日は昇りゆく - the most important thing is to enjoy your life - to be happy - it's all that matters -
決戦を間近に控えた早朝である。
いつもの二人が誰よりも早くやってきていた。
「おはようございます。リッチ様はすでにご存じかと思いますが……」
「チューリップ・ナイツのことだろう?」
二人は「はい」と頷く。
どちらも表情がいまいち定まらない。
「昨夕に到着したとアンデッドから聞いた。間違いないか?」
「夜に、三人が別々に私たちのところに挨拶に来てくれました」
なんで別々なんだ。一緒にいけば良いだろうに。
仲が良くないってのは本当だったんだな。
「今日の昼前に挑まれるようですよ」
「そうか。そのためにわざわざ朝早くに来てくれたか。礼を言う」
二人は手を振って「気にしないで」と伝えてくる。
「それで、その、これは?」
「全力で迎撃するからな。その準備だ」
「でも、これって楽器っすよ? 戦闘をされるんすよね?」
「ああ」
二人はわかっていない様子だ。
無理もない。実を言えば、俺もわからなくなっている。
「暫定の超上級ダンジョンとして、超上級パーティーを全て返り討ちにした。……返り討ちというのは正しくないな。転移もどきで散り散りにして各個撃破していったというべきか」
「私はあれで良いと思っています」
少し自虐が入っていたようだ。
敏感に悟った女が、すぐさまフォローをしてくる。
「正面から待ち構えるだけが、戦いではありません。あの戦いはリッチ様達の強みを存分に発揮したものでした。リッチ様達が広く切り開いていった霊園と、同じく目覚めた転移の力を使っているのです。全てリッチ様達のお力。敗れた彼らの対策不足だと思います。気になさることはないかと存じます」
「俺もそう思う。補足するとすれば、俺達の中には、お前達やその他大勢の助力も含まれていることだ」
何度もそうだと自分に言い聞かせた。
俺達の使えるものを全て使っていった結果だ。
その使っていったものも俺達の力で手に入れたもの。
「それでもな。あのやり方は、――楽しくないのだ」
チューリップ・ナイツ相手でも、散り散りにしてから各個撃破は通用する。
撃破はできなくても散り散りにするだけで、戦いを先送りにすることはできる。
「逃げることは簡単にできる。時間稼ぎだっていつまでも可能だ。アンデッドだからな。――だがな。どれも俺達は楽しいと思えない。心にしこりが残り続ける。俺はチューリップ・ナイツと現時点での決着が付けたいのだ。あのとき通用しなかった俺の闇の全力を、あいつらにぶつけたい。あいつらとの戦いは作業的では駄目なのだ。全力を賭し、心を燃やし、大いに楽しむべきだ。悔いの残るものであってはならない」
女は笑わないが、男は笑っている。
何がおかしいのだろうか。
「三騎士の皆さんもそれぞれ同じようなことを言ってたっす。リッチ様は逃げることなく、正面から受けてたつだろうと。それを倒して私たちは極限級に至る、と」
俺も笑う。
やはりあいつらもそうか。
それならきっと楽しい戦いになりそうだな。
「すみません」
「どうした? お前は反対か?」
「いえ。それもまたリッチ様らしくて良いかと。リッチ様が私たちに言われたように、リッチ様がどうされたいのかが重要かと思います」
俺は戦いたい。
それも後ろ向きな戦いではなく、前向きに戦っていきたい。
「――ただ一点だけ。話を戻すのですが、なぜ演奏の準備をされているのです?」
それな。そういや、その話だったな。
いくつか理由はあるのだが、それが勝機が一番高いからなんだよな。
骸骨にどれだけ見事な低位をかけても、奴らの属性付与マシマシの全力を前にしては足止めすらできない。
それならもういっそ外してしまうかな、と思うに至った。
「お前らは見ていないが、俺は闇魔法の深化に三度ほど成功している。これにより奇跡を二度起こしている。一度目はお前らも知っている。南の奇獣戦士だ。タレンドを人の姿に戻すため発動させ、白騎士がそれを形にした」
二人は「おお!」と驚いている。
「やはりあれはリッチ様の力によるものだったのですね!」
「そうだ。そして、二度目は西の星雲原野ガラクスィアスで、隠し条件の発生現象から脱出する際に発動させた。黄騎士が見事に発揮した」
「……その力は、リッチ様以外の誰かに発動し、行使させなければならないのですか?」
「ああ。俺自身への発動はまだ成功していない」
二人もどう反応して良いのかわかってない様子である。
