虚無と闇 - nothing lasts forever. even the stars die -
星見塔に転移し、黄騎士とともにミゼンへ事情を話す。
「そのような事情があるのなら僕も行きましょう」
周囲がざわついた。
お供を何人付けるかとか、外出を止めるべきではと声が聞こえてくる。
「導師ミゼン。三人ではさすがに……、第二階以上の護衛をあと二人、いえ三人はつけるべきかと」
「いいえ。かの方の手紙には『三人で』と書かれていたのでしょう。このまま行きましょう。リッチ殿、転移をよろしくお願いします」
このまま転移をと言うが、杖も何も持っていない。
それどころか衣装も明らかに来客用で戦闘用ではない。
「かまいません」
黄騎士が何か言っているが、俺は説明する気が失せている。
あれこれと危険性を説くよりも、実際に危険な目に遭わせた方が速い。
「それではやるぞ」
「はい」
「待ってください」
黄騎士や他の信者共の制止は聞かない。
〈闇よ。俺の側へ現れよ〉
闇を纏い、意識の中に浮かんだ星雲原野ガラクスィアスの中心地を意識した。
――俺と黄騎士、ミゼンをここへ転移。
景色が変わる中で、慌てる信者共と、何事もなく佇んでいるミゼンの姿が対照的でおもしろかった。
周囲の景色が夜に変わる。
ボスの最終形態が出したガスが、まだ空を多色に彩っていた。
黄騎士も空を眺めて、ここがどこか把握したようだ。そしてミゼンもここにいることを認識した。
黄騎士は狼狽しているがミゼンは変わらない様子だ。
空のガスをぼんやりと見つめている。表情一つ変えない。何も感じていないようだった。
「それで、メシエ・ヤナはどこにいるんだ?」
さっそく黄騎士に目標の場所を尋ねる。
空の星に対応した地点に、該当のモンスターが出ることは聞いた。
夜空がこのコア領域を中心に回転しているらしいので、星に詳しくないとどこにいるのかわからない。
「……本当に行かれるのですか」
「問題あるまい。メシエ・ヤナは攻撃してこないとお前が言っただろう」
黄騎士がすごい嫌そうな顔を俺に向けてくる。
「お前の案内が完璧なら危険はない。何だ――自信がないのか?」
「ないのですか?」
ミゼンも俺に合わせて黄騎士を見つめる。
見つめられた側は、ムッとした表情で空を眺める。
「こちらです」
すぐに顔を下ろし、案内を始める。
案内された先に、おぼろげな赤色が浮き上がる。
「いました。メシエ・ヤナです」
遠くでよくわからなかったが、かなりでかい。
光度の低い赤色が近づくほどに大きくなりつつある。
さすがに中ボスの岩巨人ほどではないが半分くらいの大きさがある。
モチーフは象なのだろうか?
のっそりのっそりと杖をついた老人のように四足で歩いている。
疲れたのか、地面に倒れて休憩を始める。
こちらに気づいた様子を見せたが、どうでも良いのか休憩を続けている。
「おい、寝てしまったぞ」
「しばらくは起きませんよ。攻撃してみますか」
敵とすら見られていないのが癪だったので、言われたとおり攻撃をしてみる。
〈闇よ。このデカブツを貫け〉
中位を発動させ、寝ている巨体に当てる。
問題なく当たった。当たったが、何か硬い音をさせて闇の槍がねじ曲がった。
「硬いでしょう。それでいて歩くほどのしなやかさもある」
当てられた方はまったく気にせず居眠りを続けている。
試しに、黄騎士に闇属性を付与して、矢を撃ってもらったが同じだった。
当てられた方はまったく意に介さず寝続ける。
「これは倒せんな」
「弱点という弱点もありませんからね」
「虚無魔法でなんとかなりそうか」
ミゼンは指をメシエ・ヤナに向ける。
〈其の壁を虚無と為す〉
ぼそりと詠唱をした。
……特に何かが起きたようには見えない。
メシエ・ヤナも相変わらず、体を揺らして寝続けている。
「何か変わったのか?」
「先ほどのように攻撃をしてみてください」
よくわからないが、言われたとおり攻撃をする。
〈闇よ。このデカブツを貫け〉
勢いよく闇の槍が飛んでいき、メシエ・ヤナの体表を貫いた。
体表に刺さっただけでなく、反対側まで貫き通している。
「……どういうことだ?」
二つの点で疑問が湧いた。
まず一点目は虚無魔法の効果である。
先ほどまでは体表にかすり傷すら付けられなかったのに今は貫通している。
俺の闇の攻撃力が上がったという自覚はない。
「相手の防御力を下げたのか」
「下げたのではなく一時的に消しました」
消した?
