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三騎士 - there are some defeats more triumphant than victories -

 予定どおり、日がもっとも高くなる頃に奴らはやってきた。


 いつぞやのような晴れ渡った空ではない。この地方によく見られる薄暗い曇天だ。


 三人の騎士は、若い二人の男女に案内され、東園から横並びに堂々と入ってくる。


 男女は東園に入ると、道の脇に積み上げた、盛り土の上に誂えられた椅子の前に立ちこちらを見る。


 どうやら三騎士にも立会人として認められたらしい。

 俺は二人に黙礼し、二人も俺に黙礼を返してきた。


 三騎士は楽器を構える東園の骸骨に見向きもせず、開けられた道をまっすぐ歩む。


 東園を通り過ぎ、淀みない足で中央園に踏み込んでくる。


 そして、その足がようやく止まった。


 俺との距離は絶妙だ。


 闇魔法でギリギリ避けられるかどうかという間合い。


 一瞬で終わらせはしまいという奴らなりの配慮を感じる。


 また、この距離なら初手は避けるだろうという挑戦的なものもありそうだ。


「ようこそ。チューリップ・ナイツの諸君。決闘の申し出を受け入れて感謝する」


 三人は誰も何も反応しない。

 白騎士はわかるが、残りの二人も何の反応も示すことはない。

 何なんだろうな。鎧に沈黙の効果でも付いているのだろうか。ちょっと怖い。


「次いで、お前らへの申し出を授けてくれた若い二人に厚い感謝を」


 俺が軽く二人に礼を示す。

 これには三騎士も俺に倣い、二人を向いて礼を示した。


「俺としては何かを話してから始めたいところなのだが、お前らの様子を見るに、敵との雑談という機能を徹底的に排除しているようだ」


 この点に関しては非常に残念だ。

 俺は、三騎士に対してどのような感情を抱いているか話したい。

 逆に三騎士が俺をどう考えているのかも、言葉として聞いてみたいと思っている。


「俺のやり方とお前らのやり方の妥協点はここまでだろう。後は、武力を以て語ることとする。俺の全力を貴様らにぶつけることとしよう」


 俺は西園で一段高いところで指揮を執る骸骨を見る。

 思えば最初から今まで、こいつにはずっと振り回されっぱなしだった。

 なんだかんだで俺の側にいて、支えて……くれてはいなかったかもしれないが役には立った。


 戦いの数にはとうとうカウントすることすらなくなったが、代わる役割を与えることとした。

 他のアンデッドにしてもそうだ。俺が強くなればなるほど戦力差は広がる。

 強化してもせいぜいが上級で、それ以上には至れない。

 これがこいつらなりの俺との共闘の形だ。


 それならば俺はこいつらの思いを背負い、全力で戦うのみ。


 思いを力に変えることこそが俺の力だ。


 故に――、


〈――闇よ! 俺は信ずる! 骸骨どもの楽曲が――俺を支える力になることを! 俺が三騎士に勝ちうる力となることを! 俺達の希望となることを!〉


 俺の大部分の魔力が消失した。闇の深化に達したのだ。

 問題はこの魔力切れを補うほどの奇跡が起こるかどうかである。


「骸骨、聞こえているな。演奏を――」


 始めろ、という言う前に演奏が始まった。相変わらず、こちらの指示を正確に受け止めない奴だ。

 俺の力はまだ入らないが、骸骨の演奏は力が入っていることが感じられる。


 音楽のことはよくわからないが、骸骨どもの曲は大きく四つの部に分かれている。

 その最初の部分。第一楽章と呼んでいるものが始まった。


 骸骨曰く、第一楽章のテーマは「降臨」。


 際立つ人物の登場により、周囲がざわめきだった様子を表しているとのこと。

 徐々に上がっていくテンポが第一楽章の特徴だ。


 テンポは上がるのだが、別に何か力が付いている気はしない。

 じゃっかん魔力回復率が上がってるくらいか。


 白騎士と黄騎士は、まだ武器を構えず俺の様子を見ている。

 一方で赤騎士は、「もういいだろ」といった様子で剣を構え、俺に歩を進めた。


 ……やばくね?


