西に架ける橋 - physical bridge over troubled water -
「なんだって?」
時は朝方、場所はいつもの霊園、その中心地。
「ディアトン川に橋をかけると言ったのか?」
西への侵攻について話をしに来た二人が、おかしなことを言ったのが始まりだ。
ザムルング商会の末席に名を連ねてしまった二人は、ついに会長の毒牙にかかり頭までおかしくなってしまった。
俺があのとき全力で止めていれば……。悔やまれるな。
「はい」
いや、まだ朝だからな。
寝ぼけているのかもしれない。
「これが西への近道かと」
「そんなわけがないだろ」
こいつらは橋を作るってことがどれだけ大変なことかわかって言ってるのか。
小川にかける橋じゃないんだぞ。ディアトン川の規模になると少なくとも一ヶ月とかの単位じゃない。年単位の話になる。
計画の話も入れると十年でも足りんかもしれんぞ。
「西のどこかに霊園を作ってそこに転移をした方が簡単だ。これなら一ヶ月どころか数日でいける」
「そうっすね。西に渡るだけなら、それが最速っす」
男はあっさりと認めてしまう。うん?
俺が怪訝な顔をすると女の方が解説しだした。
「問題は転移した後です。星雲原野ガラクスィアスにどうやって挑みますか?」
それなんだよな。
目的は西へ渡ることではなく、西の星雲原野ガラクスィアスのボスを倒すことだ。
つい最近わかったことだが、別のダンジョンの中に俺のダンジョンは作りづらい。
すでに別のダンジョンのところを俺の霊園で乗っ取ったら、手っ取り早く戦力強化できるんじゃないかと思ったのだができなかった。
霊園としての領域を、別のダンジョン内に幾度となく作ってみたのだが非常に認識されづらい。
認識されても元のダンジョンにすぐ侵食され、骨で囲んだだけの謎空間になる。
ダンジョンへの侵入は、現時点では無理だと結論づけられた。
「西のどこかに霊園を作って転移しても、星雲原野ガラクスィアスには挑めない。それでは西に行く意味がない」
超上級ダンジョンの攻略をし、俺達の存在感を示す。
「しかも現状ではリッチ様がガラクスィアスを攻略されても、冒険者を始めとする挑戦者がスコタディ霊園に殺到することは考えづらいでしょう。彼らがここへ来るには北か南を大きく迂回する必要があります」
ディアトン川が行く手を遮ってしまうことになる。
ふむ、しかしそれはあくまでガラクスィアスに挑めた後の問題だろう。
交通方法は後回しにして、先にガラクスィアスの挑戦方法を考えた方が良いはずだ。
そうしないということが橋造りという話に繋がるということだろう。
「聞こうか。なぜ、橋を作るのが近道になる?」
「リッチ様がダンジョンに挑むにあたり必要なことが三つあります。一つ目は、リッチ様を認める人間がすぐ側に付いていること。二つ目は、リッチ様の存在が星雲原野ガラクスィアスにあることを周囲の人々に認めさせること。三つ目は、星雲原野ガラクスィアスの領域を外部から物理的に脅かすこと」
「一つ目はわかる。残りの二つはまったくわからん。さらに言うならばだ。なぜその三つがあれば挑めると言うのかもわからない」
順を追って説明すると女が言う。
「まず、この必要な三点を私たちに伝えてきたのが、その、リッチ様の苦手な……」
「会長ということだな。それはわかる。なぜその三点が必要なのだ」
「理論的にいろいろと書いてあったのですが、すみません、正直よくわからなかったです。会長自身がダンジョンをいろいろと研究していて発見したものだと書いてありました」
……ああ、そうか。
到達点と一緒にいれば、ダンジョンの研究などお手のものだろう。
おそらく全歴史上でも一番ダンジョンに挑んでいる存在だからな。一家言は間違いなくある。
「いや、良い。それは承知しよう。中身の説明をしてくれ」