防御力がゼロになったということか。
たったアレだけの詠唱でそんな効果が発動できるのか。
「恐ろしい魔法だな」
素直に驚異的な特殊魔法だ。
全てを消し去ることはできないとしても、怖れるに足る魔法だ。
「様子が変わりません。ダメージがないんでしょうか」
こちらの話に耳を傾けながらもメシエ・ヤナを見ていた黄騎士が異変を伝えてくる。
二点目の疑問がそれである。
俺の闇の槍は確かにメシエ・ヤナを貫通させた。
ミゼンの話では防御力がゼロになるのでダメージは通っているはずである。
すなわち、メシエ・ヤナは体を貫かれたのであって、何らかのリアクションがあって然るべきなのだ。
ところがこのデカブツはほぼ反応しない。
体を貫かれて、眠りを覚ましてこちらを見てきただけである。
黄騎士も矢を射かけてさらにメシエ・ヤナを攻撃しているのだが、これにも反応しない。
「痛みがない? いや、死にたがっているのか」
目はないが、赤い光の中で目の部分に該当する部分はある。
その部分からは生きる力を感じられない。
なんだろうか、隣にいるミゼンと似たような目だ。
生きているのか死んでいるのかわからない。
どっちでも良いという無気力さがある。
とりあえず闇の槍と光の矢で攻撃をして、メシエ・ヤナを倒した。
回復と耐久はすさまじく、防御をゼロにしても何とか削りきったという感覚だ。
「聞いていた通り、星が出ませんね」
黄騎士が空を見つめる。
空は以前倒した岩巨人座だけが遠くで光っているだけだ。
リポップが極めて遅いダンジョンらしく、中ボスの復活まで五日近い猶予があるらしい。
特に何かが変わった様子はない。
メシエ・ヤナを倒したら何かがわかると思っていたが、何も起こらない。
振り出しに戻った。
場所を移動することもなく、情報の共有を始める。
「俺のヒントは全て出した。他に何か情報がないか?」
「私が冒険者ギルドで聞いた話では、かの極限級が攻略した後は空に星が一つもなかったと聞いてます。実際に私も確認しました」
「攻略してから日にちが経った後ということだな」
中ボスのリポップは五日。
リポップするまでは星空が続くはずなのでかなり情報の鮮度が古い。
「いえ、二日後でした」
「おかしいな」
「はい。隠し条件の影響かと」
星があるはずの空に星がない。
明らかに隠し条件が関係することだ。
「僕の聞いた話とも一致しませんね。メル殿が攻略中に、彼女の様子を見ていた者が話すには、『満天の星空だった。星座も見渡す限り光の線で結ばれていた』と」
具体的に誰が見たのか言わないのを察するに密偵だろうな。
「また、『メル殿は一カ所でずっと立ち止まっていた』と聞いています。その後で何かを起こしたのでしょうが、その瞬間は見なかったようですね」
肝心の部分が欠けているが、わかったこともある。
「時系列で追えば、満天の星空と結ばれた星座が先になる。まさか中ボスを全て倒すことが条件か?」
「そうかもしれません」
軽く肯定してくれるが、その条件は相当きつい。
一体倒すだけでも骨が折れた。全て倒すとなれば時間がかかりすぎる。
黄騎士も本気で言ってるんですか、と戦々恐々な様子で自らの指導者を見つめている。
「そのためにリポップ期間が通常のダンジョンよりも長めになっているのかもしれません」
いや、確かにそうだがな。
「ここに挑めるだけの戦力はお貸しします。中ボスの討伐は明日からにしましょう。今日はもうお疲れでしょうからお休みください。モナムール、貴方もですよ」
「はい、導師ミゼン……」
見るからに辛そう。
「明日からがんばろうな」
辛そうなので声をかけたが、何も言い返してこなかった。
諦めの境地に至りつつあるな。
今日はこれまでということで、星見塔にミゼンと黄騎士を転移させた。
黄騎士は、明日からの戦いに絶望を感じさせる表情で部屋から立ち去っていった。