〈闇よ。獣となりて俺を守れ〉


 魔力量がまだきつかったので、効率の良い上位を使って足止めを行う。

 あちらもまだ属性の付与をかけていないので、何とかなるのではないだろうか。

 とにかく距離を開けるための足止めができれば良い。頑丈そうな獣を生み出す他ない。


 形成されていく三体の獣を前に、赤騎士の動きは迷いはない。

 「邪魔をすれば斬る。その後、お前も斬る」という意志をひしひしと感じる。


 現れゆく獣に赤騎士は剣を振るった。

 振られた剣は速くて見えない。俺は獣が斬られたと思ったし、赤騎士も斬ったと思っただろう。


「む……」


 赤騎士の剣は獣の体表に阻まれた。

 思わぬ結果に赤騎士もわずかに声をあげたようである。


 俺は現れた獣が何かわかった。

 黄騎士もわかったようで、そわそわし始めている。

 こいつは鎧を着る意味があまりないな。機動性も失うだろうし、着けない方が強いだろ。


 真っ黒な獣は象の形をとっていた。

 星雲原野でモンスターだったメシエ・ヤナと同じだ。

 サイズは二回り以上小さいものの、原野のものと違い、攻撃性がある。

 赤騎士は象の突撃を剣で受けるが、その力強さに後ろへ飛ばされる。それでも華麗に着地するところはさすがというべきか。


 試すように黄騎士が弓を引き絞った。

 狙いは俺ではなく、小型のメシエ・ヤナである。

 現状態での矢は弾かれ、どこかへ飛んでいった。キンという音が場に残る。

 獣どもは「俺を守れ」という命令に従っているようで、離れた騎士どもへの攻撃を止めた。


 白騎士は無感動である。

 冷静に状況を見て、近づいてきた。

 象の攻撃を軽く避け、俺へと迫る。すなわち本体狙いだ。

 硬いだけの象など、相手にする必要などない。俺でもそうするだろう。


〈闇よ。獣となりて騎士どもを攻撃せよ〉


 象が守りなら、攻撃を任せる獣も必要だ。

 俺はできるだけ攻撃性を持った獣を意識して高位を発動させた。


 獣は俺のすぐ側で形となり、白騎士の槍から俺を守った。

 闇のため真っ黒だが、シルエットですぐに何が生み出されたのかがわかる。

 一見、二足歩行をしていそうだが、翼が生えて、腕は蛇のように伸びてすらいる。奇獣戦士だ。

 ただしタレンドがなったときのような槍はもっていない。


 槍なしの奇獣戦士もまた三体現れる。

 それぞれが三騎士にばらばらに襲いかかっていく。

 タレンドの時よりも、動きが野生じみているな。肉弾戦が強い。


 落ち着いて考えられるだけの余裕が生まれてきた。

 骸骨たちに闇の深化を与えることは成功し、奇跡も今まさに目の前で生じている。

 過去に上位魔法でこんな化物みたいな獣が生まれたことなどない。ましてや、三騎士と戦えるほどの獣が出ることはなかった。


 骸骨を見ると、元の位置にいなかった。

 闇がうっすらかかった状態で南園の指揮に移動している。

 こちらの様子など知ったことかと、奴なりに場を盛り上げようとしていた。

 それなら俺も俺のできる限りの攻撃をする。


 魔力もだいぶ回復してきて、三騎士も奇獣の攻撃に慣れてきている。

 やはり俺から生まれたものという要素は隠しきれない。どうしても近接戦闘は三騎士に利がある。


 それなら俺は魔法使いとして、魔法使いに合うものを闇で作り出す。

 イメージするのは超上級。地獄絵図と評された攻撃的な星をここに生み出せば良い。


〈闇よ。黒き星となりて三騎士を襲え〉


 俺の両手から放たれた球状の闇は、三騎士へと飛んでいく。

 さすがというべきか三騎士は獣たちとの戦闘中でも、俺が撃った闇を見て回避した。


 避けられることは計算に入っている。

 闇の玉は彼女たちが居た場所でピタリと止まる。


 黒い球体となった闇が回転を始める。

 俺に効果はない。闇で生じた獣にも効果はない。

