決闘の都モノマキア - burn it up -
盗賊のアジトの後片付けが終わり七日が経った。
盗賊団の首領から手に入れた情報をその夜のうちにギルドへ渡すと、迅速かつ一斉に各ギルドが連携し『漆黒の爪』を潰した。
攫われた人質も、盗られた財宝も戻ってきたらしい。盗賊と繋がっていた役人もお縄になった。
「外の財が手に入らなかったことは惜しいな」
ダンジョンを運営していくには金がいる。
霊園の柵も骨よりちゃんとしたもので作った方が見栄えも良いし、魔力の上げ幅も大きい。
それに外部で手に入れたいものやして欲しいことがあるときに、金があればそれで動いてくれる奴もいる。
「王よ。お見えになられました」
「そのようだな」
いつもの二人に、今朝は小さいのが一人くっついている。女の妹だ。
そりゃアンデッドに案内されたら怖いよな。
「リッチ様、お待たせしました。先にご紹介を、こら」
妹は姉の足をがっしりつかみ顔を出そうとしない。
「ちゃんと挨拶を――」
「よい。ダンジョンに来るのも初めてだろう。ましてや俺はこの姿だからな。しかも隣にいるのはまさに骨。怯えるのも無理はない。さて、お前ら準備は良いな」
「もちろんっすよ!」
男が元気よく答える
「それでは案内するとしよう。決闘の都モノマキアへな。覚悟は良いか!」
「おお!」、「はい」、「無論!」
妹の代わりに骸骨が答えた。
お前は留守番って言っただろ。
〈闇よ。来たれ! 俺の元へ!〉
四分の一ほど消費して低位を唱えた。
洞穴を霊園としてさらに魔力を増した俺の魔力、その四分の一だ。
全力で闇の拡大を阻止し、己に闇を留めていく。
連日の練習でかなり慣れてきていた。それでもまだまだきつい。
「さすがリッチ様! かなり闇を纏えてきてますね!」
安い褒め言葉だが悪い気はしない。
実際、このために死ぬ気で練習してきたからな。リッチなのに死ぬ気って。
三回くらいに分けて飛ばそうとも考えていたが、一回で飛べるようにした。見栄である。
何回、魔力を枯渇させたか……。
「無駄口は不要だ。行くぞ」
ダンジョンのマップ意識する。
現在の位置から遙か北側にぽつんと浮いた霊園を意識し、そこにいるアンデッドの視界を共有。
見えた。周囲にはあらかじめ呼んでおいた一人のみだ。
――俺たち四人をここへ移動させろ。
念じると、景色が変わった。
「えっ、もうついたの」
男があっけにとられている。
近くでは試してやっていたが、ここまで遠くに遷すのは初めてだ。
覆っていた闇がすぐに消え去る。
危なかった。四人同時は本当にギリギリだったな。
「お待ちしておりました。リッチ様」
先に霊園で待っていった女性が声をかけてくる。
眼鏡をかけ、微笑を浮かべているが、やや冷ややかさを感じる。
「紹介しよう。ザムルング商会モノマキア支部の幹部で、名前は……」
「ツェルニアフラング=ヤルノア=フレイメンスです。お気軽にフレイとお呼びください」
「そうそう。そうだった」
おそらくこれは記憶障害じゃなく、真面目に忘れていた。
「今日、お前達を案内してくれるフレイ女史だ」
「ザムルング商会……」
「有名なの?」
女は知っていたようだが、男は知らない様子だ。
フレイは聞こえているだろうが、相変わらず微笑を浮かべたままである。
ザムルング商会はここ数年で急激にのし上がってた組織だ。
資源の確保、交易の取り扱いをしているようだが、実は俺も詳しくは知らない。
ただ、あまりよい噂は聞いてなかった。金さえ積めばなんでもするとか、冒険者ギルドと敵対しているとか、全て挙げていけば枚挙に暇がない。
「俺はモノマキアには一部しか入れん。しかもだ、お前らの横で案内ができると思うか?」
「無理ですね」
「無理だよな」
どう考えても無理だ。俺でもやろうと思わない。
だがド田舎の若者三人を都会に連れて行ってまともに動けるだろうか。
迷子やカモられるならまだしも、何もわからずヤバイことに足を突っ込むことも十分に考えられる。
街の内部に詳しい案内役が必要だった。
また、俺が入れるのはモノマキアの端の端のさらに端にある墓場だけ。
