ただいま工事中 - keep out -
方向性が決まれば、俺の行動は早い。
今回の場合は方向性どころか、目標の形がすでに定まっている。
「聞いていたと思うが、今夜から霊園を拡張していく」
骸骨と、屍体を呼んで話をする。
大枠は俺が指示していくのだが、俺が霊園の外に出られない以上、細かいところはこいつらに頼むことになる。
「王よ。どうか我々にお任せください」
不安だ。
特にお前がな。
「ゆくぞ! みなのもの! 我らの新たな安住の地を築くのだ! アンデッドの、アンデッドによる、アンデッドのための霊園作りだ!」
不安しかない。
骸骨が数多のアンデッドを先導し、ダンジョン外へと闊歩していこうとしていた。
不安が大きかったのだが、思ったよりも順調にいっている。
「みな、全力で取りかかっておりますな。臣が先陣に立てなくて残念です」
「気にするな」
この骸骨も俺と同じで、ダンジョンの外に出られなかったので俺の隣に落ち着いた。
俺たち二人だけというわけでなく、中央園の奴らが出られなかった。
中央園は外に面していないからだろうか。
骸骨とともに盛り土の上から工事の進捗を眺めている。
新しい連中もかなり積極的に動いていた。
「む? ちょっと東側の柵が曲がっているな」
「ございますな。東の柵部隊! 柵が右に出過ぎているぞ!」
骸骨の声はきちんと全体へ伝わる。
すぐに柵の並びが修正された。
こいつはやはりこういう役割が良い。
これ以外をさせてはいけない気配すらある。
あの二人はギルドへきちんと伝達したらしい。
今日は外に立っている監視員の位置がいつもよりもずっと遠い。
俺たちが今夜することはギルドへ事前に通達してもらった。その結果がこれということはだ。
「ギルドは、俺たちに協力するようだ」
やはり超上級ダンジョンは奴らにとって魅力的のようだ。
霊園が拡張したところで、実の脅威はない。むしろ下がるまである。
外で威嚇するアンデッドは減り、街へちょっかいを掛けに行く馬鹿もいなくなるからな。
しかし、何も知らない一般人から見たらどう映るだろうか。
アンデッドが能動的にダンジョンの領域を広げていると思うに違いない。
大したことはない領域なのだが、宣伝の仕方によっては不安を煽ることも十分可能だ。
ギルドがうまく宣伝する。あたかもこの拡張が一般人をどれだけ害する行為なのか。大げさなほどに。
「奴らは何のために領域を広げるのか?」、「我々、生者を害するためだ」と。
あの街の連中はおそらくそこまで考えないだろう。
俺たちに感謝しているそぶりすら聞こえた。
だが、他の街の奴はそう思わない。
「王よ。北の柵で材料が足りておりません」
「わかっている。持っていかせろ」
石は土魔法でおおざっぱに作り出せるのだが、周囲を囲む柵となると俺の実力では地味にきつい。そもそも闇魔法以外は得意じゃない。
そういうわけでここのアンデッドから手に入るドロップアイテムの骨を、グサグサ地面に刺して柵の代わりにしている。
使い道がないと思っていたが、まさかこんなところで役に立つとはな。
工事は順調だった。
見栄えが良いかと問われれば、まったく良くない。
まず、外枠が大小様々な骨だ。統一されてない。
墓石もちょっと大きめの石が規則的に並んでいるだけ。
道も骨でちょっと区切ってあるくらいのもの。
子供の泥遊びが大きくなっただけだ。
しかし、それぞれの墓には新たなアンデッド達が眠ることになる。
みすぼらしいが霊園としての形は確かに整えられている。
「王よ。いかがでしょう?」
実は柵の大枠が完成し、墓石がそこそこ置かれた段階で察してはいた。
「成功だ。ダンジョンとして認識できている」
俺の頭の中にある霊園のマップが前よりも広がっている。新たに北東地域が追加された。
その中にいる新たなアンデッド達の存在もきちんと認識できている。
「ぜひ、御身足で新たな領地をお踏みください」
「ああ」
出来の悪い霊園に俺は新たな一歩を刻む。
周囲のアンデッドが歓声に湧く。
「素晴らしい。素晴らしいな。これは、一体のボスの小さな一歩に過ぎぬが、俺たちにとっては偉大な飛躍だ」
