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奇獣戦士 - if you can dream it, you can do it -

 翌日、冒険者養成校は賑わっていた。


 外部からの客を招き、どういう教育活動をしているのか外部に知らしめる日らしい。

 客と言ってもお偉いさんというよりは、地域の人や訓練校に興味を持っている子供や保護者向けの祭りに近い。


 外に設置された模擬戦場には多くの観客が集まっている。

 ちなみに俺は遠くからアンデッドの眼を借りて見ているだけだ。

 これは俺の考えていた模擬戦ではない。どちらかと言えば見世物に近い。


「今日はスペシャルゲストに来てもらいました!」


 司会者に案内されて演台に上がったのは銀髪の女だった。

 凜々しい顔つきだが、何を考えているのか読み取りづらい表情でもある。

 女が演台に上がると周囲は騒ぎ始める。司会者が何か言ったようだが聞き取れない。


「本校の第一期生であり! 超上級冒険者パーティー『チューリップ・ナイツ』の白騎士! インゼルさんです!」


 観客の声に負けじと司会者が、叫びつつ紹介すると周囲は大盛り上がりだ。

 男よりもむしろ女達の方の熱狂度合いがすごい。泣いている奴すらいる。


「インゼル様ー!」

「眼があっちゃった!」

「こちらにも視線を! お恵みを!」


 この声が遠くにいる俺まで聞こえてくるようだ。

 白騎士は無表情で観客に手を振っている。観客はさらに黄色い歓声をあげる。

 ついには一人倒れて、スタッフに連れて行かれてしまった。

 氷結の白騎士様は大人気だな。


 白騎士も気になるが、俺がより気になるのは白騎士が手を振る相手だ。

 まさしく俺のよく知っている若い三人組だった。ここに来るとは聞いてなかったなぁ。

 女の方は喜んで手を叩いているし、男は鼻の下を伸ばしているし、妹は白騎士に手を振り返している。

 お前ら……、またチューリップ・ナイツの人と仲良くなっちゃったの?