それより内側には入ることができない。中に霊園と認められるものがあればいけるが、霊園を作る内通者が必要になる。
そして、案内役と内通者の二役を買って出てのが、このザムルング商会モノマキア支部の幹部であるフレイだった。
買って出たどころか、俺がこの墓地にいるとき、隠れていたにもかかわらず、見つけて話しかけてきた。
本人曰く「眼が良いのです」とのこと。確かに眼に異常な魔力を感じた。
なぜ俺たちがここに来るとわかったのか、と尋ねれば「会長から聞いていた」と言う。
特に「漆黒の爪」に何かあったら注意しておけと聞いていたようだ。
ザムルング商会がやばい組織と噂される一つに、会長の正体が不明という点がある。
各地の商会幹部は会長がヘッドハンティングしているようだが、された方も会長に会ったことがないとか。
本当に危ない薬や暴力組織のトップのようである。
しかも幹部を選ぶにあたり、人格を二の次にし、能力に重きをおくため支部ごとに色合いが大きく違う。
実際に選ばれた幹部は世間での爪弾き者も多いようだ。代わりに会長への忠誠心は大きい。
結果を出せば、身分に分け隔て無く正当な報酬を与える。
いきなり幹部に抜擢するくらいだからな。
ザムルング商会は案内と内通の報酬としてウリ山系洞穴の通行権を求めてきた。
ギルドとの交渉で、通行権は俺に預けられることになっている。いちおうダンジョンだからな。
ただしギルドはほぼ管理しない。ギルドの認めた者が通れるなら、他にうるさいことは言わないというところで落ち着いた。
「漆黒の爪」の外部財産や人質の解放といった得もあるためか、さすがのギルドも今は主張しないようだ。
そういった訳で俺の与えられる限りでザムルング商会が洞穴を通れるよう認めた。
今回だけでなく、交易ができれば金になる。また、他の二都市に行く際も話がスムーズになるだろう。
「それではフレイ女史。後は任せる」
「はい。それではこちらへ。馬車を用意させております」
三人はフレイ女史に連れられていく。
男が女とその妹を見た後でこちらを見る。
「あれ? リッチ様はここに残るんすか?」
「いや、俺が出向くのは昼が過ぎてからだ。お前らもあまり女史を困らせないようにな」
二人は元気に返事をする。
妹も小さく答えた。
「……あっと、待て。一つ課題を出しておく」
「課題ですか?」
本来は街の中に入る手立てまで考えたら、ここに連れてくるという話だった。
それがザムルング商会により解決されたので、課題が一つ追加されても別にいいだろう。
「決闘の都モノマキアで、知り合いを最低一人は作れ。こちらのフレイ女史以外にな」
「わかりました!」
無邪気に返事をする男。無邪気というか何も考えてないだけか。
でも、こいつはそういうのが得意そうだな。
「見て回るだけでは都市を知るとは言えん。そこに住まう人と意志ある言葉を交わすことで、初めてその地域を知る一歩となる。足跡だけを残して満足するな。きちんと繋がりも残してから帰ることを心がけよ。だが、気負いすぎるな――楽しんでこい」
自分で言っておいてあれだが、俺のモノマキアとの繋がりは途絶えてしまっていた。
フレイ女史も繋がりとは言えるが、これは俺の言う繋がりとは違う。
きっと繋がりというのも生者の特権なのだろう。
フレイ女史に目で合図を送ると、彼女も声をかけて三人を引き連れていく。
さて、俺は時間まで闇魔法の訓練でもしていよう。
骸骨からの定期連絡を聞きつつ、俺は闇魔法の訓練に励んでいた。
「そろそろ良い頃合いか」
モノマキアの隅っこにある墓場に移動する。
まだ早かったようで、時間を知らせる呼び手は来ていない。
仕方ないので、時間つぶしに墓地を軽く見て回って待つことにした。
生きているときは、墓地など訪れなかったが地域性があることを最近知った。
スコタディ霊園近くは石が四角くただ置いてあるだけなのだが、ここの墓はすごい細い。
場所と人口の問題もあるんだろうな。無制限に建てられる訳でもない。増やすことの生産的なメリットも生者にはほぼない。
「お待たせ致しました。リッチ様」
