星光 - without the dark, we'd never see the stars -
原野の中心部はコア領域と呼ばれる。
出現したボスにより周囲は白く照らされ、もはや星は見えない。
白い球体のボスに近づけば近づくほど、より熱く、眩しくなっていく。
「そろそろです」
白玉という愛称がつけられたこの白熱球が星雲原野ガラクスィアスのボスである。
名前は可愛らしいのだが、これでも頂上級のボスだ。
近接職はまず熱と光への耐性がないと近づけない。
さらに中距離においては、魔法を無詠唱で唱えてくる鬼畜玉らしい。
しかもダメージを与えていくと、第三段階まで変化するという。
その第一段階で聞いていた通り、攻撃は熾烈だった。
「左から来ますよ!」
まず地魔法が常時発動されている。
白玉を中心に岩石が回っているのだ。これが左から高速で飛んでくる。
しかも、ただの岩石ではない。付与効果がついている。
白玉に近いものは高熱を帯び、中間くらいまでは雷や風、遠くになると氷結を与えてくる。
「熱波がくるぞ!」
もちろん飛んでくる岩石はおまけで、肝心なのは本体だ。
白玉が明滅をし始めると、白玉を中心に全周囲へ熱波を飛ばしてくる。
――俺と黄騎士を遮る岩を作る。
俺と黄騎士の前に岩ができ、熱波が岩へぶつかる。
岩は一撃で溶けて消え去ってしまった。仮に一撃でも食らったら死ぬことが明らかだ。
「チャンスです!」
「わかっている」
この熱波は避けるのが難しいものの、白玉にも隙が大きく生じる。
さらに常時飛ばしている岩石も熱波により消し飛ばしてしまうので攻撃のチャンスだ。
「属性付与をしてください」
攻撃を仕掛けていると黄騎士が叫んだ。
どうにも白玉の調子が戻る兆候を捉えたらしい。
俺にはよくわからないのだが、ここでは黄騎士に一日の長がある。
〈闇よ! 湧き上がれ!〉
〈光よ! 舞い降りよ!〉
開戦前と同様に互いに属性を付与し、互いに重ねがけをする。
タイミングはドンピシャだった。属性の付与が終わると白玉の輝きが戻った。
同時に、またしても周囲を高速で飛び回る岩石が浮き上がる。
ボスの色がやや赤みを帯び始めてきた。
ここでパターンが少し変わる。
黄騎士は左に注意し、俺は上と本体に注意する。
「来たぞ。前方!」
黄騎士が左からの岩石を避けつつ、空から落ちてきた岩も避けた。
コロナ領域で嫌というほど倒した浮遊隕石が、ボス戦の途中でも落ちてくる。
上から左から、さらには白玉からも攻撃が来る。
一時期はここが第一関門と評されていた時期もあったようだ。
しかしながら、ここを簡単に抜ける方法が見つかり、ここは関門から外された。
浮遊隕石が落ちて眼を見開くが、あえて攻撃を加えない。
浮遊隕石は眼を閉じて詠唱を始める。さらに周囲には多くの浮遊隕石が落ちてきた。
最大で五体が落ちてくるらしいが、まさに五体が浮かんだままで詠唱状態だ。
もしも攻略法が見つかっていない時期ならこれで詰みだった。
前からは熱波が、左からは属性付きの岩石が、そして上位魔法が五つほど飛んでくる。
どうあがいても逃げるか死ぬ以外の解決方法が見つからない。
おそらく最初に攻略方法を見つけた奴はやけっぱちだったのではないだろうか。
――浮遊隕石を白玉のすぐ側に転移させる。
思うや否や、散らばっていた浮遊隕石五体が白玉のすぐ隣に移動した。
白玉の熱により、浮遊隕石は倒れていく。
そして、この浮遊隕石は最初の開眼時に即倒さない限り、周囲を巻き込み爆発する。
白玉自身がその爆発に巻き込まれ、ダウンしてしまう。
しかも、このダウンは周囲を高速で飛び回る石もなぜか崩れさる。
これをチャンスと攻撃し、また落ちてきた浮遊隕石を白玉にくっつけていく。
「第二段階に入りました」
三回ほど爆発させたところでいよいよ第二段階に入った。
白玉の見た目は徐々に変わってきた。最初と比べると明らかに色が赤になっている。
