霊園への帰還と南への道 - the best way to predict the future is to create it -
計画当初は日帰りの予定だったが、どう考えても無理だったので一泊二日である。
今夜はどこかの宿で適当に都会の夜を過ごしているだろう。
翌朝になり郊外の隠れた霊園に、三人と案内役のフレイがやってくる。
「楽しかったか」などと聞く必要はない。
三人とも充実した顔つきだ。
「さて帰るとしよう。フレイ女史、此度は苦労をかけたな」
「いえ、とんでもありません。リッチ様、今後ともよろしくお願い致します」
「こちらこそ、優秀なビジネスパートナーができたことを嬉しく思う。それに、闘技場の運営にも一枚噛んでいるようだからな」
ふふ、とビジネススマイルでながされた。
昨夜は運営側があまりにも協力的すぎた。
実況者は知らされてなかっただろう。しかし、その後ろに立っていた奴らは昨夜のことを事前に聞かされていたと判断できる。
そうでもなければ大事な役者をリッチとなどと戦わせない。
それに闘技場全体の霊園化などそうでもないとできないだろう。
「課題の方を聞こう。知り合いはできたか?」
二人は浮かない顔をしている。……おや?
妹の方は「うん!」と頷いているので不思議な反応だ。
「カリブラおねーちゃん!」
そうかそうか、と頷いた後で聞き覚えのある名前だと気づいた。
記憶が宙をふらふらと彷徨い、ついに目的の人物へたどり着いてしまった。
「赤騎士か」
なるほど、二人が気まずそうな顔をしている理由がわかった。
しかし、話ができすぎているんじゃないか。
「私どもはその件に一切の事前関与をしておりません」
俺が視線を向けるよりも先にフレイの方から申告してきた。
「本当に偶然でしたからね」
「ちょっとはぐれたときに助けてもらったんすよ」
二人もフレイに続けて語り始める。
男と妹が迷子になって、チンピラに絡まれていたところを赤騎士様が助けてくれたらしい。
それで妹が懐いて、一緒に街を見て回ることにもなったとか。
ちなみにチューリップ・ナイツとしての活動は現在休止中だそうだ。
別に喧嘩をしたという訳でもなく、もともとバラバラで行動することの方が多いとか。
珍しいことではない。特に格が上がるとよくあることだ。稼ぎ時だけ組んで稼ぎ、それ以外はソロで活動する。
いつも一緒に活動するよりも、かえって長続きすることの方が多い。
本来は『漆黒の爪』を掃討する予定だったようだが、俺のせいでなくなり暇を持て余していたようだ。
つまり、こいつらが赤騎士と仲良くなったのは根源を辿ると俺のせいか。
状況は作られるものではなく、作っていくものなのだろうな。
「――して、お前らから見た赤騎士はどんな奴であったか?」
「かっこよかった!」
妹が無邪気に叫ぶ。
お前らは、と二人にも尋ねる。
「清々しさと猛々しさが混在していましたね」
「すみません、リッチ様。カリブラさん、めっちゃカッケかったっす!」
女は曖昧な回答で、男はすみませんとつけてくる。
「わびる必要はない。うむ。赤騎士は格好良かったか。素晴らしいことだな!」
「……怒らないんすか?」
「なぜ俺が怒る必要がある? 奴は俺の敵だぞ。下劣で惨めな敵を相手にすれば俺まで惨めに映る。まっすぐに強く、伊達な相手ならば俺もよりいっそう格好良くならねばと思える。敵として好ましいことだ」
なにせ俺自身が格好いいと思ったくらいだからな。
あの場面、あの状況で出てくるかぁ。本当は狙ってたんじゃないだろうな。
ピンチになって隠していた奥の手を使って、逆転まで持っていくとか、それは俺の十八番なのに。
しかもトドメを刺さず、颯爽と去って行きやがった。
次は俺がやってやる番だと決めた。
「そうだった。一つ大切なことを聞き忘れていた。ある意味、これが一番重要と言える」
俺が真剣な様子で、三人に向き直る。
男と女は何事かと姿勢を正した。
「親しき者への土産はちゃんと買ったのだろうな?」
三人はそれぞれ手に、持って帰るモノを見せてくる。
「ならば良し!」
そんな会話をしつつ俺達は南の霊園へ戻った。
五日後、旅のほとぼりも落ち着いてきたころだ。
二人は霊園にやってきて、例の如く俺の前に座っている。
「挑戦者が増えてないっすね」
「いいや。北からの情報では冒険者や戦士が、ここに殴り込みをかけようと息巻いているようだ。もうしばらく時が経てばわさわさとやってくるだろう」
男が首をかしげる横で、女が首を縦に振る。
「本当に来るんすかねぇ」
「絶対に来ますよ」
はて?