 三騎士と中央園の墓石、それに地面に対して効果が生じている。


 墓石は地を離れ空を飛び始めた。

 土埃が周囲を覆い、三騎士の視界を奪う。


 これでどうだ。

 視界を奪い、飛ぶ墓石で行動を制限し、闇の獣で攻撃をしていく。


「此処に旗を据える」


 黄騎士の声が聞こえた。

 何かの合図だ。警戒して、奴らと俺の間に小型メシエ・ヤナを移動させる。


〈炎よ。我が血潮を燃やせ!〉

〈氷よ。凍てつかせよ、我が身を!〉

〈光よ。我が手が握るは、全天の光明!〉


 短い詠唱が聞こえ、土埃の中にぼんやりと三色の光が浮かんだ。


〈振るう烈火は我が剣! 辺り一面焼き払え!〉


 赤い光が瞬き、熱波が広がった。

 土埃と墓石が燃やし尽くされたようで、三騎士の姿がしっかりと視認できている。

 それでも奇獣戦士はまだ立っているし、黒い球体もまだ浮いたまま残り、回転を続けている。


〈これよりは氷獄。我以外、動くもの無し〉


 白騎士が槍を地面に突き刺すと、そこから徐々に周囲が凍り付いていく。

 動き始めようとしていた奇獣戦士は凍り付き、回転していた黒球は徐々に速度が遅くなる。

 俺を守っていたメシエ・ヤナの体表も氷が覆った。


 嫌な予感がした。

 大抵の予感というものは経験に基づくものであり、俺の場合はこの騎士どもにやられた経験によるものだ。

 俺はこの先に何が起こるか想像がついた。


〈闇よ。俺の側へ現れよ〉


 想像通りなら俺は次の一手で死ぬ。

 闇の低位を発動させ、俺に闇を纏わり付かせる。


〈我が矢は星光となりて、余すことなく貫き通す!〉


 黄騎士が空に向かって放った一矢は、空中で弾け、光輝いた。

 その光が周囲へと容赦なく落ちていく。


 ――俺を光の上空に転移。


 ギリギリだっただろう。

 俺の周囲には何もなく、遙か下には光が満ちていた。

 光が収まると、九つに区切られた霊園が見える。真ん中の霊園には三騎士以外に何も残っていない。

 墓石はもちろんのこと、獣や黒玉も全てが消え去っている。

 これ……、後からどうやって直すんだ。


 そんなことを考えながら地上に落ちていく。

 三騎士も俺がどこに転移したのか気づいたようである。

 中央園外には出ないと伝えたが、これは真上なのでルールから外れていないはず。


 ――空中で静止。


 空中に止まり霊園を見下ろした。



 骸骨も東園に移って、指揮を執り続ける。

 座る二人も、にらみ合う俺達と骸骨を交互に見つめていた。

 三騎士は俺が下りてこない様子を確認し、黄騎士がまた矢を番え始めている。


 曲の流れが先ほどと違う。

 どうやら楽章が進んだようだな。


 第二楽章のテーマは「雌伏」。

 調子付いていた人物が大いなる力に敗れ、自らを知り、懸命に力をつけていく様子を示すとか。

 第一楽章とは違い、テンポはあまり速くない。

 最終盤以外はじわりじわりと曲を進めていく。最後に力の目覚めだがで曲調が速まる。


〈闇よ。獣となりて騎士どもと戦え〉

〈闇よ。黒き星々となりて、地上を闇に染めよ〉


 地上には先ほどよりも多くの奇形戦士が現れる。

 さらに今度は地上ではなく、空中に黒き星を生み出していく。それも複数だ。


 ――奇形戦士の耐久を強化。

 ――星々の攻撃を強化。


 力の扱い方も徐々にわかってきた。

 俺の思ったとおり以上に、力を発動してくれる。

 それをさらに闇の低位による強化で、効果を強めていく。

 属性を纏った三騎士を倒すためにはこれくらいしなければならない。


 赤騎士と白騎士は、近接では戦えない。

 中距離戦でも属性を纏えば、一瞬で俺との距離を詰めてくる。

 しかし、上空への攻撃はあまり強くない。せいぜい熱波や氷弾を飛ばす程度だ。

 黄騎士が厄介だが、奇獣戦士による攻撃を黄騎士に集中させて、矢を放てないようにしてしまえば良い。


