山を越える道 - speech is silver, silence is gold. -
我が霊園の北にあるウリ山系は、東北東から西南西へ走る。
それだけならまだ良いが、俺の決闘の都モノマキアへの侵攻を堅く厚く阻んでいる。
山とか人もいないし霊園作り放題だろ、魔力の一大製造地になるぞ~、とか思っていたが甘かった。
まず肝心要のアンデッドがほとんどいない。
アンデッドとは要するに死骸である。
もっと言うと、未練を残した生き物の末路でもある。
あの山にはそう言った生き物がいない。まず人間がほとんど住んでない。
動物たちも清々と生きて死に、喰い、喰われ、最後は土へ還っていく。それを良しとしてしまっている。
さらに霊園を作ってもダンジョンと認識されづらかった。
特に奥に行くほどそうだ。
これは霊園の在り方の問題だろう。
霊園、墓地、墓場……と呼び方は何でもいいのだが、要するに「そこが死んだものの眠る場所」だと周囲に認められないといけない。
自然の獣たちにとって生きる場所も死ぬ場所も全ては「山」の一言で済む。
わざわざ死に場所を分ける必要性を感じてもらえないことが、その要因に挙げられるだろうという結論に達した。
「人里に近いところまでは行けるが、しょせんは山麓。高峰を越えることあたわず」
山脈を迂回して行くことも考えた。
ざっと計算して霊園が百は間違いなくいることがわかり、そこで計算はやめた。やってられん。
「そのウリ山系を、お前らはどうやって越えようというのだ?」
正直、これが一番先に来ることは意外だった。
「最初は西の川越えの案が来ると思っていたんだがな」
「川越えは、おそらくリッチ様が考えておられるほど簡単ではないと思います」
その通りだ。
反対岸に簡易な霊園を作ろうとしたができなかった。
そもそもこちら側の川近くにすら霊園が設置できなかったのだ。
「リッチ様は、『漆黒の爪』をご存じですか?」
聞き覚えがあるな。
いや、あれは『漆黒の牙』だったか。
もしかしたら『漆黒の翼』だったかもしれない。
とりあえず漆黒云々というのはたくさんある。俺の思いついたものを言ってみる。
「モノマキア付近に出没する盗賊団だったか」
「はい。彼らを利用すべきかと」
あっていたようだ。
なんか漆黒の爪って痛そうだな。
指を角にぶつけて、中で血がたまっている光景が浮かぶ。
で、盗賊団を利用?
お手上げだと意思表示を見せると、女は説明を続けた。
「『漆黒の牙』はウリ山系北側を根城にしていると言われています。そして、不思議なことにウリ山系の南側にも彼らの出現地域があるのです。これはギルドで聞いた情報なのですが、どうも彼らの根城は、ウリ山系にある洞穴なのではないかとのことです」
そんなことをこいつらが世間話で聞いて、ギルドが答えるわけはない。
これはギルドから俺への遠回しな情報提供だ。
「奴らの南側での出現地域はわかるか?」
「はい、こちらに」
山麓の地図に、いくつか洞窟の候補地が示されていた。
男は何もわかっていない様子で俺と女を見てくる。
「どういうことっすか?」
「南側で発見された『漆黒の爪』とやらがウリ山系をわざわざ登って下りてきているとは考えづらい。そうなると、漆黒の牙が根城にしている洞窟はウリ山系の内部を通り南北を繋ぐということになる」
はぁ、と男は呆けている。
「わからんか? これはそんな気の抜けた返事ができる話ではすまんのだ。今までウリ山系を越えるか、迂回しないといけなかった道が一気に短縮される。この地域への活路となり得る」
ギルドはもちろんそれに気づいている。
だからこそ、このルートを確保したい。可能であれば独占を望む。金しか生まない洞穴だ。
ここまで地域を絞っているのに、攻め込んでいない。そうなると盗賊団「漆黒の牙」の姿も見えてくる。
「『漆黒の牙』もやり手のようだ。そんなルートがあるとわかれば全力で潰されるだろうが、まだ盗賊団としてあるのだからな。バックによほど大きな存在があるか、人質がいるのか、どちらかだろう」
「人質と聞いています。都市やギルド関係の有力者の家族をさらい、人質としているようです」
「ひでぇやつらだ!」
なるほど。
人質はギルドにとっても無視できない人物のようだ。
そうでなかったら、とっくに冒険者を差し向け壊滅させているだろう。
「時にリッチ様。一つ質問がございます」
かまわんとうなずき返す。
「リッチ様は冒険者を敵とみなし、一方で極力殺さないようにしております」
そうだな。
復讐をダンジョン攻略の糧にさせたくないためだ。
それに死んだ冒険者はもう挑めない。リピーターを増やす目的もある。
「街に暮らす一般住民には無関係であろうとされています」
間接的には関係しているのだが、積極的には関わろうとしていない。