白さはもはやなくなり、今ではどこから見ても赤しかない。真っ赤だ。
愛称はずばり赤玉である。まんまだな。
「後方は問題ありません」
ここからは攻撃が後ろからも来る。
正確には周囲に浮き上がった岩が、この赤玉の周囲を回りつつ、渦巻き状に赤玉へと引き込まれていく。
もちろん属性もついているという厄介ぶり。
「前方、くるぞ」
岩が赤玉にぶつかると、赤玉から炎魔法が飛んでくる。
この赤玉は攻撃をしても良いのだが、こちらから攻撃を加えると熱波も含めて反撃してくる。
一番安全な方法が回避に専念するというものだ。
赤玉が自ら引き寄せる岩石によりわずかだが赤玉自身にダメージが蓄積していく。
速く倒したい場合は、もちろん本体を狙って攻撃することできる。
熱波さえ上手く避けられるならその後は一定時間が安全な攻撃が可能だ。
ただし、赤玉が復活後は攻撃が異常に激しくなるらしい。暴走状態とか言われる。
この暴走を乗り切れたら、回避ルートとは比べものにならないほど速い時間で次に進める。
ここがかつての第二関門で、今の第一関門だ。
ダメージが蓄積すればするほど赤玉は大きくなっていく。
さらに赤玉自身から放出される熱と、周囲にばらまく炎攻撃による熱で周囲の温度が上昇する。
加えて、赤玉が大きくなるほど周囲を飛ぶ岩の速度は速くなり危険が増す。
俺達は迷わず回避に専念ルートを選択した。
一見、避けるしかないないようだが、実はここも攻略方法がある。
ただし、これを使える人間は稀であり、攻略方法というにはやや特殊だろう。
――黄騎士とともに空を飛ぶ。
ずばり空を飛ぶことだ。
岩は地面と平行にしか飛んで来ない。空にいれば岩を気にする必要がなくなる。
ちなみに地中では駄目らしい。地面に浮かぶ土で地表に無理矢理引きずり出されてしまうらしい。
空にいれば炎の攻撃も避けやすい。
地面にまき散らした炎の熱からも、離れられるため地上よりは遙かに安全だ。
「空から見ると、地獄絵図ですね」
黄騎士も暢気に話すほどの余裕がある。
言われたとおり、地上の様子はかなりひどい。
岩が高速で飛び回り、赤玉から炎魔法があちこちへ飛んでいく。
さらには炎魔法が落ちたところは、地面に火が広がり行動が制限される。
攻撃さえ加えなければ熱波もないので、この飛行が切れないよう注意するだけでここは抜けられそうだ。
「第三段階が来ます」
赤玉が最初よりも五倍近い大きさになっていた。
攻撃が一時的に止み、そこで飛行を止めて地上に降りる。
互いに属性を付与して、最後の段階に挑む。
「保護魔法をかけてください。わずかでも余裕があれば、かけ直すくらいでいてください」
俺と黄騎士は自身へ状態異常の保護をかけた。
「――きます」
赤玉の表面からガスが発生し始めた。
色は赤、黄色、青、紫……と色とりどりだ
多彩なガスが俺達の周囲へ蔓延し始めていく。
このガスが状態異常を起こすので、耐性をつけておかないと倒れる。
もしも倒れると、この後の最終関門で死ぬ。下手すると状態異常だけでも死ぬ。
黄騎士が光を周囲のガスに当てて、何かを探っていた。
見渡して、俺に手で示す。
「こちらです」
先ほどと何が違うのかはわからないが移動させられた。
赤玉が明滅し、ピカリと光る。それに合わせて周囲のガスがそれぞれの色を強く輝かせた。
ガスの光が収まると、黄騎士はまた俺を連れて移動を始める。
赤玉は先ほどよりも小さくなり、やや白みを帯びていた。
最終段階の愛称は縮み玉。
第二段階で膨らんでいたが、ここでは徐々に縮んでいき、色が赤から白に戻っていく。
「任せろとは聞いていたが、これはどういうことだ?」
「赤玉が光ると、その光に反応してガスが超高温の熱を帯びます。即死です。先ほど強く輝いたのがそれですね」
あれはそういうことだったのか。
だが、黄騎士に案内された領域は特に熱はなかった。