女の意外な反応に俺は男を見やる。
こいつはたしか「闘技場で挑発しても、来るわけねーだろ」みたいな反応をしていたはずだ。
「闘技場の戦いを見て、何か火がついちゃったみたいでして……」
ああ、熱狂してたからなぁ。
妹もノリノリで戦いを応援してた。戦士の家系なのかもしれない。
今も持っている武器が杖から棍棒に変わっている。理想的なジョブチェンジだ。
「俺はちょっと、闘技場はもういいかなって」
吐きそうだったもんな。
どうしても向き不向きはある。
俺も美術館や音楽祭は眠たくて仕方なかった。
「それで、今日は思い出話をしに来た訳ではあるまい」
「はい。今日はモッペ湿原の抜け方を聞いてもらおうと思います」
川はやはり後回しか。
そりゃそうだよな。ウリ山系から流れ出る川である。
上流域のウリ山系には近日大雨が続いたようで、川は氾濫し、もはや西側は通るどころか近づくのも危険だ。
超上級ダンジョンに挑むのはしばらくお預けだろうな。
「こちらをご覧ください」
目の前に地図を広げる。
なかなか良い紙質だ。ギルドからのものだな。
中身もかなり細かく正確な地理情報が載っていると判断できる。
「ここが霊園。こちらがモッペ湿原です。さらに南には都市圏ドクサがあります」
北から順に位置情報を示していく。
霊園とドクサの間のモッペ湿原が今回の問題だ。
あまりにも広大で不毛な湿原地帯。それに危険地帯でもある。
底なし沼に始まり、毒をまき散らす草、人を襲うはぐれモンスターと続く。
危険のバーゲンセールとはまさにここ。
ダンジョンでないのが不思議だ。
「……無理ではないか? しかもこの時季だぞ」
地理情報を解説をした女に答える。
聞けば聞くほど霊園とか作れる環境じゃない。
「私もそう思いました。ここは西か東から迂回すべきかな、と」
その言葉を聞き、男の方を見た。
二人の消去法で女じゃないなら、この男の案となるのは明白。
「移動霊園が作れないかなって」
…………待ったが続きはない。
これにて説明終了である。
微塵もわからん。
「すまんな。お前の遠大なる展望には、このくたびれたアンデッドではついていけんのだ。どうかいたわるよう優しく説明を頼む」
半分自虐、四分の一は皮肉、残りは本気である。
「湿原ってけっこう人が死んでるって聞いたんすよ」
俺達のように越えようとした者がかなりいるだろう。
その大半は超えられなかったはずだ。
死んでも屍体の分解がなかなか進まず、死んだままの姿で沼の底に残っていると聞いたことがある。
沼の底から足を引っ張られたなんて話も聞こえてくるくらいだからな。
「湿原は山や川と違って霊園が認められる土壌が、薄くではありましょうが全体に広がっています」
女が説明を引き継いだ。
できれば最初からお前が全部説明してくれ。
「問題は、霊園を設置する安定した地形が確保できないこと。モンスターや毒草はともかく、地形を変えることは難しいでしょうから」
闇の低位で地形はある程度の地形変更はできたのだが、すぐに元に戻る。
一時的な変化が起きるだけで、本質は変わらない。
霊園はできてもすぐに崩れて消える。
「さらに今は雨期です。湿原は水没し、もはや湖沼。ますます足下は頼りになりません」
まったくだ。
浅い湖沼となって、足場さえ判断がつかない。
乾期までは動けないと考えていた。霊園どころの話ではない。
「逆です。水に沈み足場はありません。しかし、逆に、小さな船であれば移動が可能な時期でもあります」
可能ではあるが極めて危険だ。
そういう船渡し商売をしていた連中も過去にいたと聞く。
ここまで聞いてようやく男の話と全てが繋がった。
湿原全体が霊園と認められ、船なら移動できる。そして移動霊園という言葉。
「つまり、この男が言いたいことはこうか」
――船を霊園として、湿原を渡れ。
俺と女の声が被る。
肝心の男はへらへらと笑っていた。
数日後、俺は湿原を前に仁王立ちしている。
目の前に広がる沼は、生者だけでなく死者をも誘っているようだ。
「王よ。今こそ船出の時です」
骸骨が俺の横に置かれた船を手で示している。
この俺達の船……、船と言っていいのかこれ?
墓地にまとももな木がなかったし、骨で作ればいいんじゃねってことで初めての船造りをした。
骨がうまくくっつかなかったので、闇の低位で無理矢理くっつけていったのでかなり無骨だ。
無骨なのに骨とは、これ如何に。隙間はなくしたはずなので水没することはない……はず。
試乗会をすると言い、発案者の二人も誘ってみたが全力で拒否された。
あのときは俺も作成に夢中で遠慮しているのかと思ったが、普通に拒否するよな、これ。
「王よ。お乗りください。『死の王丸 壱号』へご乗船を!」
沼を前にして、いよいよ乗りたくなくなってきた。
これ絶対沈むだろ。これが水面に浮いているところとか考えられねぇよ。それこそ、この世の終わりだ。
……よし。
「此度の船造り。その殊勲は骸骨――お前にあると俺は考えている。初めての作成で苦心する俺を見事に支えてくれた」
ちなみにこいつは俺の横で踊っていただけである。
途中でさすがに苛ついて攻撃し、アイテムにしてやった。
「そのようなもったいなきお言葉……、臣は涙が出ないことをこれほど悔やんだことはありません」
「骸骨よ。お前の功績を讃え。この『死の王丸 壱号』への乗船権を与えよう」
「なんと! なんと身に余る光栄か! 臣にすでに身はありませんが、この骨は喜びに打ち震えております!」
「そうか! 行け! モッペ湿原に俺達の覇を示すのだ!」
「はっ!」
骸骨達により、「死の王丸 壱号」は沼へと進水された。
筏の上に骸骨が立ち、沼を正視し堂々と構えている。
虚ろな瞳にはドクサが映っているに違いない。
筏は波紋を作り、水面を侵攻する。
見守るアンデッド全員がどよめき立った。
骸骨は両腕を開き、まるで沼の全てを受け止めようとしているようだ。
そのわずか数瞬後――
船は沈んだ。