俺とミゼン、それに数人の信者が残る。
おそらく今後は聞く機会もない気がするのでここで疑問を口にしてみる。
「話を聞きたいことがあるのだが」
「かまいませんよ」
俺は某会長の手紙を懐から取り出す。
それにミゼンからもらった手紙も一緒に取り出した。
「お前からもらった手紙と、お前んところの会長からもらった手紙だ。これの内容についてなんだが」
「――場所を変えましょうか」
案内されたのはすぐ上の階だった。
階というよりは屋上と言っていいだろう。
まだ夜ではないので、空は明るい。
風も地上とは違いかなり強く、端には怖くて近づけない。
信者共から距離をとって、俺達の声が聞こえない位置に移動した。
「失礼しました。どうぞ」
「お前は本当に会長から隠し条件を聞いてないのか?」
ずばり単刀直入に聞いた。
会長が隠し条件を知っているなら、星都アステリの支部長であるミゼンには話しても良さそうなものだ。
「条件に関しては何一つ聞かされておりません。それに辿り着ける者として貴方を紹介されたのです」
「それでこの手紙というわけだな」
はい、とミゼンは肯定する。
そうするともう一つ疑問が出てくる。
「なぜお前は隠し条件に執着する。はっきり言わせてもらうとお前からは何も感じない。自らの命にすら執着がなさそうに思える」
見た限りでは無関心、無感動、無頓着。
今まで見た中で一番何も感じない人間だ。何かなしとげようとする気概を感じない。
「今回の隠し条件探しですら、感情の起伏を感じない。隠しアイテムに星導教としての大きなメリットがあり、それを入手するための事務的作業の一環か?」
「いいえ。僕個人の問題です」
その問題すら感じそうにない人間に見えるんだがな。
「僕のところにも会長から手紙が来ています。――どうぞ」
手紙を取り出して俺に渡す。
当然のように純魔造紙だ。
手紙を広げればいつもの文字を見つけた。
‘星雲原野にて君の問いの答えを見つけた。リッチくんと探してみると良い’
たった一行。
手紙の九割以上は余白だ。
もったいないなさを感じざるを得ない。
「ちょうどメル殿が隠しアイテムを手に入れた直後です。あなたも会長とあの方の関係性は察しているのでしょう」
「ああ」
察するというか、向こうから伝えてきた気もする。
「ここにある『問い』とは」
「リッチ殿が僕に感じたところは正しいです。僕は何も感じていません。感じられないのです。この世界はどこまでも虚無で意味のないものだと思えます。この世界に意味があるのか、人生に意味があるのか。けっきょく無ではないのか。それが僕が会長に投げた『問い』です」
嘘はない。
若さによる繊細な自意識といったものない。
虚無魔法が使えるということからも、意識の虚無性は理解できるものがある。
「その『答え』がわかるなら僕にとって大きな意味があります」
「意味ねぇ」
よくわからない話だな。
なぜ意味を求めるのかがわからない。
何かしたいことがないのだろうか? その願望があれば十分だと俺には思う。
あるいは、「『意味』というものを見つけてみたい、とミゼンに思わせる」こと自体が会長の意図じゃないかとも思えてくる。
何にせよ。
嘘がないことはわかり、目的もはっきりした。
やることも決まり、それの協力は惜しまないならこちらとしてはありがたい。
明日からはどんどん中ボスを倒していくことに専念しよう。
中ボスを倒し始めて早四日。
ついに残り一体まで進むことができた。
さすがに五人の実力者を揃えれば幅広い種類を安全に処理できるな。
ミゼンの見繕ってくれた星導教の戦闘部隊は、まったく足手まといにはならなかった。
足りていなかった前衛二人に回復役を一人。この三人はそれぞれが上級と判断できるほどの実力者だ。
二十一体の星座もとい中ボスを倒し、残りは一体。
