再び低位魔法 - great possibilities -
骨をかき集め始めてから三日がたった。
結論から言えば分園を作るという試行は実現をみた。
俺の意識の中にあるダンジョンマップで一つだけ北側に島が浮いている。
きちんと魔力も増えているな。間の墓の間隔を減らしていき、どれくらいまでなら認識されるかも試した。
「王よ。分園が実現したのは、ひとまずおめでとうございますと申し上げます。しかし、これは成功なのでしょうか」
そこである。
分園はできた。きちんと目に見えている。
「行くことができないとはな」
大問題だった。
分園の中には入れるのだろうが、本園と分園の間を移動できない。
墓はぽつりぽつりとあるが、そこへ踏み出そうとすると気が遠くなり、足を踏み出すことができない。
隣の骸骨や、他の中央園のアンデッド共も同じだ。
それでは通路を作ってみてはどうかと思ったが、意味がなかった。
霊園と霊園を繋ぐ短い道や、霊園同士を挟む細い道までがせいぜい認められる限界なのだろう。
大切なのは線ではなく面。ここでは柵という境界面なのだろう。やはり霊園という体裁が必要のようだ。
とりあえず取り除いた骨を再度柵として築き、墓石を立てて園にすることにした。
これで二園は確保できた。あと二園作れば数の問題はほぼ解決だな。
後日、二人の若者が時間どおりにやって来たので実験の結果を話す。
あらかじめ今日来るように言っておいた。骨集め中は錯乱状態で危険だからな。墓石と人間の区別がつかなくなる。
他の冒険者もわかっているようで、骨集め中は攻略しに来ない。
「駄目かぁ」
男は残念そうに天を仰ぐ。
「いや、そう嘆くことはない。きちんと離れていても霊園として認識された。貴重な発見だ。問題はただ一つ。移動手段がないということだな」
「まともな移動手段では難しいでしょう。魔法ということになるでしょうが、そのような魔法はありませんよね」
考えられる候補はある。
「転移ならいけそうだが俺は使えん」
「難しいのですか?」
「難しいというより無理だ。異常に長い詠唱が必要になる。半日、詠唱し続けられるか?」
あまりにも長すぎて、口では唱えず魔法陣という特殊な方法で実行されるとか。
しかも詠唱だけでも駄目で、化物じみた魔力もいるようだ。
とてもじゃないが現実的ではない。
「闇魔法と同じということですか」
……ん?
ああ。それも知らないのか。
「闇魔法は特殊な魔法じゃないぞ。火や水と同じだ。詠唱すれば、お前でも発動できる」
「えっ、そうなのですか?」
「ああ、やってみるか。どれがいいか。よし、高位にしよう」
「しかもいきなり高位ですか! 低位魔法で十分ですよ」
「いや、……そうか。本当に何も知らないんだな。よく魔法使いになろうと思ったな」
この女は棍棒を持たせたほうが絶対強い。男を鮮やかに殴るところを見ているから間違いない。
詠唱する時間と浪費する魔力、覚える労力が無駄だ。
他の魔法ならともかく、魔力量の関係で闇の低位魔法は発動できない。
闇で一番発動させやすいのが高位魔法なのだ。
「とにかく俺に続いて詠唱してみろ。……フルは久々だな」
<我が暗きは地の淵にあり、世の昏きは天の淵にあり――>
<我が暗きは地の淵にあり、世の昏きは天の淵にあり――>
<我が暗きは地の淵にあり、世の昏きは天の淵にあり――>
「我が暗きは地の淵にあり、世の昏きは天の淵にあり――」
女も俺の後に続いて詠唱する。
なぜか男も真似して詠唱を始めた。
それどころか骸骨も詠唱をしようとしている。
残念ながら骸骨くん、お前のは詠唱にすらなってないぞ。
長い詠唱が終わり、俺の周囲に闇の魔物が数十体以上は現れる。
さすがにフルで詠唱すればこれだけ出るか。
女の方を見る。
「何も起きません」
「いや、起きてる。魔力の消費を感じるだろ」
「それは、感じますが……」