 はて? 俺を呼んだはずのタレンドが見当たらないな。

 仕方あるまい。この賑わいではどこも人手不足が明らかだ。

 おそらくあちらこちらから引っ張りだこなのだろう。


 各方面で人が出ずっぱりということは、逆に言うと本来必要なところへの配置が緩む。

 もっと言うと、入って欲しくない場所への出入口に人を割くだけで、その内部への監視が緩む。


「おーうーさーまー」


 気の抜ける声が聞こえてきた。


「見つけたか?」

「はーいー、こーこーかーなー」


 霊体がふわふわと俺に知らせてきた。

 普段なら骸骨なのだが、あれは目立つし、現場監督で忙しいので置いてきた。


「よし。飛ぶぞ」


 「プロトキメラ」と呼ばれる計画に興味が湧いた。

 完璧な戦士というものがどういうものか見てみたくなっていた。

 嫌でも関わり合うとは言われていたが、待つのは柄じゃない。こちらから拝みに行ってやる。

 千年後の魔法理論を知る会長様が気にするほどのものである。きっと何らかの価値があるものなのだろう。


「なんだこれ?」


 転移で飛んだまでは良いが、別におもしろみも何もない。

 よくわからない液体が瓶に入れられ、訳のわからない理論が板に書かれている。


 明らかにやばい超人がずらりと整列していると予想していたのだが、様子がだいぶ違う。

 学者先生の研究室に近いな。まぁ、グノスィがいたくらいだからこんなものか。


「拍子抜けだな」


 声に出すくらいには、失望の度合いが大きい。

 拍子抜けもここに極まれりだ。ため息もでてきた。


「――くれ」


 声が聞こえてきた。

 知っている声だ。


「――まだ早すぎる」

「決定事項――」


 間違いなくタレンドだ。

 誰かと何かを言い合っている。


 ――俺の姿を消す。


 低位で姿を消して、部屋の隅に寄っておく。


「誰に使うというのだ」

「ユーチルだ。彼なら使用に耐えられるだろう」


 入ってきたが、明らかに険悪だ。

 頭が堅そうな男が二人。一人は武官でタレンド、もう一人は文官だろうな。


「タレンド殿。我々は結果を示さねばならない」

「結果なら我々の訓練で十分示せている。そのようなモノに頼ることはない」


 文官が鍵のかかった棚から何かを取り出している。


 宝石? いや、結晶か。

 禍々しいほどの赤さを秘めた結晶がつままれている。


「先ほども言ったが、これは決定事項だ。タレンド教官。ユーチルを連れてきてくれ」

「無理だ。あの子はまだ若すぎる。制御しきれない」

「そのために貴方がいるのではないか。さあ、早く彼をここへ」

「…………いや、自分がやろう」


 タレンドが長い沈黙の後、そう言った。


「ほう。タレンド殿が?」

「ユーチルがそれを使えば確実に暴走する。自分が制御するとは言え、暴走の光景を多くの観客が見ることになる。俺であれば制御は問題ない。お前らは結果が欲しいのだろう」

「……成功の確率は比べものにならないだろうな。だが、万が一、貴殿が制御を誤った場合、誰がその暴走を止めるというのか?」

「今日、ここへ、誰が来ているのか忘れているのか?」

「なるほど。貴殿の自慢の白騎士が来ているのだったな。良いだろう」

「それだけではない」

「ん? まあいい」


 文官が結晶をタレンドに渡した。

 タレンドは結晶を一瞬だけ見つめ、それを口に入れ飲み込んだ。


 文官も恐る恐るタレンドの様子を見守っている。


「……このとおりだ」


 タレンドは眼を開き、平常であることをアピールしている。

 文官はようやくほっと息をついた。


「さすがはタレンド殿だ。行くとしよう。我々の成果を見せにな」

「――ああ」


 二人が部屋から出て行った。


 ……今の変化に気づかないとはやはり文官だな。

 結晶を飲み込んですぐ、タレンドの気配が変質していた。

 落ち着き払った戦士のそれから、獰猛さを巧みに隠す獣のそれへと。


「あれは、なんだった? どういう薬なんだ?」


 姿形はまさしくタレンドだった。

 しかし、その中身は明らかに変貌を遂げている。

 もはやタレンドの気配など数滴も感じなかったぞ。獣。しかも魔獣のそれだ。


「いや、俺が人のことを言えた義理ではないか」


 俺、リッチだからな。

 だがリッチになっても意志は残っている。

 それではタレンドの意志は魔獣になっても残るのだろうか。


「プロトキメラ計画か」


 ここに来て、俺はようやくこの計画が非常に良くないものだとわかってきた。

 聞いていたよりも、思っていたよりも、数段ほど頭がおかしい計画じゃないのか、これは。


 剣も魔法も両方使える筋骨隆々のパーフェクトソルジャー達が汗水流して訓練している様子を思い浮かべていたが、先のタレンドを見て、そんな光景が吹き飛んでしまった。


 あの気持ち悪くて、人の感覚まで無遠慮に踏み込んでくる、千年先の未来を突き進む某商会の会長が「介入して欲しいなー」とか言ってる時点で、よく考えなくても気づいて然るべきだったのだ。


