手紙 -man errs as long as he strives -
迷っている様子の二人を前にして、俺もやや緊張している。
西への道のりが想像以上に困難だということはわかっていたが、やはり無理だという結論に至ったか。
「今日はどうした? 何か言いづらいことがあるように見える。かまわん言ってみよ」
「実は」
女はそこで言葉を切った。
いつもちゃらんぽらんな男も真面目な様子だ。
俺の隣に座った骸骨も何事かと二人を見ている。お前はあっち行ってろよ。
「冒険者を辞めようかと思っているんです」
…………え、今さら?
向いていないことは幾度となく伝えていた。
それでも何かこだわりがあったのか下っ端冒険者をずっと続けていた二人だ。
「今、私たちの街では新たな都市計画がいろいろと動いています。その計画に参加しないかと誘いが来たんです」
「そうか……。見る目のある奴だな」
もしも涙腺があったら泣いていたかもしれない。涙は出なくても声は震えている。
長かった。やっとこの二人の才能を認められる奴が現れてくれた。
「とても……、この上なく喜ばしいことだ。お前らをきちんと見ていてくれた奴がいるということだ。何を怖れるか。俺が保証する。そいつは悪いやつじゃない。信じてついていってみろ」
そうは言っても調査はする。
この二人を使って俺に取り入ろうとする愚か者なら容赦はしない。
五体をバラバラにしてから繋ぎ直して、霊園の入口に見せしめとして飾ってやろう。
「冒険者じゃなくても、俺との話はできよう。いつでも来い。お前らの意見がなくては俺の夢は成せんからな。なんなら霊園まで俺が行ってやる。何を迷っている、新たな道を行くが良い。今日は記念日だ。お前らが新たな道を踏み出した記念となる最初の一日――さあ、立ち上がるのだ」
男は嬉し涙を抑えきれず、うんうんと泣きながら頷いている。
女はそれでも迷っている様子だ。
「誘ってきたのは、ザムルング商会なんです」
「――やめておけ」
燃えていた感情が一気に鎮火した。
凍り付いてすらいる。
「先の発言を全て撤回する。ザムルング商会はやめておけ」
調査する必要はなくなった。
先ほどまでの喜ばしい気持ちが何も残らず霧散した。
「確かにザムルング商会の全員が悪いやつではない。良いやつもいる」
ナフティスとかな。
……ナフティス以外は出てこないぞ。
他はうさんくさかったり、場違いだったり、判別不能な奴らばかりだ。
それでもまだ同じ人間の欠片が多少なりとも感じられる。あっ、でも俺はもう人間じゃなかった。
「だがな、あの会長が特に良くない。会ったことはないが、俺はあれを同じ生き物とまるで感じん。関わってはいけない人種だ。碌な事にならん。一を得る代わりに二を失うぞ」
「その会長から直々にお手紙が来たんです」
うっわぁ……。
ヘッドハンティングってのはマジなのか。
やっぱり姿は現さないんだな。手紙で勧誘とか心が伝わらんだろ。
「これが私たちのもらった手紙です」
袋から真っ黒な紙が取り出される。
俺の闇よりなお黒い。呪いでも込められているような紙だ。
女は黒紙を俺に無言で差し出してくる。読んでみろということだろう。
「ま、魔造紙。しかも純魔造紙……」
触ってわかった。これはただの紙じゃない。
触れたところからほんのりと魔力の発露を感じ取れる。
それも一部じゃない。紙の全てから魔力の流れが生じている。純魔造紙に違いない。
特殊な魔術で織った紙。
燃えず、千切れず、汚されない特殊な紙片だ。
