到達 - you can't get away from yourself by moving from one place to another -
三都市を訪問するという目標は達成した。
決戦の都モノマキアでは、闘技場で剣闘士やら冒険者を一蹴した。
その後は、赤騎士とタイマンで負けかけていたが、挑戦者は増えているので結果オーライだろう。
都市圏ドクサでは冒険者育生校の奴らに俺の力を見せつけた。
見せつけたか? 何か上半身だけになって、最後は倒されたような気もする。
しかも白騎士に見せ場を取られてしまったような……。
星都アステリでは、星雲原野ガラクスィアスに挑んだ。
超上級のボスも倒し、隠し条件すら見つけた。
しかし、黄騎士の協力が必須だった。
闇の真価は発揮できた。
それは良い。だが自由自在に発動はできない。
自分にその力をかけることさえ、いまだ成功していないのだ。
星雲原野ガラクスィアスは超上級のダンジョンだ。
超上級ダンジョンは俺の目指すところではあるが、果たして今の俺達にそれだけの実力があるのだろうか。
ボス単体としての強さでもあちらには及ばない。
他のモンスターや、中ボスにしてもあちらが遙かに上であった。
さらには、隠し現象さえもあり、ダンジョン全体で星というテーマを感じた。
ひるがえって俺達だ。
ダンジョンは広がった。広さだけなら一番かもしれない。
だが、モンスターはアンデッドで強さは微妙だ。闇を付与しなければせいぜい初級である。
ボスは俺なのだが、単体では超上級に及ばない。間違いなくチューリップ・ナイツの三人の誰よりも弱い。
とどめがダンジョンとしてのテーマだ。
これが圧倒的に欠けている。
霊園はダンジョンを広げるためにしか使っていない。
「霊園」なればこそという要素が俺達には存在していないのだ。
「王よ、お悩みのご様子。臣で良ければ伺いましょう」
踊りながら言う台詞じゃねぇよ。
なんで霊園なのに踊りや演奏、歌ばかり上達してるんだ。
噂で聞いた話だと、死んだら入りたい霊園の中に、俺達の霊園とかいう声が上がっているとか。
死んでるのに楽しそうとか言われてもなぁ……。
けっきょくのところ、超上級を目指して三都市を巡ったが、かえって超上級の遠さを感じてしまった。
現状では、俺達はまだ上級だと認めざるを得ない。
そんなことを考えているといつもの二人がやってくる。
「リッチ様、おめでとうございます」
二人してそんなことを言ってきた。
「何の話だ?」
なにかめでたいことでもあっただろうか。
ああ、あれか。俺がダンジョンに挑んでいる間に橋の細かい部分が完成したらしい。
竣工式が行われたと聞いた。俺は参加しなかったが、霊園と認識されてさえいれば特に式とか出なくても良いだろ。
いや、それでも形は重要だからな。参加するだけ参加しておけば良かったか。
こいつらにしても形とは言え、わざわざ祝いの言葉を告げに来るくらいだからな。
「橋の完成により、西から多くの冒険者が訪れることになるだろうな」
「四方からやってくるでしょうね」
うむうむ。そのとおりだ。
超上級ダンジョンを助力ありとは言えクリアしたのだからな。
各地の猛者がこぞって挑みにくるだろうよ。
「誰でも挑める超上級っすからね。みんなやってくるっすよ」
「……ん?」
今、妙なことを言わなかったか、こいつ。
「お前、今、超上級と口にしたか?」
え? と男もこちらを不思議な様子で見てくる。
女は何か納得した様子で頷いた。
「勘違いさせて申し訳ありませんでした。最初の『おめでとうございます』とは、橋の竣工ではなく、リッチ様の超上級昇格を言ったものです」
「俺たちが……、超上級に?」
「はい。暫定ではありますが」
暫定だとどうなのかは知らないが、俺達は超上級に認定されてしまったのか。
なんだろう。素直に喜べんな。まだ早いと思わざるを得ない。
「……リッチ様は、もっと喜ぶものと思っていました」
「違うって。これは『超上級で喜んでいる場合じゃないぞ。俺が目指すは極限級だからな』って態度だよ」
残念ながら外れである。
俺としては納得できんが、他人から見るとどうなのか。
「問おう。今の俺のダンジョンは超上級にふさわしいと思うか?」
二人は一瞬ぽかんとして、男は女の顔を見た。
女は何かに気づいたようで、少し考えてから口を開く。
「星雲原野ガラクスィアスは、それほど攻略が難しかったのでしょうか」
相変わらず察しが良い。
そして、今の俺の反応を見て自分の考えが正しいと判断している。
「どういうこと?」
「リッチ様は超上級の星雲原野ガラクスィアスに挑まれた。おそらく超上級ダンジョンの難しさか何かを感じられた。それで、その……」
「良い。言いづらいと感じてくれているなら、それこそが嬉しい気遣いというものだ。その先は俺が言おう。『俺自身がまだ俺のダンジョンは超上級の領域に至っていないと考えている』――正解だ。俺は星雲原野ガラクスィアスで超上級ダンジョン斯くあるべしという姿を見た」