そう、闇の魔法は発動なら誰でもできる。
「なんか出た!」
「ええ! なんであんたができるのよ!」
男の隣に、よくわからないモノが湧き上がった。
ぐずぐずになってすぐに消えてしまう。
剣でやればこんなもんだろう。
「臣もできましたぞ!」
骸骨が、地面に手を差し出すと、別の骸骨が地面から出てくる。
「お前達はちょっとあっちに行っておいてもらえるか。ほら、踊ってていいから」
しっしと手で追いやると、本当に踊りながら遠くに行ってしまう。
踊りが上手いと褒めてやったら、それ以来踊るのをやめない。それどころか踊り仲間を増やしている。
「闇魔法はな。誰でも発動こそできるが、使用するのは難しい。特に闇魔法で戦っている奴を、俺は俺以外で見たことがない」
「おぉ、すごいです。でも、リッチ様は他の魔法も使えますよね。なぜ闇魔法を重点的に使おうと思ったんですか」
「なぜ……。俺は、他の魔法も使えて、あいつが俺の闇魔法を格好いいと言った。あいつ……? …………闇魔法が一番うまく使えたからだろう」
結論としてはそうなる。
今でも火、水、土は問題なく発動できる。
しかし、実戦で使い物になるかというとまず使えない。
「俺には闇魔法の才能があったんだろうな。到達点も、俺の闇魔法を強いと認めてくれていた」
「到達点……えっ! 極限級冒険者のメルさんがですか!」
「知ってるのか? そりゃ、そうか。街の冒険者ギルドには行ってるか」
「そういう人が来ていたという話しか聞いてないです。いつの間にか来ていて、気づく前にいなくなってました」
「そういうおかただ。そのかたが言うには、俺は闇の真価を比類無く発揮できているそうだ」
そういえばそんな話をした。
けっきょく闇の真価とはなんだったんだろうか。
「すごいです! しかも、あの低位魔法がまだ使えないときですよね。今ならひょっとして勝て――」
「勝負にならないだろうな」
他の相手なら多少は誇張するが、相手が相手なのではっきり言える。
今の俺でも相手にならない。接近戦に持ち込まれたら終わりだ。あの速さには対応できない。
そして、接近戦を避ける方法が思いつかない。どうやっても近寄られて終わる。骸骨共では足止めにならないだろう。
……そこまで考えて疑問が生じた。
「あのかたは俺が低位魔法の使い方を覚えれば、上を目指せると話していた」
「さすが極限級ですね。未来が見えているようなお言葉です。事実、リッチ様は低位魔法によりチューリップ・ナイツを退けたとうかがっています」
「俺もそうだと思っていた。しかし、俺はまず第一にこうも言われたんだ。『中接近戦は避けろ』とな。魔法使いである以上近寄られたら終わりだと」
女は頷く、男は骸骨どもの踊りを近くで眺めて拍手を送っていた。
骸骨はいい気分になってどんどんテンポを上げていく。
「すまない。今のではわからないな。闇の低位魔法は近くにしか発動できないんだ。踊っているあいつらにも届かせられない。その半分までが限度だな。効果範囲も発動の周囲だけだ。魔力を注げば闇は大きく広がるが」
俺の言いたいことを理解したらしい。
「近接戦闘は避けろ。しかし、闇の低位は自分の周囲にしか発生させられない。効果も近くに限る」
「そうだ。一度、効果を付与できればそうでもないがな」
「間違ってはいないのではないですか。戦闘開始時か前に低位を発動させて、闇属性をアンデッドに付与させてから戦えということでは? そのアンデッドが敵に向かっていけば良いのですから。リッチ様の近くに闇属性付与のアンデッドを立たせておけば近接戦闘にならないでしょう」
ああ……、わからないだろうな。
「闇属性を付与するとな、確かに骸骨は多少速くなるが、どちらかといえば力と耐久のアップが主だ。言わずもがな、一番の効果は日光による能力減少の軽減だがな」
はい、と頷いてくれる。