 何が「君の好きにしろ」だ。無責任な学者どもめ。

 あんなものを「作製」するだと? しかも「完璧な戦士」と抜かしやがる。

 ただ強ければ良いと思っているような頭でっかちな連中が考えることは、おぞましさしか抱けないな。


〈闇よ。この部屋を完膚なきまでに破壊しろ。ただし静かにな〉


 波が砂を侵食するように、闇が部屋を飲み込んでいく。


 こんな研究室を残しておいてはいけない。


 ここは戦士の育成に不要な場所だ。



 研究室を人知れず粉みじんにした俺は模擬戦場へ姿を移した。

 俺が転移しても、誰も俺に注目しない。


 みなの意識はただ二人の槍使いに注がれている。

 一人は白銀の髪の女、そしてもう一人は頬に十字が刻まれた男。


 二人の攻防は常人の目に追えるものではない。

 それでもどちらが優勢なのかは誰の目からも明らかである。


「ぐっ……」


 白騎士がタレンドの薙ぎ払いを食らい、土埃を上げて飛ばされていた。

 タレンドはそこへ容赦なく追撃を仕掛けていく。


 観客はもろに引いている。

 おそらく最初は予定どおりの模擬戦を見ているつもりだったのだろう。


 しかし、今の一撃は明らかに命を奪おうとしたものだった。

 それは素人が見ても、はっきりとわかるほどに攻撃的である。


 みなが二人の攻防を見ている隙間を縫って見覚えのある男が出てきた。

 タレンドと一緒にいた文官だった。俺と見事に目が合った。


 ――俺の言葉に従わせる。


『状況を説明しろ』

「白騎士が戦っている様子を見ていたタレンドの様子が豹変し、白騎士に襲いかかった」


 言葉に出ていたとおりだ。何かを制御しきれなかったのだろう。

 あるいは最初から強敵を探していたのか。


『あの赤い結晶はなんだ?』

「プロフェッサー・ゾイの残された、最強の戦士を作るための薬。それを自分たちが改良したモノ。まだ調整中だが、十分に機能している。見ろ。これがあれば最強の戦士が思うがままに量産できるぞ」