 魔法使いらしく、遠距離かつ上空から一方的に攻撃を行う。

 闇の低位の性質上、空中での再発動が難しいのでどこかで下りる必要はあるがそこに攻撃を集中させればなんとかいけるはずだ。


 実際、この戦法はかなり有効だった。

 まず第一に、俺が戦局全域を見渡せるのが大きい。

 第二に赤騎士や白騎士への注意がほぼなくなり、攻撃と低位の持続のみに専念できる。


 奇獣戦士も低位による耐久の上がり幅が異常に大きい。

 普通の斬撃や刺突くらいならかすり傷程度に収まっている。

 さすがに魔法を強く込めた攻撃だとやられてしまうようだが、また生み出せる。

 それに空に作った星々も自動で攻撃を出してくれるので、考える手間が省けている。


 これを好機と積極的に攻めていく。

 三騎士どもに攻撃する隙を与えない。この攻撃で潰しきる。


 それでも超上級は伊達ではない。

 俺の攻撃は苛烈で、さらに奇獣戦士や星々のものも加わっている。

 それでも躱し、いなし、切り落とし、撃ち落としたりと多くの攻撃を無力化していく。

 多くは無力化であり、わずかだが食らっている攻撃もあるはずなのだが、動きに乱れは見られていない。


 謎の強化がされているとはいえ、俺の低位の効果も切れてきた。

 地上で一度補給をする必要がある。その隙を作るため、攻撃をますます苛烈にする。


「――。眼前に道あり」


 地上に降り立つと、黄騎士の声がぼそりと聞こえてきた。

 最初に何を言ったか聞き取れなかった。何かをしてくるようだが、それよりも早く上空へ離脱する。


〈闇よ。俺の側へ現れよ〉

〈光よ。裁きの光槌を此処に鳴らせ〉


 ぞわりと背筋を何かが這い上がる。


「おい、嘘だろ」


 三騎士が使っているのは俺と同じく短縮詠唱だ。

 元々のフル詠唱があり、それを自分なりにアレンジしている。

 それでも元の詠唱にある必須部分が、一部で出てきている必要がある。


 光魔法で、「裁き」に「槌」とくれば光の最高位魔法である。

 あらゆるものを光にする、空高くからの光槌。別名、光の柱とも呼ばれる。

 普通のダンジョン攻略ではまず使われない。周囲のものが全て消し去られるからだ。

 それに消費魔力量も上位までとは桁違いと聞いている。短縮と言えど、発動させられること自体が評価されるだろう。


 短縮なので効果は落ちる。

 しかし、当たれば相性からも間違いなく俺は光に滅せられる。


 空の雲が渦巻き始めた。

 渦巻いた雲の中心部が徐々に開き始め、光が集まっている。

 範囲は狭そうだ。せいぜいこの中央園に柱を築くくらいで済むだろう。


「これ……」


 俺は逃げない。中央園の上には行っても、外に出ないと約束したからな。

 この魔法の場合は上空へ行っても逃げ切れないから、俺は光の柱により消される。

 だが、俺は死んでも復活する。負けではあるが、ここまでされたなら負けを認めざる得ない。

 いちおう全力で抗うが、おそらく無理だ。時間の制限もある。

 問題は――、


「お前らが死ぬんじゃないか」


 光の柱に敵と味方の識別機能などない。

 平等に範囲内の全てを、光の柱で消し去ってしまう。

 俺は負けるだろうが、勝者もいなくなる。唱えた黄騎士は魔力切れで倒れている。

 残りの二人が担いで逃げるなら良いが、二人は逃げる様子を見せない。


〈炎よ。我が血肉、我が骨、我が精神。全てを燃やし尽くせ!〉

〈我が身は寒烈にして凜々。骨髄までも霧氷と為せ!〉


 二人は全力と思われる低位を発動させる。

 さらに互いに属性を付与した。加えて魔法も使うようだ。

 しかし、それでも防げない。物理的な一撃ならまだしも、魔法の一撃はそうではない。

 黄騎士すら倒れてしまい、その魔法的な防御力は下がっているのだ。


「……やってくれたな、モナムール」


 思ったよりも卑怯な奴だ。

 俺は自分で決めたルールは守る。