心から感嘆の言葉が湧き上がる。
煩わしい問題が消え、同時に自らの意識が拡張された。
これをあと三回繰り返せば、問題はさらに減り、意識はますます広がる。
「さよう、我々の世界が広がったのです。まるで空に浮かぶ月を踏み下ろしたようなものでございましょう」
いや、そこまで大げさじゃないけど……。
これで超上級ダンジョンになるための脅威が増していく。
こういう作業なら喜んでやっていける。
昼はアンデッドを倒し、骨を集める。
夜はアンデッドと霊園の拡張を骨で行う。
「まさに骨を惜しまず、といったところでしょうか」
「はいはい、うまいうまい」
おざなりに骸骨に対応しつつ、広がったダンジョンを意識する。
元の中央、東西南北に加え、さらに北東・北西・南西・南東の四園が増えた。
それぞれの園に、新たに訪れたアンデッドが住み着き、俺のダンジョンのモンスターとして認識されている。
「足りんな。あと四園はいるか」
霊園は増えた。
それでもアンデッドの増加に追いつかない。
もしも、霊園を造園していなかったと思うと本当にぞっとする。
「かなり広がっていますね」
いつもの二人組がやってきたので、女の方と話をする。
男の方には、四園を増設予定と話し、どう増設すべきかを考えさせていた。
楽しそうに地面に増設の予定プランを描いている。
ある程度の形ができるまでは、邪魔しないほうが良いだろうな。
「こら、出てこない。邪魔しない。じっとしとく」
地面から出てきつつあった骸骨を、手で地面に押し返す。
「ご無体な」
すぐに離れたところから出てきて、他の骸骨に踊りを教えている。
踊る暇があれば戦闘訓練の指揮をしておけよ。
二人に再度向き直る。
「まだまだ霊園が足りない。ひとまず次の四園でアンデッドの爆発的増加問題には片がつくだろう」
問題はその後だ。
話を聞いたところだと、脅威は思ったほど感じられてないらしい。
あの街の範囲ではということだと思ったが、どうやら違っているようだ。
「他の地域からのアンデッドを受け入れたことで、他地域でのアンデッド被害もなくなりました。その情報が他のギルドからも正しく伝わっているようです」
このダンジョン周辺にとどまらず、広い地域でアンデッドによる被害が目に見えて減った。
ダンジョンは拡大しているが、被害はなく恩恵が大きい。
情報がきちんと伝わりすぎた。
「上手く管理されすぎているというのが要因じゃないでしょうか」
「そりゃ、お前。俺のダンジョンの一員になる以上、敵対する冒険者以外を襲わせる訳にはいかないだろう」
女は困ったような嬉しいようなどうしたら良いのかわからないといった様子だ。
現にこの女冒険者自体がここで俺と話しているくらいだからなぁ。
しかし、この女に黙っていることが一つあった。
新規造園で脅威はさほども増えなかったが、代わりに他のものが増えた。
魔力である。ダンジョンの拡張により、ボスである俺もその成果が魔力という形で付与された。
魔力増加のおかげで低位に割ける魔力がさらに増えた。
低位魔法も練習を重ねて、広く薄く張ることができてきている。
ダンジョンが広がっても管理ができているのは、魔力増加と低位魔法の上達によるところが大きい。
そして、増園によりさらに魔力を増やそうとしている。
「武により脅威を示すというのは、思ったよりもずっと難しいものだな」
時間をかければ間違いなく超上級になる。
今の時点でも中級どころか、おそらく上級でも相手にならなくなりつつある。
それが長い時間と時間に伴う数多の返り討ちで認められれば、超上級には上がることができてしまうだろう。
「しかし、その緩やかな評価上昇をリッチ様は望まれていない」
その通りだ。
死なないアンデッドが、長き時間で魔法の訓練を重ねて徐々に強くなるのは当然とも言える。
アンデッドが不死性を認められて何を喜べというのか。
むしろ、「お前達は死なないからな」と嘲笑われている気すら感じる。
「挑戦が欲しい。強者からの挑戦が俺たちには必要なのだ」
「しかし、チューリップ・ナイツは出て行ってしまいましたよ。戻ってきそうにありません」
そうだろうか。