男の声だ。立っていた人物は全身を衣服で隠していて輪郭が読み取れない。
ここが墓地じゃなかったら間違いなく兵士が飛んできている姿だ。
「こちらで闘技場を霊園に致しました。範囲は限られますが、いかがでしょう。正しく認識されていますか?」
「……うむ、できている。素晴らしい」
闘技場で死ぬ奴らもいるので、遺体安置室あたりなら霊園化できると考えていた。
しかし、俺の意識では闘技場全域がダンジョンと認識されている。
どうやったらこんなに見事に闘技場を覆えるのか。
こいつらただものじゃない。
「まもなくエキシビションマッチが始まります。転移される場所は予定どおり第三モンスター入場口が良いでしょう。今日は使われないので誰もいないはずです」
「あいわかった。貴公らの協力に感謝する」
うなずき返し、目的の地を意識する。
――俺をここへ転移させよ。
空気が変わった。
先ほどまでの静かな気配から一変した。
周囲から人の歓声が聞こえてくる。歓声だけではない。
戦闘音。魔法の詠唱に、モンスターの叫び声、戦う強者共の連携を取る声。
音が衝撃となって俺を包み込むようだった。
金属の鉄格子の先に、戦っている連中が見える。
さらに高く築かれた周囲の観客席からはそれを見下ろす人間どもの姿もだ。
「ふむふむ、さすがにやるな。だが――」
知らない冒険者パーティーが虎型のモンスターと戦っている。
一見、苦戦をしているようだが演技だろう。倒そうと思えば簡単に倒せるはずだ。
エキシビションマッチと言うことで、本気の戦いと言うより賑やかすことが目的になっているのでこれは間違っていない。
暗闇の中から観客席を見ていく。
お、見つけた。聞いていたとおりの席に座っている。
いつもの二人に、妹、それにフレイ女史だ。女史は俺が見ていることに気づき眼で合図を送ってきた。
目が利くとは聞いていたが、本当に見えているんだな。大都市を任されているトップの力は伊達ではないと言うことだろう。
モンスターと冒険者どもの戦いは佳境を迎えていた。
冒険者どもがモンスターに致命的な一撃を与える。
血しぶきが闘技場に広がった。
臭いまで届きそうだ。
……今さらだが妹には刺激が強すぎる見世物ではないか?
そう思ったのだが心配なかった。姉ともども歓声をあげて冒険者を応援している。
一方の男は顔を青ざめさせて、顔を伏せていた。吐きそうな顔をしているが大丈夫だろうか。
《決着だぁああ! さすが我らが「白銀同盟」! 表情に余裕が満ちているぞぉ!》
実況者が拡声魔法で勝者を伝えている。
めちゃくちゃ上手いな……。ここまできれいに音を響かせるのは難しい。
大きすぎれば耳に痛く、小さすぎれば聞こえない。それに周囲のノイズも上手く消し去っている。
おそらくこの闘技場の中で、俺に次ぐ魔法使いはこの拡声魔法の使い手だろう。
もしくは顔色一つ変えないフレイ女史か。
決着はついた。
やられた魔獣が片付けられている横で、白銀同盟のメンツは周囲にアピールをしていた。
かなり人気のパーティーらしい。討伐どころか闘技場専門のパーティーかもしれない。それでも上級成り立てほどの力はあるだろう。
――俺を闘技場の中心へ転移させよ
声が少し途切れた。
これが実際の転移魔法と違うところだろうな。
声の途切れは、この距離でも転移するのに時間差が生じている証拠だ。
《なんだぁ!? 何か現れたぞ! ローブを被っている! 何者なんだぁ、次のモンスターは! …………おい、本当に乱入者じゃないか。演目と違うぞ。次は――》
取り乱している実況者を見つけて指で示す。
《自分?》
俺は頷いて示す。
そして、俺の口を指で示す。
《ちょ、ちょっと待ってくれ!》
発声者は、後ろにいる何か偉そうな人を見た。
偉そうな人は楽しげに頷き返す。
発声者が何か詠唱を始める。
《喋ってみてくれ! みんな、乱入者から何か言葉があるようだ!》
「急に現れて申し訳ない。運営の方々には発言する機会を頂いたこと――ここに、感謝の意を表明させていただく」
指し示した後、軽く会釈しておく。
駄目だったら、暴れるつもりだったので実際に感謝している。