あくまで冒険者を通してのコミュニケーションに徹している。
「そして、私たちとはギルドからの客として接していただいております。これは私の増長かもしれませんが、個人的な付き合いもしてくれていると思い始めております」
こいつらはギルドと俺たちを繋ぐ役目だ。
最近はそれ以上の関係も築かれ始めてきていることも認めよう。
「それでは質問なのですが――『漆黒の爪』なる方々と、リッチ様はどのように接していかれるおつもりでしょうか?」
「答える前に一つ知っておきたいことがある。それはお前の質問か、ギルドの質問か」
「両方です。ギルドには聞いておけと言われ、私自身も興味がありました」
「それなら別々に答えよう。まずギルドに対してだ。『わかった』――それだけ伝えておけ」
男がぼけっとしている。
「それだけっすか?」
「それだけだ。『わかった』の一言で良い。これ以上をあいつらに言う気が起きん。限度がある。自分たちで聞きにくるなり話に来い」
あほくさい。
なんで一から十まで言わないといけないのだ。
人質は人間を相手にするなら有効だ。現に効いている。
しかし、アンデッドに襲いかかられて盗賊共が人質を活用するだろうか。
しないだろう。せいぜいが盾か囮であり、人質としての価値は薄れる。むしろ足手まといだ。
そういった効果をギルドも狙っているのだろうが一つ問題がある。
盗賊に取られた人質が、今度はそのまま俺たちアンデッドに取られる心配があるということ。
俺たちは人質に危害を加えないし、そのまま人質として利用しませんよと宣言しないといけないのか。
「次に、お前、いやお前らに答えよう。俺たちは、俺たちの力によって超上級に上り詰める。それは人間への脅威を示し、冒険者を返り討ちにすることによって成されるものだ。だが断じて、脅迫や誘拐などと言った卑怯な術によるものではない。堂々とした力の誇示によるものだ。もし、俺たちが征く道に卑怯な術で、のさばる者があればだ。俺たちの矜持を示さねばならない。――そして、俺たちが奴らを迎え入れることはない」
死んでも死にきれずアンデッドになるかもしれないが、俺たちの仲間には入れない。
霊園には入れず、野良のアンデッドとして住む場所を追われ、彷徨うことになるのだろうな。
「どういうこと?」
えぇ……。
せっかく格好良く言ったんだからそこはわかってよ。
「山の洞穴が霊園になって、モノマキアへの道ができるってこと」
「おお! やった!」
はしゃぐ男と骸骨一体を横目に俺は具体的にどうやるかを考えていた。
女の視線が俺をジッと見ている。何が言いたいかはわかる。
そんな目をするから、お前はまだ子供で冒険者に向いてないのだ。
やるべきことはやらねばならない。世の中には死んだ方が良いやつもいる。
それがわからないような奴らに、こんな伝言を渡したギルドに苛立たしさも募ってきている。
生かしておくことが、必ずしも優しさではないんだ。
まだ、わからないんだろうなぁ。
俺はもう語るつもりはない。
やることは決まった。
女と同じだ。
言葉で語るよりも沈黙を選ぶ。
十日後の夜である。
すでに俺は準備を終えていた。
「王よ。各員配置につきました」
「ああ、まずは霊体達に小声で歌わせろ」
ギルドからもらった地図を頼りに二日で奴らのアジトを割り出した。
さらに三日をかけて、こっそり洞穴ごと霊園化を成功させ、そこから四日をかけてアンデッドを送り込んだ。
すでに内部の位置情報や人員配置は把握済みだ。
霊園化がうまくいって助かった。
これができるかできないかが、運命の分かれ目といってもいい。
アンデッドが多少はいたことから、この洞穴は過去に何かあったものと推測される。
だが、今はどうでもいい。俺は歴史家ではないからな。
「さて、行くとしようか」
「はっ! 王の思うがままにお進みください!」
「いやいや、俺を首領のところに案内しろよ」
「かしこまりました!」
骸骨が道を進むと、周囲に音が鳴り響いた。
侵入者を知らせる警報だ。金属の板を紐で繋いでいるだけの粗末なモノだが地味に有効だ。
「……おい」
「やってしまいましたなぁ」
こいつ、一歩目から罠を踏み抜きやがった。
「俺は闇に紛れる。お前はとぼけたふりで歩いておけ」
すぐさま盗賊達が俺たちのところへやってくる。
〈闇よ。俺を隠せ〉
夜なので俺の闇を使えば、姿は簡単に闇と同化して隠れられる。
「いたぞ! ……なんだ骸骨か」
「最近、多いんじゃないか。一昨日なんかは骨が地面にまっすぐ並んで刺さってたって聞いたぞ」
「この前、やったあいつがもう骸骨になって出てきやがった」
「ちげぇねぇや。ほら、骨野郎。ここは俺たちのシマだ。行った行った」
骸骨はほげほげと盗賊達から離れていく。