俺は、そうは思わないが確たる根拠もないので黙っておく。
「極限級とは言わないが、手頃な超上級がいないものか。せめて俺がもう少し都市圏へ近づけたならな」
渇望している。
俺たちには力がある。
しかし、それを存分に振るう相手がいない。
振るうべき相手がいれば、俺たちの力が示されるだろう。
負けるつもりは毛頭無いが、たとえ返り討ちにあったとしても前へ進むべき課題が見つかる。
俺たちはより強くなれるのだ。より強くなろうという強固な意志がある。
「自由に移動できるというのは羨ましいものだ」
「そんなものですか?」
「そうだぞ。俺は生きているときには気づけなかった。これがどれだけ素晴らしいことかがな」
生者への妬みはどうしても捨てきれない。
冒険者としての才能こそ無いが、俺はこの二人の若者が羨ましい。
どこにでもいける、何にだって挑戦できる、どのようにでもなりうる、未来が輝いている。
「できた!」
空気を読まない男が完成を告げた。
ずいぶんと時間がかかったな。
「……おい、何だこれは?」
完成予定図を見て、思わず声を出した。
完成予定図からそのまま完成図にしてしまう予定だったが、これには待ったをかけざるを得ない。
「ちょっと挑戦してみようと思いまして」
挑戦しすぎだろ。
四園を東西南北に一つずつ増やすくらいだと思っていたが大きく違った。
全部、北にまっすぐ造園している。まるで中指だけ立てた手のようだ。
「挑戦というより挑発ではないか」
「しかも何これ、よく見たら四じゃなくて五も増やしてる……あんたね。ついに指の数も数えられなくなったの」
俺と女からのボロクソ批判もへらへら笑って受け流している。
意外とたくましい奴だな。あるいは底抜けの馬鹿か。前回は、俺の見込み違いだったか……。
「違うんだって、ここを見てくれよ」
男は北にまっすぐ伸ばした五園の上から二番目を示す。
よく見ると、その園には墓もほとんど配置されていない。
「あんたね。もうちょっと考え――」
言葉を途中で切った。
何かに気づいたようである。
馬鹿にしていた顔を引き締めていた。
その顔を見ると俺も笑うことはできない。
「説明を」
男に言ったのだが、何かに気づいた女にも言っている。
男の話はけっこう突飛なので、それだけでは実現性に欠ける部分が目立つ。
欠けた部分を女が補い、実現できる形へと持っていく。この二人はなかなか相性が良い。
「挑戦って言ったのは、配置じゃないんすよ。さっきの話が聞こえてきたので、それを考えてやってみたんです。どうでしょうか。リッチ様も挑戦できそうじゃないですか」
……何を言ってるのかさっぱりわからん。
女の方を見て説明を求める。
「わかるか?」
「挑戦というよりは試行、実験でしょうか」
「そうそう!」
お前達が以心伝心でわかりあってることしかわからない。
ひょっとして俺はのろけを見せつけられているのか。
「まず概要を言うと、一度北に五つ作ってからここを外すというだけの話です。順序立てて説明させてもらいます」
「頼む」
女冒険者が上から二つ目の霊園の柵を杖で擦って取っ払う。
せっかくペン代わりの骨を用意しておいたのに使う気はないようだ。
どうなったかと言えば、北に一つだけ園が浮いている形になる。
下の塊との間にポツポツと墓と道はあるのだが、これで何になるのか。
「最初、北に五つ並べて造園していきます。これはおそらくダンジョンと認識されますね」
「そうだな」
「その後、上から二番目の園の柵を外します。ここからが試行になるのですが、北に残された園はまだダンジョンと認識されるでしょうか?」
「それは……、どうだろうな」
間の一つがなくなったからダンジョンと認識されない気がする。
しかし、間にポツポツと墓はあるので繋がりがあるとみなされるなら北の園もダンジョンの一部か。
「しかしだ。これをわざわざ労力をかけてやる必要があるとは思えんな」
こいつらは一つの園を作るのにどれだけ骸骨達の骨が必要かわかっていないようだな。
昼中、ずっとアンデッドを倒し続けないといけないんだぞ、俺が。ひさびさにひどい錯乱状態までなった。俺が!
