三つの壁 - adversity makes a man wise, not rich -
真の闇低位魔法(仮)を使っていき効果がなんとなく判明した。
転移だと思ったが転移ではない。転移だけではないというべきだろうか。
まず俺に闇属性が付与される。
これは見た目で闇が深くなっていることから明らかだ。
効果は転移だけでなく他のこともできた。。
闇が深くなっている状態の時は、念じれば大抵の効果が発動する。
転移に始まり、飛行、氷に、雷とほぼ何だって使えてしまう。
「なんとなく」と最初につけたのは効果が本来のモノと微妙に違うからだ。
転移は一瞬で移動するはずだが、俺のものはやや時間差があるとわかった。
飛行も、空を自動で飛び回れるはずだが、闇魔法による飛行はかなり直線的だ。
氷や雷、その他も本来の効果とはじゃっかん違う。出てきた氷は冷たいが滑らない。雷は光ってしびれるが音や衝撃がすくない。
本来のものと何かが絶妙に違っている。
それでも戦術の幅は大きく広がるので特に問題ない。
効果時間は使ったモノにより変わる。
こちらは本来の魔法効果に準拠しているようだ。
氷っぽいものや、雷っぽいものならかなり長時間使えるが、飛行や転移はあっという間だった。
逆にできないこととして、闇魔法の中位や上位が発動しなかった。
低位から中位、上位、最高位を呼び出すことはできない。
きちんと詠唱すればでるので問題ない。
なぜ闇の付与がこんな効果なのかはよくわからないが、使えるものは使っていく。
「――だが、難しいな」
闇の拡大を抑え込むのが想像以上に難しい。
抑え込むほど効果時間が延びることはわかったが、広げるのとは難易度が段違いだ。
魔力を三分の一から半分にまで増やして発動すると、闇の拡大しようとする力は倍以上になった気がした。
難しいのは間違いないが、より使えるようにならなければいけない。
今後、さらにダンジョンを発展させようと思えば、これは必要な力になっていくこと疑いようがない。
その第一段階として使うべきところはすでに決まっている。
そして、現在進行形で実施中だ。
「王よ。いかがでしょうか」
「分園はできている。やるぞ」
離して設置できることがわかっていた霊園だが、あのときは移動手段がなかった。
今なら真の低位(真)で離れた霊園まで転移できる……はず。
それを今から試してみるのだ。
〈闇よ。来たれ。俺の側へ〉
広がる闇を可能な限り抑えこみ、自身へ闇属性を付与する。
「行ってくる」
「ご武運を」
俺は離れたところに作られた霊園を見る。
すぐ近くなのだが、俺はこの間を歩くことができない。
しかし、転移ならどうか。
――あちら側の霊園に移動する。
景色が変わり、みすぼらしい柵と墓石が周囲にあった。
振り返れば、俺の元いた霊園がある。
骸骨が手を振っていた。
「成功だ」
いける。これで俺の世界が広がる。
ダンジョンに縛られてはいるが、それならダンジョンを広げていけばいい。
この後の工程もすでに話がついている。これが成功したのなら、次は打ち捨てられた墓地を霊園として再開発していく。
すでに霊園近くの地図は手に入れている。
小さな霊園を建てていき、そこへ転移し、さらに遠くへ飛んで行ける。
霊園間の距離は俺の低位の練度にかかっている。
俺の低位(真)の練度が上がれば上がるほど、より遠くの霊園へ飛べる。
見える範囲に霊園がなくても、意識の中のマップから飛べることも本園内で確認済みだ。
分園でも意識内のマップから飛べることがわかれば、本園からの距離はいよいよ視界に留まらず、さらに遠くに設定できる。
俺たちの世界が広がる。
夢への足音が聞こえてきた気がした。
ここから全力で走り抜けば、俺たちは超上級になれるはずだ!