「自己紹介をさせていただこう! 俺はリッチ! ここよりウリ山系を越えて南にある上級ダンジョン――スコタディ霊園にあるボスをしている!」
《な、なんとぉ! 自らをダンジョンのボス! リッチと名乗っているぞ! 頭は大丈夫か!》
あまり大丈夫じゃないんだよなぁ。
記憶の障害がけっこうひどいんだよ。
「今日はこの場を借りて、モノマキアの戦士達に宣戦布告をさせていただきに来た」
《なんと、なんと! 宣戦布告ッ! あまりにも堂々とした宣言だぁ! 奴は本当に陰湿を持って鳴らす、死の王と怖れられるリッチなのかぁ!》
周囲の人々も最初は不安そうにしていたが、徐々に熱を持ち始めている。
いくつかの人たちが何か叫んでいる。
「――はずだったのだがな、残念だ。俺は確かに宣戦布告をしに来たはずだった。しかし、先の戦いを見てその気が萎えてしまった」
これは事実である。
《さすが「白銀同盟」だぁ! あのリッチの戦意をも、そぎ落としたぞぉ! 死の王に勝ち目を感じさせなかったぁ!》
「逆だ。――この連中とは戦いのし甲斐がない。相手にする価値がまるでない」
周囲の声がぴたりと止まった。
実況とその後ろにいる責任者は楽しげに笑っている。
「明らかに格下のモンスターを相手に、三人がかりで無残な殺戮。惨殺を周囲にアピールする戦士を名乗る肉処理作業員たち。しかも、それに湧く低俗な観客ども。モノマキアの住人達はみな強者共と聞いていたが、しょせんは見世物小屋の商連中と同じだな」
やれやれと首を振る。
「熱い戦いを期待していたのだが、ここでは到底望めん。俺は帰ることにする。俺たちのダンジョンに猿回しは不要だからな。お前らは役者とモンスターのごっこ遊びでも見て楽しんでおけ。それが似合っている。」
俺が背中を見せて、出入り口に向かおうとする。
観客共はようやく自分たちが何を言われたのかわかり、怒声を上げ始めた。
《挑ッ発だ! これ以上ないほどの挑発だ! 聞いたか! あろうことか俺たちのことを猿回しと呼んだぞ! これを許せるか! 許せない! そうだろ! モノマキアの戦士達ィ!》
怒っている演技だが全然違うな。楽しんでいる様子だ。
後ろの責任者も笑って白銀同盟になにか手で指示をだしている。
「待て!」
合図を確認してから白銀同盟の一人が声を張った。
「そこまで言われては俺達も許すことができない!」
「そうだ! ここでその首をもらい受ける! 俺達の力を見せてやる!」
つまらない様子で振り返る。
「お前達では相手にならんぞ」
「何だと!」
《おおっと! なんだこのリッチは! さらに挑発を続けるぞ!》
周囲の観客も戦えだの殺せだの叫んでいる。
「本当は戦うのが怖いだけじゃないのか!」
「……うーん、まぁ、いいか。そこまで言うなら相手をしてやろう。ああ、安心しろ。お前達は三人でモンスターを嬲り殺したが、俺はそんな下品な真似はしない。軽い怪我くらいで済ませてやる。それなら翌日の興行に影響しまい。まとめてかかってこい」
半ば本気で言っているのだが、向こうも半分怒っている様子だ。
「やるぞ!」
「ああ!」「おうともさ!」
《ついに始まった! さすがは「白銀同盟」だ! この状況でも得意の陣形に乱れは見られない! さあ、死の王よ! 自らの死が迫っているぞ! どうするんだぁ!》
どうもこうもないなぁ。こいつらでは相手にならない。
リッチになった当初ならともかく、今の俺には指一本も触れられないだろう。
〈闇よ。俺の側へ来たれ〉
低位が発動する最低限の魔力を込めた。
この魔力量なら今の俺なら完全に制御ができる。
《なんだ、リッチが闇を纏い始めたぞ! どうする対応する我らが「白銀同盟」!》
あちらも魔法使いが詠唱を終えたところだった。
「出でよ。ストーンアロー!」
楔型の岩石が浮かび上がり、四方から俺へと向かう。
――俺を魔法使いの後ろへ移動させろ。
「――後ろだ!」
「遅いな」〈闇よ。魔法使いを切り裂け〉
刃と成した闇が魔法使いを切り裂いた。
言ったとおり、かなり浅く斬ったのですぐ治せるだろう。
〈闇よ。混沌の形貌を成せ〉