 全力で正面からこいつらと戦う。しかし死なせる気は毛頭ない。

 勝てば包み隠さず勝ち誇り、及ばなければこいつらに負けたことを誇るだけである。


 誇る相手がいなくなってしまえば戦う意味がない。

 故に――、


〈――闇よ! 俺は願う! 三騎士どもが光の柱を消し去るだけの力を宿すことを!〉


 体からまたしても魔力が失われていく。

 雲の隙間から異常なほどの光が漏れ出し、俺の影が真下にできている。


〈炎よ! 炎刃となりて空の光を焼き上げろ!〉

〈氷よ! 冱てる槍をもちて空よりの槌を凍らせん!〉


 二人の騎士が光の柱に対抗する。

 光量は徐々に増している。無理そうか。


〈光よ! 遍く輝きを我が鏃に集めよ!〉


 腹の立つ詠唱が聞こえてきた。

 俺の魔力を喰って回復しやがったな、星マニアめ。


 瞬間的に光が増し、徐々に光が収まっていく。


 顔を上げると三騎士もまた、空に空いた穴を見上げている。


「騎士にあらざる手としか言いようがないな。敵の思いにつけ込むとは、俺が深化を使わなかったら死ぬところだったぞ」

「貴方ならやってくれると信じていました。敵ながら素晴らしい心意気と力量だと言わざるを得ません」


 ここに来て、初めて黄騎士がまともに喋った。

 それも俺を労う言葉だ。


「お褒めいただき光栄だ。それだけでここまで歩んできた甲斐があったというもの。……いや、やはり勝たねば甲斐もないな。魔力の回復を待つくらいは期待しても良いだろうな」


 黄騎士は何も言わない。武器は構えていない。

 残りの二人も同様に、無言で武器を下ろしている。さすがにこれは待ってくれる流れのようだ。


「仕切り直しか」


 仕切り直しと言うが、俺の方が圧倒的に不利だ。

 あの流れだからこそ俺は攻め続けられ、こいつらを追い詰めることができていた。

 今から何をしても、先手を打たれるか、チューリップ・ナイツお得意の力尽くで突破される未来しか見えない。

 すでに三人は自身への属性付与を済ませている。こちらが後手に回る。


 嫌な一手だ。

 全ての流れを消し去り、自分たちの流れを作る。

 賭けの部分があっただろうが、それに勝った以上は俺がとにかく言うことはできまい。



 音楽が耳に入ってくる。


 第二楽章が終わり、第三楽章に入ったようだ。


 第三楽章のテーマは「飛翔」。

 自らの力に目覚め、広く力を示していくとかなんとか。

 骸骨は北地区に移動し、踊るように指揮をしている。まだ闇の効果は続いている。

 第三楽章は踊りたくなるような楽しいテンポパートだ。骸骨本人が踊っていてもおかしなことはない。


 まだ諦める訳にはいかないな。


 立っている限り、意識ある限り戦い続ける。


〈闇よ。俺の側へ現れよ〉


 闇を纏う。


 同様に三騎士も詠唱し、属性を付与した。


 ――俺を上空へ、っ……


 途中で低位を止めた。


 黄騎士が上空に向けて弓を構えた。

 俺が転移した後の隙を狙って、矢を放つつもりのようだ。

 それも他の二人が黄騎士に属性の付与をかけてまでいる。一撃で死ぬ。


 ……詰んでないか、これ。

 上空には逃げられない。他の場所にも逃げられない。

 中位を出しても、上位を出しても、属性付与マシマシの前衛二人を止められる気がしない。

 低位は発動しているが、距離を取ることさえ難しい。最高位は使い物にならないし、深化は魔力が足りない。


 ――俺に三騎士と戦えるだけの強化を。


 諦めに近い。

 それでも何かをしなければならない。

 その答えが俺自身への低位の強化発動である。

 謎の力がかかっている今なら、そこそこ戦えるようになるんじゃないか。


〈闇よ!〉


 それだけ叫んだ。

 そこまでしか叫べなかったが正しい。

 その時点で二騎士の剣と槍が俺へ迫っていたのだから。


 ……あれ?