「しかし、猛毒ガスの領域だけは熱を帯びません。光を当てて、猛毒ガスの領域を探しているのです。これは私が見つけました」
猛毒ガスの領域は熱を帯びないが、保護なしの状態では猛毒ガスの領域に入ると死ぬわけだ。
耐性をつけると今度はどこが猛毒ガスかわからなくなる、と。
それで光を周囲に当てて反応の違いで見つける、か。
地味だが素直に感心した。
この段階の攻略方法がかつては安定せず、ボスの攻略ができなかったようだ。
これが見つかってからは比較的安定して攻略ができるらしい。
最終段階も持久戦に持ち込むことができ、後はボスが白く縮んでいくのを待つだけで終わる。
光るテンポは速まるが、それよりも元の倒し方よりはだいぶマシだ。
「素晴らしい知恵と実践だ。やるではないか、モナムール」
「はい。…………はい?」
「続けろ」
何事かと俺を見つめた黄騎士だが、またすぐ作業に戻った。
今でこそ持久戦だが、かつては超短期決戦だったようだ。
状態異常と熱への耐性をかけ、それ以外の防御を捨ててひたすら攻撃を加える。
縮み玉の攻撃と耐久が上か、冒険者の攻撃と耐久が上かといった、綱引きのような戦いだったという。それもそれでおもしろそうだ。
――毒ガスをここに集める
闇の低位で毒ガスを俺達の近くに集めていく。
最後のあたりはかなり高頻度で光るらしいので可能な限り安全にしておく。
時間はかかっているのだが、まるで問題なく縮み玉はしぼんでいった。
最後に見えるか見えないかほどまで小さくなると、ほのかな白い結晶となり地上に落ちる。
「勝ったのか?」
黄騎士がほっと息を吐いている様子を見るにこれで終わりらしい。
あまり倒したという実感が沸かないがこれにて終了だ。
「勝ちました。見てください」
黄騎士は地面に落ちたアイテムではなく、空を指さした。
見上げれば、空にはボスが出していた色とりどりのガスが煌めいている。
夜空に光る星々が宝石だとすれば、このガスは一体何に例えられるだろうか。
「どうです? 私は最初にこれを見たとき例えるものがありませんでした」
「……神秘的だな」
気持ち悪さはやや残るものの、確かにそれ以外に語る言葉をもたない。
語らないという手もあるが、それは俺のやり方ではない。
「はい。本当にそのとおりです。この空はどこまでも不思議で私達が測り知ることなどできません」
ここで黄騎士は、星導教の挨拶の形を取る。
星の光をこぼさないように掬い上げる女の姿がここにあった。
さて、ボスを倒して俺の当初の目的としていたところは達成した。
単独では無理だったが、超上級ダンジョンのボスを俺は倒すことができたのだ。
しかし、このダンジョン攻略はここで終わりではない。
「言われたとおり、ボスを倒したのですが……、これが未発見アイテムの発生条件になるのですか?」
「いや、知らんぞ」
「……は?」
「俺が倒したかったから倒しただけだ」
黄騎士が眼を見開き、俺を唖然とした表情で見つめている。
矢に手が伸びたので俺は反射的に屈んだ。
頭があったところを矢が飛んでいった。
髪をじゃっかん掠めたぞ。
「待て。危ないからやめろ」
「リッチ様。ふざけんでください」
「これから一緒に条件を探しに行こう」
「一人でお探しくれさい」
何か敬語と怒りが混ざってよくわからない言語になっている。
歯を食いしばりながら二本目の矢に手をかけていた。
「ヒントがあるんだ。それを元にこれから探す。俺だけでは無理だ。お前の力が必要だ。輝かしい光の力をもち、誰よりも星に詳しく、情熱を持ったお前の力が! お前にしか頼めないんだ、モナムール!」
黄騎士の怒りが徐々に収まり、弓まできていた矢が筒に戻された。
「そこまで言われるなら仕方ありませんね。――行きましょうか」
顔を背けてそれだけ言う。
心なしかちょっぴり喜びが混ざっているようだ。
ちょろすぎないか、こいつ。
心配になってきたぞ。怪しい宗教の勧誘とかに引っかかりそうだな。
あれ?