――獣たちの速さを強化せよ。
上位で闇の魔物を作り出し、さらに低位で強化をかける。
普通の強化ならデメリットがないはずだが、俺の低位強化はなぜか一部の能力が下がる。
速さだと力が低くなってしまう。今回の場合はちょうどいいだろう。怪我くらいで済ませられるだろうからな。
「ぐっ!」
「うわぁ!」
残る二人も周囲を囲まれあっさりと倒れてしまった。
「なんだ。本当に相手のし甲斐がないな。あらかじめ相手の特徴を知らないと戦えないのか」
《な、なんということだ! 瞬きする暇も無く「白銀同盟」が倒れてしまっている! 誰か教えてくれ! 俺たちは悪い夢でも見ているのか!》
実況者が観客の声を代弁しているようだった。
俺がまた口を手で示すと、すぐに魔法を行使してくる。あちらも手で示した。
「見てもらったとおりだ。言ったとおり、こいつらでは相手にならない。どうだ? かまわんぞ、我こそはと思う者はここへ降りて俺と戦うが良い。俺は優しいからな。怪我はさせん。お前らはまた明日にはしょぼいダンジョンでも何でも挑める」
《なんということだ! さらに挑発を重ねてきたぞ! しかし、「白銀同盟」がこうもやられた後で、いったい誰がこの王へ挑むと言うのか! そんな強者がここにいるのかぁ?!》
なにげに実況も挑発しているな。
そして挑発に乗る者もいる。続々と観客席から降りてきた。
それどころか選手の入場口からも控えの選手達がやってきた様子である。
《いた! いたぞ! 戦士はまだここにいた! 誰も俺達の負けを認めていない! さあ、死の王! どう戦う!》
囲まれてはいるが、別にたいした奴がいるようには見えない。
連携が取れていない力自慢など相手にもならん。
〈闇よ。奴らを捕らえよ〉
中級で奴らの足に枷を填める。
――捕らえた奴らに麻痺を与えろ
有象無象の挑戦者達はバタバタと倒れていく。
これもなかなか便利な技だ。相手の動きを止めていない発動しないのが本来の麻痺と違うが、中級で捕らえられる程度の相手には効果が大きい。
罠を逃れた奴も闇の魔獣と中位魔法であっさり片付ける。
おっと時間切れか。俺を覆っていた闇も消える。
良くないな。効果が切れる前に戦場から離脱しないといけない。
低位の発動を許すような相手なら良いが、強き相手を前にしたら間違いなく致命的だ。
もっと闇の効果時間をきちんと把握できるようにせねば。
「ふむ。こんなところだ。相手にならないな。……いや、そうだな。今日はたまたま強い奴がいない日だったんだろう! 真の強者に伝えておいてくれ。俺はスコタディ霊園のボスであるリッチ。真の戦士達の挑戦をお待ちしている、とな」
《挑戦者を軽くあしらい、ここにいないモノまで煽っている! そうだ! 今日はたまだまだ! 俺達はこんなはずではない! 俺達は生きている! 再戦の機会だってある! また来てくれるか、死の王!》
ちゃっかり、また来て戦ってくれと言っている。
「良いだろう! しかし、それは俺のダンジョンがここの戦士に攻略されてからだ! それまでは来ないぞ。俺まで弱くなってしまうからな。今日はこれまで!」
《くーーーー! 悔しい! 悔しいか! 悔しいよな! 必ず俺達戦士の矜持をお前のダンジョンで見せてやる! その継ぎ接ぎの首を洗って待っていろ!》
この実況者は俺達の目的がわかっているな。
ちゃんと誘導してくれている。さて、後は帰るだけだな。
〈闇よ。俺の元へ来たれ〉
最低限の低位を発動させ再び闇を纏った。
《おおっと! また闇を纏い始めたぞ! 立ち去るつもりだぁ! 誰か! 誰でも良い! 奴を止められる奴がいないの――》
最後の「か!」の前で実況の声が止まった。
俺も気づいた。誰かが闘技場に入ってきたのだ。
動きやすそうな町歩き用の服を着て、控え室から拾ってきましたというような無骨な剣を持つ。
髪の色は赤。それを一本で後ろにまとめている。
女の剣士だった。
何もわからない人が見たら不格好な剣を持った町娘。
しかし、そこそこ経験を積んだ人間ならわかる。
強い。体幹がぶれてない。戦士だ。