 死んだと思っていたがまだ立っている。

 二人の剣と槍が俺を通過したのはわかったのだが、特に変化がない。

 変化がないのはおかしい。赤騎士の剣はともかく、白騎士の槍はまだ俺を貫いたままだ。


 赤騎士が俺の首をめがけて剣を斬るが、首をすり抜けていった。

 どういうことだと呆けていると眉間を何かが過ぎ去る。

 黄騎士が俺に矢を放ったようだ。


 四人がそれぞれ停止して、俺はとりあえず白騎士の槍を横に避けて体から外す。

 俺の体は、突き刺さっている槍などないかのように通過していく。


〈闇よ〉


 とりあえずそれだけ唱えてみれば、周囲に闇が顕れる。

 小型メシエ・ヤナに、奇獣戦士、黒玉も勢揃いだ。それも数体ではない数十体の規模で中央園を埋め尽くした。


 さすがの三騎士も互いに属性付与を掛け始める。

 三人がそれぞれ三色の光を帯びると、それを待っていたかのように周囲の獣や黒玉が攻撃を始めた。

 ときどき黄騎士から俺に攻撃が飛んでくるのだが、全てすり抜けていき効果が無い。

 獣や黒玉は強化の効果もかかっているようで、三属性付与がされている騎士達と互角以上の戦いをみせている。

 ――というか、混戦すぎて何が起きているのかすらわからない。


 ……おかしい。

 骸骨たちの演奏による強化が強いのはわかる。

 俺の闇魔法を、それぞれ異常なほどに強化してくれた。

 その異常な強化効果の大本が、俺の闇の深化だということは理解している。


 だが、これは強化が過ぎる。

 もはや俺の力だと感じることすらできない。

 奇跡や希望などでどうにかなる範囲を越えてしまっている。


 冷静さが戻ってきつつある。

 戦っている三騎士から目を逸らし周囲を観察する。


「なんだあいつは――」


 南園に何かがいる。形は人間のようだが、明らかに質が異なる。

 リッチになってから、朧気に魔力量を感じられるようになったが、南にいるアレは魔力量がおかしい。

 おかしいというか、今まで気づかなかったのが不思議なほどだ。

 あそこだけ景色が歪んですらいる。


 見た目はただの紳士だ。

 パリッとした服を上下に着て、髪もピシッとセットしている。

 このままどこかのパーティーに出てもおかしくないほどの紳士が、南園の宙に逆さづりで立っていた。異常な光景だ。


 三騎士、骸骨、いつもの二人は逆さ紳士に気づいていない。

 それぞれが、別々のことに集中している。


 三騎士は戦いに。

 骸骨は演奏の指揮に。

 いつもの二人は観戦に。


 俺だけが逆さ紳士を見ている。

 そして、逆さ紳士も俺に気づいている様子がない。


 奴が見ているのは西園で指揮をしている骸骨だ。

 その指揮と、奏でられる音楽に耳を傾けており、俺のことなど一顧だにしない。


 奴が何者かはわからない。

 だが、俺の戦いに余計な真似をしてくれたのは間違いなくこいつだ。


〈闇よ! 俺達の決闘に水を差した愚か者を貫け!>


 闇の槍が、逆さ紳士に勢いよく飛んでいき消えた。


「は?」


 避けられも弾かれもせず、ただ忽然と闇の槍は消えた。

 まったく意味がわからない。超上級ダンジョンの黒点ですら吸い込む動作を見せた。

 極限級の到達点ですら槍を避けていた。対抗策どころか回避すらない。何もせずとも俺の闇の槍が消失したのだ。


 俺の槍を消した逆さ紳士と言えば、まるで俺の様子など目に入ってない様子だ。

 骸骨を見つつ、曲に合わせときどき首を動かしている。


 現状の問題は、三騎士戦闘とこの逆さ紳士だ。


 戦闘は、俺の異常強化された闇の魔法が勝手に戦っている。

 三騎士ですら押されていた。属性付与も互いに隙を見て掛け合っているが、そろそろ限界だろう。


 もう一つの大問題が逆さ紳士である。

 こいつが俺に何らかの力を掛けている。

 それも闇の深化すら越える意味不明な力だ。

 もはや神がかり的な力と評してもおかしくない。


 俺は、俺達の力で三騎士と戦うと決めている。

 俺達の中には、無論骸骨がいる。いつもの二人も入っていると言って良い。

 だが、逆さ紳士は駄目だ。いきなり突拍子もなく出てきた訳のわからない存在は認められない。