もしかして星導教にいるのって……。
これ以上はいけないと思い、何も聞かなかった。
ようやく黄騎士にとっての本題に入った。
すなわち隠しアイテムの入手条件探しである。
「ヒントをもらっている」
「ヒント? どなたから頂いたヒントかは存じませんが、それは信用に値するものですか?」
俺は例の手紙を取り出した。
それをそのまま黄騎士に渡す。
「後半の部分にあるから自分で読んでみろ。それ以外を読むかどうかは任せる」
読むべきところを伝えるが、黄騎士は紙を指こするので必死だ。
こちらの話は聞こえていないようで、しばらくして何か怖々と顔を上げ、こちらを見た。
「あの……つかぬ事をうかがいますが、この紙って」
「純魔造紙だ」
黄騎士は口をわずかに開けている。
息が止まっているんじゃないかと心配になった。
気持ちはよくわかる。
だがな。その手紙を同じ素材の封筒にまで入れて、三通送る奴がいるんだぞ。
俺がリッチじゃなかったら心臓が止まるところだった。
あの二人は墓場まで知らないことを祈る。
「拙い字ですね。この紙にこんな字を書いてもいいんですか?」
俺もそう思ったが、相手が相手なので何も言えない。
「お返し致します」
さらっと短時間で読み、両手で返してきた。
律儀に該当部分だけを読んだんだろう。
「何かわかったか」
「先に尋ねられた『見えなくなっている星はあるか』の意味がようやくわかりました。『星が一つ見えなくなっていた』――これが当てにしているヒントというわけですね」
察しが良くて助かる。
そのヒントを信用はできたのだろうか。
「ここに挑んだ人で、その条件を示唆できる人は、私の知る限り一人しかいません。その手紙の差出人がその方なら、いろいろと納得ができます」
黄騎士は、手紙の内容ではなく素材で信用をしてしまっている。
「いや、俺は違うと見ている。しかし、近しい人であることは間違いない」
「そうですか……。ヒントに心あたりはあります。メシエ・ヤナのことでしょう」
何の名前かさっぱりわからない。
「それは星の名前か」
「はい。普通の空でも肉眼ではよく見えない星です。器具を使ってようやくです。この原野では、唯一倒しても空に上がりません」
ドンピシャじゃないか。
さすが星に神秘だかロマンを感じるもの同士だ。話が早くて助かる。
「じゃあ、さっそく――」
「無理です」
倒してみようと言う前に否定された。
言った方の黄騎士も悩んでいる様子が見て取れる。
「メシエ・ヤナという名は、『メシエ』と『ヤナ』という超上級冒険者の二人組の名前に由来します。長いダンジョンの歴史の中で、この二人が初めて該当のモンスターを倒したのです」
「ボスなのか?」
「違います」
「じゃあ、中ボスってわけだな」
「いいえ。先にも言ったとおり星です。コンベクション領域に出てくるモンスターの一体です」
「そんなに強いのか?」
「……攻撃はしてきません」
話がよくわからなくなってきた。
ただのモンスターで、長い間倒されてなかったモンスター。攻撃はしてこない。
「逃げるだけってことか」
「いいえ、ただ歩いているだけです」
「……堅い?」
「はい。攻撃がほぼ通りません。私の全力の一矢が刺さらないと言えばわかりますか?」
めちゃくちゃ堅いじゃないか。
こいつの矢は中ボスの岩巨人にも刺さっていた。
それが刺さらないってどういうことだ。
「さらに耐久力もあり、体力回復もあります」
……無理じゃないか。
俺の闇も攻撃力は低くないが、こいつの矢と比べると弱い。
「そのメシエ・ヤナとやらは、どうやってそんなものを倒したんだ」
「呪怨と断罪によってです」
両方、特殊魔法だ。
しかもどちらも攻撃に特化している。
それくらいの力がないと倒せないレベルのモンスターか。
「そこでもう一つのヒントです。『三人で挑んでみると良い』とあります。貴方は確定として、あと二人が誰か」
「一人はお前だろ。それなら星に詳しく、メシエ・ヤナという答えを導いたお前こそが二人目だ」
「そうかもしれませんね。それであれば、あと一人も決まります。今、星都アステリにメシエ・ヤナを倒せる可能性のある人物は一人しかいません」
そこまで言って、黄騎士はまた悩みに入る。
黄騎士の悩み方で、俺も誰なのかわかってしまった。
「アレは、戦えるのか?」
「リッチ様、呼び方にお気を付けください」
「すまなかった」
宗教関係の呼び名はいろいろと面倒だからな。
さっさと謝っておくに限る。
「黄騎士よ。輝導者ミゼンは戦えるのか?」
「戦っているところは見たことがありません。それと私の呼び方も気をつけてください」
はいはい。
おざなりに返事をしておく。
あの優男が杖を片手に戦っている姿がまるで想像できない。
椅子に座って目を瞑り、寝ているのか呆けているのかよくわからない様子なのが似合いそうな男だ。
「戦っているところは見たことがないのに、どうしてメシエ・ヤナを倒せると思う? 虚無魔法とはそれほどすごい攻撃力を誇るのか?」
「全てを消し去ることができると聞いたことはあります」
見てないのか。
それは俺と同じ程度の見聞だな。
そんな恐ろしい魔法があったら世界が覆ってるだろ。
とにかく一度、ミゼンと話をするため、星都アステリへ戻ることになった。