 やはり戦士の意味をはき違えているな。


『あの状態の解除方法は?』

「二つある。一つは死ぬこと。死ぬまで戦い抜く。それこそが戦士だろう」


 戦いたいなら自分で戦え。

 そして死ね。この大馬鹿野郎が。


『もう一つは?』

「研究室にある解毒剤を注入することだ」

『……その解毒剤は、研究室以外にはないのか。どこかに予備とか置いてあったりするとか』

「ない」


 真の大馬鹿野郎は俺だった。

 研究室は全部ぶっ壊しちまったぞ。

 やっべ、タレンドは死ぬまで戦うってことか。


「いや、戦闘不能にすればいけるか」

「完璧な戦士に戦闘不能などあってはならん。あらゆる精神および肉体の状態異常を無効化する。命を全て燃やし尽くしてこそ戦士であろう」


 それは狂戦士というんだ。


 それならあれは狂化の一種とみなせるか。

 しかし、狂化とは何かが違う。


 上手く説明できないのだが、野性味が多すぎる。

 狂戦士はまだイカれて暴れているだけで、あそこまで利口的かつ感覚的に動かないだろう。


『薬の作り方を知っている人間を教えろ』


 聞いてから多いとまずいなと思ったが、わずか数名だった。


『薬に関する書類を可能な限り処分しろ。最後は、お前自身の処分をもって命令を完遂とみなす。――行け』


 文官は迷いなく歩んでいく。

 俺はその背を眼で追うことはしない。

 そんなことよりもすべきことが今はある。


「あるのだが……」


 タレンドを止めたい。

 しかし、あの二人の間には入れない。


「無理だ。絶対に死ぬ」


 眼で追うこともきつい。

 赤騎士がやったように白騎士も氷の属性付与を自らにかけている。


 白騎士の動きがおかしい。速すぎる。

 氷の上を滑るように移動している。しかも目に留まらぬ高速で。

 俺の目でギリギリだ。素人目線ではもはや短距離を連続転移しているように映るだろう。


 さらに氷の力が相手の力と動きを削いでいる。

 氷結の白騎士とはよく言ったもので、相手と自分のどちらをも氷で攻めていく。


 それよりも強いのが今のタレンドだ。

 白騎士の動きについて行くどころか上回っている。

 氷属性の影響で動きは鈍っているようだが、それでもなお白騎士よりも速い。

 戦闘不能にするとかそんなレベルの相手じゃないな、こいつは。


 俺ができることと言えば、観客を巻き込むような攻撃を防ぐことだけだ。

 闇の獣と中位による壁で大抵の広範囲攻撃はカバーできる。


「リッチ様」


 男と女、あと妹がめざとく俺を見つけて近寄ってきた。


「あれはどういうことですか?」


 事情を簡単に説明してやる。それ以外にできることが本当にない。

 白騎士の属性付与が尽きるのが先か、タレンドの命が燃え尽きるのが先かだ。


「闇の低位でどうにかならないんすかね?」

「ならなかった」


 実はもう試した。低位による攻撃は全て避けられた。気持ち悪いほどの勘で避けられる。

 白騎士にも邪魔だと睨まれたので、ここで観客の守りに徹してる。

 また自らの無力さを味合わさせられることになってしまった。


「いや、それじゃないっす」


 俺が纏う闇を男が指さして言った。

 よくわからんので、女を見る。女もわからないと首を振った。

 そりゃそうだよな。お前は魔法使いじゃなくて戦士に近いからな。

 妹を見る。不安そうにこちらと白騎士を交互に見ている。見る相手を間違えた。


「もう少し具体的に言ってくれ」

「あっちに闇の属性付与をかけられないんすか?」


 ……そうか。

 白騎士に闇属性の付与をかけて強化しろということか。


「やってみよう」


〈闇よ。俺の側へ来たれ!〉


 最近は縮めるばかりだったが、今回は拡大させる。

 戦っている二人の足下へと闇を伸ばしていく。


 こちらを睨む白騎士に闇へ入れと合図する。

 ……駄目だ。さっぱり伝わらない。


「インゼルさん! 闇属性を付与します!」


 女が叫ぶ。さらに周囲の三人が俺の闇を指さして白騎士に合図を送った。

 表情は極めて薄いが、嫌がっていることはわかる。


 不承不承の様子を隠さず白騎士が俺の闇に包まれた。

 白と黒が混ざり、何かよくわからない状態になりつつある。


 ――白騎士に速さの付与を与える。


 俺の闇を通して、白騎士に強化をかける。

 これは骸骨達で実験済みなのでうまくいった。

 白騎士が目に見えて……、見えないほどに速くなっている。


 ――白騎士の槍に束縛を付与する。


 白騎士の攻撃でタレンドの動きがさらに鈍っていく。

 致命傷は負わせていない。白騎士の狙いもタレンドの戦闘不能だろう。


〈氷よ! 清冽なる牢獄に彼を閉じ込めよ!〉


 タレンドの動きが止まったところで白騎士の槍がタレンドの肩を貫いた。

 その槍を抜けば、透明な氷がタレンドを包み込んでいく。

 最後にタレンドの口が何か動いた。


「やったすね!」

「やりましたね!」


 二人は安堵の声を上げている。

 しかし、俺は気づいている。白騎士も気づいているのだろう。

 タレンドが最後に動かした口の動き、あれは「逃げろ」だったように見えた。


「一件落着っすね!」

「二人ともかっこよかった!」


 女は俺達二人の様子に気づいている。

 男と妹の腕を掴み、こちらに移動するのを止めていた


 タレンドを覆っている氷から軋むような音が聞こえる。


「君たちは下がっていたまえ」

「すぐに離れろ。絶対にこっちへ来るな」


 様子がおかしいぞ。

 俺だけでなく白騎士も異変に気づいている。


 包み込んでいた氷にヒビが走り、タレンドが徐々に動き始める。

 氷は割れ、微細な氷片が散り、タレンドの姿を隠す。


「……なに、これ?」


 落ちきった氷片の後に現れたタレンドの姿は先ほどまでとは違っている。

 無表情を一貫してきた白騎士も驚きを隠せない様子だ。

 もちろん俺や周囲はもっと驚いている。


 タレンドの肩口から翼が生えている。

 左肩の後ろからは黄色の上向きの翼。右肩の後ろからは赤と白が混じる下向きの翼。

 右腕はまるで獣のように毛むくじゃらだ。一方の左腕は蛇のようにぐにゃぐにゃとむち打っている。

 足はなんだろうか、蹄を持ったヤギのようだ。あるいは馬なのか。

 顔の周りは獅子のごとく鬣に覆われている。

 なんだこれは?