「見てないからわからないと思う。見てないというか、俺も見えなかった。……何が言いたいかと言うとだな。どうやってもあのレベルの速さを相手にすると近接戦闘に持ち込まれるんだ。アンデッドがスルーされる。対魔法使いの定石だ。『本体狙い』が手っ取り早いからな」
チューリップ・ナイツは力が売りだ。
脳筋ナイツなんて言われているのも力強さから来ている。
本当に脳筋なら超上級にはなれないので、そのあだ名は力ない奴らの僻みである。
……それでもあの暴力的な力とその連携を前にするとそう呼びたくなる気持ちはわからんでもない。
逆に速さはそれほどでもない。
もちろん俺よりも断然速いのだが、三人の連携なので一人が明らかに浮いた動きを取れない。
だからこそ、アンデッドで足止めができた。
もしもあれが速さを主とする超上級なら俺はやられていた。
「気になっているところもある」
「と言いますと?」
「俺自身に効果がほぼない。俺には最初から闇が付与されているからだと思っていたが、そんなことはない。それなら俺自身が闇に覆われることはないはずだ」
「つまり、闇の低位にはまだ何かがあるとお考えなのですね」
理解が速くて助かる。
まじめにあの踊る骸骨と代わってくれないものか。
「私は魔法が詳しくありません。魔法使いとは名ばかりで、闇魔法も剣士の幼なじみのほうが使えるくらいですから」
はは、と乾ききった笑いをこぼしつつ、骸骨と踊り出した男を見ている。
どうも自由な奴ら同士で気が合うようだ。
「現時点で一番魔法が詳しい人の意見を振り返ってみましょう。極限級とされたお話を聞かせてもらうわけにはいきませんか」
「いいぞ。ただし、この話だけはギルドに伝えるな。俺の思い出話だからな」
「はい」
実は誰かに話したかったのだ。
骸骨は隣で聞いてたからな。俺も興奮状態だった。
今でも思い出すだけで気分が高揚する。客観的で冷静な意見が欲しい。
俺はあの夜のときの話を思い出す。
どう負けて、何を聞き、俺が何を目指すと誓ったか。
「闇の本質と特殊ドロップについては、私からなんとも言えません」
そうだな。当然だ。
魔法の学はないし、特殊ドロップは見てすらいない。
「闇の真価は……どうでしょうね。極限級のおっしゃった、「助言の方向性」の部分ですが、なんとなく理解しました」
「どういうことだ?」
「ダンジョンの話を始めたところから方向性が変わっているように聞こえます」
うん?
俺たちで良いダンジョンを作るって話だぞ。
「いえ。ダンジョンの話になるまでは、リッチ様個人が強くなる方法を話していたように聞こえます。まるでリッチ様が冒険者として上を目指すための助言と言いましょうか。ところが――」
ダンジョンの話になってからは、ダンジョンとして上を目指す話になった?
「そういう話だろ? 『俺たち』で超上級『ダンジョン』を目指す。違うか? 俺たちの在り方が、夢が間違っているとお前は言うのか!」
「ごめんなさい。けしてそのようなことは――。実際に極限級を目の当たりにすると、リッチ様のように聞こえるのかもしれません。ただ、私が聞いた限りだとそう感じたというだけです」
「いや、すまん。責めるのは間違いだった。許せ。……仮にお前の意見が正しいとしよう。そうするとどうなる?」
「低位魔法の使い方が間違っているのではないかと」
あれが間違っている?
「アンデッドにかかる闇属性の付与は間違いないでしょう。しかし、リッチ様も言われたように、ご自身にかかる闇属性の付与がおかしいですよね」
まったくその通りだ。
しかし、そうは言ってもどう使うのが正しいんだ。
ああ、そうか――
「地面だけではない。天まで闇で染めるよう広げていけということか。全てを俺の闇の支配下におけと、そういうことだな!」
「逆ではないかと思います」
あ、逆ですか。そうですか。
逆とは?