ちなみにこのモンスターは季節によっても変わるらしい。
星座も季節によって変わるとか。変わらないものもいくつかあるそうだ。
「あと一体。あと一体で解放される」
ぶつぶつと黄騎士が唱えているが、間違いなく解放されない。
その後こそが本番になるだろう。
「最後の一体、おびえ熊座になります」
ラディエーション領域で最後の中ボスを目にする。
背を見せて逃げる大きな熊だ。到達点が一番最初に倒した中ボスがこれだったらしい。
……というか一日でボスと中ボスを全て倒すと言うことが、どれだけ異常なのかがわかる。やはり極限級だ。
戦闘が始まり、すでに終盤に至っている。
地味に面倒な中ボスだ。
最初は逃げ続けるので遠距離から足をなんとか止めて攻撃しなければならない。
ある程度攻撃を加えると逃げるのをやめて襲いかかってくる。
そこからはかなりまともな戦いになった。
攻撃力は高いが、前衛二人と回復役がいるので問題にならない。
俺と黄騎士はひたすら攻撃に専念できる。
「倒した。倒しましたぁ」
黄騎士も喜びを隠さない。
他の三人もほっと一息ついている。
最後の「おびえ熊」座が光の線で結ばれた。
「すごい」
全ての星が煌めき、線で結ばれ、全て倒した演出なのか星の輝きがさらに増した。
空に光が満ち満ちている。眩しいくらいだ。
黄騎士や他の戦闘信者も空を見上げて顔を輝かせていた。
「……あっ」
黄騎士が顔つきが変わった。
一点を見つめている。
「おかしいところがわかったかもしれません」
ピッと指で示す。
「あそこ。メシエ・ヤナです」
どこなんだよ。名前で言われてもわからない。
メシエ・ヤナがどこかわからないが、指の方向でおかしいところには俺も気づいた。
満天に輝く星の中、ほんの一部領域だけ光がない。
周囲の光が歪み、一点だけ真っ黒だ。まっ白の紙に黒インクを垂らしたかのように黒い。
「何もなかったんじゃない? 黒い何かがあそこにある」
黄騎士の独り言で俺も理解した。
先ほどまでは夜空と黒い何かが混ざって何もないように見えていた。
周囲の星が強く輝いたことで、夜空と紛れていた黒い何かが見えるようになったのか。
ひとまず星見塔に戻り、ミゼンに報告することになった。
星見塔で状況を話すと、ミゼンは簡潔にこう言った。
「三人で行きましょう」
数日前と同じ状況になった。
周囲が反対や困惑する中で、俺と黄騎士、ミゼンを原野に転移させる。
「黒いものがありますね」
満天の星空でミゼンも、俺達が見つけたものを見た。
「何かがあることはわかりました。それでどうするのですか?」
「メシエ・ヤナがいた地点に行ってみようと思います」
黄騎士が控えめに告げる。
ミゼンはそうしましょうと賛成した。もちろん俺も賛成だ。
しかし、何かに気づいたら三人で挑めとは言われたが、残りの三人がいても良かった気がする。
何かいてはいけない理由があるのだろうか。
モンスターのいない原野をメシエ・ヤナのいた地点まで歩いて移動していく。
メシエ・ヤナのいた地点に何かがあるのはもう判明した。俺の転移で飛ぶことができなかったのだ。
何らかの危険があるため、歩いて移動することになった。
「そろそろです。気をつ――」
先導していた黄騎士が振り返って言う。
そして、途中で止まった。振り向いた形のまま止まっている。
「どうしたんですか、モナムール?」
明らかにおかしくなったモナムールにミゼンが近づく。
「バッ、待――」
ミゼンと止めようとした俺達も何かに巻き込まれた。
景色が変わっている。
動いているモナムールがいるのは良しとして、その遙か先に黒い点があった。
そして、その黒い点を中心に空の星がめまぐるしい速度で回転している。
足下も地面ではない。空の上に立っているかのようだ。
足の下の光もすごい速さで中心へ飛んでいた。
ん?