男は「なるほどー」と頷いている。
今のはたぶんわかっているときのうなずきだ。
わかってないときは、すごいわかってます感を出してくるからな。
「私は挑んだわけでもないので、ダンジョンとしての星雲原野ガラクスィアスを知りません。しかし、リッチ様の霊園は超上級でもおかしくないと考えます」
嘘や虚飾は感じられない。
確たる根拠があるような物言いだった。
「理由を聞こう」
はい、と女は頷く。
「ギルドがダンジョンの格を計る上での基準は主に三つ。危険度、稀少度、脅威度です」
俺は無論知っている。
男は知らなかったというように女と俺を見てきた。
「俺はその三つがどれも超上級に至っていないように思えている」
「私もそう思います。危険度ではモンスターの強さがまだ足りておらず、むしろ人に余計な危害を加えていません」
「それは脅威にかかる部分だな。俺自身の力もまだ足りていないと感じている。霊園という環境の危険性はないと言って良い」
アンデッドが楽器の演奏と踊りに忙しいから人を襲わないってどういうことよ。
「次に稀少度ですが、一般モンスターのアイテム価値は低いです。普通の骨や、汚れた包帯ですからね。ただリッチ様のドロップアイテムがまだ知られていませんので、こちらはまだ価値があると言えます」
「残念だが、俺のドロップアイテムに実用的な価値などないぞ。都市圏ドクサで奇獣戦士にやられたとき、白騎士が回収してくれていてな。やろう」
「えっ、そんな簡単にくれちゃっていいんすか」
「モンスターにならないとわからないと思うが、あまり自分のドロップアイテムというモノは持っていたくないものだぞ。特にこの手のものはな」
いや、ほんとに。
自分の過去が質量をもって現れているようなものだ。
俺は結晶解除していたアイテムを取り出して男へと放り投げる。
男が、何度かお手玉をしてなんとかキャッチした。
「『夢見るリッチの矜持』というアイテムだった」
「冒険者証ですね。名前が消えて読めないんですけど……、あっ、初級だ。俺達と同じっすね」
なぜこれがリッチの矜持なのかわからない。
杖とか目玉や、首飾りですらなく、なぜ生きていた頃の冒険者証なんだ。
「最後の脅威度ですが……」
「これについては上がっただろう。三都市を巡ることで脅威を示せたはずだ」
「下がりました」
「は?! 下がった?!」
「脅威度は下がってしまいました!」
俺の声の大きさに負けじと女も大声で言い返してくる。
最初は謝ってきてたのにたくましくなったものだ。ちょっと嬉しい。
それはそれ。これはこれだ。
なぜ脅威が下がる?
俺の活動を見ていなかったんじゃないか。
「俺は、モノマキアで冒険者をなぎ倒したぞ」
「はい。ほぼ怪我をさせず見事に倒されましたね。あのヒールっぷりには、私も心が燃え上がりました。さらに、モノマキアへ行く際に『漆黒の爪』を壊滅させ、人質を保護し、金品を回収され、残党を一掃する幇助もされました」
あー。
それは確かにそうだ、そうなんだがなぁ。
……いや、待てよ。
「その件は箝口令が敷かれていなかったか。あくまでもギルドがやったということになっていたはずだ」
「人の口に戸は立てられないということでしょう。特に人質の方々から、リッチ様に助けてもらったという声が漏れ出てしまったようです。それでリッチ様が関与したという噂が急激に広がり、ギルドもリッチ様の助力を認められました」
別に認めてくれなくても良かったのに。
余計なことをしてくれたものだ。
「ドクサの冒険者養成校では、俺の強さと活動範囲を見せつけられたはずだ。いや、でも俺はやられていたから、あそこではやはり脅威は示せていなかったのか?」
「いえ、きちんと見られていたようですよ。白騎士とともに奇獣戦士を戦闘面で抑えていたこと。それだけではなく訓練生達を安全な場所へ移動させました。私たちもでしたね。遅れましたがお礼を言わせていただきます」
よい、と俺は手を振って話を先に進ませる。
「さらには奇獣戦士と訓練生の間に立ちはだかり、今際の際まで全力で魔法を行使し多くの命を救ったと評価されています。それだけではなく、タレンド教官を元の姿に戻したのもリッチさまではないかと見られていますね」
見過ぎだろ。あと、訓練生の間に入ったのは偶然だし、上半身だけだったはずだぞ。
あれを「立ちはだかった」と評価されるのは、さすがに恥ずかしさがある。
「星雲原野ガラクスィアスでは超上級のボスを倒した。俺の格を……、いや、これは良い」
「いえ、これに関しては成功でしたよ。モナムールさんと一緒に攻略したとはいえ、力も超上級相当があるだろうとみなされました。しかし、脅威とはみなされていません」
脅威がまるで上がらない。
やることがとことん裏目に出ている気がするぞ。
「……待て。それではなぜ俺は超上級になった。危険度、稀少度、脅威度のどれも足りていないだろ」