《いた! 一人いた! 止められる奴がここにいたぁああ!》
実況は女を知っている。
そして、俺もその気配に見覚えがある。
《鎧を着れば赤き騎士! 脱げば猛る剣闘士! それではよそ行きの服を着れば何になるのか! 年頃の乙女なのかぁ?! しかし乙女に剣はそぐわない! みんな! 彼女の名を知っているな! チューリップ・ナイツが一人――我らのカリブラが! 満を持して入場だあああ!》
女はギロリと実況者をにらみつけ、こちらを向く。
周囲の観客は、残された希望に惜しみない歓声を浴びせている。
赤髪は剣を構えた。
俺もようやく本腰を上げる。
〈闇よ! 我が敵を貫け!〉
容赦なく心臓と頭を狙った攻撃は全て切り払われた。
後ろからの攻撃も、どうやって察知しているのか軽く避けていく。
以前の俺ならこれと上級しかなかった。
――麻痺の霧よ。闘技場を覆え。
闘技場の全域に麻痺の霧が薄く覆う。
俺にこの霧は効かない。逆にあちらは吸えば倒れる。
本来の麻痺ほどではないが、こちらが優勢になるにはこれで十分だ。
《霧だ! 霧が覆っているぞ! 二人の姿がうっすらとしか見えない! 何が起きているんだ!》
見る側としてはつまらないだろうが、我慢してもらうことにする。
〈闇よ! 獣となりて女を襲え!〉
離れた位置から安全に女に闇の獣をけしかける。
かの赤髪といえども、息をすることなく獣と戦うことはできまい。
〈其が炎は悉くを焼き払う剣と為す〉
よく見えないが、詠唱が聞こえた。
そして次の瞬間には赤い熱波が生じ、俺を巻き込み闘技場全域へ広がる。
霧も、闇の獣もなくなり、闘技場の中心には女が一人。
剣を振りきった構えで立っている。
《な! な! なんとぉおお! 霧を焼き払ったのかあ、カリブラァ! 俺にはもう、どっちがモンスターなのかわからなくなってきたぞぉおおおおお!》
まさか一振りで全てを焼き払うとは、こいつも大概化物だな。
しかしだ……。
女がわずかにふらついた。
詠唱の際に、麻痺の霧を吸い込んだようだ。
《なんだぁ?! どうしたカリブラ! 様子がおかしいぞ! まさかまさか! 先ほどの霧に何か毒でも混ざっていたのか! 汚い! 姑息だぞ、死の王! しかしだ! リッチといえども、猛獣を捕らえるには罠が必要ということなんだな! すごいぞ、さすが俺達のカリブラだぁ!》
大丈夫か、この実況者。
俺は赤髪を殺す気は無い。しかし、赤髪はこの実況者を殺す気配を感じる。
「どうした、リッチ? 来ないのか?」
《ここで挑発っ! まさかのカリブラが挑発だ!》
ふらつきながらも膝をつかず、剣で体重を支えることすらしない。
まっすぐに俺をにらみつけ、にじり寄ってくる。
「お前が怖くて動けないというならこちらから仕掛けよう」
剣を両手で握り、体の前に上向きに捧げた。
刃の腹をこちらに見せ、女の片目だけがこちらをまっすぐ見ている。
《まさか! まさかまさか! アレをやるつもりか! やるつもりなんだな!》
実況が何か興奮している。
今までは演技くささがあったが、今の声は演技らしさを感じられなかった。
何をするのか知らないが念のためだ……、俺も低位を使っておくことにしよう。
万全の構えで迎え撃ち、堂々と実力を示す。
〈炎よ。我が血潮に宿れ〉
〈闇よ。我が側に現れよ〉
女の体が炎に包まれたと思えば、その炎が徐々に体の内へと収束していく。
それでも火は隠しきれず、体全体からうっすらと炎が燃え上がっていた。
《ついにカリブラが奥の手を使ったぁあああ! 闘技場に炎の化身が現れた! 一方のリッチも闇を纏ったぞ! 闇が炎を覆うのか! 炎が闇を払うのか! 今宵、その答えが出されようとしているぅぅぅうう!》
火の属性付与。
それも武器じゃなく自身への付与だと。
俺と同じ事ができるのか。
女は息を大きく吸い、静かに吐いていく。そして、止めた。
女は眼を見開き、強く地面を蹴る。
――俺を闘技場の端へ。
いちおう距離を取っておこうという判断は正解だった。
転移の直前にはすでに一足一刀の間合いに詰められていた。
速すぎるだろ。本当に人間かよ。
しかも通り過ぎたところが赤く燃えてるぞ。