数日後、俺は頓挫していた。
二人の客人が正面で俺を見ている。
どちらが声をかけるかで互いに譲り合っている。
「どうしたんすか?」
男の方が恐る恐る尋ねてきた。
「霊園をあちこちに広げていくところまでは良かった」
本当にそこまでは良かった。
打ち捨てられた墓地を接収したときは、魔力の増え幅がみすぼらしい霊園とはまるで違っていたほどだ。
さらに周囲のアンデッドが、本園ではなくそちらの墓地にちょこちょこ集まるので本園の造園を抑えることもできる。
「東は街だからまだいけるとして、北には山、西には川、南は湿原と大きな壁がある。ここが越えられん」
「街も越えて欲しくないんですが……」
もう遅い。
街外れの墓地はすでに俺のダンジョンだ。
さすがに街が近いだけあって、きちんと管理されているのかアンデッドはほぼいない。
みな墓の下で静かに眠っている。久々に死者としての正しい姿を見た。
形ができているところは、接収さえできれば飛べるとわかり、点々とした墓の道も消している。
こいつらがわからなくても無理はない。ダンジョンの痕跡がほぼないからな。
ふふ、すでに俺の手はおまえたちの首元に迫っているのだ。
特に何もする気はないが……。
「都市圏を脅かすには、山、川、湿原という壁を越えねばならぬ」
「『脅かす』とは、具体的にどういうことをなさるのですか?」
脅かすという言葉に反応したのは女のほうである。
どうも最近は普通に話し相手をしていて感覚麻痺しているようだが俺はリッチ。生者の敵である。
それどころかモンスターであり、超上級を目指すダンジョンのボスでもあるのだ。
「北にある闘技大会に介入したり、西にあるフィールド型ダンジョンの超上級ボスを倒しにいったり、南にある冒険者養成校を訪問する。三方を歴訪するのだ!」
「…………それが脅かすことになるのですか?」
わかっていないようだな。
無理もない。若く小さき人間よ。俺の広大なる展望を聞かせてやることにしよう。
「まず北にある決闘の都モノマキアだ。行ったことは?」
「ありません」
そんな淡々と行ってないことを認めるな。
行けて無くて悔しいという気持ちでいることが大切だぞ。
「でかい闘技場があるんすよね。ガマ爺に聞きました!」
こちらは憧れている様子なので良い。
「そうだ。あそこは戦いに飢えた連中の巣窟だ。その最たる闘技場に俺が現れて、出場者をなぎ倒してみろ。どうなる?」
「騒ぎになるのではないかと」
「だろ! 『何だ、あいつは! どこに行ったらあいつと戦える! 南のスコタディ霊園のボスだと! 挑みに行くぞ!』となる。どうだ!」
「なりますかねぇ」
なるよ。絶対になる。
他の街ならともかくあそこはなる。
「なりそうですね!」
「なるよな!」
「はぁ」
女の視線が何か痛い。
男ってこんなのばっか、みたいな目だ。
そういう差別的な視線は良くない。あそこには好戦的な女もたくさんいる。
この前来た、チューリップ・ナイツの一人があそこの出身だと聞いているぞ。たぶん赤の剣士だな。雰囲気でわかる。
「次に西の星都アステリだ。行ったことは?」
二人が揃って首を横に振る。
おいおいマジかよ、ボーイ&ガール。
「さすがに、アステリの側にある超上級ダンジョンは知っているよな?」
「星雲原野ガラクスィアスですね」
ああ、良かった。
そこはさすがに知っていたか。
「俺がガラクスィアスのボスを倒す。そして、それを周囲に見せつけ、知らしめる」
「リッチ様の評価は上がり、星雲原野ガラクスィアスの評価は下がる。ボスとしての格が、果たしてどちらが上なのかをはっきりさせる。それは超上級を目指すのであれば素晴らしい一手かと」
「だろう」
ちなみに星雲原野ガラクスィアスはチューリップ・ナイツがクリアした超上級ダンジョンの一つだ。
最近だと、かの到達点が一日でクリアした。それどころか、今まで発見されなかったことを見つけたとかで話題になっていた。化物すぎだろ。
実は俺の評価が云々と言うよりも、ただ挑んでみたいだけだったりする。
生前も超上級ダンジョンに挑んだことはないからな。
一度、超上級を味わってみたい。
「良い手だとは思います。しかし、それのどこが脅威なんですか?」
「は?」
本当にわからないの?
