死んだんじゃない。生まれ変わったんだ
隣にいた骸骨が語りかけてきた。
「お目覚めになりましたか。闇の王よ。」
なぜ骸骨が喋る?
「夢だな」
俺は目を瞑る。
しかし、まるで眠くならない。
「我らアンデッドに眠りは不要です。眠らぬ我らの王よ」
「人を不眠症のトップみたいに呼ぶのやめろ。だいたいお前、最初に『お目覚めになりました』と言っただろ。違うか」
骸骨は申し訳ないと首を静かに下げる。
首を下げたら頭蓋骨が落ちて地べたを転がった。
「失礼。頭が落ちました」
「いや、それはもう失礼なのかすらわからない」
状況を把握しようと頭が考えるよりも前に、状況の方から頭に流れ込んでくる。
ギルドで見たスコタディ霊園の地図。モンスターやボスの情報、位置、状態。
それら全てが俺の頭に入り込み、そして一つのことを伝えてくる。
「俺が、ボス?」
「然り」
骸骨は厳かに肯定する。
「なぜ?」
俺がボスになったことはわかるが、なぜボスになったのかはわからない。
むしろ俺は、ボスを初めとしたモンスターを倒す側だ。
「あなた様が闇の王でござりますれば」
「闇の王ってなんだよ。お前は骨の王か」
骸骨は首を横に振る。
また頭が落ちたが、今度は腰付近でキャッチした。
そして、その位置のまま喋る。
「闇を操り、我らの上に君臨せし者。生者は畏れを込め、かの王をリッチと呼びます」
「待て。お前の声が頭蓋骨じゃなくて、何もない頭付近から出てるんだけど」
「仕様でございます。さあ、王よ! 我らに闇の導きを!」
よく喋る骸骨めがけて詠唱を行う。
〈闇よ! 喋る骸骨を滅せよ〉
目の前に出た闇は普段とは比べものにならない出力だった。
霊園の墓を軽く数十は飲み込んでしまう。
「おお! これぞ闇の導き! 皆の者! この闇を我らが寄る辺とせよ!」
「ぐおおおおおおお!」
地から多数の骸骨が生えてきた。
比喩ではない。本当に骸骨が地面から湧き出てきたのだ。
「うわぁ」
さらには空を浮かぶ霊体が、祝福するように俺の周りを飛び回る。
ちなみに霊体が出している音は聞きすぎると混乱状態や恐怖状態になるので早めに潰さないといけない。
「王よ!」
「なんで骨が砕け散ってるのに声だけ出てくるんだよ」
「仕様です」
またそれか。
「それで、俺は何になったって?」
「闇の王です」
「違う。そっちじゃない。生者が呼ぶとか言うほう」
「リッチです」
リッチ――聞いたことはある。
偉大な魔法使いが不老あるいは不死を求めてなるものだと。
もしくはより高次元な魔法を得るためになるとも。
「俺が、リッチになった?」
「いかにも。我らが王よ」
「なぜ、俺がリッチに?」
「闇の導き手故に」
「もういい。黙ってろ」
わからない。
詳しくは知らないがそんな簡単になれるものではないはずだ。
しかも、どこかの超上級ダンジョンまでいかないとおそらく出てこない類いのモンスター。
モンスター以外ではそんな存在を聞いたことがない。なぜ俺が――。
「俺がリッチ、モンスターで、しかもボス」
「素晴らしいご理解でございます。さすがは我らが王」
黙ってろって言ったのに。
「王よ。我らに闇の導きを」
姿のない骸骨がそう言うと。
周囲のアンデッドどもも倣って同じように声を出す。
「戻らなくては。人間に戻らなくてはいけない」
周囲の骸骨がカタカタと音を鳴らし始めた。
まるで俺をあざ笑っているようだ。
「王よ。侵入者でございます。みな、侵入者に怯え、震えております」
これ怯えてたのか。
笑われてるのかと思ったよ。
……侵入者?
意識すれば、頭の中に勝手にその姿が映った。
安い皮の鎧を付けた若い男に、木の棒にちょっと魔力を込めただけの杖を持った少女。
明らかに冒険者だった。初心者を卒業したばかりだろう。
実力が明らかに足りていない。
「なめているな」
いつの間にか復活した骸骨が隣で首を振っている。
「いかにも、なめくさっております。我らの淡き光を集める、生きた魑魅魍魎ども。我々と奴ら、果たしてどちらが真の亡者なのか」
ヘイ、スケルトン。
俺がさっき目覚めるまで冒険者だったってことを忘れたか?