 こんな力で勝って何が嬉しい。何が面白いものか。俺は心を燃やして、この戦いを楽しみ尽くしたいのだ。


 ――全ての力を解除しろ。


 試しに低位で唱えてみるが、効果は発動しない。

 代わりに逆さ紳士が俺の行為に気づいた様子だった。

 どうやってかは知らないが、低位を通して俺に介入してるのか。


 ――俺へのよくわからない強化を解け。


 逆さ紳士が俺を一瞥した。

 たったそれだけで全ての闇の生物が数体を除いて消滅する。

 消した本人はもはや興味がないと、俺への興味を完全に消し去ってしまう。


 三騎士達は逆さ紳士に気づかない。

 闇魔法の時間が切れただけと見ているな。

 残った闇の獣や黒玉との戦闘に必死の様子だ。

 鎧はところどころ砕け、兜からも素顔が見えている。

 それでも、あの混戦の中にあって、一人も倒れていないのは驚異である。



 ここで第三楽章が終わり、次の第四楽章までの短い休止に入った。


 そこでようやく逆さ紳士と俺の目があった。


 目が合ったように見えたが、奴は俺のことなど眼中にない様子だ。


 まるで興味が無いと、目を瞑った。


 片手を軽く上げて、「どうぞ、自分の戦いをしなさい」と仕草で伝えてきた。



 音楽がまた再開される。


 第四楽章のテーマは「希望」らしい。


 力の先に何があるのか、そこに到達したもののみが見ることのできる景色がある、などと骸骨は話していた。


 それほど長くない楽章だ。ここが終われば骸骨たちからの強化は切れる。


 ここで決めきらなければ――。


〈闇よ! 俺の側へ来たれ!〉


 闇の低位をかける。


 ――獣と黒玉の攻撃力を強化。


 俺ができるだけの強化をかけていく。


「これでも足りないのか」


 三属性を付与した三騎士の前に、獣が一体、黒玉が一つとわずかずつ倒されていく。

 闇魔法で補充をするが、それでもやられてしまう。

 これ以上は手がない。


 限界か……。

 謎の強化も無しならこんなものか。

 素直に三騎士の力が上回っていたと認めるだけの話だ。


 だが、それでも勝ちたい。

 こいつらの力を認めた上で、まだ何か手がないのか。


 杖を持たない俺の手が、息苦しさを感じる首をさする。

 そこで手が何かに当たった。


「――そうだ」


 まだ、打つ手はある。

 到達点からもらった首飾りに手をかける。

 闇魔法による俺への混乱を鎮めるための効果がある首飾りだ。

 混乱を大幅に防ぐ効果があるのだが、同時に闇魔法の出力を抑えるデメリットもある。


「残りの短い時間で、俺の持ちうる全てをこいつらにぶつける」


 後のことは知らない。

 できることがあるのにやらずに負けたなら後悔しかない。


 俺は首飾りを取り去り、遠くへと投げ捨てる。

 今こそ闇魔法の真髄を見せるとき。


 ――俺を全身全霊で強化。


 自らに力が宿ったことを感じ、同時に頭がぐるんと回るように感じた。

 久々に首飾りを外したが、あの混乱抑制の効果がどれほどか改めて実感できる。

 だが、そんなことは今はどうでも良い。まだ意識のあるうちにできることはしておく。


〈闇よ! 俺の仇敵を討ち滅ぼせ!〉


 周囲から闇の化身が現れる。

 全てが俺の配下だ。


 相手は強い。

 三色の像が俺の配下と戦っている。

 周囲の音楽も素晴らしい。配下との戦いを讃えているようだ。


「やるではないか! 三色の像ども!」

〈闇よ! 像を包み込め!〉


 闇でそれぞれの像を覆い、配下の戦いを有利にしていく。


〈闇よ! 像を貫き通せ!〉


 体が軽い。

 ――今なら飛べる。


 思った通りに空を飛ぶ。

 空からさらに攻撃を加えていく。


「どうした! そんなものか!」


 一体の像が弓を構え俺に向けた。


〈俺自身を闇と為す〉


 闇となった俺を、矢がすり抜けて飛んでいく。


「甘いぞ! どこを狙っている! 俺はここにいるぞ!」


 像どもが俺に気を取られた隙を狙い、配下どもが三騎士に攻撃を当てていく。


「良いぞ! 像をただの石クズに戻してしまえ!」


 ――俺の配下に力を!