〈氷よ! 凍てつかせるは、我が身!〉

〈闇よ! 我が近傍に満ちて現れよ!〉


 詠唱は同時だった。

 おそらくは白騎士も何かを感じたはずだ。


「足止めを頼む。俺は観客を逃がす」


 白騎士は振り向かない。小さく頷くだけである。


 ――観客を丘の上に転移させる。。


 周囲の観客が闇に飲まれて消えていく。


「リッチ様! 闇で覆うのは白騎士じゃ――」


 男が俺に叫びつつ消え去った。

 言われなくてもわかっている。白騎士に闇属性を付与だ。


〈闇よ。俺の側に現れよ〉


 低位を重ねて発動する。

 闇を上手く白騎士の下へ伸ばし、闇を収束させていく。

 白騎士は、今度は抵抗を見せることなく俺の闇を受け入れた。


 一方のタレンドこと奇獣である。

 蛇のような腕が、地面に落ちた槍を拾い上げる。

 それを毛むくじゃらの腕が掴んだ。獅子の頭を左右へ回し、こちらを見る。


 奇獣戦士は――ただ槍を振るった。

 他に何かをしたようには見えない。


 それだけで俺たちは地面と平行に飛んでいる。

 白騎士は上手く着地したのが見えたが、俺はまだ地面に落ちそうにない


 ――俺の勢いを落とせ。


 徐々に飛ぶ勢いは落ちていき、俺も上手く着地した。

 闇と氷を付与した白騎士と、奇形戦士はすでに戦いを始めていた。


 ――白騎士に最大の速さを付与。

 ――白騎士の槍に束縛を付与。

 ――白騎士の氷属性を強化。

 ――白騎士の知覚を拡大。


 これでようやく互角。……いや、これでも分が悪い。

 ほぼ二人の姿は見えていないのだが、ときどき白騎士が押されているのが見える。


 俺の可能な限りの強化を付与した白騎士ですら、奇形戦士ことタレンドを抑えられない。

 奇形戦士が動くごとに白騎士の傷が一つ、また一つと増えていく。


 俺には白騎士の強化以外にできることがない。

 何をしても足を引っ張ってしまうだろう。

 この状況で俺に何ができるのか。


「タレンド師範。どうか元の姿にお戻りください。自分を指導したあの頃の戦士の姿へ」


 今までタレンドと口をきかなかった白騎士が説得を試みている。

 この試行が今の絶望的な状況を表していた。説得以外にできることがない。


 そして、この白騎士は説得にまったく向いてない。

 表情はほぼ変わらず、声の抑揚もさほどないので、端から見ていても揺り動かされるものがない。

 下手な役者の演技を見ているようだ。


「師範。戦士の在り方を、今、一度……」


 もはや請願だった。

 しかし獣に言葉は届かない。

 慈悲も容赦もなく、獣の槍は白騎士をなぎ払った。


 白騎士は起き上がらない。

 奇獣戦士は倒れた白騎士に追撃を加えなかった。


 迷わず俺を見てくる。


 ――俺をあそこに転移!


 考える余裕もなかった。とにかく距離を取る。

 目に見える範囲で一番遠くを意識して、転移を発動させる。

 本当にギリギリだった。景色が暗転する直前に奇獣戦士の槍が首に迫っていた。


「は?」


 転移は成功したはずだ。景色は変わっている。

 景色は変わっているのに奇獣戦士がまだ目の前にいる。


 え? 転移後の俺を一瞬で見つけて、移動してきたってことなのか?