「そこです。そこが先ほど私たちがしていた話に繋がるのです。もしも北の部分がダンジョンとして認められるならですよ。間に墓をいくつか置いていくことで、遠くにこのダンジョンを本園とした際の、いわば分園が設置できるということです。リッチ様がさらに遠くへと移動できることを示唆しています」
今までの考えが急激に小さくなっていく感覚。俺の今までの思考がもはや点にまで縮小されていく。
そして、さらなる世界の広がりを感じている。未知への恐怖と高揚感だ。
「俺が遠くへ移動できる……」
女は真剣な顔だが、男はにへらと笑っている。
俺は今、どんな顔をしているのだろうか。
俺はけっきょく口で自由と言ってみても、なんとなくの言葉でしか感じていなかった。
だが、この男は違う。その思考があまりにも何ものにも縛られていない。なるほどな、これが「自由」か。
自らの不自由さを感じさせられるな。
「でも、北に五つも作る必要はないでしょ。どこまで消せるかの試行としてもせめて三つ伸ばして、一つか二つを消せばいいんじゃない?」
「もっともな話だな」
この試行は大いに取り組む価値がある。
それでもかける費用と手間は少ない方がずっといい。
「伸ばすなら北がいいかなって。それなら全部北でいいかって作っちゃいました。たしかに、他に継ぎ足してもいいっすね」
「……数の問題を言っているんだ。なぜ方角の話が出てくる。北?」
北に何があっただろうか。
街が東にあることはわかるのだが、他の方角はさほど詳しくない。
都市圏からの距離で言えば、どの方角もさほど関係ない。どこも「遠い」の一言で済む。
「あっ……、そういうことなの」
女がわかった様子だ。
「昔、探検で行ったろ」
「……うん」
二人だけの空気作るのやめて。
さっさと北に何があるのかだけ教えてくれ。
「北には墓地があります。参る人もほぼおらず、荒れ果てていますが」
なんとなくわかってきた。
「一から作る手間が省かれると」
「はい、最初から受け入れる器があるのなら、それを利用すべきかと、道を作るだけで済みます」
その通りだ。
利用すべきものは利用すべきだろう。
「うむ。しかし、今回の場合は仮定の実証が先決だ。まずはこの試行がうまくいくかどうかを最小限の費用で試させてもらう。北に二つ作り、その後、間の一つを消して、分園として認識されるかどうかだな。詳しい話はその後にするとしよう」
二人も頷く、今さらだが男と女ではこの先、不便だな。
「今さらだが、お前らの名を聞いておこう」
二人は困ったという様子だ。
別に名前からお前達を呪うような魔法をかけるわけじゃないぞ。
呪いはかなり特殊な魔法だから、そもそも俺では使えないからな。
「リッチ様、俺たちの名前を聞くのもう四回目っすよ」
「馬鹿、まだ三回よ」
……あれ、そうだったっけ。そう言われれば、そうだった気がする。
最近は人の名前を聞いてもすぐに忘れる。名前を聞いたことすら忘れている。
きちんとメモとして残しておく必要があるな。
「記憶の障害は、アンデッド化の影響でしょうか?」
「そうだろうな。これについては聞いている。上手く付き合っていくしかない。しかし、お前らの名を忘れたのは俺の失態だ。お前達の名を忘れぬよう、きちんと書いておくことにしよう」
「それは、とても光栄です」
「ついに名前で呼ばれるんだな、俺たち」
すごい喜んでもらえている。
「おい、骸骨。適当な墓石をここに持て」
「お待ちください」
女が骸骨の返事よりも先に待ったをかけた。
「どうした?」
「私たちの名を墓石に刻まれるおつもりでは?」
「うん? 何か問題……大ありだな。すまん。それでは骨にしておこう」
「骨もできればご遠慮いただけると……」
……それもそうだ。
いかんな。アンデッドになってから記憶どころか倫理観がおかしい。
特に、墓とか骨とかの方面に対する観念が猛烈な勢いで失われつつある。
「そういや、リッチ様にも名前はあるんですよね」
「当たり前でしょ。すみません、リッチ様。このバカの冗談はわかりづらいんです」
もう黙れと女が男を睨んでいた。
そんな睨まんでも。
そりゃ、俺にだって名前はあるさ。
名前はある。
俺の名前……、なかなか思い出せない。
俺の名前はなんだった?
みんなが闇の王だの、リッチ様だの、ボスと好き勝手に呼ぶから生来の名前が出てこない。
まあいい。
今はこの試行を実証することが大切だ。
名前はそのうち思い出すだろう。
さて、さっそく骨を集めるとしよう。
果たして日が暮れるまでに集めきれるだろうか……。