インクも魔造紙に織り込まれたパターンと同じものでないと何も書き込めない。
これは王族やそれに類するものが国家の存続を懸けた内容を書くときだけに使うくらいのものだ。
一枚の純魔造紙とそれに対応したインクだけで、まともな家が一軒は建つ値段だと聞いたことがある。
その超が三つはつくほどの手紙をこいつらに宛てたというところが、もはや会長様のやばさを示している。
逆に言えば、この二人にそれほどの価値があると紙だけで示すようなものだ。
でも、間違いなくもらった二人はこの紙の価値がわかってない。
すごいんですかぁ、とぽけぇーと聞いてくる。
中を開き、一番に感じた点は「字が汚い」ということ。
俺も綺麗ではないので、口には出さないが、この紙にこの字を書くことは許されないと感じた。
しかも、誤字が多い。間違える覚悟で書いて良い紙じゃないぞ。これが純魔造紙じゃなかったら子供のいたずらで話が終わってる。
ざっと読んだが、内容は以下のようなものだ。
このたびザムルング商会の支店を街に置くことにした。
街の三方が切り拓かれ、街は大きく変化していく。近く、街から都市へと変貌を遂げる。
君たち二人はその変化の中心点近くにいる。それならば君たち二人は新たな都市の構想にも立ち会うべきだ。
そのための席をこちらで用意した。幹部は君たちと懇意な者を配置しておく。
難しく考えることはない。君たちにできることを精一杯やれば結果はついてくる。
こちらも助言を惜しまない。周囲の人ともよく相談して決めて欲しい。
特にリッチくんとは相談をよくするように。
反対されるだろうから、もう一通の封筒を彼に渡しなさい。
「もう一通の封筒?」
「これっす」
男が真っ黒な封筒を渡してくる。
当然のように封筒も純魔造紙で作られている。
「もしかして、お前らの手紙もこれに入っていたのか?」
「そうっすよ、それがどうかしたんすか?」
「いや……、なんでもない」
伝えるかどうか迷うな。
俺とお前らがもらったこの封筒と手紙だけで、豪邸庭付きよりもずっと高いかもしれん。
俺がボスになってから今までで手に入れた財宝や資金、装備は、わずか数枚足らずのこの紙にも満たないんだぞと言ってみたい。
どんな反応をするか気にはなる。それでも何も言わないことにした。
封を解いて開ける。
当然のように中の手紙も純魔造紙だった。
手紙の文字も同じ人物が書いた字に違いない。きれいな字ではない。
内容は、俺の上級到達を祝う言葉から始まっていた。
他の幹部から話で聞いたことがずらずらと書かれている。
東には行くなとか、西に行けばさらに闇の力を発揮できて超上級だとか。
闇の真価が行き着く先は魔法じゃないんじゃないかとか。
西のダンジョンの話も言及されていた。
……二人の事についてはまったくと良いほど触れられていない。
なぜこれを渡すように書いてあったのかわからないほどだ。
最後の行付近になって、二行で追伸がかかれていた。
”長々と書いたけど好きに動けば良いよ。君がどう動いても大筋は変わらないから。
それと■■■相棒曰く『超上級になったらまた挑みにいくから、急いでくれよ。極限級でもいいぞ』だそうだ”
え、まさか……。
一行目の意味はまったくといって良いほどわからない。
二行目は……なんだ。塗りつぶされた文字をよく見ると「生涯の」か?
塗りつぶされた文字の意味もよくわからない。
しかし、その後に書かれた言葉は俺の心に深く刻み込まれている。
かの到達点が俺にかけた言葉だった。
ザムルング商会の会長は、もしや到達点に近しい人物なのか?
