは反りが合わないんですよ。あの二人とは一緒に行動したくありません」
「それならどうしてパーティーなんて組んだ?」
「実力が近かったからですね」
それは、そうだろうなぁ……。
実力が三騎士に並ぶほどとなれば、数えるほどしかいない。
それに合う合わないもやはりある。
特に赤と白の二人は性格にやや難がある。
この黄色もときどきやばさの片鱗が現れるからな。
「極限級になってようやく気づきました。私の真の夢は極限級になることではなく、素直に喜び合える仲間と一緒にいることだったのではないか、と」
だから極限級になったのにそこまで嬉しくなさそうなのか。
「意地なんて張るものじゃないな。それを聞いた後では言いづらくなってしまった」
こいつが「早く言え」と言わんばかりにとそわそわしていたのが悪い。
「極限級到達おめでとう。見事な戦いだった。だが、次は勝つ」
「ありがとうございます。貴方もお見事でした」
黄騎士はにんまりと誇らしげに俺を見た。
「次は……、どうでしょうね」
活動を休止してしまえば、次に戦うのがいつかわからないが、それに備えて強くならねばなるまい。
「俺がさらなる力を備え、極限級となればまた挑んで来るが良い。そのときは俺の方が上となろう。さらなる高みに挑めば、お前の望みも叶うかもしれんぞ」
「楽しみにしておきましょう。私はアステリにいます。また星雲原野ガラクスィアスに挑みたいときは訪ねて来てください」
一緒に潜ってくれるということだろうか。
ありがたいが、俺は一人で挑めるようになりたいのだ。
そんな機会はないだろう。
「貴方と戦っている時――先日も、その前もですね――久々に楽しさを感じました。また、その……星について教えて差し上げます」
今ので余計に行く気が失せた。
こいつの星の話は長いんだよな。興味も無いし。
……だが、そうか。
星の話をしたいんだろうが、赤白の二人は星にまったく興味がなさそうだ。
やっぱり反りがあわなかったんだろうなぁ。三騎士の三人が兜を取って仲良くしている光景がまるで浮かばない。
そう思うと哀れにも感じてくる。
「気が向いたら世話になろう」
「はい、是非」
黄騎士はるんるんと西の出口から出ていった。
そのままアステリに帰るようだ。言えば送っていってやるのに。
そういうところが抜けてるんだろうな。大丈夫だろうか。星導教でも浮いてるんじゃないか。
思えば、こいつが他の教徒と仲良くしていた記憶がない。
しかし、夢の話は考えるべきものがあった。
俺の超上級になるという願いは叶った。これは果たして真の夢だろうか。
そんなことをぼんやり思いながら墓作りに戻った。
中央園の墓が全て元通りになったところで二人がやってきた。
「俺は東へ進もうと思う」
単刀直入に今後の方針を伝える。
「東には進めないと聞いていましたが、進めるようになったのでしょうか」
以前、東に進もうとしたときは意識に異常な抵抗を感じた。
おそらく今でもそうだろう。
「わからん。しかし、この抵抗を乗り越えなければ上にはいけぬ」
やはり街の四方はきっちり作っておきたい。
東から来る冒険者への対処が遅れる。
「魔力もさらに増やしていかねばならないからな」
三騎士との戦闘中に出てきたあいつの魔力量は異常だった。
「魔力量があれば、他に技量など些細なことだよ」と言われたようだった。
同時にあの存在が俺に与えた力は尋常なものではなかった。
単純な低位から最高位までの闇魔法の完成形を見せてくれた気がする。
あれこそがおそらく極限級。あの時の領域に近づくことが、俺が据えるべき目標だ。
「都市の観点からも、リッチ様が東に睨みを利かせられることは大きいです」
東の方はまだアンデッドが出るらしいからな。
治安の意味でも俺が東へ進む意味は大きい。
「しかし、東への侵攻には反対します」
男も控えめに頷く。
まさかの反対に俺もやや驚いた。
ただ、反対と言っている本人達も躊躇いが見える。
「理由を聞こうか」
「まず最初に言っておきますが私たち個人としては賛成です。リッチ様が四方に道を築くメリットは大きいと言えましょう。東から来る冒険者への対処、東を繋ぐ道の安全な行路確保、野良アンデッドの吸収、リッチ様の魔力増大と挙げていけば切りがありません」
こいつらが東進に賛成しているのは俺としても感じられる。
――と、なれば理由は一つだ。こいつらの所属しているザムルング商会の意向だろう。
「会長から何か来たな」
二人の沈黙が肯定を示していた。
「『東には進ませるな』と」
「それ以外には、何か書いてあったか?」
「『止めてみて駄目だったら諦めて良い』と続きました」
なんだそりゃ。
その程度の抑制なのか。
「どうなるかとかは書いてあったか?」
「いえ、リッチ様に関してはそれだけでした。後は商会としての動きがそこそこに記述されていました」
ふーむ。
俺の手紙にも書いてあった気がするな。
なんだったか……「俺がどう動いても大筋は変わらない」とかだった気がする。
記憶が曖昧だな。後で手紙を見直しておくとしよう。
「一つだけ。追伸として、こう書かれていました」
「……なんだ?」
言うべきか躊躇いが見られる。
そこまで言ったなら、最後まで言い切ってくれ。
「ただ一言で、『例の骸骨とは深く関わるな』とありました」
「『例の骸骨』というのはあれか?」
南園で、他のアンデッドと踊る骸骨を示す。
男が頷いた。
「俺が、骸骨さんの音楽がすごかったって報告したんすよ。ついでに例の宙づりおっさんのことも含めて。たぶん、それで書いてきたんだと思うっす」
間違いなく逆さ紳士から書かれたものだろう。
逆さ紳士から悪意は感じられなかったが、確かにあの異常な魔力は危険なものだ。
到達点と会長は、あのおっさんが誰か知っているんだろうか。
……だが、なぜ骸骨と結びつくのだ。奴の曲がアレをおびき出したということか。
確かに骸骨以外には興味を示さなかったな。
「そちらはひとまず保留だな。骸骨の大規模な演奏もしばらくは無しとしておこう」
骸骨は不満を漏らしそうだが、仕方あるまい。
悪意こそ無かったが、次に現れたときにどうなるかはわからない。
それよりも東への進み方を考えるべきだ。
「東進にあたり、とっかかりとしてキニスの街を目標とする。あそこは近くに上級ダンジョンもあり、かなりのにぎわいがある」
「はい。第一目標としては最適かと思います。冒険者も多いと聞きますから、挑戦者を増やすことも可能でしょう」
よし。
目標は定まった。
キニスの街へ向けて突き進むのみ。
極限級へ向けての新たな一歩を東から築いていくのだ。
そんな訳で、キニスに向けて道を作り始めた。
道というよりは霊園だ。アンデッドは動くのだが、俺の心の抵抗は大きい。
記憶にないが、生前は間違いなく東から来たはずなので、それが俺に抵抗を生じさせていると考えられる。
「辛そうなご様子、王よ、このあたりで休まれてはいかがでしょうか?」
「いや、続けるぞ。この程度の障害を乗り越えずして、どうして極限級に挑めるか」
そうは言うものの、キニスに近づくにつれ精神への負荷が大きくなってきていることは事実だ。
キニスの街の霊園を乗っ取ることに成功したが、どうしても入る気になれない。
それでもとキニスの霊園に踏み出したのは、雨が降る薄暮の頃である。