黒点に近いモナムールが何か叫んでいるように見える。
口は大きく動いているのだが、何も聞こえてこない。
「こっちに来て話せ」
モナムールがこちらに走るが、距離はまったく縮まらない。
「おかしいですね」
隣にいたミゼンの声は聞こえてくる。
「モナムールからこちらへの距離が縮まらず、声も届かないようです」
現状を整理してくれた。
「こちらからは近寄れるのか」
モナムールへと歩いていくが、距離はやはり縮まらない。
同様に声も聞こえていない様子だ。
幸いなことはボスもいないことである。
外側を向くとある領域から外には暗闇以外に何も見ることはできない。
試しに歩いてみるが、モナムールと同様で外側に行っている実感は沸かない。
次に試したのが転移であるが、意識して転移しても同じ地点に転移してしまう。
内側にも外側にもいけない。それどころか右も左も駄目だ。
唯一やる意味があったのは魔法である。
闇魔法を撃ち放つとすごい勢いで黒点に向かって吸い込まれて消えていった。
モナムールの矢も同様で、どこに向かって放っても中心へと飛び、黒点に吸い込まれて消える。
魔法どころか空にあった星や、足の下を飛ぶ星も全てが中心の黒点に向かって飛んでいき、吸い込まれて消える。
「黒点が近づいていませんか」
俺もそんな気がしている。
距離感が掴みづらい領域なのだが、黒点がやや大きくなっている気がする。
困った。
どうすればいいのかさっぱりわからない。
黄騎士も困惑を隠すことなく俺達を振り返って見てきている。
俺はまだミゼンと会話ができるのだが、あいつは本当に一人の状態だから不安も大きいだろう。
隣のミゼンは何も感じない。
モナムールの方を見ているが、実際は黒点を見ているのだろう。
「この領域の全てがあの黒点が近づき飲み込まれていきます。どうなるのでしょうか」
「死ぬんじゃないか」
おそらく飲み込まれたら地上に出られましたなんてことはない気がする。
しかし、どうなるかを大人しく待つほど心ができてない。
なにかしらの手を打っていきたい。
「死んだ後の話です。原野には何が残るのでしょうか」
「何が言いたい?」
「僕の問いに対する会長の答えです。会長は『何をしようとも無駄なあがきで意味はない。やがて全てが平等に飲み込まれ何も残らない。この世界は無だ』と言っているように思えます」
文学的だな。
言わんとしていることはわからんでもない。だが――
「俺はそうは思わない。確かに俺達は何かよくわからないものに飲み込まれつつあり、あがいている。お前には俺と黄騎士の行動が無駄なあがきに見えるわけだ」
「はい」
ミゼンは躊躇いなく肯定した。
この正直さは嫌いじゃない。下手に嘘や遠慮がないので嫌みがない。
「そして、俺達があの黒玉に飲み込まれたらきっと死ぬ。それには俺も賛成だ。だが、何も残らないわけではない。俺達以外の世界はまだ続き、俺達の名と行動が記憶される」
「そうですが、名と行動が残ったところで何の意味がありますか。僕たちはもうそのとき世界にはいないんですよ。ここと同じです。他のものも最終的には黒点に飲み込まれます。無になるのではないですか?」
意味はなく、無になるか。
「そうかもしれないな。俺達はここで飲み込まれ死に、俺自身の夢は潰え、世界は一時的に俺達を記憶するが、やがて忘れ去られてなくなる」
「そのとおりです。やはり世界は――」
「それでも俺は世界やら人生、突き詰めて俺の行動に意味が無いとは思わない」
なぜですかとこちらを見つめてくる。
「俺には夢がある。なるべきものがあり、それになりたいと思って行動している。先が長く不透明で動けば動くほど深い闇の中に沈んでいくようだ。不安になり足も進まず、言葉もでなくなる。ここだけの秘密だが、全てを投げ捨てて消え去りたいと思ったことだってある。だが、それでも俺は夢に向かって進む。なぜか?」
闇の本質は『不変』と骸骨学者は告げた。
その対極にある闇の真価とは何か。俺はようやくこれの答えがつかめて来た気がする。
「俺は夢に確かな光を感じたのだ。『希望』という光をな」