「はい。まず一つ目の『リッチ様を認める人間がすぐ側に付いていること』ですが、リッチ様がガラクスィアスを攻略する際にリッチ様のことを知っている人間が最低一人ついて行く必要があります。その際は、パーティーを組んで離れすぎずいることが必要とのことです」
いきなり厳しいな。
そこらのダンジョンなら無理矢理従わせればいいが、超上級ダンジョンだぞ。
しかもリッチと挑戦したいなどと言う奴がホイホイ出てくるとは到底思えないな。
「二つ目の『リッチ様の存在が星雲原野ガラクスィアスにあることを周囲の人々に認めさせること』ですが、周囲の人が『ガラクスィアスにリッチ様がいても別におかしくないよなー』くらいに思えばそれで良いそうです」
それで良いと簡単に言ってくれるが、これもまた難しい。
まず俺がガラクスィアスにいたら普通はおかしい。別のダンジョンのボスだからな。
自分で言うのもなんだが、もしも俺が何も知らない立場なら意味がわからず、認められないだろう。
「三つ目の『星雲原野ガラクスィアスの領域を外部から脅かすこと』ですが、これはガラクスィアスの四方にそれなりの霊園を設置すればなんとかなるだろうとのことです」
……なんとかなるだろうと言われてもな。
北と南には霊園を設置できるかも知れないが、東はディアトン川で、西は星都アステリ。
橋を作れというのが三つ目に繋がることはなんとなくわかったがそれまでだ。だいたいそれなりの霊園ってどれくらいなんだ。
「要するにお前らの言いたいことはこうか。『ガラクスィアスに挑むのは諦めろ』と」
「違うっす。全部の条件をクリアする方法があって、その条件になったのが『ディアトン川に橋をかける』ってことなんすよ」
ますますわからなくなってきた。
なぜディアトン川に橋をかけると、先の三つの条件が全て達成されるんだ。
「星導教はご存じですよね」
「当然だろ」
星都アステリに総本山を構える宗教団体だ。
大昔から存在し、星の導きで人の行く道を照らすだかなんだかと中身は詳しくは知らない。
しかし、宗徒は国中どころか国外にすらいるとも聞く。宗徒の数の多さは、言い換えれば力の強さとも言える。
国の政治にもかなり大きな力を握っているという噂がある。おそらく噂ではないだろう。
「現在の星導教のトップ――輝導者と呼ばれている方はご存じですか?」
「ああ、今の輝導者は――」
ようやく俺も流れが読めてきた。
「星都アステリにも商会の支部はあるんだな」
「はい」「あるっす」
「その支部長はミゼンって奴か」
二人が頷いた。
星導教の現輝導者――ミゼン。
輝導者としても有名なのだが、特殊な魔法が使えることでも名が知られている。
「その人が三つの条件をほぼ全て整えてくださるようです」
条件を揃えてくれるところに驚くべきか、揃えられることに驚くべきか。
「ほぼ全てというのは?」
「その方から条件が二つ付きました」
「一つが橋を作れということだろうな」
「はい」
それだけでも難しいぞ。
いったいどれくらいの時間と金、労力がかかるかわからない。
「こちらに関しては、会長も乗り気で他の機関と連携する用意ができているとのことです。本気でやれば三十日でいけるはずと書いてありました」
「馬鹿な」
どうやったらそんなに早く橋が作れるというのか。
「連携する組織は国、冒険者ギルド、魔術師ギルド、ザムルング商会、星導教……」
女がメモを手にしつつ名前を挙げていく。
どれも聞いたことがある組織ばかりだ。総力戦じゃないか。
このメンツがもしも協力し合えば、本当に三十日で橋をかけられるかもしれない。
以前、大陸東端の都、ネクタリスが水害にあい街がほぼ壊滅したことがあった。
そのときは国、冒険者ギルド、魔術師ギルド、それに当地の独自組織が協力し合い、わずか十日で復興させたと聞く。
今度は組織も作業範囲もその規模よりずっと大きい。果たしてどうなるか。