素晴らしい動きだ。骸骨特有の無気力さを感じる動きである。
これ演技してるのか? 演技とはまるで思えない。これは素なんじゃないか。
「あー、退屈だな! 俺も早くモノマキアの方へ移りてぇよ!」
「無理無理! 霊体を見て叫ぶようじゃ無理だろ」
楽しげに言い合いながら男達は配置へ戻っていった。
「王よ。失礼しました」
「いや、俺のミスだ。お前が動けばこうなるのは必定。歌が完全に効いてからにしよう」
霊体達が新たに覚えた眠りの歌が、じわりじわりと盗賊達の意識を刈り取っていく。
俺たちはただ待つだけだ。
「霊体達から報告が来ました。全員が眠りについたとのことです」
「よし、行くか」
「はっ!」
「……おい待て。そこはさっきと同じ道だぞ」
「お気づきになられましたか、王の記憶を試すような真似をした臣をお許しをください」
「ははは、こやつめ」
なかなか面白いことを言うようになったので笑っておいた。
だが、また罠を踏んだことは許さん。
周囲にまたしても警報が鳴り響く。
「……おい、起きろ! おかしいぜ! みんな寝てるぞ!」
「今夜はやっぱり異常だぞ! 笛を鳴らせ!」
起きちまったじゃねぇか。
しかも、最初よりも状況が悪い。
もうめんどくせぇ。
「突入だ。人質と首領は絶対に殺すな。それ以外はどうにでもしろ。だが、できるだけ逃がすな」
「突入! 全隊突入! 姑息で陰湿な盗人共に我らが王の威光を示せ! 一人たりとも生かして外に出すな!」
「……いやいや! それで終わるな。人質と首領のこともきちん伝えろ!」
こうして盗賊達との戦いが始まった。
――と思ったが、あまりにも一方的すぎて戦いにならない。
闇魔法の低位で、人質のところに転移し身柄を確保する。そこに闇属性を付与したアンデッドを配置しておく。
人質はばらけておいてあるので、全てに同じ処理を繰り返す。
これで一つ目の条件はクリアされた。
「次は――」
「王よ。首領が逃げだそうとしております」
「どこにいる?」
「逃げる先に剣の屍人がいるとのことです」
意識の中でマップを見る。
屍人の位置を確認し、転移もどきで飛んだ。
洞穴の中を数人の部下とともに走ってくる男が見える。
「くそったれ! なんだってアンデッドが出てきやがる!」
「俺が来たからだ」
逃げる男の正面に立ちはだかる。
男は俺を見て足を止めた。
「どうせ聞かれるから先に答えておく。俺は南にあるスコタディ霊園のボスだ。リッチでもある。お前達は逃げられん。大人しく投降しろ」
「何をふざけた――」
〈闇よ。貫け〉
「がぁっ!」
男とその取り巻きたちの足と腕を、俺の闇が貫いた。
地面に転がる男達を見下ろして続ける。
「もう一度だけ言おう。大人しく投降しろ」
「い、命だけは」
「ほう。命の代わりにお前は俺に何を差し出す」
「全て。全てだ。お、俺の全てをあんたにやる!」
「いらん」
与えられたものに価値はない。
自ら手にするから価値を持つのだ。
――俺の言葉に隷従せよ。
低位で隷従もどきを付与する。
『このアジト以外の人質の在処、組織の構成員、財宝の在処を答えろ』
「ああ、わかった……」
男はつらつらと答えていく。……やべぇ、長い。思った以上に大きな組織だとわかった。
せっかく答えてもらっているところ悪いが覚えきれない。大失敗。
あとで紙にでも書かせよう。
「おい、骸骨。他はどうだ」
「制圧が完了しました」
簡潔に伝えてくる。
そういうのでいいんだよ、そういうので。
「王よ、見事な制圧でした」
「本当はもっと穏便に終わらせるはずだったのだがな」
「まったくでございます。往生際の悪い奴らかと」
誰のせいだよ。
「しかし、つまらんな」
自らの強さをぶつけてくるのではなく、相手の弱さを攻めるだけの輩との戦いというものは、なんとおもしろみのないことか。
相手のし甲斐がまるでない。こんな奴らを相手に勝ち誇ることは自らの誉れを失わせる。
「戦い、勝ち取ったと考えるのではなく、道を切り開くため雑草を摘み取ったとお考えになってはいかがでしょうか。ここで拓いた道が、我らに新たな風をもたらしてくることでしょう」
ああ、そうだな。
…………え?
「今、普通に良いことを言ってなかったか」
「臣は常に良いことを言っておりますぞ」
そうね。そうそう。
そういう台詞で良いんだよ。
むしろ何も言わない方がいいくらいだ。
「王よ。斧の屍人から報告が入りました。北の入口から目的の地が見えるようです」
そうか。
それでは俺たちに吹く新たな風を感じるとしよう。
骸骨とともに北の出入り口へ転移する。
木の隙間から小さく見える。
「見えた。あれだ」
決闘の都モノマキア――俺たちの次の標的。
空はまだ目覚めを知らない。
俺たちで奴らの眠りを醒ましに行くとしよう。