ミゼンの顔は変わらない。
俺の言葉など感じるにたり得ないだろうな。
「お前の虚無も俺にとっては『希望』だ。俺の夢を築くためメシエ・ヤナを倒した力の一つとなった。空っぽになったとしても、そこに新たな何かが生まれてくるものではないか。絶対的な虚無などこの世には存在しないのではないだろうか。そうなるとお前の力は何かを消滅させる力ではなく、何かを生み出す力と捉えられないか?」
「僕の虚無が、何かを生み出す?」
「ああ、会長の答えは『この世界は無』ではないと思う」
ただ、このままでは思うだけで終わる。
思ったことは形にしなければ何の意味も成さない。
「試してみないか。お前の虚無と俺の闇が、俺の思ったように『生み出す力』と『希望の力』だとするなら、こんな意味のわからないところからも出られるはずだ」
「具体的にはどうするのです」
「俺は黄騎士に力を与える。お前はあの黒点の力を失わせる」
「――いいでしょう。失敗した場合は?」
「力が足りなかったということだ。何度でも挑めば良い」
俺はまずミゼンに指をさし、次に自分を指さす、最後に黄騎士を示して矢を射ろと示した。
黄騎士がわかっているのかは怪しいが、たぶん伝わっただろう。
黄騎士も頷いて弓を構えた。
「行きますよ」
「ああ。頼む」
〈其の力を虚無と為す〉
前に聞いたとおりの短い詠唱。
だが、その効果は絶大だ。
周囲の光景が止まった。
黒点に向かっていた光はそれぞれが止まり、周囲を輝き照らしている。
次は俺の番だな。
何度でも挑めば良いとは言ったが、一撃で決めるつもりだ。
ほぼ全ての魔力を込めて詠唱を始める。一番の問題は詠唱が成功するかどうかだな。
〈――闇よ! 俺は切に願う! 黄騎士の輝く矢に、かの者の不安となるモノを取り除く力が宿らんことを!〉
どうやら成功したらしい。
体から一気に魔力がなくなり力が入らず膝をつく。
黄騎士の矢がぼんやりとした闇に覆われ、それがまっすぐ黒点に向かって放たれた。
矢は黒点に突き刺さり、黒点が徐々に白くなっていく。
白点となり、それが徐々に大きさを増し、その光は一瞬で俺達を飲み込むように広がった。
光が収まると周囲は暗闇と地面に戻っていた。
「……帰ってこられた?」
黄騎士は涙目になっていた。
よほどあの空間が怖かったと見える。
そして、出られたのが嬉しかったのだろうな。
「そのようだな」
星空は消え失せ真っ暗闇だ。
空から小さな白い結晶が星の代わりに落ちてきた。
アイテム結晶だ。
ふわふわと落ちてきた結晶をつかみ中を見る。
結晶を解除することなく、そのままミゼンに渡した。
ミゼンも結晶の中を覗いた。
「『星々の情報板』?」
結晶を解除すると、無駄にでかい板が出てきた。
俺の身長と同じくらいの板だ。
不思議なことに厚さがほぼない。
薄いが地面に突き刺さり、まっすぐ立っている。
……読めんな。
表面に字は書いてあるがまったく読めない。
「星形文字ですね。私は読めますよ」
博識な黄騎士殿が、ずいずいと俺とミゼンの間に割り込んできた。
星マニアが指を板に当てて文字を読んでいく。
読み上げると文字が光り、空に星が一つ輝いた。
俺達は顔を合わせ、さらに黄騎士が板の文字を一つずつ読んでいく。
最後の行前まで読み上げれば、空には満天の星が戻っていた。
「最後の星は……、『メシエ・ヤナ』」
空にはうっすらと赤い星が光った。
板にある全ての文字が光ると、空の星も対応して光る。
中ボスを倒した後と同様に、夜空の全ての星が煌めきを増した。
「見ろ、輝導者ミゼン。全ての星があの黒点に吸い込まれても、またこうして輝きを放っている」
ミゼンは空を見上げて呆けていた。
「何も失われていないぞ。また新たに星々は生まれるのだ」
「はい。ここは確かに希望という光で満ちています」
「ですね! 星の光は希望を生み出しますから!」
たぶん俺達の話を何もわかっていない黄騎士だが、不思議なことに会話が成立している。
こうして星雲原野ガラクスィアスの攻略は、三人が同じ星空を見上げて終了した。