それなら、あらゆる点に合点がいく。
馬鹿みたいな資金力。
各地でのヘッドハンティング。
未来を見据えた視点、それに魔法への知識。
極限級のあの人と近しい人物ならそれはあり得る。
だが、近しい人物がいるなどと寡聞にして聞いたことがない。
「大丈夫っすか?」
二人が俺をジッとみていた。
「あ、ああ」
大丈夫じゃない。
二人にはこの気づきは伝えるべきじゃない。あまりにも危険すぎる。
「俺は……、お前らに何を言ったらいいかわからなくなった。故に、思っていることをそのまま話す」
二人は頷いた。
「俺はザムルング商会の会長がこの上なく苦手だ。この手紙を読んでさらに気持ち悪さが増した。もう関わり合いたくない」
本気である。
次に手紙がきたら読まずに捨てるつもりだ。
「しかしだ。未来を誰よりも見ている点と適切な人員配置については否が応でも認めざるをえない」
北の支部、南の支部ともに適切な人物だ。
おそらくモノマキアにはフレイ女史しかありえず、モッペ湿原にはナフティスが、ティミ区域はグノスィしかあり得ないと思うほどだった。
それに起こることが本当に見えているかのような言葉。
もはや予想を超えて予言である。
「その会長閣下様が、この街の支部の創設にあたりお前ら二人に声をかけたということは、未来のこの街、――この地域にとってお前らが必要不可欠ということなんだろう。幹部は、親しい奴としか書いてなかったが誰になるかわかるか?」
「ガマ爺です。ガマ爺のところにも会長から手紙が来ていました。ただし、私たちが商会の末席に着いた場合に限ると。もしも私たちが断るなら外部から役割に適う人物を送ってくるようです」
よく名前を聞くガマ爺ね。
周囲の信頼も厚く、話の長い人物と聞いている。
都市建設の急進派に対する、保守派としての役割を与えるのか。
この二人が周囲との折り合いをつけていくという流れに持っていくのだろう。
「ガマ爺殿はその件に関しては何と言ってるんだ?」
「俺達がやるなら、その役を引き受けようと言ってるっす」
二人に決定権を委ねたか。
無責任だとは思わない。むしろよく任せられたと感心する。
そして、俺のところへも相談しに来たと。
それなら俺も無責任な思いをつらつら述べるだけでは駄目か。
きちんと俺の意見を伝えておこう。
「俺の意見は変わらん。ザムルング商会は微かに譲るとして、会長が直に出てくるようなら関わらん方が良い」
「反対、ということですか?」
「そうだ。最初に言ったとおりだ――ザムルング商会はやめておけ」
俺にこの手紙を渡した意図がやはりわからない。
俺が反対していたらこの手紙を渡せ? 脅しのつもりか? それとも驚かし?
薄気味悪く、やや危なそうな会長だったが、明確に、とても危険で気持ち悪い会長へと悪化した。
ますます、この二人をそんな危ない商会と関わらせたくない。
絶対にザムルング商会とは関わらせるべきでない。
――と俺に思わせることが狙いか?
実際に思っているのだが、そう思わせることが狙いならどうなる?
この二人が商会に籍を置くことを、俺は断固として反対する。
事実、反対の意を示したところである。
……ああ、もしかしてそうなのか?
なんとなく俺にやらせたいことがわかってきた。
ずいぶんとまどろっこしく、ひねくれたやり方が好きなようだな。
やはり俺が苦手とするタイプだ。
性格が歪んでいる。
「俺の素直な意見は述べた」
二人は悩みをさらに深くしている様子だ。
ここで口を閉ざすこともできたが、やはり言っておくべきだな。
「――肝心なところを聞いてなかった。お前たちはどうしたい?」
この点は会長ではなくとも聞いておくべきだろう。
俺の意見や、ガマ爺、ギルド、その他多くの意見を持ってしてもなによりこれが大切だ。
「俺は反対した。ガマ爺殿はお前らに判断を委ねた。他の奴らは賛成するかもしれない。だが、誰が何を言うかなんてどうでもいいことだ。お前たちはどうしたい?」
この話はつまるところ、そこに行き着く。
行き着かねばならない。
俺に反対されたからやめる。
誰かに賛成してもらったからやる。
その程度の気持ちでやるのなら何もしない方が良い。
「俺はお前らの名前を未だに覚えられん。だが、お前らが言ったことはよく覚えている。男よ。お前は以前言ったな。『みんなが楽しく、やりたいことをやれるのは夢だ』と。その通りだ」
男は「そんなこと言ったっけ?」と女に確認を取っている。
あれ……、もしかして言ってなかった?