少し間を置いてから女が気づいたようだ。
「発動は三度、奇跡は二度と仰いました。三度目の発動はもしや」
「正解だ。アンデッド共、骸骨だな――に付与が成功した。よい踊りを見せてくれた。奇跡はおきなかったがな。発動させられたことが奇跡とすれば三度目とも言える」
あのときは本気でふざけているのかと思った。
魔力が切れていて怒る気力も湧かず、ただぼんやりと薄い闇を纏った骸骨の踊りをみるだけだった。
キレは抜群だが、それ以上のものはない。
「はっきり言おう。全力のあいつらとまともな正面決戦など今の俺達にはできん。瞬殺される。しかし、俺は奴らとは正々堂々と全力を尽くして戦いたい。それを果たすにはこれしかないのだ」
もはや賭けと言っても良い。
問題はあちらがきちんと理解してくれるかどうかだ。
間違いなく赤騎士はぶち切れる。何も知らずにやられたら俺でもキレる。ふざけているのかと。
二人も俺の意志は理解はしてくれているが、三騎士の反応が読めている様子だ。
正面決戦をしに来たら、演奏の準備がされていたとか理解を超えるよな。
「リッチ様とチューリップ・ナイツの決闘に割って入る差し出がましい申し出なのですが、私たちを立会人にしてもらうことはできませんか?」
「どういうことだ?」
男も女に同じ質問を目で投げかけている。
「私たちで事前に彼女たちへ説明します。リッチ様がなぜこのような舞台を設けられたのか、何をなさろうとしているつもりなのかを。あるいは、戦いの前にリッチ様の話を聞いてもらうようお伝えします。いかがでしょう?」
悪くない提案だ。
戦う気満々で来て、楽器を見れば戦意が削がれるだろうからな。
俺も全力で戦うためには云々かんぬんと、説明に余計な心労を煩うことがなくなる。
「頼もう。いくつか決闘に際しての補足説明も付け加えるか」
二人にチューリップ・ナイツへの伝言を頼む。
先に話した演奏の必要性について。
戦闘の開始は俺が骸骨共に闇の深化を行い、演奏が始まってから。
できれば最初は軽めの戦闘にして欲しい。本当に効果が出るかも賭けだ。
戦闘の領域は中央園に絞ってもらう。代わりに俺は中央園外へは逃げずに戦う。
できれば楽器も壊さないで欲しいという旨。あの楽器は思った以上に高い。壊されると金銭的に困る。
「それくらいっすか?」
「そうだな。もしも演奏が終わるまでに倒せなかったら俺の負けで良い。その後はどうしようもないからな。――それと、演奏が終わるまでに俺が倒れていても、演奏は最後まで聴いてやってくれと伝えてくれ。そのまま俺達から奴らへの極限級到達祝いとする。骸骨にはすでに伝えている」
二人はわかりましたとだけ短く返した。
「それでは」
「待て。大切なことを聞いていない」
立ち上がり背を向けた二人を止める。
「お前らはどうする? 説明だけで役目を終えるのか、それとも立会人を務めるのか。務めるなら席くらいは作っておくぞ。危険だから東園の端にある土を盛ったところになるがな。いつぞやと同じ位置だ」
「俺達が見てても良いんすか?」
「何を馬鹿なことを言うか。造園に始まり、闇の属性付与、周辺地域への侵攻、超上級への昇格、このたびの決闘の説明役と、お前ら二人がこのダンジョンに果たしている役割は極めて大きい。お前らには俺と三騎士の戦いを見届ける権利がある」
「ぜひ見たいです」
女が即答した。
男も遅れて答えた。
「ただ、決闘は相手もあることだ。三騎士にも聞いてみてくれ。奴らも嫌とは言うまいがな。骸骨らも観客が増えていた方が演奏のし甲斐があるというものよ。ただな。演奏が終わり、どちらが立っていても、勝者と演者を讃えてやってくれ」
「――はい」
今度こそ、二人は立ち上がる。
もう言い忘れたことはないよな。
「…………待った!」
「まだ何かあるのですか」
「お前は保護魔法を使えるのか?」
ものすごく大切なことを忘れていた。
三騎士は間違いなくかけているし、装備品に効果もありそうだ。
しかし、この二人はそんな高価なアイテムなど持っていないし、保護魔法を使えるのかも怪しい。
「使っていないと骸骨共の演奏と霊体の歌で意識が吹き飛ぶぞ。前よりもずっと効果が強くなっているからな」
「使えません」
女は全力で首を横に振っている。
やっぱりそうか、聞いておいて良かった。
フルでの詠唱を教え、発動を確認してから帰ってもらった。
ちなみにきちんと効果が発動したのは女ではなく、男のほうだった。
二人は立ち去り、俺達だけが残った。
日は高さを増している。決闘の舞台を照らすライトのように。
次回:23日水曜の予定




