挑戦状じゃない。招待状だ
戦いが終わり、冒険者どもの首を並べる。
首と言っても切り落とした首ではない。
「なんだこれは?」
二本杖の男が目覚めた様子だ。
自身の体が地に埋まり、首から上だけが出ていることに驚きを隠せない様子である。
「やあ、『蒼と赫』の諸君」
今まで隠れていたがようやく彼らの前に姿を現す。
「貴様が、ここの新たなボスだな」
埋められていてもその様は堂々としている。
さすがに上級なだけはある。
ただ、その光景は失笑を禁じ得ない。
「いかにも」
「俺たちをどうするつもりだ? 死者の列に入れるつもりか。だが、そうはいかない。そうなるくらいなら、俺たちは冒険者としてここで死ぬ」
負け犬の遠吠えくらいにしか聞かないつもりだったが、なかなか魅力的な意見だった。
最初からそこそこ強い奴をアンデッドで味方に加えれば手っ取り早い。
「こいつらを仲間に入れることはできるのか?」
「どれほど先になるかわかりませんが可能かと。ただ、生者のときの力がそのまま発揮されるとは明言できません」
そうだよな。
骸骨達の中に魔法が使える奴はいない。
生きていたときの力は、アンデッドになって失われるのだろう。
あるいは、そもそも魔法使いがいなかったか。こちらの説なら仲間にする価値がある言える。
どれほど先かは知らないが、魔法使いの骸骨か何かが加わるのだ。
死なない身であれば待つこともできる。
「なるほど。生者を仲間に加えていく――考えていなかったが、なかなかに魅力的な話だな。俺たちは不死」
「さようでございます。我らアンデッドの時間は悠久。焦ることなく、じっくりと着実に前へ進むことができます。――そう、されますか?」
「否。焦らず、着実というのは俺たちのやり方ではない。焦り、常に最短を狙ってこそだ。それこそが俺たちの進むべき道だ」
「生き急いでおりますな。アンデッドの言葉とは誰も思いますまい」
改めて冒険者共を向く。
「今までと同じだ。お前達はこのまま帰す。生きて帰ってギルドに伝えるが良い。――俺たちは、生者よりも生者らしく生き、このダンジョンライフを謳歌する。故に、俺たちは今後もお前達の命は奪わない。何度でも存分に挑んで来るが良い。それが生ある者の特権だ。ただし、良いものはもらっていく。お前達のもの物もすでに頂いている。返して欲しければまた挑んでくるんだな。俺たちは逃げて、隠れて、不意を打ち、全力でお前達の相手をしてやる。俺に一泡吹かせたければ、そちらも出し惜しみせず全力でかかってこい――とな」
ギルドへの宣戦布告である。
こんな子供じみた文句に付き合うかどうかは知らないが意思表明はしっかりしておく。
賭けでもある。
下手をすれば「命の危険なし」とランクを下げられるかもしれない。
だが、もしもギルドがこの安い挑発に乗ってくれば、ランクを上げるチャンスにもなる。
さあ、どう出てくる。
しばらくの間、冒険者が来なかったが、また来るようになってきた。
「駄目だって! これ死ぬ! 絶対死ぬよ!」
「なんで属性を付与する前に仕掛けるの! 効くわけないでしょ! ほら、右からも来た!」
……来るようになったのだが、ランクは低い。
前にも来ていたような初級なりたてや、ギリギリ中級といった奴らばかりだ。
賭けは失敗してしまったと思ったのだが、冒険者の話を盗み聞きするにランクは中級のままだといういう。
命の危険がないからランクをそのままに格下の入場を許したようである。
それに雑魚を泳がせてこちらの情報を収集しているようにも見える。
まだ、どちらの目が出たかはっきりしない。
どちらにせよ訓練を怠らず、いつでも対応できるようにはしていた。
ときどきそこそこの奴らが挑んできたが、どうにも本気で挑んできているようには見えない。
「奴ら、気が緩んでおりますな」
骸骨までそんなことを言っている。
地面に転がり、あくびをしているやつが何を言うのか。
だが、まったくそのとおりだった。
死ぬことがないとわかり、中途半端な意識で挑みかかってくる。
さらには、負ければ装備も盗まれるので、安い剣や杖、ひどいときには木の棒で挑んできやがった。
こちらが本気で挑むのが馬鹿らしく思えるほどだ。
これではいけない。
俺たちが本気で挑むように、奴らもまた本気で挑ませるよう仕組まなければならない。
そうでなくては意味が無い。本気で楽しむことが大切なんだ。
何をすれば良いかと考えていて、日にちが経った。
最近は冒険者の挑戦がピタリとやんだ。
まるで何かを待っているようだ。
ここに来て、俺は自らの賭けが勝ちに転んだとわかった。悩みは杞憂だった。
だが、そうだとすれば真の勝負はここからということ。
「おい、骸骨。アンデッド共に活を入れさせろ」
「そうですな。最近は冒険者の奴らもぬるいのでみな意識が鈍っております。ここらで――」
「違うぞ。近々、大規模な攻勢がある」
冒険者の挑戦が止まったのは、ギルド内の動きが漏れることを怖れたから。
そして、ここ数日の停滞は平穏よりむしろ嵐の予感を感じさせる。
おそらく待っているモノは冒険者と然るべき時期だ。
その三日後。
天気は快晴。この地域では大変珍しい天気だ。
生者にとっては良い天気だが、アンデッドには最悪の環境になる。
このような天気では訓練もまともにできない。
「王よ。どうやら臣はここまでのようです」
「それは最低限、俺の隣に立って言うべきだな」
骸骨は日から逃れ、土の中である。
奴らにとって日の光は猛毒に等しいので、完全に土に埋もれている。
「王よ。僭越ながらよろしいでしょうか」
「かまわん」
俺も日光がきつく墓石の影に身を移す。
「我ら、王とともに楽しむとは申し上げましたが、このような環境では楽しむこともままなりません」
骸骨にしては珍しい正論である。
最低限は動ける環境でないと、楽しむこともままならない。
「我々全員、王とともに死ぬ覚悟ではありますが、この環境では土の上に出ることすらままなりません。まともに動けるのは王、お一人です」
そうだな。
黙してその旨を肯定する。
「前回の上級冒険者との戦闘、我らみな楽しかったことは違いありません。――しかし、それでも、臣は思ってしまうのです。畢竟、いくら我々が訓練を重ねようとも、王お一人で戦う方が強いのではないか、我々は王の枷となっているのではないか、と」
骸骨の弱音に答えることができなかった。
すぐさま否定すべきなのに、日の光は俺の精神までも弱らせているようだ。
「……そんなことはない」
ようやく出てきたのはそれだけだ。
続く言葉はない。
日も徐々に高度を上げ、日差しはまさに最高潮。
いよいよ真昼という頃だった。
「申し上げます! 北園、東園、南園、西園。全入口より冒険者の侵入を確認! パーティー数は現時点で正確に把握できませんが、各園最低でも二パーティはいる模様です」
「ついに来たか!」
ギルドがとうとう腰を上げた。
俺たちの鼻を折るため、ギルドが威信をかけて潰しにかかってきた。
「ここが踏ん張りどころだぞ! 各員、全力で戦い抜け!」
最大のピンチが今まさに訪れた。
だが、これはチャンスとも言える。
戦い抜ければきっと上級になれるだろう。
全身全霊全力を以て、戦い抜く時がきたのだ。