「おっしゃるとおりです。そのため、リッチ様は別の観点から評価されました。それ故に暫定で超上級なのです」
「別の観点?」
「――貢献度です」
「なにだその勲章がもらえるかどうかみたいな評価基準は」
国やかく領地でも多大な社会貢献をした人に、金品の代わりに勲章という何にもならないものを贈る。
俺の超上級がそれだというのか。贈る側ともらう側の自己満足の象徴だと。
「ダンジョンの存在は、その地域で暮らす人と密接に関係します。まさに私たちのようなものとです。それならばダンジョンがどれだけ地域への影響をもっているかは、ダンジョンの格の判断基準としてはなんら間違っていません。もちろん、ここでの影響というのは通常の基準だけではありません。すなわち、危険や脅威といったマイナス要因だけでなく、プラスの要因も考慮すべきということです」
言いたいことはわかる。
ダンジョンの格を計る三つの要因――危険度、稀少度、脅威はあくまで主たるもので他の要因もある。
「貢献度ねぇ……」
「地域への貢献度に関して、このダンジョンは他に追随するモノがありません。まさしく超上級です」
女は断言した。
ここで止めず、さらに続ける。
「まず霊園を拡大し、街や周囲の村にいるアンデッドを集め、その被害を減らしました」
思えばアンデッドが増え始めたときが一番のピンチだったかもしれない。
足場がなかったくらいだしな。
「さらに霊園のアンデッドを管理し、一般人への攻撃性をなくしています」
代わりに勝手に楽器を買って、歌やら演奏、踊りの練習をしている。
最近はそれらをわざわざ聞きにくる一般人もいるようだ。
骸骨は今もここにおらず、どこかでさぼってる。
「先ほども言った『漆黒の爪』掃討も貢献に間違いありません。さらにはウリ山系を繋ぐ、今までにない新たな道の発見も付いてきました」
あの洞穴は、俺にとってはおまけだが、ギルドや商会にとっては大きなモノだろう。
「さらにモッペ湿原の船路と、ディアトン川にかけた橋が続くわけだ」
「まさしく。比類ない貢献です。貢献という言葉が嫌でしたら、こう言い換えましょう。著しいマイナスの脅威、と」
ゼロを突き抜けてマイナスに行ってしまったと。
何でも著しいとある種の評価が与えられるモノだからな。
下手くそすぎる絵は常人には理解できない絵として評価される。
ひどすぎる歌は人間以外のものを魅せるとされる。
殺しすぎた殺人鬼はもはや伝説だ。
それと同じくくりか。
狙ったことは外れたが、それまでの過程が評価されてしまった。
喜ぶべきではあるが、やはり素直に喜べない。
「俺は超上級がどうとかはよくわからんすけど、良いダンジョンとは思うっす」
「あっ、そう」
「なんか反応が冷たくないっすか」
「いや、もう、なんだかなぁ……」
俺の求めていた超上級とは違う気がする。いや、間違いなく違う。
冒険者としのぎをけずりあって、最後まで立ち続けるのが俺の求めたダンジョンだ。
それをあの骸骨といえば、ついには戦いをほっぽりだして挑戦者と演奏勝負をし始めている。何なんだこれ。
そのうちコンサートとかやり始めないよな。スコタディ霊園超上級到達記念コンサートとか真面目にやり出しそうで怖い。
しかも観客が集まりそうなのがさらに怖い。
「俺は、金のために仕方なくダンジョンに潜ってたんすよ。冒険者の先輩達からはずっと『ダンジョンには夢がある』とか聞かされてたっすけど、酔っ払いの夢だとばかり思ってたっす。でも、――俺はその言葉の意味をこのダンジョンのおかげで実感することができたっす。街のみんなも以前みたいな下向きじゃなくて、上を向いて前向きに歩いてるっす。このダンジョンは俺たちに夢をみせてくれてます。そして、夢を見せるだけじゃなくて、実現させようという力を与えてくれてるっす」
俺と女が男を見つめ、男もなんだか照れ始めている。
「そんな見られると照れるっす」
「お前はときどきそういう不意打ちをしてくるな」
不意打ちという表現が正しいかはわからない。
俺が弱っているときに、これぞという意見を差し込んでくる。
「『ダンジョンには夢がある』――しかし、見るだけが夢ではない。挑戦し続けなければ夢はつかめん。初心を思い出した。挑戦こそが俺の強みだ」
超上級にふさわしくないんじゃないかとか言っていたって始まらん。
俺達はもうすでに超上級なのだ。
「俺としたことが、志が低くなっていたな。超上級に認定され、それに未熟さを感じているのなら、超上級に相応しい力を持つべくただただ挑戦していくだけで良かったのだ。悩んでいる暇はない。超上級を維持し、さらなる高みを目指す!」
立ち上がり、空を見上げる。
座っている場合じゃないし、下を見ているわけにはいかない。
俺の夢は、まだ叶ってはいない。
俺が上を目指し挑戦し続ける限り、どこまで広がっていく。
いつの日か走れなくなるときが来るまで止まることなく挑戦をし続けていかねばならない。