「広げるのではなく縮める。放っておけば勝手に広がっていく『よくわからない』闇を制御し、留めるのが正しいかと。縮めると何がどうなるのかは『よくわかりません』。何か自身にとってプラスの効果が生じるのではないでしょうか。だからこそ闇の低位は自身の近くに出ると考えられませんか?」
反論の余地が一つもなかった。
魔法とは、魔力消費によって生じた現象の制御を目標とするもの。
己の魔力をひたすらつぎ込み、勝手に生じた現象をさらに広げようとするのは暴走の類いだ。
魔法の学も才能はないだろうが、魔法がどんなものであるべきかは、俺よりもこの女の方がきちんと内に持っているな。
「俺は実証主義を良しとする。さっそく、やってみるとしよう」
「それ……、私たちは近くにいても大丈夫ですか?」
そうだった。
何が起こるかわからない。
こんなところで貴重な相談役と自由人を失うのは惜しい。
「近くは駄目だ。危険すぎる。東園の端に土を盛ったところがある。そこならギリギリこちらが見えるだろう。発動できる最低限の魔力でやるが、もしもやばそうなら逃げろ」
女は頷いた。
踊っている男に話をして距離を取り始める。骸骨も二人についていく。
いや、待てよ。お前はこっちだ。
「賓客であるお二人に危険がないよう先導すべきかと考えました」
「他のアンデッドに伝えればいいだろ。俺の隣でな。それがお前の役割」
二人がずっと遠くのギリギリぼんやり見えるところにまで行った。
よし、やるか。魔力は発動最低限にする。
新規造園により魔力はかなり増えているので、三分の一ほどつぎこめばいける。
〈闇よ。来たれ。俺の側へ!〉
最近は見慣れてきた小さな闇が顕れた。
いつものように地面へ落ちる。
ここからだ!
急激に地面に広がろうとする闇を食い止める。
己の意識で抑え込んでいく。
止めようとするのだが、闇は徐々に広がっていく。
これ……できるのか?
広げるのを操作するよりも遙かにきつい。
大雨後の川の激流を、体で全て受け止めようとしている感覚だ。
どうやってもすり抜けるし、ぶつかるとしても自分が堪えきれる気がしない。
無理だ。
抑えきれず、闇の侵攻が広がる。
闇は広がっていったが範囲はいつもより狭い。
代わりに俺が纏う闇の量が増えている気がする。
「おお、普段よりも王の闇成分が二倍、いや三倍増しといったところですな」
「どんな成分で、どんなところだよ」
……で、これ何ができるんだ。
特に何かが大きく変化した気配はない。
前と何も変わらない。ちょっと日の影響がなくなったかなというくらい。
東園からこちらを見ていた二人も俺に手を振っている。
これなら近くにいさせてもよかったな。
今から見せに行って効果が持つか。
転移魔法ができたらどれだけ良いだろう。
でも、使えないんだよな。あれみたいなことはできないものか。
――よくわからない効果でサッと移動できたりとか。
「リッチ様が見えないぞ……あれ?」
「骸骨さんも戸惑ってる……え?」
「……ん?」
目の前に土の山があり、その上に二人が立っていた。
俺を不思議そうに見下ろしている。
「リッチ様……さきほどまで、あちらに、え?」
「お前達こそ、……あれ?」
俺の元居た場所は、高さがないため見えない。
「ちょっとすまん」
盛り土を上がっていき、元の場所を見る。
そこには骸骨が困った様子で動き回っていた。
――あいつの後ろに移動できないか。
目の前に骸骨の後ろ姿が現れた。
……やばいな、これ。
なぜこんなことができるのかはわからないが、生じている効果は転移そのものだ。
「おい」
「おお、王よ! 姿が闇へと消えたので驚いておりましたぞ!」
驚くのはよくわかる、だからといって踊り回るな。
「どういうことでしょう」
「俺にもよくわからん。だが、これだけは言える。これは俺たちの新たな力だとな」
俺を纏っていた闇が消えた。
効果時間は短そうだが、その効果は尋常ではない。
これで何ができるのか、どういう力なのか知らなければならない。