「言ってました。霊園を拡大する話をしたときですね」
「そうだよな。ほら。言っただろ」
別の奴の発言と勘違いしたかと思ったじゃないか。
男も「ああ!」と相槌を打っている。本当に思いだしてるのか怪しいな。
「みんなが楽しいことなどほとんどないし、やりたいことなどしがらみがあってだいたいできん。誰かが楽しければその割を食ってる奴がいるし、やりたいことはすでに誰かがやっていて、仮に自分がやることができても生きていけん。お前が夢と考えるのは間違いではない」
二人はぽかーんと口を開けている。
「――だが、正解でもない。辛くとも、お先真っ暗とわかっていても、『自分がやるのだ』という断固たる意志と数多くの実行をした者のみがたどり着くのもまた夢だ。何もしない者が語る『夢』と歩んでいる者が語る『夢』は別物だ。一緒にするべきではない」
男はよくわからなさそうだ。女も戸惑っている様子である。
わかりづらくてすまんな。
「俺は歩んでいる者が語る『夢』が好きだ。俺自身もそうでありたいと思うし、そうしているものを応援したいと思う。この度の話の冒頭で、俺は『先の発言を撤回する』と言ったが、この言葉を撤回する」
男はさらに何を言ってるんだと間抜けな顔になっていた。
「俺は、お前らがザムルング商会に入ることには反対だ。しかし、俺の反対をはねのけ、お前らの夢を為すため確固たる意志を持ちザムルング商会へ入ったのならば、俺はお前らを応援しよう。お前らの意見が俺の夢を形にするように、俺の力もまたお前らの夢を支えよう。霊園にはいつでも来い。歓迎する」
二人はようやく俺の言いたいことがわかってくれた様子だ。
最初からこれだけ言えば良かった気もする。
「相手が相手と言えど……、やはりお前らをきちん見ていてくれたことは喜ばしいことだ。お前らの思った道を歩め。どんな選択をしようと俺はその意志を尊重する」
二人はただ「はい」と言って帰っていった。
次に二人が来たのは三日後だった。
「俺達、冒険者を辞めてザムルング商会に入ったっす」
「リッチ様。今後もよろしくお願いします」
良い顔をしていた。
これから新しい道を歩んでいくぞという清々しさを感じる。
「三日ほど遅れたが、今日こそ記念日だ。お前らが新たな道を踏み出した記念となる最初の一日。祝う必要があるな。――おい、骸骨」
「ハッ!」と良い返事をして眼の前から出てくる。
せめて横からにしろよ。二人も驚いてるじゃないか。
「踊ってやれ」
「よろしいのですか?」
「今踊らずにいつ踊るのか?」
「音楽を付けても?」
「よい。むしろやれ。お前らが作業をサボってこっそり練習していることは知っている」
「これは参りましたな。ご存じでしたか。して、歌は?」
「状態異常がない程度ならかまわん」
「それでは――」
骸骨がクルッとキレのある動きで後ろを向いた。
何も言わず、両腕をサッと上げる。
霊園全体からアンデッドが湧いて出てきた。
骸骨どもが楽器を打ち、腐れ包帯は手に包帯を持ち踊り、霊体は歌う。
屍体も手に武器を持ち踊っている。動物死骸共はとことこリズムに合わせて歩いていた。
骸骨の指揮の下、各霊園のアンデッド共が見事に一つとなっている。
……冒険者と戦っているときよりも統制が取れてないか?
「おい」
「どうでしょう?」
「いやはや見事だ。素晴らしいぞ」
本当に素晴らしい。
期待していたものを遙かに上回っている。
二人も、この歌と踊り、それに演奏が自分たちに捧げられているわかり感動している。
「そうでありましょう」
「そうなのだがな。あの楽器はなんだ?」
骸骨の楽器はいつぞやの骨と墓じゃない。
人間が使うかなりまともな楽器を扱っている。それも数台ではない。数十台だ。
「こんな日が来たときのために臣が購入しておきました。王にあってはご存じのことでしょう?」
「知らんぞ。何か資金が減ったなと思ったがこういうことか」
骸骨は笑いながら地面に潜っていく。
遠くで現れて、他の骸骨達と踊り始めた。
「……まあ、今日だけは許してやるか」
横の二人も満足している。
二人の新たな祝う出費としては安すぎるというものだろう。
霊園に響く曲の名を俺は知らない。
おそらくまだ曲名も決まってないだろう。
そうであれば、このタイトルの名は今きまった。
二人の名前をつけた曲にする。
いつか二人が夢を叶えた暁には、またこの曲を奏でてやろう。
始まりがこの曲にあったことを思い出させ、歩んできた道のりを振り返ることができるように。