 事実として間違いなくそうなのは明白だが、頭はその事実を認めようとしない。


 ――俺を、


 二度目の転移は間に合わなかった。

 奇獣戦士の槍が横薙ぎに振られた、と気づいたときにはもう俺は吹き飛んでいた後だった。


 喜ぶべきことかどうかはわからないが、新しい発見もあった。

 俺はリッチになり腕を切り落としても痛くなかった。どこまでなら失ってもセーフなのかわからかったが、この試行に進展が見られた。

 どうやら体が半分になっても割と無事で生き続けられるようだ。


 下半身を失い、上半身だけで地面に立っている。立っている? 転がっているかな。

 中身がいろいろと出ているのだが、意識はまだある。やはり首から上をやられるとやばいのだろうか。

 獣も俺のこの状態を見て、殺すべきかどうか判断に一瞬の迷いが生じた。


「駄目か」


 見逃してはもらえなかった。

 一瞬で俺へと近づき、槍を上げ……止まった?


 槍は振り上げられたまま止まっている。

 悲鳴がすぐ近くから聞こえた。どうも俺の後ろ側には、逃げられなかった奴らがいるらしい。


 なぜ槍が止まったのかはわからないが、好機ではある。

 そして、そのわずかな好機を逃さない奴もいた。

 獣の横腹から血に塗れた槍が生えてくる。


〈氷よ。清冽なる牢獄に彼を深く堅く押し閉じ込めよ〉


 白騎士が奇獣戦士を後ろから突き刺し、再度、氷の牢獄を築き上げようとしていた。

 氷が張り、奇獣戦士が氷を砕き、また氷が張る。これを何度か繰り返す。


 ……俺にもこれができないだろうか。

 誰かを強化するのではなく、閉じ込めるための闇属性の付与。


〈闇よ。俺の側に現れよ〉


 体が半分になるといまいち力が出ないということは確かだな。

 それでも低位を操り、奇獣戦士を闇で覆う。


 ――闇によりこの戦士の自由を奪う。


 願ってはみたが、奇獣戦士の抵抗たるや、暴れる獣そのものだ。

 白騎士の氷の牢獄効果が薄まっていく。俺の闇の効果だけでは抑えることはできない。


 どうすれば良い?

 ここにいる奴らではもうこの奇獣戦士を止めることはできない。

 戦士が命を燃やし尽くせば止まるだろうが、この勢いでは養成校の全員、下手をすると街の全員が殺される。


 解毒剤なるものがあったようだが、馬鹿がぐちゃぐちゃにして手に入らない。

 ほんと馬鹿。元に戻す手立てがもうない。


 ……本当にないのか。闇魔法とはこんなものか?

 リッチにもなって、こんな奇獣戦士一体すら倒すことができない。

 闇の真価を発揮しても、倒すどころか、止めることもできず、動きを鈍らせることがやっとだ。


 あの骸骨学者は言った。

 闇の真価とは「自分の性質以外の全て」を「変える力」と為す「魔法」だ、と


 到達点も言った。

 俺は闇の真価を比類無く発揮できている、と。

 さらに「そこは伸ばしていって欲しい」とも言われた。


 その後、俺は闇の低位を使えるようになり、さらに闇属性の付与も扱えるようになった。

 順調に闇の力を行使できるようになってきている……と考えていた。


 本当にそうか?

 確かに闇魔法は行使できている。だが、それは闇の真価とイコールなのか?


 真価の要件、その二番目が気になっていた。

 なぜ、自分以外を「変える」ことができる魔法と言わないのか。

 どうして自分以外を「変える力」と為す魔法などと回りくどい言い方をしている?