……二人ともわかってない様子だ。
「俺が超上級ダンジョンのボスを倒す。そうすると真に実力を持つ超上級冒険者はどうする?」
「あ、そうか! リッチ様を倒しにくる!」
「だよな! 超上級のボスをも倒す俺! それがなんと上級ダンジョンにいて、挑むチャンスが冒険者なら誰にでもある! 必ず奴らは来る!」
「……そうですかねぇ」
そうなるよぉ。
なんでわかってくれないかなぁ
「いちおう南の話も聞かせてください。冒険者養成校を訪問するんでしたか。実は生前、校長だったりしたんですか?」
「そんなわけがないだろう。その前に、お前らは冒険者養成校についてどこまで知っている?」
どちらも顔を見合わせて、冒険者を育てる学校と言う。
「それだけ?」
「そうです」
……ほんとに町の外を知らないなぁ。
「ギルドと国の共同出資で試験的に作られた施設だ。冒険者養成校と名前はついているが、その実は国とギルドによる、ダンジョンをより効率的にクリアする兵士の飼育機関だぞ。状況が変われば、奴らはそのまま国の兵士にも早変わりする」
そこの第一期生がチューリップ・ナイツの白の槍使い。
これは割と有名な話なのでみんな知ってる。氷結の白騎士様だ。
「そこをリッチ様が訪問するといったいどうなるんですか?」
「学校などと言う狭い世界で息巻いている奴らを、この俺が軽くあしらって帰る。奴らはどうする?」
「怒って挑んで来る?」
「いかにも。卒業生も殺到するであろうよ」
「リッチ様のおっしゃる『脅威』とは、冒険者やそれに類する者たちの尊厳に対する脅威ということですか」
「初めからそう言ってるだろ」
女は、そうだったかもしれませんと頷いている。
「……言ってなかったよな」
男の発言に、女は知らんふりをしている。
あれ? もしかして言ってなかった?
「前向きに案を考える体勢ができましたとだけ言わせていただきます」
なんか呆れた様子で言われた。
言ってなかったみたいだ。
それにしてもだ……。
「狭い! 見聞が狭すぎる! なんだお前らは! この街以外に行ったことがないのではないか?」
「小さいときにちょっとだけ遠くの街まで連れて行ってもらっただけっすね」
女の方も同じだ。
それも良い思い出じゃない。
冒険者の下働きでただのおつかいだ。
モノを渡したら、とっとと帰れという扱いだったとか。
「冒険者養成校もある南の都市圏ドクサ、またの名を栄光の地。無論、行ったことはあるまい!」
二人は頷く。
「よし! お前ら、俺が都市まで行ける案を出せ! 都市に入る手立てもだ。出せば、その報酬として俺が都市までお前らを一緒に転移させてやる! 無論、先に俺が何度か試しに行ってみて安全性を確認した後でだがな! 都市圏で一緒にスリリングな挑発を満喫。リッチ様と行く都市巡り日帰りコース! 二名様をご案内だ! 山、川、湿原、どこからでもよいぞ! 貴様らの世界も広げてやる!」
「え! ほんとっすか!」
「この俺に二言はない!」
二言はないが、言ったことを忘れることはよくある。
三回か四回は言うようなので二言にはならない。もしくは一言もない。さっきあったみたいだね。
「お待ちください」
女が冷静に待ったをかけた。
「どうした? 行きたくないか。……ああ、すまん。二人きりがいいんだな」
「いえ、その、妹も連れていく訳にはいきませんか」
そっか、そうだったな。
置いてけぼりは嫌だよな。わかる。
俺も……、おそらく昔にあったんだろう。
はっきりとは思い出せないが、何か寂しい気持ちになる。
きちんと妹を気遣える優しい姉じゃないか。おちょくった自分が恥ずかしい。
故に、これは自身への罰だ。
「三名様をご案内だ!」
「もちろん臣もお供致しますぞ」
「お前は留守番。何かあったら連絡する係」
はい、解散。
二人はうきうきとした様子で帰っていく。
その背を見つつ、俺は焦っていた。
奴らに課題を投げたと同時に、俺自身にも課題を投げている。
低位魔法が俺も入れて四人だと現状では無理だ。転移もどきの魔力消費は洒落にならない。
なんとかこいつらが案を出すまでに低位をより洗練しなければならない。
そして、二人は案を手にしてやってきた。
「お待たせしました。たぶん山越えはこれでいけると思います」
……いや、全然待ってない。
話をしたの昨日だぞ。文字通り、昨日の今日だぞ。
お前たち、ちょっと早すぎないか?