 さらに力を増した配下どもが像を叩いていく。

 なかなか頑丈ではないか。


「退路無し。眼前に陽を飾る」


 黄色の像が何か呟いた。

 三人が固まり、それぞれ何か詠唱を始める。


〈闇と為す〉


 視界が光に覆われた。

 三色の光が、周囲に満ちていた。


「――見事だ」


 俺達の配下が全て消滅していた。

 三体の像から溢れだしていた光は消えているが、まだ粉々にはなっていない。


 俺も地上に降りる。

 残りは俺の手で直接片付けなければなるまい。


〈闇よ! 光を失った像どもをまとめて叩き潰せ!〉


 闇の大槌が現れ、三人をまとめて上から叩き潰そうとする。

 赤い像が剣と自身の体で、大槌を抑え込んだ。


「これではどうだ!」

〈闇よ! ひび割れし像どもに無数の慈悲を与えよ!〉


 闇の武器を周囲に作り出した。一本や二本ではない。百本近い武器を宙に浮かせている。

 全ての武器を像どもにぶつけ、木っ端微塵にしてやる。


「行け!」


 白い像が二体の像を守るようにその槍を振るっていた。

 それでも全ては無理で、何本もの武器がその像を損傷させていく。


「終わりにしようか!」

〈闇よ! 我が槍の一撃を以て、戦いの終止符とせん!〉


 三体の像をまとめて貫けるほどの闇の槍を作り出す。

 さらにこれをできる限りの速さを与え、奴らへと突き刺す。

 それだけでは駄目かもしれんな。回転も与えて奴らへの手向けとしよう。


「リッチ様!」


 どこからか声が聞こえた。

 そちらを見れば、二匹の小人が椅子から立ち上がり、俺を見つめている。頭が軋むように痛んだ。


「何をよそ見しているのですか」

〈光よ。この一矢に私たちの全てを乗せる。闇の王に安らかな眠りがあらんことを〉


 ちっ、遅れたか。


 ――闇の槍よ。奴らを砕け散らせろ。


 闇の槍と光の矢がぶつかる。

 わかるぞ。俺の槍の方が勝っている。


「なに……」


 俺の槍と光の矢が拮抗し始めた。光の矢には赤い光が纏われていた。

 さらに白い光も纏わり付き、俺の槍を押し返し始めている。

 なるほど他の像が、力を与えているのか。


 そうであるなら、話は単純。俺も力となるものを呼び出せば良いだけだ。

 相手が三人なら、俺もあと二人は呼び出すに留めよう。


〈闇よ! 俺の隣に相応しい者を作り出せ!〉


 闇が形を作り始めた。

 一人はすぐにわかる。俺が唯一完敗した存在。到達点だ。

 それにもう一人は……、なんだ? 死神か。大きな鎌を構えている。死の王には、死の神か。


「まさに俺にふさわしい。さて死を拒む像どもに俺達の力を示すぞ!」


 二人は行動を始めた。

 到達点は、俺に背を向け走って逃げた。

 大鎌を持った方は首をゆっくり横に振り、消え去ってしまう。


「……なっ!」


 光の矢はついに闇の槍を打ち消した。

 見えるのはただ光だけ。闇は消え去り、全てが光に満ちている。


「なぜだ?」


 どうしてこうなる?

 俺が勝っていたはずだろ。


 光が俺を襲う。

 もはや立ち続けることもできず、なすがままに光へと体を委ねる。


 光が消えれば、俺は地面に転がっていた。

 まだ生きているが、首から下は見た限りない。

 三体の像は膝をついているが、まだ戦える様子だ。


 音楽もちょうど終わったところらしい。

 周囲に静寂が満ち、遅れて拍手が聞こえてくる。

 二カ所からしか聞こえてこない。あれほどの曲に賛美を贈るのがこれだけか。

 俺も手があれば叩いてやりたいのだが、叶わぬ願いだ。


 意識が徐々に薄れていく。

 最後の二体の行動はわからんが、俺は呼ぶべき存在を間違えたということだろう。


 それならば、残る力で出来ることをやる。

 

 すなわち、勝者への賛辞だ。


「貴様らは動くだけの像にあらず、騎士として認めよう。見事であった」


 俺の脳裏に鳴り止まぬ拍手が響き渡っている。


 その音が消えるように、意識もまた遠のいていった。

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