「ひとまず、仮の橋ができれば良いということです。細かい部分は後から完成させていくと」
相変わらずのお膳立てだ。会長が多分に絡んでいるのだろう。
やることが決められすぎていて、つまらなさを感じるほどである。
「橋を作れという条件は把握した。もう一つの条件はなんだ?」
一つが橋を架けろというくらいだ。
もう片方の条件を聞くのがちょっと怖くなる。
「『星雲原野ガラクスィアスの隠しアイテムの入手条件を突き止めてください。協力は惜しみません』――とのことです。こちらは別の手紙で来ました」
……別の手紙か。こちらは会長からの条件ではなさそうだな。
おそらくザムルング商会の支部長であり、星導教の輝導者でもあるミゼンから出された条件だ。
胡散臭さをまるで感じない。あまりにも直球過ぎる。
かの到達点は星雲原野ガラクスィアスを一日でクリアして、未発見事項を明らかにしたと聞く。
その未発見事項というのが話に出た隠しアイテムとやらなのだろう。
それなら到達点と親しいであろう会長は知っているはず。
あるいは教えられなかったのか。
こちらの条件もなかなか厄介だな。
協力は惜しまないというが、長い歴史の中で発見されてないような条件を探せという。
それも初級や中級ならまだしも、超上級ダンジョンでだ。
そういえば以前、もらった手紙に西のダンジョンについて言及されていたな。
何かヒントが書かれているのではないだろうか。
「ちょっと待て」
手紙を開き、該当の部分を読む。
‘リッチくんは星雲原野ガラクスィアスに挑むけど、星は好きなのかな?
俺は大好きなんだ。小さい頃はよく観測をしてたよ。あの小さな煌めきにはロマンがある。
俺達が見ている星の光は遙か過去からの贈り物。今はもう光を放った星がないかもしれないんだ。
俺達の見てる星座は、今の星の並びとは違う可能性があるってことなんだよね。
かの原野でも星が一つ見えなくなっていたよ。
わかる? 何億、何十億、あるいは何百億年後かには俺達はもうその星座を見ることができない。
まあ、その頃には俺達自身も消えていることに間違いないがね。
でもね。大切なのは、星座が今と違うとかそんなことじゃないんだ。
どうしてその星が見えなくなってしまったのかということなんだ。
何かに気づいたなら三人で挑んでみると良い。
前衛がいないからバランスは悪いけど、仕方ないね。
リッチくんが事象の地平面に達することを祈ってるよ。
抜け出せたなら超上級だ。がんばれ。’
……最後の行と、その前の段落しか書いてある意味がわからない。
その二行も誰と挑むのかがまったく書いてないという。
そもそも文頭からして気持ち悪い。
行くことが確定されてる。
しかし、これは間違いなくヒントだ。
達成すれば超上級になれるとも書いてある。
「どうされますか?」
二人も俺の表情を読んだようでおずおずと聞いてくる。
そうだったな。俺はこいつらの夢を応援すると決めたんだ。
せっかく準備をされているのに立ち止まるなんてことはあり得ない。
「やる。俺はやるぞ。無論、お前達もだ。さあ、橋造りといこう!」
二人は「はい」と元気よく返事をする。
西を見る。
俺達の行く先を見つめる。
「ほげ?」
お前はそこをどけ。
突っ立っていた骸骨をどかせて、西の空を見つめる。
「臣には何も見えませんが、王には何が見えますか?」
「西にかかる橋と、そこを越えて挑みにくる挑戦者だ。見えないか?」
「……働きづめでしたからな。少しお休みください」
お前はもうちょっと働けよ。
こうして俺達は橋造りをすることになった。
物作りは嫌いじゃない。舟を作るのもなんだかんだ楽しかった。
「臣は、なにやら嫌な予感がしてきましたぞ」
「何も心配することはない」
何も心配することはないんだ。
夢の超上級が目前に迫っているんだから。