端に来て、女を見ると、あちらもこちらを見たところだ。
その燃え上がる目からは、必ず斬り殺すという決意が見える。
〈闇よ。形骸を宿し、我が仇敵を討ち滅ぼせ!〉
――闇の獣に比類無き硬さの強化を。
速くしても無駄だ。
斬られて足止めにすらならない。
堅くさせて数で押す。無論、俺も中位で攻撃していく。
その判断は間違いではないが正解でもなかった。
硬くした獣が易々と斬られ、燃やされる。
嘘だろ、お前。
最大限の耐久強化も切り裂くとかあり得んだろ。
《カリブラがぁ! 切り裂いて! カリブラがぁ! 追い詰める! 闇を斬って! 炎を出して! まだやるのかっ!》
なんとなく実況は聞こえてくるが、考える余裕はない。とにかくうるさい。
飛行により空から攻撃しているのだが、全ての攻撃が躱されるか、切り払われていく。
〈炎よ! 炎刃となりて我が敵を焼け!〉
しかも、飛んでいるところに容赦なく炎の斬撃を飛ばしてくるときた。
地上で戦っていたら絶対に勝てない。転移も二回目には、距離を詰められていた。
転移が時間差で発動するので、転移後のわずかな隙を攻めてくる。三回目は間違いなく斬られるという確信があった。
〈闇よ! 杭となりて我が敵を貫き通せ!〉
〈炎よ! 其の熱きを持って敵を融かせ!〉
俺の闇と、赤髪の炎がぶつかる。
手数は俺の方が上だが、威力は向こうのほうが上だ。
「くっ!」
《カリブラがぁっ! つぅ近づいてぇっ!》
俺を覆っていた闇がついに消えてなくなり、否応なく地上が近づいてきてしまう。
それを待ち構えていたように、女が一足飛びに切り込んできた。
剣を振りかぶり俺の首に向けて一閃だった。
《カリブラがぁきめたぁぁああーっ!》
――やられたと確信した、が、生きている。
……剣は振り抜かれたが、そこに刀身はない。
女の属性付与と魔法に堪えきれず、溶け落ちてしまっていた。
「安物が……」
もしも剣が溶けていなかったら負けていた。
そんなことを言ってる場合じゃない。距離を取らなければ。
だが、距離を取ろうにも動けない。
相手は明らかに近距離専門。剣がなくてもこの距離ではこちらが絶対的に不利だ。
魔法の詠唱を行う前に当て身がくるだろう。詠唱は途切れ、そのまま押し切られる。
「ここまでだ」
赤髪の剣士は、柄だけになった剣を投げ捨てて言う。
「……良いのか? 勝てる戦いではないか?」
疑問を口にする。
それに先ほどの超絶な動きは前回見せていなかった。
もしも自身への炎属性付与をされていたら、俺は間違いなく倒されていただろう。
「早く超上級に上がれ。私が待ちくたびれて焼き殺しに行く前にな」
この一言ではっきりした。思っていた通りだ。
やはり前回の撤退はわざとか。俺達が超上級になってから攻略し、極限級に上がると。
それにさっきの最後の一振りもわざとだ。挑発した俺への回答と牽制だろう。
「殺そうと思えばいつでも殺せる。調子に乗るなよ」という。
「ここで貴様を倒しても良い、だが今日の私は機嫌が良い――」
足を止め、振り返ることなくそのまま喋る。
「目障りで耳障りでもあった『漆黒の爪』を誰かが潰してくれたようだからな。その善事をもって今宵は貴様を見逃すことにする」
それだけ残して、赤髪は闘技場の出口へ歩いて行く。
《決着! 引き分けで終わらせた! よく聞き取れなかったが、炎と闇は再戦を誓ったようだぞ! 名残惜しいなみんな! 今日はここまでだ! きっとまた、二人がここで戦ってくれる日が来る! 決着はそのときまでの楽しみにしておこう! それじゃあみんな! シーユーアゲイン!》
俺も闇の低位を発動させ闘技場から墓地へと戻った。
かなり強くなったが、まだ超上級には及ばんか。
墓地でなら距離を取り、アンデッドを使えばまだ戦えはするだろうが……。
あちらも一人で来るわけではない。
悔しさと同時に喜びが湧いてくる。
俺はまだ強くなれる。弱い自分を決して許さない。
負けてはいない。負けてしまったとは思えない。及ばなかっただけだ。
あいつらを倒せるだけの力を身につけなければならない。