仕方ないか、頭の中からっぽだもんな。
……しかし不思議だ。
早く帰れと思う老婆心が湧き出る一方で、自分の領域を侵される不快さを感じる。
俺は本当にアンデッドどものボスになってしまったのか。
骸骨が俺の命令を心待ちにしている。
虚ろな眼孔から熱い期待を感じる。
「まだ奴らは自らの実力を把握していない。少しこわがらせてから帰してやれ」
「王の命を伝える! 『身の程を弁えぬ愚かな生者共に我らが威光を示すときである。死せし我らが怨念をもって、奴らを地へ還すべし!』」
拡大解釈!
こんな命令が本当に実行される訳がない。
しかし、遠くからアンデッド共の歓声が聞こえてきた。
「おい、待て! 違っているぞ! 止めさせろ!」
「お言葉ながら王よ。『綸言汗のごとし』とも言います。我ら汗は出ませんが、すでに王の言の葉は我らが骨身に沁みわたり、みな骨身を削り実行に移っております。骨だけに」
長ったらしい言葉で言ってるが、要するにもう撤回する気はないということだ。
それと無理に骨を言葉に組み込まなくていいからな。
「もういい。俺が行く」
「王、直々に! お供致します!」
「こなくていい」
行くとは言ったし、足も現地へ動かしているのだが……生きてるのか?
あの装備で、大量のアンデッドに襲われたら死ぬぞ。
「あああああああ! 助けて! 助けて!」
「言ったじゃん! だから私、言ったじゃん! まだ早いって! ガマ爺さんにも言われたじゃん! もっと強くなってから挑むべきって!」
「うわああああ! きこえなああああい!」
「うん、生きてるな。元気だわ」
骸骨達も騒ぎ立てて二人を追いかけている。
ちょうど良いことに賑やかな二人組はこちらへ向かってきていた。
「それ以上は追いかけてやるな」
「全体! 止まれ!」
ちゃっかりついてきていた骸骨が指示を出す。
しかし、今さらだがこいつらの言葉がわかるな。
人間だったころはさっぱりわからなかったのに……、いや、まだ人間のつもりなんだが。
「見て! 骸骨共が追ってこない!」
「やったあああああ! 逃げ切った! 見たか! 骸骨共め、ヘッヘーン!」
抱き合ってすごい喜んでいる。
「おい、お前ら」
抱擁を邪魔して悪いとはまるで思わない。
呼ばれた二人もこちらを見た。
「ガマ爺さんとやらの言うとおりだ。お前らじゃまだ、ここに挑むのは早すぎる。才能がないなら、ないなりに工夫を重ねてから。弱いなら弱いなりに人を集めてから挑め。……聞いてるか」
二人は口をだらしなく開きこちらをただ見つめるばかりである。
「ぎゃあああああ!」
「あああああああ!」
二人は仲良く叫び、その場に崩れ落ちた。
なんなんだこいつらは。
「おい、こいつらを入口付近まで――」
連れていってやれ、と振り返ったところで全て理解した。
頭の中のダンジョン情報をもっと意識すべきだった。
俺の後ろには、ダンジョンにいる全てのアンデッドが揃っていた。
骸骨が、腐れ包帯が、霊体が、かつてボスだった四体の屍人もそろい踏みだ。
「見たか、我が同胞ら! 我らが王が! 闇の王が! ただその声のみで、愚かなる生者を地に堕としたぞ!」
歓喜ここに極まれり。
霊園にはアンデッドの勝ち鬨が響いている。
彼らの先頭に立ち、横たわる冒険者を見下ろした。
彼らを倒したのは俺じゃなく、自分たちだということに気づいていない。やはり頭は空っぽだ。
「……なぜだ。どうしてこうなる」
「『なぜ』ですと?! ご謙遜を! 我らが王の威光によるもの以外、何物でもありますまい!」
「違うんだよなぁ」
俺の嘆きは、隣の骸骨の高笑いで消え去っていく。