攻撃じゃない。……何が起きているんだ?
チューリップ・ナイツの前に小さな闇が現れた。
それが始まりだった。
こぶし大の小さな闇。
ふわふわ浮かぶどうしようもない闇。
触るとぷにっとして、ぶるぶる震えるだけの闇。
「あ、駄目かこれ」
全力で撃った魔法がいつもの闇で諦めの声が出てしまった。
魔力切れの精神的疲れも大きいと言える。
赤の騎士が、浮かぶ闇を斬りつける。
闇の塊はなすすべなく斬られた。
斬られた闇はなにごともなく宙に浮いている。
赤の騎士がもう一度横に払うが、刃は闇を通り過ぎていった。
闇はゆっくりと地面に落ちていく。
騎士達はここにきて初めて俺から距離を取った。正確には闇からだ。
闇は地面に零れ落ち、まるで水に顔料を溶かしたように地面を闇に染めていった。
夜の帳を下ろすように、日に照りつけられた地面を黒へ浸食していく。
地面だけではない墓石や木まで飲み込んでしまう。
そして、俺すらもその対象だ。
〈炎よ。其の熱を我らが寄る辺とせん〉
騎士の声を初めて聞いた。女の声だ。男だと思っていたが女だったのか。
赤の騎士が剣を地面に刺し、赤い陣が展開され、他の二人も入っている。そこだけが闇の侵入を防いでいた。
青空と白い太陽、黒の大地。
それに三色の騎士達。
おそらく頭が混乱している。
いやまだ軽い。混乱していると思えるだけの理性がまだある。
黄色の騎士が矢をつがえ、俺に向けた。
〈闇よ〉
まずい。
魔力が空だ。詠唱ができない。
矢は放たれた。
まっすぐ俺の頭へ飛んでくる。
避ける余裕も、防ぐ術も今の俺にはない。
「待たせましたな!」
突如、俺と矢の間に骸骨が這い上がってきた。
守ろうとしているのはわかるが、この程度の骸骨で止まる矢ではない……はずだった。
矢は逸れ、俺の横を通り過ぎていった。
骸骨もバラバラに崩れたが、倒されてはいない。
闇の大地に転がった頭蓋骨が喋り始める。
「みなのもの! 王が一人で戦っておられるぞ! 我らはどうするべきか!?」
返事は行動によって示された。
闇の大地から次々とアンデッドが現れる。
いつもと違うのは、全員がその表面に闇を覆っていることである。
そのせいだろうか、日が射す昼にもかかわらずアンデッドがまともに動けている。
それだけではない。チューリップ・ナイツの攻撃を受けても倒れされることがない。
せいぜいバラバラになる程度だ。すぐに復活して襲いかかっている。
スケルトン共で赤い騎士を抑え、腐れ包帯は白い騎士を取り巻き、黄色の騎士は黒い霊体をひたすらに射る。
さらに遅れて闇を纏った屍人も現れた。
俺自身も混乱している。
なんとかするとは思ったが、何が起きているのかはわからない。
答えは思わぬ方向から飛んできた。
「闇属性の付与か」
これも女性の声だった。ここに来て初めてまともな言葉を聞いた。
赤ではないからおそらく白か黄だろう。
闇属性の付与?
詳しく知りたいが、弁舌をふるう気はないようだ。
「背に陽を飾る」
先と同じ声が言葉短く指示を与えた。
赤と白の騎士が小さく頷く。どうやら黄色の彼女がリーダーらしい。
内容はわからない。パーティーだけに伝わる隠語だ。一気呵成の攻撃に備え、俺も警戒する。
〈炎よ! その激しさを宿し、我が怨敵を焼き払え!〉
〈光よ! 光箭と化し、周囲を討ち滅ぼせ!〉
〈氷よ! 我らが往く道を築け!〉
三人の騎士が同時に魔法を唱える。
炎の烈風が周囲のアンデッドを焼き払う。
次いで、全方向に放たれた光の矢が周囲のアンデッドを足止めした。
闇を覆った氷の道が、騎士達の背後に築かれ、騎士達は振り返ることなく走り去る。
「逃げたぞ! 追――」
「追うな!」
骸骨の追撃を止める。
敵ながら見事な退き際だった。
俺も魔力が少しではあるが回復してきていたところだ。
状況は完全に把握できていないが、続けていればこちらにも勝算があったのかもしれない。
どうなるかわからないが、騎士達もわからなかったのだろう。だから退いた。それとも別の手があるのか……。
「霊園の冒険者を一掃する」
確実なのは、あれだけ見事に退いた以上、チューリップ・ナイツはすぐに戻ってはこないだろう。
だとすれば、他の地区の制圧を解除することが先決だ。
闇の大地こそ縮小してしまったが、アンデッド共を覆う闇はまだ健在だ。これが何かという理解は後回しにする。
このまま冒険者共を蹴散らし、チューリップ・ナイツと他冒険者の包囲網を瓦解させる。
チューリップ・ナイツがいなければ他の冒険者は有象無象に等しい。
逆にチューリップ・ナイツだけなら、位置を把握し距離さえ取れれば逃げおおせるだろう。
すでに、怪我も治っているからな。
その後、あらかじめ決めていたかのように、他の冒険者もリューリップ・ナイツに倣って撤退していった。
冒険者共の装備は奪えなかったが、こちらも何かを奪われたわけではない。
「来ませんな」
「ああ、だが油断はするな」
警戒しつつも再襲撃に備えて、中央園に見張り以外のほぼ全てのアンデッド集めている。
仮に再襲撃を受けたとしたら中央園で、低位闇魔法――騎士曰く「闇属性の付与」を発動するしか術はない。
……待ち構え、ついに日は暮れた。
まさか夜に襲いかかってくることはない。そういう意表を突く奴らとは違う。
生き残った。
倒されることなく、立ち続けた。
真昼に、超上級冒険者を含む総攻撃に堪えしのいだ。
「勝ちだ。俺たちの勝利だ! 勝ち鬨を上げろ!」
全員の緊張が一気に解かれ、喜びへと転ずる。
霊園は喜びの声に包まれた。
明日どうなるかも今は忘れ、ただただ喜びに浸り続けた。