 なるほど俺は周囲の状況や状態を「変えて」はいっただろう。

 だが、変えたのは俺の闇魔法ではない。もしも他の魔法が使えたならそれを使って変えていった。

 本当に周囲を「変える原動力」となったのは……。

 俺の中で何かが繋がる。


「おい、白騎士よ」


 呼ばれた白騎士は眼だけをこちらに向けた。

 もはや魔力は切れかけ、体も満身創痍である。


「俺にはもはやわからんから、お前に尋ねることにする。お前はこの奇獣戦士がまだタレンドだと思うか?」

「思う」



 即答。しかし簡潔な答えは好きではない。

 せっかく口があるのだ。もっと自分の言葉を語ってほしいものだな。


「なぜ?」

「師範は槍を止めた」

「さっきのあれか? あれが何なんだ?」

「師範は言った。戦士は武器を持たぬ者を虐げない。戦士の意志はまだ生きている。それなら、まだ――」


 「戦士とはただ闇雲に力を振るう者にあらず、自身の大切なモノを守るために力を示す者」だったか。

 そうか。そんな理由だったか。確かにあの状況で槍を振るえば、後ろにいた奴は巻き添えを食らって死んだかも知れないな。


「もう一つわからないことがある。俺はお前の感情がいまいち読めん。先ほどの言葉は本気か?」

「どれ?」

「そこは言わなくてもわかって欲しいものだな。『元に戻って欲しい』――本気でそう願っているか?」


 白騎士は頷いた。

 相変わらず無表情で中身は見通せないが、嘘をつく性格ではないということはわかる。


「――ならばよし。俺の最期の力を振り絞り、お前の槍に闇の属性を付与する。お前がタレンドにどうなって欲しいのかを『祈り抜き』、その『思い』を槍に込めて刺せ。おそらくそれが『変える力』となる」


 白騎士はわからないといった顔だが、俺だってどうなるかわからない。

 与えられただけの情報は自らの知識では無い。きちんと情報を自分の中に落とし込む必要がある。

 その実証をしようとしているところだ。結果が見られるかはわからないがな。


〈――闇よ! 俺は願う! 白き騎士の氷槍に、かの者の祈りを叶える力が宿らんことを!〉


 俺とのパスが残るという点では高位。

 それが俺から切り離されるという点では中位でもある。

 さらに、その闇が白騎士の槍に付与されたという点では低位とも言える。


 全ての位を混ぜ込んだオリジナルとも言える魔法。

 発動形態は闇の属性で違いないが、何が起こるかは俺にもわからない。

 詠唱こそできたが、何も起きないのかも知れない。


 闇の真価にある「変える力」とは、その原動力にあるのではないか。

 力とは行う手段の度合いを指すものではなく、行動の原動力そのものを指し示しているのでは?

 すなわち夢、願い、祈り……。言葉にすれば陳腐だが、これらをそのまま顕すことが闇の真価ではないかと考えた。


 ああ、どうやら詠唱は認められたらしい。

 体の中から魔力が消え去っていく。


 同時に白騎士の槍がうっすらと闇に覆われた。

 えぇ……、全魔力を込めてたったそれだけの見た目なのか。


「……ここまで、か」


 上半身だけの体は、魔力によってその状態の維持をしていたようだ。

 魔力が全てつぎ込まれ、体と意識が消えゆくのを感じる。

 残念だが結果は見られそうにない。


 駄目かもしれない。十分にあり得る。

 再度復活するともう手遅れかもしれないが、きちんと最後の結末を見届ける必要がある。


 消えゆく最後の光景は、白騎士がその槍でまさに奇形戦士を貫くところだった。


 槍が刺さっているかは見ることができなかった。

 意識が消えたからではない。白騎士の凍っているのかと思う無表情に、初めて明確な感情が浮かんでいたのが印象的だったからだ。


 街で親とはぐれ、心細さで今にも泣き出す直前の子供のような、何とかして欲しいと誰かにこいねがう表情。




 ――俺の意識はここで途絶えた。

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